LV80
教室へ戻ると、テオドア一派たちがすでに席へとついていた。どいつもこいつも、俺に飛びかからんばかりに忌々しそうなんで、その横を通りがてら「――失礼」と、言ってやったら、さらに憤慨をしたように手を握り絞め、歯軋りの音が聞こえてくるようだわ。
そして、ランチタイム前の残りの授業を消化した後、テオドア一派たちはすぐに教室を出て行った。
おほほほっ、敗者の悲鳴はなんと耳に心地よいことでしょう。
「彼女達になにかされなかったか?」と、シャナンがこちらに来るなりにそう言った。
「まあ、大したことじゃないですよ。気にしたら色々負けですんでね」
「……そうか? なら購買に行く――」
「あぁ、今日はわたしたちは侍従用の食堂に参りますので
「……なんで?」
「テオドア様にああいった手前、わたしたちが食卓を囲むのはどうかなぁ。と、シャナン様はご友人たちがおられるのですから、そちらの方々とどーぞお楽しみに」
それでは。と、唖然としてるシャナンを背に、ボギーを引っ張って教室を出た。
すると「ちょ、ちょっとぉ! なんであたしまで付き合わなきゃならないのよ!」と、我に返ったボギーが怒った。
「巻き舌にああいった手前、ウソつくわけにいきませんでしょ?」
「そりゃそうだけど。……フレイなにか怒ってない」
べっつにぃ? なんで、俺があの朴念仁の尻拭いをやらされて、危うく頭どころか首をちょん切られそうになったのがムカついてたり、他人に振り回されてばっかりなんで今度はボギーを振り回したいとか、思ってもいないです。ハイ。
「……もう、せっかくシャナン様とのランチタイムだったのに」
「そんなのいつでも出来るでしょ? てか、わたしの友達作りに付き合ってくださいな」
「なにそれ?」
「いえ、さっき、テオドア一味に首をちょん――髪を切られそうになった時に、ちょっと親しくなりないなぁ。って、神々しい感じの猫様なお方とお知り合いになりまして」
「……首、に髪に、猫様……ってなに?」
ハイハイ、食堂に行けばわかりますから。
「……ねこ、耳?」
ボギーはそう呟くと、彼女のその頭の頂にそびえる立つ三角巾をあんぐりと見上げた。
「いえ、ワタシの名は、ねこ、耳ではございませんが」
「あ、あぁうん。ごめんなさい! 失礼なマネをしてその、獣人は、ウチの田舎では珍しいから、つい」
「そうですか」
「失礼ですよ。ボギーそんなジロジロと見ちゃ」
「……ごめん――て、アンタは直視してるでしょうがっ!?」
ぐっ! わ、脇腹に、肘がっ……。
ボギー様は「バカ言うからよ」と、お腹を押さえて苦悶するこちらをフンッと、吐き捨てられると、「ほら、注目集めちゃってるから、さっさと食事貰ってきましょ」と、さっさと行ってしまう。
……その原因は、貴女様なんですが。と、恨みがましくも見送っていたら、ネコミミ様が平素な声音で「なかなかにスバラシイお点前ですこと」と、逆の脇腹をちょいちょい突いてくる。止めてってばぁ!?
幸い、貴族たちの食事が終わってないせいか、侍従用の食堂はえらく空いていた。食堂のおばちゃんが手早く仕上げた料理をトレーで受け取り、空いてる席へとついた。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね」
と、俺が言うと、周りを見渡していたネコミミ様の丸い瞳がこちらを向いた。
「そういえば、貴女様はどちら様ですか?」
「……フレイって名前も名乗らずにランチに誘ったの?」
なんだよ、その非常識ヤロウみたいに見て。先に声を掛けてきたのはそっちのネコミミ様よ。
俺が半眼でボギーを見返すと、貴女よりも常識を知ってます、とばかりに、「あたしはボギー・カーソンっていうの。で、こっちの騒がしいのが――」
「お淑やかな方がフレイ・シーフォでーす。ふたりともローウェル家の侍女やってまーっす!」
…………。
凍てつく魔術を放った私は、静かに着席をした。
「……このバカは放っておいていいから」
「そうですか。申し遅れましたが、ワタシは――プリシスと申します。家名というものはございません。ただのプリシスです。お見知りおきを――あ、ひとりですが、ヴァン・ラームズ家の侍女やってまーっす」
「ちょ、それわたしの外したネタ!」
しかもそんな平素な声で言うのヤメてーっ!?
寒さが余計に際立っちゃうーっ!?
「フーン、そうなんだ……って、え、ヴァン・ラームズってあの?」
「……なに、どうかしたの?」
家名がそんな気になるの。バカにもわかるように、教えて。
「いや、フレイも知ってるでしょ! ヴァン・ラームズっていえば、賢者の!」
「賢者って、もしかして勇者パーティのひとり!?」
「左様でございます」
うっわ。マジかっ!?
話に聞いてた英雄が、こんな近場にいただなんて。
いや、勇者パーティってのは、耳タコができるぐらいに有名なんだが、改めて語れば邪竜イシュバーンを退治した、五人の英雄のことだ。
もちろん、一番に有名なのは勇者、ことクライス・ローウェルだけど、賢者アイゼン・ヴァン・ラームズ――って、のもかなりの超人気だよな。その繰り出す魔術は、失われた神々の秘術に匹敵し――なんて、まことしやかに囁かれてるし。
……いや、こんな大物の子息が、まさかネコミミ様――あいや、プリシスの捜していた主だなんて。
「……すっごい偶然ですね。まさか英雄の子が、この学院にて集結するとは」
「左様で。その節はタイヘンにお世話になりました。と、大主様に成り代わりまして、お礼を申し上げたいと思います」
「いえいえ、どうもこちらこそ」
と、俺たちはペコペコと頭を下げあう……って、リーマンなことやり合う必要はないんだろうが。
「あぁ、これは凄い出会いっすね! 勇者と賢者との邂逅だなんて、やじうま根性だけど、こうぐっ、とくるものなーい? ふたりを対面ささたらそれだけで学院を騒がすBIGニュースになるかも!」
「いえ、それは無理かと。我が主は変わり者でございますから、首に縄をつけても会うのはかなわないでしょう」
「……え、そーなの」
そーいえば、俺たちの出会いからいって、プリシスがサボり魔の主を捜してる時、話しかけられたんだっけか。
……その特徴を聞いた限りじゃ、とてもとても、優等生って器じゃないし、対面は避けた方がよさそうだな。生真面目なウチのシャナンと会わせたら、混ぜるな危険! になるかもしんね。
「残念だけど、しばらく対面は無理ね。ちなみに、貴女のクラスはどこなの?」
「2-Aでございます」
「え、じゃあなに、二回生だったの?」
マジで上級生? 先輩じゃん。ネコミミ先輩!
「ハイ、ワタシの方がお姉さんでございます」
「……なんで、少し胸を張るの? ま、まぁ、たしかに背丈は高いものね」
このなかで一番に、ちびっこなボギーが悔しそうに言った。
フッ。妬むな嫉むな。
と、俺が余裕の笑みをしてたら、チラッとプリシスが俺に丸目を向けてきて、
「それよりも、あちらの方は貴女様のお知り合いですか?」
「え?」
と、振り返ると、そばかすの娘が立っていた。
あ、この娘覚えてるぞ。前に、花瓶の水を辺境伯のバカ息子にぶちまけたそそっかしい侍女ちゃんじゃない。どったのこんな場所で。
俺らが全員で目を向けると、彼女は緊張に顔をえらく赤く染めて、
「あ、あのこの、席空いておりましゅか!?」
……噛んだな。
「しゅしゅ、しゅみません!」
「あぁ、ごめんごめん。いいからちょっと落ち着いて。「そこ、空いてますからどうぞ」
「……は、はい」
うんそうだよな。突然、匙を向けられたらビックリするよね。
でも、舌を噛んで半泣きになるのはおよし。
ドジっ子メイドは頷いたけど、人見知りの気があるのか俺が促してもおどおどするばかりで座る気配もない。とりあえず俺の顔に見覚えがあったから声かけたけど、実際はあんまし親しくも接点もなかったしマジ不安。っていったふうである。
「まあいいから座って」
ボギーが一個席をずらすとようやく俺たちの間に座った。
「あ、あの、この前は助けていただいて、どうも……は、初めまして。あたしはエアル家つきの侍女で、アルマ・ティンジェル。と申しますです」
と、下っ足らずな声で自己紹介をした。
「どーも」と、俺たちも、その場の流れでまたぞろ自己紹介をしあった。
しかし、クックック、この流れ俺に来ているぞ! まさか、友達ふたりもゲットだぜ!
「アルマはエアル家のお付きで、プリシスはヴァン・ラームズ家付きね。わ、うっそ……考えてみたら、ふたりともすっごいエリートじゃないの?」
「いいえ、そんな! あたしなんて大したことないです、ハイ」
「謙遜、謙遜」
「いい、いいえホント違うんです! 味噌っかす扱いで……」
アルマはわたわたと腕を振ると意味なく前髪を整えたりした。
なんだかいい娘だねぇ。
王族つきの侍女なのにへんに鼻についたとこがないし。
顔にそばかすが散ってたり、おかっぱな金髪が地味系な少女のど真ん中を射抜いてるよ。その素直な朴訥とした感じ。
「……俺にもこんな時代があったな」と、遠い過去の甘酸っぱいような感傷と、なつかしさについ微笑みがわいてきたのだが、よくよく考えてみたら俺には素直な少女だった時代なんて存在してはいないので、それは厚かましい程の錯覚なのだった。
俺は暖かな笑顔を消した。
「皆さんの方こそ凄いですよぉ。勇者様に賢者様なんですからぁ」
「違う違う、ウチは田舎だから、他に年頃の人がいなかっただけ。でもプリシスはマジに凄いかもね」
「ですです!」
「いえ、べつにそんなことは」
「それこそ謙遜でしょー!」
ボギーとアルマとは、すっかり打ち解けてしまったのか、女子力全開のトークが始まってしまった。無論、女子トーク定番の「だれだれ君が、カッコいい~!」の始まりである。
こうなると似非乙女の私には出番がないので、ボロが出ないよう沈黙を保ちつつケッと、舌打ちした。
しかし、話題が教師の悪口や学院への不満に移ると、俺も自らふるって参戦した。
人の陰口や陰湿な流言を飛ばすに任すなら私こそが万夫不当の豪傑ぞ。
「あー、おもしろい! 皆さんって。噂とは大違いですね!」
「噂?」
アルマがしまった。という顔をした。その感じからしてロクでもない噂なのは確かだろう。
「へー、噂ねぇ……そのわたしたちの噂ってどんなものです?」
「い、いえ大したことじゃ」
「話してよ。どうせ”たち”って濁してるけどどうせフレイのことだけでしょ」
「なにその言い草!」
と、俺がいきり立つと、アルマは反射的に身を縮めて「聴き洩らしてくださいよ~」と、情けなく言ったが、さらなるボギーの突っ込みに、小さく頷いていた。
俺の噂って、マジかよ。絶対にろくでもない感じしかしないんだが……。
「その、わたしの噂って、いったいなに?」
「……その~、こ、怖いって、言ってましたです」
「どうして!」
怖いってなんでだよ! 俺が怒ってることなんかないっしょ? 「あ~、納得ね」って、怖さでいったらボギー、君には俺もシャッポを脱ぐぜ。と、俺が黙然と怒り狂っていると「ほーらその顔」と、ボギーに膨れっ面の頬を突かれた。
「フレイはいっつもそういう仏頂面を決めこんでるじゃない。そんなんだから怖がられるし、モテないのよ」
「ふん! べつに男にちやほやされなくたって気にしやしませんよ」
「でも、フレイさんが怖がられてるのは女子の間だけですから。男子のなかでは人気が高いんですよ」
「マジ?」
「そうですよぉ!」
アルマは強く断言して笑った。
……男にモテたって俺には嬉しさなんかわかないんですけど……。
それから話題は「どうフレイをプロデュースするか?」なんて、まったくありがたくもない話題に、ふたりは盛り上がり始めた。俺とプリシスはだんまりを決めていたら、すぐに呼鐘が鳴って、女子会は打ち切られた。
やれやれ、だ。
男子向けのプロデュースだなんて、死んでもゴメンだね。




