LV84
テオドアとの不愉快であろう昼食会の前日、突然トーマスさんに呼び出しを受けた俺は高級レストランにてでぇと中。あいにくの曇り空とはいえ、まだお日様も高いであろうに、トーマスさんはワインを傾け、大いにくつろいでおられる様子だ。
が、しかし、油断をしてはならない。彼のお腹のなかには俺を巻き込もうとする悪辣な企みを抱いているのが透けている。
俺が喰われる前に喰ってやる! の精神で睨み据えると、トーマスさんは少しく苦笑をして、降参するよう手を広げた。
「いや、そんな怖い顔してお兄さんのこと睨まないでってば……そりゃぁフレイちゃんに、また面倒なことを頼まなきゃなんないのは悪いとおもうけど、俺もほんと困ってるんだってば。ね、ほらもうご飯が来るから機嫌直してよ」
……ふん、そんな泣き落としが通じるか。結局、厄介事を持ち込んできたわけでしょ。でも、持ち込まれてもそれを解決するかどうかは別問題だかんね。
てか、さっきまでの口振りだと俺が王立学院に通うことになった、女王陛下との一幕の裏側を教えてくれるらしいじゃないの。それがまた、持ち込んでくる話と関係あるわけ?
「もちろん。とにかく、最初っから話すとまた長いけど……まぁ、質問は後にしてまずは俺の話を聞いてくれる?」
そうして、語り始めたのはトーマスさんの話はとある歴史の一幕だった。
それは学院に通ってから授業でも聞かされた、この国の建国史。
「エアル王国は、千年以上もはるか昔の神話の時代。闇の聖母レリアナを打ち滅ぼした、聖王アレクセイが興した国であり、その英雄たちのいまに続く子孫が女王陛下――エリス様であらせられ、聖王に仕えた忠実なる三人の家臣団が中心となって、こんにちの繁栄と平和との礎を築いたのだった…………って、ここまでは知ってるかな?」
「えぇ、知ってますよぉ」
「……ちゃんと聞いてる?」
と、トーマスさんがいやに胡乱げな眼をしてる。むっ、人の言葉を疑うとはいい度胸だな。ちゃんとコース料理を味わいながらでも、聞いてるよ。
「もう、この話は基礎が大事なんだから、その点をしっかと踏まえておかないとわかんなくなんだよ?」
「ハイハイ、わかってますってば。もう学院でもその辺の建国の歴史は授業で学んでおりますよ」
俺はむぐむぐ、とスープを啜りながら頷く。いやぁ、それにしてもこの海ホタテのスープは滋味がきいてて美味い!
トーマスさんはなにか諦めたように額を手で覆うと、さらに話を続けた。
「……ンで、建国の英雄たる聖王と彼に仕えた家臣――ハミルトン、ナイツ、ルクレール、この三侯爵家と呼ばれてる連中と、それから聖王の直系とがあわさって、四侯爵家って呼ばれているわけ。そのやんごとなき血筋の彼らが、何百年と続く国をいまなお支配してるんだよ」
「その辺の歴史も、モーティス教諭から学びましたよ?」
そのお歴々の貢献がいかに国の発展に大きな役割を果たしたか、ってね。
しかし、トーマスさんのそのしかめっ面からすれば、モーティス教諭の伝えたいにニュアンスとはまったく別物っぽい感じがするな。
「たしかに、古の時代には名家の働きは大きかった。しかし、いまの時代にあってはむしろ弊害の方が大きいよ。国の統治は昔のままで、功績をあげた数だけ貴族ばっかり増えて行く。なのに、政治に参画はできない……これだと、他の貴族どもは不満でしょ? そんななかで、王権が揺らぎかねない事件が、ナイツ家の乱心から始まったんだ」
後に「ナイツ家の乱」と、呼ばれた混乱の始まりは、いまからおよそ20年前に起こった、先王の突然の崩御が原因だった。
まだ40代も半ばも迎えた若い王が突然に亡くなられた。それはその年に流行っていた病に倒れて、陰謀の影はなかったようだが……しかし、国はおおいに揺れ動いた。
なぜなら、夭折した王に妃もすでに亡くなっており、その実質的に家族はひとりしかいなかったのだ。それが、いまの現女王である――当時8歳のエレン様だ。
王位は代々、世襲でもって迎えられており、当然ながらエレン様が即位されるのが常だ。しかし、当時8歳の子供であるエレン様の統治能力に疑問を呈する形で、貴族達から即位にさいして猛反発が巻き起こったのだ。
「結論を先取りすれば、エレン様が即位されたよ……その決定には、納得しない連中が大半で、相当に紛糾したらしいけどね。しかし、その非難をかわすべく、その即位に際して、ある条件が設定されたんだ」
「条件?」
「そう、ズバリ早期の婚姻を条件に、ね」
つまり、ことの問題は、政治経験の乏しい若い王女様が誕生することにある。ならば、その新しき王女の傍に、優秀なる王配が支えて、国のかじ取りを行ってもらえばよい――そう、囁く家臣どもがいたそうだ。
「一見正しい方策だと思うことが、後に大失敗に繋がる典型だね」と、トーマスさんは吐き捨てて言った。
「問題は王女の素質から、だれが王女の婚姻相手か、にすり替わったんだ。新たに始まった諍いは、王配の地位を狙う者たちの醜い争いだよ。しかも――国を支えるべき三侯爵家同士のね。まぁエアル家の婚姻相手は、代々三侯爵家から取るという、事実上の慣習があったんだけど、すでに人材もいなく弱り切ってる王家を乗っ取るにはいまがチャンス! って腹だったんだよ。
……まあ、その諍いの中身もはしょるけど、王女様の即位は一年の大喪の儀があけて、ようやくに最終決着したのは、ナイツ家の男子が婿入りになって終わったワケさ。エアル王家としては屈辱的な結果だろうが背に腹は代えられないだろう、ってとこかな」
……なんだか、目にいれたくないぐらいの、ドロドロですね。
トーマスさんは、冷めて渋くなった茶を無言で飲み乾すと、軽く頷いた。
「俺が語りたくないってのも、わかるっしょ? でも、極め付けは王配殿下の暴走が始まったんだよ。ったく、王配といえどもなまじっか王家の人間だから。そりゃもうやりたい放題で。王家の名において、やたらめったら恩賞を出すわ、貰ったやつはしっぽを振るだろうけど、その元は国の財なわけ。王配殿下は権力基盤を強化する目的だったんだろうけど、その分、他に敵を作りまくってさ。で、野心にたくましい王配殿下はあっけなくお陀仏したと」
「……亡くなったんですか」
「毒殺されたんだよ」
「毒殺……」
ぞくっとした。
話を聞く限りじゃ、ろくな死に方せんだろうな、とは思ってたけど。あっけらんかんと言ってのける話題じゃないでしょ。
「よりによって、一族郎党が集まる酒宴の席でね。これもまたよりによってだけど、その数日後に、女王様のご懐妊が発覚したワケだ」
「つまりそれは……」
子を成したから用済みになったってこと?
それとも、単にそれは偶然で、横暴に耐え切れなくなったものの仕業なら、一番に浮かぶ容疑者は”彼女し”か――と、瞬間「その話は止めよう」と、トーマスさんが呟いた。
「ともかく、この事件を切欠にナイツ公爵家は横領だのなんだの、って口実の元にして、傍系まで粛清されてね。いまやナイツ家は滅んだ。大事なのはいつだってこれからのことだよ。大丈夫。君にはそういう暗部には触れさせやしないさ」




