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LV86

 辛気臭い陰謀話を終えた後、俺たちはなに食わぬ顔で学院にとんぼ帰りして、シャナンたちを迎えに行った。


「もう、先にふたりで何処へ出かけていたんですか? お昼、フレイが来るのを待っててすっかり遅くなっちゃった」

「ごめんごめん。久々に顔を合わせたからデートに行ってて――」

「大嘘ですよ。トーマス様が急な腹痛に襲われて、もうタイヘンでしたわ……ほほほっ」


 俺はさりげなく法螺を吹くトーマスさんの向こう脛を蹴りつけてやったが、空ぶった。ちっ、腐っても英雄か……と、半眼で睨みやっていたら、頬を膨らましてたボギーたちはやけに訝しんでる。

 ……やっぱ相当、怪しまれてるね。や、こんな軽い人とデートだなんて、私の身の潔白が証明できないのがツライ。

 でも「ふたりには心配をかけるだけだし、この話は内緒ね」と、念押しされていたので、口を割れないのだ。


 トーマスさんとは、久々の対面だがボギーたちの反応は、さっきのむせび泣く貴族様のような愁嘆場にはほど遠く、軽~く会釈で流されている。まあ、トーマスさんに流す涙なんて微塵も浮かんではこないんでしょう。私も同じ気持ちです。

 トーマスさんはそんなドライな子供たちに不満なのか「まぁ、いいからいいから! どっか街に遊びにでも行こうぜッ!」と、トーマスさんはお兄さん風を吹かせて言った。


「といっても、このお天気じゃ今日は観光って気分じゃないかな。ま、皆ずーっと学院に閉じ込められっぱじゃ、色々足りない生活雑貨とかあるだろ。今日は、このトーマス・ラザイエフが皆様の荷物係りになりましょう。なんでも申し付けてくださいお嬢様方?」

「あっそ」

「もう! 冷たいなぁフレイちゃんは」


 ……ふん。再会を果たしたばっかりの私に、はた迷惑の極致を行くような厄介事を押し付けてきたくせに。そんな輩に暖かいもなにもあるかよ。

 と、場の空気を悪くすべく、地面に向け高速で水風船をバシャバシャやる陰険君になったら、トーマスさんがせっせと出店で美味い食事を仕入れてきてくれた。

 いや、こんなことで、俺様が懐柔されるなどと思ったら大間違い――って、この桜色をした肉のパテがめちゃ美味~い! いや、棒状にしたつくねをホットドッグのようにパンを挟んでるんだが、この上にかかるこの果実のソースが絶品だ……。

 しかも学院のお堅いマナーを抜きにこうして食べ歩いたり、がぶりと喰らいつくなんてストレスフリーで乙ですこと。


「やっと今日イチの笑顔になってくれたね。いやぁ、お兄さんも嬉しいなぁ」

「……むっ」


 しまった。すっかり、餌付けされておったか!? しかし、いまさら要らね。とも言えないし、腹がたつのでニヤつくトーマスさんから顔を逸らしつつ、ひと口で片す……ふぅ。さて、お次はなにを食べるんですか?


「……ちょっと、フレイ? 今日は食べ歩きが目的じゃないでしょ」

「あ、そういえばそうでしたっけね」


 俺の寝床――あ、いや。ベッドを設えるに最適な、暖かい敷物を求めに来たのでした。

「しっかりしてよ~……」と、ボギーはげんなりした顔をしたが突然「あっ!」と、顔を上げると、近くのきらびやかな服が並ぶショップにボギーは羽が生えたようにダッシュで駆け寄っていった。


「ねぇ、見てこれ! すっごいかわいくない?」

「…………」


 ……ボギーさん。私たちの目的はなんでしたっけ? ってか、やはり服飾に目がないのは乙女の仕様なんだろうか。


「もうハッキリしてよ。いいでしょ、これ。フレイにぴったりじゃないかな?」

「わたしの!?」


 まさかの俺用品!? しかし、ボギーが指さしてるガラス戸の向こうには、フランネルの赤と黒のチェック柄のスカートが……その同じ柄のシャツ物はない?


「ダメだってば。フレイは女子物ひとつも持ってないでしょ。これからデートとか、遊びに行く時とかそれじゃ困るでしょうが!」

「いや、困りませんってば……」

「ダメ! 絶対にいるの!」

「……いや、でも」

「ダメ! ぜっぇったいにい・る・の!?」


 ……ふしぎですね。

 私の着る服のことなのに、私の意志が介在する余地はないのでしょうか?

 ダメ、の三重攻めに顔を逸らしていたら、トーマスさんまで「いいじゃないの、そんな意固地にならなくたって。違う自分への投資みたいなもんさ。ほら、お兄さんが買ってプレゼントしてあげる」なんて、的外れに言う。

 違う自分への投資、だなんてそれこそ違~う!? いいですか? 私は見た目は薄幸の美少女でも、心は紳士なんです。その紳士に相応しい一張羅はフランネルのスカートでもなければふんどしでも裸でもなくっ――


「買ってきたわよ!」

「ちょ、早くないっ!?」


 自分の選ぶ服にはめちゃくちゃに時間を取るくせに、人の服選びには即断即決とは……。てか、そのネイビー系のツートンカラーのワンピとか、柑橘系のシャツまでなんで持ってるのよ……まさか、スカートとセット?


「うぅん、違うってば「英雄様のお買い上げですからこちらはサービスで」ってお店の人がくれたの!」

「ひとつ買ってふたつついてくる――とか気前良すぎ! てか英雄甘え過ぎでしょ!?」

「いいじゃないの。さんざん有名税払ってるから? これぐらい役得、役得」

「フレイも諦めなさい。あ、そだ! せっかくだから、お店で着替えさせてもらったら?トーマス様に奢っていただいたんだし、その恰好を見せてあげなきゃ!」

「ノーコメント」


 全部、タンスの肥やしにしかなりませんよ~だ……ったく、ふたりしてホクホク顔しやがって。つーか、まさかボギーのやつ、俺のため~なんて言っておきながら、それを又借りする気満々なのでは? ……おのれ、小悪魔策士めやるな!


「あぁ、服で思い出したけど制服も女子用の買ってあげなきゃマズイよね。いつまでも男子のままだと――」

「結構であります!」

「ですって。フレイにはまだハードルが高いですよ。少しずつ変えていかなくちゃ」

「かな」


 ……しっしっし、とふたりして人の悪い笑顔をして……人を改造する計画を立ててやせんかねこのふたり。格好は変えられても、私の内面までは変わらなくってよ!


「……もう、行きましょうシャナン様」

「うん? 着替えなくていいのか」

「当り前ですよ」

「そうか、少し残念な気がするが。まあ、それなら行くか」

「…………。シャナン様までなに言ってんですか」


 やれやれ、と俺は被りを振って先の道へとズカズカと歩いていった。

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