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LV85

 ウェイターがメインディッシュを運んできたので、あまりにも生臭い話は中座した。

 それは、香草で包んだ白魚のムニエルだったが、メインにする料理とすれば若干ボリュームが足りない気がするが、急に押しかけたせいで食材が集まらなかったのであろう。

 というか、俺も頭の中でトーマスさんの話をまとめるので必死なので料理に文句をつける暇もない。

 ……つまり、まとめるとこうか。



 20年以上も昔、先代の王が突然の急死により、幼い姫君――エリス様へと王位継承をされるはずが、その統治能力を不安視される声が貴族内でわきあがった。

 その不安につけこむ形で、当時のナイツ、ルクレール、ハミルトンの三侯爵家が権勢の拡大を狙い、それぞれ婿入りを画策をした。

 結果、婿入りしたナイツ家の男子が王配となったが、彼の専制は目に余るものとなった。が、しかし、王配はなぜか女王陛下が後継ぎであるクリス姫様を身ごもった翌年、王配は謎の死を遂げ、ナイツ家がその殺害に関与したとして、そこに連なる家系はパージされた……と。



 ………うわぁ、なにそのスライムの口に手を突っ込んだような、ドロドロな陰謀劇は。そんな話は初耳だし、当然、学院では教わってもいないよ。それは「ナイツ家」という家が、歴史上存在していたことも含めて、だけどね……。

 だが、トーマスさんの話が、すべて本当だ。と、仮定すると、その王配を毒殺するのに関与したのはすべてナイツ家の仕業だ、と”世間”ではなってんだよね。

 でも、トーマスさんが他の連中の犯行みたいに、暗に仄めかしてはいるんだよね……。しかも、俺が会ったことのある相手……。

 専横の激しい王配だからして、彼が亡くなって喜ぶものは多数いるんだろうが、その状況的に一番得をするのは……いや、辺境伯の野望を打ち砕いてくれた、あの厳格な女王陛下が、そんなまさか。と、信じたいんだけどな。



 でも、結局、アレですね。幼い姫君からその執権を奪おうとした挙句に、さらなる政治腐敗を招いたってことか……それはいまでも沢山の人たちが、その人生を狂わされた忌まわしい過去なんだろうけど、で、結局?


「過去にそういう事件があったことはわかりましたけど、それがわたしの入学話しとどう繋がるんですか?」

「いい質問だね。ここまではあくまで予習で、こっから現状の情勢を俺の推察まじりになっちゃうけど、ともかくよく聞いてね」


 トーマスさんがこっからが本番だ、とばかりに姿勢を正した。


「粛正を完遂して体制が盤石なように見えるエレン様だけど、立場的には苦しいままだ。こんな公爵家の争いなんて話聞いただけでも辟易でしょ? それは民衆もそうだし、やってる貴族も同じだ。で、こんなことが起こらぬよう、自分たちの意見も反映させろー、って議会の改革を求める共和派なんつー連中まで現れる始末で、もうしっちゃかめっちゃかだよ」

「あぁ、改革派と守旧派の争い?」

「……正確にいえば共和派と、王党派ね」


 ……ふーん。どっちでもいいよ。

 共和派だの王党派だのが、かしましく主張を展開されましても、なーんも興味もないのが庶民の正直な感想よね。

 なので、揉めてる話に白黒はつける気はないけど、エレン陛下が両方の板挟みになってるんでしょうな。

 共和派からの突き上げに与して改革案に乗ろうとすれば、そこで益を受けてる連中たちからソッポを向かれて基盤を危うくなる。

 かといって、他の残ったふたつの侯爵家に頼るってのも、元の原因が侯爵家の不忠儀にあるんで、そこに頼っていては、他の貴族たちから突き上げを喰らう。

 ……まさに、八方ふさがりじゃないか。


「そう。陛下は王党派の頭目から離れられやしない。問題が多々あっても、元々の政治基盤はそこに寄るしかないからさ。……ったく、侯爵家がエレン様をしっかり支えてりゃ、こんな面倒にはならなかったのに。臣下の礼を失っするどころか、欲に駆られて身内をぶち込もうとするから……まあ、愚痴ってもしゃーねーけど」


 憂鬱そうにカップを持ちあげて口をつけたが、すでに空だったのか溜息をついてソーサーに置いた。


「現状は20年前に逆戻りしてる。エレン様にはご息女がおひとりだけいるの、知ってるよね?」

「クリスティーナ様、ですか」

「そう、その彼女も学院に通われる年齢になった。正式な婚姻を結ぶには早いが、もうその相手がだれを添えるか、争いのタネになる年頃だ。つまり、婿取り相手の問題が、またゾロ持ちあがってきたわけだ」

「……うわぁ」


 それはまた、なんて巡りあわせの時に入学しちまったんよ俺ら。


「悪いことに、栄えある四侯爵家が、三に減り、エアル家の男子はひとりもいない。これだとハミルトンかルクレールの二侯爵の家からまた王配を、となると、ナイツ家の乱心の再来をやることになりかねない――――そこで、だ!」


 トーマスさんは急に手をパチンと打ち合わせると、不敵な笑顔を浮かべた。


「ことは、女王陛下がひとり娘クリスティーナ・フォン・エアル様のご婚姻に、いまや多くの貴族の関心を割いている。いまの不安定な時勢だったら、だれと縁を結ぼうともタイヘンな混乱をきたすだろう。でも、ひとりだけ文句がつけようもない相手がいるんだ」

「文句が出ない相手?」


 いきなりクイズっすか?

 ……えー、だれよそれ。親しい貴族なんていないから、全然心当たりないんすが。それよりも、トーマスさん? 真剣に聞いて、とか、言う時ながら自分こそ含み笑ってるじゃないか。

 もうわかんないっすから、答えをサッサと教えて。




「そう? 正解は、シャナンです」

「はぁあああっッ!?」


 しゃ、シャナンが、クリス姫様と結婚ッ!?

 ちょ、ま、そ、えぇ、えええっ!?



「ハイ、深呼吸して~」


 スー、ハ~。


「落ち着いた?」

「……ハイ」


 ……失礼しました。答えがあまりに斜め上に行き過ぎて、私の理性が軽くぶっ飛んでしまいました。

 いや、でもさぁ! シャナンが王族って ありえね~!?

 っつか、二重にありえね~でしょ!?

 俺が頭を抱えてたのに「やや、ちゃんと論理だって考えれば普通の判断だよ」なーんて、トーマスさんはやけに楽しそうに一本ずつ指を立てた。


「第一に利害関係がない。クライスは辺境にいるおかげで、王党派にも共和派にも属してないし、両陣営ともに不満は抱いても、反発は抑えられる。

 第二に理由づけが名目が立てやすい。仮にも魔王と呼ばれる邪竜を討伐した報いがあれじゃ報いるに足らなかった~、と後づけに王女を差しだすって大義名分があれば、それに反対する輩は少ない。

 第三に民衆に人気があるってこと、かな」

「……けど、クライス様は両派の方々に反目されてるのでは?」

「当然反発はあるさ。でも、だれになろうとそれは不可避でしょ。古き英雄の子孫と新たな英雄の子が結ばれる。っていう、まあ、おやくそく? 的な展開になっちまえば、多少の無理も押し通せるとふんでるんじゃない?」


 そういうもんですか。にしても、シャナンが……ぷっ、やば! シャナンのマント姿を想像したら予想以上に笑いが。ぷぷっ。


「……ちょっと、なに含み笑ってんの。こっちは真剣に話してんだけど」

「くくっ、すみません……でも、てんで現実味がないっていうか、冗談にしか思えなくって」

「まったく、マジメに考えてよぉ?」


 なんて、トーマスさんは腕を組んで呆れるように云われた。

 ……そんな正論をこのお方の口から言わせるなんて、ことの重大さがいま初めてわかりましたわ。


「いまの話は貴族内で噂されている”ここだけ話し”だからね。女王様の胸の内は俺でも測れない。だが、あえて想像をたくましくすれば、君が学院にぶちこまれたのも、陛下の悪趣味でなく、ローウェル家との橋渡し役を願ってのことだと思うよ。君を介在して、あわよくば少年と王女様との仲を取り持たせられればいいか、ってさ」

「……そんだけぇ?」


 なに、そのメッセンジャー的な恋の後押しサポート要員!?

 そりゃ、姫様ともなれば、恋愛ごとには奥手そうですから~、侍女を介しての恋愛ってのが貴族世界では普通なんでしょうけど……仮にも異世界転生たるものをそんなしょぼい地位に当てはめるなんて、海老でスライムを釣るような物じゃなくって?

 ……い大いに不満だわ。私が主役を張るのは満更ではないのに。え? (仮)の紳士では姫様もおよびじゃないってこと?

 俺がつらつらと恨み節を脳内で列挙していってたら、トーマス氏に「マジメに聞いて」と、おでこをツンッと突かれた。


「ったく、もう……いい? 貴族界隈の噂話だとシャナンとクリスティーナ様との関係がもっぱらな関心事だってのは事実なの。先だって、ふたりが昼食ご一緒にされたのもそうだし、そのメニューまで噂が広まってるからさ、えーっとたしか」

「「仔牛肉のソテー」」


 思わずはもってしまった。

 うはーっ、子供が喰ってるランチメニューまで噂の種になっちゃいますか? ……ヤベェな。俺が迂闊なことしでかしたら、ローウェル家のあのチョー絶美人なメイドはぐーたらしてばっかりで、とか噂になっちゃいます?


「ああっと、そんなことより! ……これからどうしましょうか?」

「どうするって。ひとまずは放っておくしかないんじゃない?」

「……マジで」

「だってやることある? 姫様に仮にそういう思惑があっても、究極のところをいえば、その話を受けるか受けないか、すべてはシャナン次第ってことも言えるだろ。それに相手が本気でアプローチしてくるか、はまだ不透明だ」


 ……確かに。姫様のアプローチなんてのも、実際のとこは俺たちがアルマに絡んでいたレオナールを退けた、ってお礼から始まったんだよな。それ以上の深いお付き合いが始まってもない。ただ――


「……むしろ懸念されるのは、姫様ではなく周りのお貴族様たちですよね」

「お、冴えてるじゃない」


 と、トーマスさんはにこやかに身を乗り出した……この人は、人におもしろがるな~とかいって、一番楽しんでるじゃないの。 


「キミがその点に気づいてくれるなら話が早くて助かるなぁ。その通り。なにも狼の群れたちの狙いはひとりだけじゃない。シャナン自身も狙われる危険があるってワケ。その狼ちゃんの正体はわかるよな?」

「……ハイ、テオドア一派、でしょ」


 伊達に毎日あいつらの対処に頭を悩ませていやしませんことよ。いや、なんとな~く、おかしいなって思っていたんだ。あいつらのその目にある光っての?

 あれには恋する乙女って雰囲気は微塵も感じないつーのか、こう嫌われるのも辞さないあの態度には違和感しか感じなかったのだ。

 ……きっと、あいつらの狙いはシャナン。ではなく、そこに流れる勇者の血じゃない?


「乙女の複雑怪奇な心内はわからないけど、あくまで俺の印象だとクロだな。ルクレール家は、バカ兄貴もいんだろ? 大方、その兄貴への援護射撃な一面で、シャナンと深~い関係を持ってるのを匂わせてんじゃないの?」

「……うっわ。えげつな!? しかし、その可能性が大ですね!」


 なるほどな~。って、むしろそう考えれば頷けるよ。

 自分にとっての恋敵のはずのクリス姫様を、ザーとらしく昼食会になんぞ招いたりして。おそらくはそこで兄貴と姫様との縁結びをかねて、そして自分はシャナンとの深い縁を見せつけて既成事実を作っていく。と。

 なんだか、きな臭い話しばっかやね……あ、思ったんだが、シャナンと姫様がふつーに結ばれるならことは単純だけど、その婚姻には反対の連中。つまり壮年の男がいる連中からしたら、仇敵だよな。

 ……最悪、血迷った侯爵家やら、他の貴族うちから消されるとか、ないよね?

 俺が心配なんでそう訊ねたら、トーマスさんはあっけらかんと、心配ないよ。と、太鼓判を押した。


「大丈夫、大丈夫。ある意志を持ってる連中からすれば姫様もシャナンも、垂涎の的にも、目の上のたん瘤にもなる。”勇者の血”にも”王家の血”にも、使い道がいくらでもあるからね。ルクレール家のお嬢ちゃんが、わざわざ子爵の子息にぞっこんなのはそのためでしょ」

「そっか。そーいえば、向こうの方が格上なんでしたっけね」


 キャーキャー周りで騒がれたの、シャナンは疑似モテされてただけか……そう考えると、可哀想よねぇ。クックック。

 いや、しかし安心したわ。シャナンの命もそうだし、俺の身上が無事であろうこともね。しかし、テオドアにはつくづく悩まされるのは残念だけども。


「ガッカリした。貴族の暗部ばっかり知れて。でも、貴族の世界なんてこんなものなのさ。利用ができれば利用するし、力のあるやつがただ偉ぶってるってね」

「そんなことないですよ。貴族のなかにクライス様や、トーマス様のようなお方もおられるのは知っておりますから」

「…………フレイちゃん。俺との結婚式場をどこにしよっか?」

「却下」


 それと、前言撤回。貴族にはろくな輩がおらん。


「しかし、アレですね。危機が迫ってる! と、警鐘を鳴らされても、その対処法がいまいちわからないのはツライところですよね。帰ったら早速シャナン様と相談して、色々と話しておかないと……」

「いや、待ってよ。それじゃキミを先に呼び出した意味ないじゃない」

「は?」


 ……まさか、ナイショのままにしとけってこと?

 当事者はシャナンなのになんでぇ?


「こんな手練は貴族内じゃ上等手段なんだけど、自分の周りにいた連中に悪意が介在してるのはツライことだよ。しかも、あの愉快な少年にこんな陰湿な打ち明け話したら、近寄るやつは敵ッ!? みたいにヘタしたらあの愉快な性格が歪むかもよ。なまじっか純粋だから」

「それは……」


 ……在り得る。それも大いに。思えば出会った頃のシャナンも、妙につっけんどんしてたな。アレがまた常態化されたら、付き合いづらいことこの上ない。


「だろ? もちろんバレたらしゃーないけど、なるべく君の方で危険の芽は摘んでくれる。きっと、親の意向を受けた生徒らが、シャナンに対してなんらかのアクションを起こすだろうからさ。それが、排除なのか誘惑かはしらねーけど」

「いや、その対処法が、わたしには検討もつかないんですが。いったい、どうすればいいのよ?」

「大丈夫。その辺のアドバイスはクライスから貰ってるよ」

「え、どんな?」

「「こういう色恋は自然に任せれば、万事がうまくゆくだろう」だってさ」

「…………」


 勇者よ。もうよい、休め……。

 その場の重たい空気を払うように「ソロソロ行こうか」とトーマスさんは伝票を取って立ち上がった。あぁ、もう気づけば皿の上のお魚さんが、骨だけに……なんだか、話に気を取られて、味もよくわからなかったね。

 ……クッ、俺としたことが一生の不覚。命を散らして、俺たちの糧へとなってくれた魚くんに申しわけがない……。

 俺は哀悼の意を捧げていたら「シャナンのこと、君に任せたからね」と、すっかり肩の重荷を降ろしたトーマス氏のステキ微笑に迎えられた。

 そうですか。また私がが尻拭いをする嵌めになるわけですか。

 そうですか。

 ソーデスカ。

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