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LV78

 何故かしら、シャナンに寮の前までキッチリと送迎をされたが、去り際に「じゃあな」と、ぶっきらぼうに言ったっきり、とくに会話もなく終始ブスッと不機嫌なご様子である。こんな晴れがましい朝に、いったいなにをお怒りになられる理由があるというんだか……。





 キーンコーンカーンコーン。


 と、午前の授業終了を告げる鐘が鳴り響くと、モーティス教諭はしわがれた声で「あー、今日はこれまで」と、授業を打ち切った。

「今日も半分が終わったぁ……」

 と、教室の空気は気だるげに弛緩していた。俺もン~、と背伸びしてボギーを購買へと誘おうとしたが、まだ着席して小さく眉をしかめてる。「どうしたの?」って、聞くまでもなく、その原因はうんざりした視線の先から、一味を引き連れやってきていた。


「ねぇ、シャナン様。今日こそは昼食をご一緒にいたしていただけません?」


 なんて、テオドアはいつもの巻き舌を盛大に巻いて言った。

 ……こいつもしつっけぇえなぁおいぃいいいっ!? と、俺様は心内で身を振り絞って絶叫をしたが、シャナンは、テオドアに顔を合わさぬようにしながらも苦笑交じりに首を横に振った。


「……いや、今日は他の友人たちと先約があって」

「またでございますか? 先日も、そのまた先日も、その友人様たちとお付き合いをしてらしてるのに。その友人様たちに、嫉妬してしまいますわ……ねぇ、少しはワタクシとの時間にも割いてくださりません?」

「…………そう云われてましても、昼食は一日に一回しか」

「しかし、ワタクシも次の姫様たちと開くパーティのことで、シャナン様に是非ご意見を伺いたいと思っているのですわ」


 昼食を食べようって話が、いつからパーティにまで格上げされてんだよ。

 っと、俺は半眼でしら~んと眺めていたのだが、ついにテオドアはシャナンの腕に手を絡ませて、囁くように、


「姫様に満足されるように、とつい見栄を張ってしまって。実はとても不安なのですわ。あのような高貴なお方を招こうものなら、あんまりにみっともない料理など出せませんもの。ねぇワタクシを助けると思って……」

「…………いや、それはお断」

「――あぁ、そうだ。ワタクシイイことを思いつきました」


 と、シャナンの言葉を無視すると、まるで余計なことを閃いた。とばかりに、ぽふっ、とテオドアは小さく手を合わせた。


「ご友人様たちとその昼食の席にワタクシも混ぜていただけないかしら?」

「えぇっ!?」


 ……お願いのはずなのに、テオドアが言うと、尚早、命令口調に聞こえるこのふしぎはなんだろうか。

 てか、野郎同士の集まりに、割って入ろうなんて厚かましいにも程があるぜ。ま、実際にはそれは大嘘で、俺たちとランチするだけなんだが。さぁ、シャナンはどう断る!? と、によによと眺めてたが、


「い、いや……しかし」


 しどろもどろでしたーっ!

 ってか、弱っ! そんな返しで困った顔するなよ。こんな圧しの強いのが相手の時は、弱みを見せずに、キッパリバッサリやらなきゃ、ダメだってのに……ったく、しょーがない人ねー。


「テオドア様、ウチの主を困らせるようなマネはお控えください」


 俺がゆるやかに割って入ると、テオドアは「あぁ、いたの?」とばかりにひそめた眉をして洟でせせら笑った……ムカつくやっちゃなぁ。


「残念ですが、主には先約がございまして。お誘いはまたの機会に願いませんか?」

「貴女はほんとーに風変りな侍女なのねぇ」


 と、テオドアは満面の笑顔の内に満身の怒りをたたえてるように静々と言った。


「侍女風情が主の都合を勝手に差配するなど、分を過ぎていてよ……そこに控えていらっしゃい」

「風変りもなにも、主に成り代わって誘いやお付き合いを、お断りをするのもまた侍女の務めでございます……」

「シャナン様の時間管理が貴女がしてるとでも。それが不敬だと、ワタクシは仰ってるのがわからないのかしら? 貴族には貴族のお付き合いがあるの。貴女ごときが出しゃばる分ではないわ」

「その料簡に則るのなら、テオドア様も殿方たちのお付き合いの席に出るのは控えるのがよろしいでしょうね」

「っ!?」


 ふっふっふ、相手の論理を用いて相手を黙らせる……これが弁論術が基本よ。憶えていらっしゃいな。オーホッホッホッ!





「お待ちなさい」


 高笑いを置き土産に去ろうとしたが、不敵な微笑をしたテオドアに呼び止められた。

 うげっ、なんて悪どい笑顔してんだこいつ……。

 まだなにかご用向きがおありか?


「えぇ、今度のお用は貴女にあるの」

「わたし?」


 と、俺は怪訝に自分を指さしたら、テオドアは頷いた。

 

「そうよ。シャナン様はお忙しいようだから、パーティへの出席者や料理についてのご相談を貴女でいいからしましょうってこと。まさかお断りしませんよね? 主思いの貴女が、ね?」


 相手の論理を用いて相手を黙らせる……これが弁論術の恐ろしさかッ!?

 俺は屈辱のあまり生死の境を乗り越えたスライムのごとく、ぷるぷると震えていたら、

シャナンが慌てた様子で、


「いや、待て。それなら僕が」

「いいえ、せっかくですが。ローウェル家の侍女の方と一度じっくり話し合いをしたいと思っておりましたの」


 と、テオドアがやんわりと断ると、冷たい一瞥をこっちに投げて、俺に付いてくるように促した。俺はドナドナされる仔牛のようにトボトボと独りでに歩いて行く。

 廊下に出ると、テオドアはどんどんと人気のない方へ誘っていく。と、歩みが止まった先は、無人の美術室だった。そこのドアをがらっと、開けると、入るように促される。

 ……えぇーっ、ここ人がだれもいないし。と、ドアの前で留まっていたら、周りを囲んでた一味に背中を押されて中に入ると、取り巻きはドアに鍵をかけた。

 ……逃げ場、なしか。

 しかし、ここにきて舐められるのは腹が立つので「それで、話はなんだよ」と、胸を張ると、テオドアは開口一番、「取引をしません」と、言った。


「取引?」

「そう取引。貴女もワタクシの目的には気づいてるでしょ? シャナン様とワタクシとの仲を取り持つ協力をしていただきたいワケ」

「……なんですか、ソレは」

「最後まで黙って聞きなさい」


 と、テオドアは冷徹に言い放った。俺が小さく息を呑むと、彼女は毒を吐くように言葉を紡いだ。


「具体的に、そう――貴女はいまのように減らず口を叩かないこと。そして、非礼な振る舞いを控えて貰えるかしら? そして、シャナン様の好む物や情報をこっちに伝えること。その、見返りとして貴女には望むだけのお金と地位を与えてあげるわ。あら、その目は、ウソだとお思い? ワタクシの実家はご存じあげない? 国に名をとどろかす三侯爵家のひとつなんですの。貴女が目もくらむような金額ぐらいポンと気前よく出してあげる――それにもしも、貴女がローウェル家に仕えたままでいたいというなら、ワタクシに輿入れしてもらった方が得ですわよ? 貴方が味方していただけるのなら、それに見合った報いは、ちゃんと答えるつもりですから。ねぇ、どうかしらワタクシのご提案を受けてくださらない?」

「…………」


 要するに、シャナンを売れ。ってことですか。

 なるほどなー。こういう手練手管を用いてきたか。

 ……いいでしょう。と、俺はテオドアにはついぞ向けたことのない満面の笑顔を作った。それにテオドアは同じように笑ったが、すぐに彼女の笑顔は凍った。


「その話。謹んでお断りさせていただきます」

「…………何故?」

「何故もなにも、わたしはローウェル家には大恩がある身でございます。テオドア様がシャナン様を懇意されるのは自由ですが、内通なんてマネはできませんので。あしからず」

「そう。なら仕方ないわね」


 と、テオドアが目を走らせた先を、俺は一瞬で振り返り、突き出された手をパシッと捕らえた。


「っ!?」

「生憎ですが、剣術の腕前は女子の内でトップであることをお忘れなく?」


 俺は怯んだままの取り巻きの手を離してやると、そのままドアの鍵を開けた。


「わたしを相手にするにも、シャナン様の相手をするにも正々堂々とかかってらして?」

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