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LV79

 魔窟となった美術室を颯爽と抜け出すと、俺は早足で教室へと戻っていった。そして、しばらくの距離を取った後、振り返ってみたが、だれも追ってはこない。俺は安心して、「ハァー!」と、大きく嘆息して壁に縋り付いた。

 ……あぁ、あっぶなかったわ。

今更ながらに、心臓がバクバクものよ。

 ったく、あんなとこに呼び出された以上、ぜったいなにか仕掛けてくるだろう、って思ってたけど!

あんな、裁断用のデカハサミなんか持ち出してくるか普通!?

 小物のやるこったからせいぜい彫刻刀でしょ。って、たかを括って振り返ると思わぬ大物の登場に手が震えたぜよ。幸い、迫りくる前に俺がその手を掴みあげたワケだが。こっちの震えが相手に伝わらなくって、気が気じゃなかったわ。

 いやぁ、無事でよかった。これも前の不愉快なメイドに学んで、背後には常に気を配ってたおかげね。世の中何が幸いするのかわからんものだわ。彼女らの永遠の小物ぶりと、その行方に幸があらんことを。


 しかし、テオドアのやつもあんな実力行使に出てくるなんて、切羽詰まってきたのかな。髪を丸刈りにして、せせら哂うつもりだったんだろうけど、そんな所業は一発でわかんじゃん。シャナンにドン引きされるだけだろうに。

 それとも、ただ脅すつもりで刃物を持ち出しただけ? あー、それだったら髪切ってもらえばよかったかも。最近、伸びてきちゃったしぃ。なーんつってな。ガハハハッ!


「髪がどうかなさいましたか?」

「あ、うぅん、伸びてきたから切って貰えればよかったかも――」


 って、だれですか、私の心の呟きを拾う方は?

 と、振り返って少し振り仰ぐ位置に、あの特徴的な三角巾をしたネコミミがあった。


「ね、ネコミミ様っ!?」

「なんでございましょう?」

「それはこっちが聞きたいのですが……って、どーしてわたしの呟きがわかったの!」

「いえ、声に出しておいででしたから。つい、小耳に挟んでしまいました。非礼でしたらお詫びを申し上げます」


 と、彼女は、黒髪のショートヘア―をぴょこんと下げた。

 その拍子にネコミミが、ぴくぴくとしてる! スゲー、やっぱちゃんと神経が繋がり、あそこから音を拾い集めておられるのかっ! おぉ、なんと神々しい御姿……あぁ、不敬とは存じておりますが、その耳を盛大にモフりたい。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが、我が主がどこへおいでか存じ上げませんか」

「へ? あ、我が、主?」

「左様でございます」


 ネコミミ様は、滔々と淀みも凹凸もない声音で静かにかしづいた。

 ……はぁ。

 つまり、人探しに俺に声をかけた、と。ンー、協力するのはやぶさかじゃないんだが、つっても俺じゃ力になれないよ。君の主の顔も名前も知らないんだし。


「そのお方の特徴は?」

「ハイ、目つきが相当に悪く、ハスキーのように固い茶色の髪を、ざっくばらんに流しております。そして図体は人目を惹くほどに大きく、制服をやさぐれた感じに着崩しておられるのですが。存じ上げませんでしょうか?」


 ……このお上品な貴族学院にそんな危険な生物が生息していらっしゃるのね。まさか、これは人探しのフリをした、不良貴族への注意喚起ではないだろうか。

 と、俺はあらぬ深読みをしつつ、記憶を探ってはみたがそんな輩を見かけた覚えはないので、正直に答える。

 すると、ネコミミ様も期待薄だったのか、そうですか。と、落ち着いた声音で溜息をついた。


「屋上も図書室も捜したのですが、やはりまた授業をサボって、もう学院から抜け出しているのかもしれません……」

「え、いいのそれ?」

「よくはございません。ですが自由気ままなお方でございますから」


 ふーん。

 ネコミミ様の主なだけに、猫っ気質な主だな。


「頻繁に抜け出されては、学業への差しさわりが否めませんね。こうならば、首輪か紐をつけて戒めをしませんと治らぬ悪癖なのでしょうか」

「……さぁ」


 人に、首輪とリード紐をつけるって、相当に歪んだ悪癖の現われのような気がするが。この人――あ、いや、この猫様の口振りは、どこまでも冷静に平静なんで、冗談か本気かわからないんだけど。


 あら。と、彼女が耳を立てると、ちょうど本鐘が鳴った。


「お時間を取らせてしまい申し訳ございません」

「あ、うぅん、気にしないで。あの、もしよければですが、今日にでも昼食を一緒にしましょうよ!」

「……ランチを?」

「どーせ、貴女の主は学院から抜け出たんでしょ? なら世話もいらないんだし。じゃあ、寮の食堂で待ってますから」


 俺はネコミミ様に言い置いて、教室へと戻っていった。

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