LV82
「……ほんっと、やな天気ねぇ」
ボギーは、頭から被っていた雨合羽からむくっと顔を覗かした。
登校路を行く最中にも、分厚い曇天がお空を覆っていて、そこから降り落ちてる雨足は収まる気配がない。こんな悪天候では日頃「ごきげんよう」なんて、言い合う貴族女子たちも、そんな気分ではないのか、足早に各々の教室へと向かっている。
「制服少し濡れちゃったかも。フレイは大丈夫? まーた、濡れて帰ってくるとか無しにしてよ」
「その文句はシャナン様へどーぞ。って、ジャケットなんだから少しぐらい濡れてもへーきですよ……って、ちょ!? 頭にタオルゴシゴシ、こすんなってばっ!?」
「濡れた頭で風邪ひくよりマシでしょ」
「……そういうペット扱いはヤメレって話よ!」
「やーね。フレイはペットみたいにかわいくないでしょうが」
確かに。
って、おい! こんなかわゆい女子を捕まえて、なんちゅー言い草ですか!?
「だってアルマの話じゃ女子に怖がられてるんでしょ?」
「……それは、まあ」
「きっと第一印象が悪いんでしょ。そんな男子の制服なんだから、女子っぽい雰囲気を少しでも出したら? あ、髪型を変えたら少しはとっつきやすくなるんじゃない……そーね、こうお団子、とか編みこみとか。どーせやり方は知らないでしょーから、あたしがセットしてあげるけど?」
なーんて、ボギーは小首をかしげつつ俺の髪を手櫛で梳いてくる。
「ヤですよ。こんな短髪なのに編み込みとか……なんか痛そう」
「そんなことないわよ。短くてもサイドに流したり、後ろにちょっと団子を丸めたり。覚えれば簡単よ?」
「…………ぜったいにイヤだ」
「頑固者!」
ハイハイ、いいから教室行きましょうよ。と、俺はさっさと手を振って歩いた。それでも、ボギーは俺のド頭を見ながらブツブツとなんか想像してるし。
なんだか、前のアルマたちとの女子会で言うてた、俺のシャレオツ度を上げるって企画。ボギーのなかでは本気なんかね……。
ボギーの獲物を狙うかのような目に怯えつつ教室へと入ると、まだ登校したばかりなのに、テオドア一派が露時の空気のようにベッタベタと、シャナンを囲んでいる。
ハイハイ、恒例。恒例。
と、俺は軽やかに無視をして着席したら、テオドアは「そうだわ」と、思い出したように手を打つと、手下の侍女に目配せをして鞄を持ってこさすと、そのなかから手紙を取り出した。
「シャナン様、これをどうぞ。なかは後で独りでご覧くださいませ……」
と、言い捨てて、席へと戻っていく途中、テオドアがやけに意地悪そうな目を、こっちに向けてきた……なんだ、あの態度? いつもなら休み時間いっぱい、シャナンのとこに刑事のごとく張り込みしてるのに、やけに今日はしおらしいな。
てか、あの手紙がなんだってんのよ。
……まさか、いまさらラブレター、って、そんな柄じゃないよな。
くっそー、後で独りで~、なんて思わせぶられたら、余計に中身が気になる……って、俺が心配することじゃないだけどね。
「それで、中身はなんだったんですか!」
と、ボギーは次の昼休みに入ると、早速とばかりにシャナンに喰い気味に噛みついた。……どうやら、テオドアの心理戦に丸嵌りだったようね。
午後になっても降り続く雨のせいで、中庭に出るわけにもいかず、今日のランチをいただくのは美術室だ。前に、テオドア一派に詰められた因縁の地だが、普段の教室から離れた静かな場所なんで、こういう密談にはもってこいなのである。
俺はシャナンに喰いつくボギーに「まぁまあ、落ち着いて」と宥めると「……だって」と、ボギーは口をへの字にしてた。
「一応、あんな巻き舌にもプライバシーがあるんだし、尊重してあげませんと。根掘り葉掘り聞くのは野暮だし……って、言いつつ。まぁ、わたしも気にならないといえば、ウソになりますが……。それってラブレターっていうやぁつ?」
「違うって……というか、オマエたちにも関係することだから、見ても問題ないよ」
と、シャナンは手紙を差し出してきた。
「えーっ、と――19日。って、来週の休日明けですね――に、ささやかながら我がルクレール家の主催するパーティを開きます。尽きましてはシャナン様にもご出席いただきたく存じます~って、これ招待状っすね」
「……だろうな」
ったく、思わせぶりっ子かよ。ただ昼食を食べるってだけなのに仰々しいマネするなぁ。学生同士のお付き合いなんだから、口頭で伝えりゃいいだろうに。あ、もしや、どっかにキスマークとかあったり……しないか。
「それで、出席をなされるので?」
「あぁ、出席する」
「でしょうね」
「ど、どうしてですか!?」
と、喰い入るように、手紙を睨んでたボギーが顔を上げた。
……や、ちょっと、落ち着いてよ。
「……いや、しょうがないでしょ。ここ手紙に出席者名のなかに、クリスティーナ王女様。って書いてあるんすよ。こんな大物が出席するのに、わたしらが無視して出ないなんてことしたら、あらぬ噂が立ちかねないし」
「うっ」
ボギーが軽く呻くと、シャナンを心配するような目で見た。それに、シャナンは少しく苦笑をして、
「フレイの言う通りだ。でも、そんなにボギーが心配することはないよ。メンツが少し豪華になるぐらいでいつものように、大した集まりじゃない」
「……そうなんですがね」
てか、ボギーが心配するとこって、そういうとこじゃないんよ。
テオドアがシャナンの周りをうろついてるのも、ボギーにとっちゃ軽いストレスだが、とくに本気の脅威とは感じてないものね。だって、シャナンも辟易としてるのが、態度で知れるから。
でも、あの姫様とふたりで会食したあの雰囲気には、絵になってるのを悔しがったり、相当に激しく落ち込んでたりしてね。
ボギーは、いつもより言葉少なになってランチを終えた。そのまま腹ごなしにお茶をいただこう、と侍従用の食堂へと向かうことにした。
「暗い顔して。まーだ心配なんですか? 先のことなんだから、気にしたって意味ないですよ」
「……わかってるけど」
「頼りにならない主で悪いな」
「い、いえシャナン様が謝られることないです! ……頼りにならないなんて、むしろ頼りたい、みたいな」
「――おい、貴様ら」
「お、……いまの言葉、なかなかポイントが高いのではございませんか」
「ポイント? なんだそれは?」
「……フレイ!」
「――おいっ、貴様らっ!?」
「にひひっ。そんな怒らなくても、ボギーさんの乙女チック度は、わたしがちゃんと測定しておりますからね」
「…………殺されたいワケ?」
「さっきからなんの話だ?」
「――だからっ、貴様らオレのことを無視するなって言ってるだろっ!?」
おわっ、なんだ急に大声で?
って、ン? 陰険そうな細目をした男子が赤ら顔で、ぜぇはぁしてるね。なんか、俺たちに用事あんの。しかし、困るなぁ急に。私と話したいというなら、アポイントを取ってくれなきゃ。出直してきなさい。じゃあね。
「待てこらっ!? オレを誰だとおもってるんだ。この、レオナール・ローゼンバッハ様のことを忘れてるんじゃねえよ!」
あぁ、アルマを虐めてた辺境伯のバカ息子か。見覚えがあるかと思ったが、うっかりしていたぜ。と、俺が応対しようかと思ったら「……僕らになんの用事だ」と、シャナンがその前にしゃしゃり出て行った。
「……用事もなにも、貴様が姫様と食事会を一緒にした聞いたが本当か?」
「食事会?」
「そうだ! どうしてこのオレを差し置いて、貴様ごとき子爵風情がそんな恩寵に預かられるんだよ! おかしいだろっ!?」
……おかしいもなにも、オマエがアルマに執拗に絡んでたのを、シャナンが仲裁をしてそのお礼をされたんだよ。そもそもの元凶のクセに、オマエが姫様やアルマに感謝するいわれもないじゃん。バッカだなぁこいつ~。
「……ハァ。つまり、文句がおありだと。しかし、僕は招待を受けただけなので、それに文句をつけられるのは……」
「うるさい!? 屁理屈をこねるな!?」
と、レオナールはキノコのような茶髪頭を掻きむしって、怒り狂うと、その丸っこい指先をシャナンに突き付け「いいかっ、姫様に指一本触れるマネをしてみろよ。貴様をこの学院どころか、この国から叩き出してやるからな!?」と、言い捨てて行った。
「……なんだったんだ、アレ?」
「いや、わからない。てか、あれ――プッ、クククッおもしろくないですか?」
……ヤベェ。思い出し笑いが! あの絵に描いたような小物っぷり。そして、その後ろに控えてたふたりの侍従らの無表情のコントラスト……プッ、クククッ。なかなか、くっ、趣向を凝らした笑いを提供してくれる!
「いやぁなんか、逆に楽しみになってきたなぁ。テオドアの昼食会! 寄り集まった個性的なキャストが勢揃いして、波乱が起こらないワケなくない?」
「……楽しみ、ね」
シャナンは呆れたように呟いたのに笑い返したら、後頭部がペシッて叩かれた。って、なによ? と、振り返ると、悪趣味なこと言わないの。と、ボギーがマジメに怒っておられた……へーい、スンマセン。




