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LV77

 次の日の朝稽古は、いつもよりもやたらキツイ苦行だった。

 剣術テストがあったばかりなのに――や、そのテストが歯ごたえがなかったからこそ、その鬱憤ばらしか剣捌きがいつもより鋭く、俺はもうその鋭い攻撃に受けるに必死。

 こっぴどく痛めつけられ、ヒリヒリと痺れる両手をこすり合わせて癒していたら「さぁ、ヒューイの元へと連れて行け」と、腕組みしてまぁ偉そうに命じる始末。

 こいつは、私のことをなんだと思ってらっしゃいますのん?


「……えぇー、ほんとに行くんですか?」

「くどい」


 オマエの意見なんて求めていないと、一刀両断された。

 ……ハァ。しかし、この俺様感が溢れる命令も久々な感じだな。しかし、ふたりがお会いしたところでディスティニーが始まるワケじゃないんだし、そんないきり立つまでもないと思うんだがなぁ。いったい、男同士でなにするの?

 ……あ、そだ。


「あの、ヒューイと話されるのはよろしいんですが、その場でのワタクシの名はテオドア・ルクレールと申しますので。そこんとこよろしく」

「……って、なんでだよ!?」

「いやぁ、軽い対抗意識ってやつでございまして……」


 出会い頭に向こうがさ、大物貴族っぽい雰囲気を出されちゃったから。つい見栄が出てしまって。えへへっ。

 俺が襟足を掻きつつ誤魔化し笑いをしたら、シャナンに半眼で睨まれた。


「人の名を騙るだんておこがましい。そんなすぐバレるウソをついてどうするつもりだったんだ」

「最初に出会った時は、すぐ関係が終わると思ってたんですよぉ。ソレでつい」

つい、もなにもあるか」

「後々、向こうが会いたいなんて言ってくるだなんて思わなかったんですよぉ」

「……ふーん。そういう軽いヤツか」

「軽い、ですか?」


 う~ん、よくわからんね。軽い人って俺のなかでのイメージはトーマスさんで固着してるんで、さすがにアレと比べたら、全人類は大理石彫刻並みに重たくなって日常生活を送るのにも難儀しそうではあるね。


「だってそうだろう。出会ったばかりの女に、会いたいなんてアプローチするだなんて、どうかと思うが?」

「……むぅ」


 そう云われればたしかに。

 いきなり会いたいって迫られた時は、俺も「え?」って、思ったっけ。

 でも、そんなシャナンが語気を荒げる程かしらん? まぁ、毎日をテオドアに執拗に追われてるから、いきり立つ思いもわかるけどさ。

 ……しかし、伝聞で広がるシャナンのなかのヒューイのイメージが、どんどんマイナス補正がかかって上書きされていっておる気が。つっても、そーいえば俺自身、ヒューイのことあんまし知らなんだよな。

 毎日のように会ってはいるんだが、いっつも俺が話を捲し立てるだけで、向こうが上手な聞き手だったし。たまに話題を振って探りをいれても「ぼくの話はいいから」って、やんわりと壁を作られた。

 唯一、確かだと思っていた「上級貴族」だろうって、俺の予想もシャナンの話だと貴族かどうかもわからんってことだもの……あの微笑の奥で、なにをひた隠してるのかな?


「……なんだか、よくわからないことに首を突っ込んでるのかしらねぇ」

「なにか不安か?」

「いえ、とくには――ってか、シャナン様もいきなし殴りかかるとか止めてくださいね」

「……善処する」


 軽い冗談で言ったのに、善処しなきゃならんほど難しいのッ!?

 ……やっぱ連れてくの止めようかな?




 爆発物を抱えたような気持ちで、恐る恐るといつもの待ち合わせ場所へと赴けば、そこの木立ちの木にもたれるようにヒューイがいた。彼はこちらを見つけると、俺の連れ合いにきょとんと顔をふしぎそうにして、


「えっと、キミは昨日の……あの、キミがどうしてフレイと一緒に?」

「おはようございます、ヒューイ様。急にごめんあそばせ。いえ、この方がどうしても、ヒューイ様にお会いしたいのだとしつっこくて」

「そうなんだ」

「急に押しかけてすまいな。僕はシャナン・ローウェルという――ついでにこいつ貴族じゃなくてウチの侍女で、名はフレイだ」

「ちょっと失礼」


 魔女の真の名をサラッ、と告発してきた指を叩き落とすと、シャナンにこっそり耳打ちをした。


(……なに人の設定を勝手にネタバラししてるんですか! ってか、もうちょっと時機を見てやってくださいよ!)


「時期を見るもなにも、ウソはただのウソだろ」


 ぎゃーっ! そんな大声で!?

 人がどんな思いであんな恥ずかしい巻き舌を駆使したと思ってんですか!?

 相変わらずきょとんとするヒューイに、あはは、と、意味なく笑った……いくらヒューイが鈍そうでも、もう、誤魔化せない、よね。クッ、こうなればしょーがないか。


「……その、騙していてすみませんでした。わたし、貴族じゃないんです」

「うん、知ってた」

「えぇ!?」


 マジ、で? 拙者の完璧な婦女子への擬態を見破ったと言うでござるか!?

 ぐあっはっ!? ……俺のあの苦労はなんだったんだ。

 俺が苦悶して頭を抱えたが、ヒューイは「それで」と、シャナンに微笑を向けた。


「それで、キミはぼくになんの用事があったのかな?」

「僕は回りくどいのは嫌いだ。だから率直に問おう。オマエは、昨日の戦いで手を抜いただろ」

「うん」


 と、ヒューイは至極、あっさりと認めた。


「それがどうかしたのかな?」

「何故、そんなことをしたんだ?」

「べつに。あそこでキミに勝ったら目立ちゃうでしょ? そんなことしたくないから」


 ぴくっ、とシャナンの眉がしかめた。


「……その言い分だと、僕はオマエに勝てない、と言いたいのか?」

「うぅん。違うんだよ誤解しないで」


 と、ヒューイは困ったように片方の唇を持ち上げて宥めるように微笑した。


「ぼくがキミより強いとか、そう言いたいワケじゃないんだ。次代の”勇者”として注目されてるキミとぼくとが戦ったらきっといい勝負になる。それが原因で、ぼくまで余計煩わしい思いをするのは嫌だから」

「……それで、手を抜いたってわけか。よくわからない理屈だな」

「そう? ぼくには明確な理由だと思うけど」

「そうじゃない。注目されるのが嫌だからって、その場で全力でことに当たらないなんて僕には理解できない。第一、相手に対して非礼だ」


 シャナンはバッサリと言い切ると、ヒューイは少しく目を丸くしてクスッ、と笑った。

それにシャナンは「……なにがおかしい」と、声を低めた。


「あぁ、ごめん。キミはフレイから聞いてる通りの人なんだね。マジメで融通が利かない――って、ホントなんだと思って」

「…………」

「………… …………」


 あの、シャナン様、挑発してるのは向こうですから。私を怒るのは止めて。

 シャナンはやがて大きく嘆息をすると、


「すまない。少し熱くなった。考え方の違いで君を非難する気はないんだ。ただどうして手を抜いたか、を知りたかっただけなんだ。非礼だったらすまない」

「気にしないで。非礼だったのは、ぼくが先だったからね」


 ……はぁああ。よかった。

 なんだか、ふたりとも和やかな雰囲気で終わって。いや、最初っから、喧嘩腰な言葉の応酬だったから、相当に気を揉んでたのよ。それだってのに「どうした、フレイ。頭を抱えて? もう帰るぞ」って、この我が儘勇者が……もう、いいや。

 と、帰りかけた袖を、ぐいっと引っ張られた。

 ン? と、振り返ればヒューイの顔が近くにあった。


「ぼくはフレイとまだ話し足りないから。置いて行って。先に帰るんだったらキミだけでいいよ」

「なんでそうなるっ!」


 こっちの耳がキーン、と痛くなるぐらい、シャナンが怒声をあげた。それにヒューイは童子のように「どーして?」と、呟いた。


「キミの用事は終わったけど、ぼくらはまだ話してもいないんだよ。人の用事に水を差すようなマネはやめてくれない?」

「うるっさい! ……こんな場所で、侍女と男とが密会だなんて。そんなあらぬ噂を流されたらどうする!」

「黙ってたらだれにもバレないよ」

「バレなきゃいいって問題じゃないんだよ!」


 ……うん、まぁ、シャナン。君は少し落ち着き給え。

 その、間に私を挟まれて喧嘩腰になられても、こう迫力がありすぎて怖いのですが。


「とにかく! こんな場所でのオマエと、フレイとが面会するのは認めない! これは主としての命令だ!」

「……はぁ」と、俺は勢いに押される格好で、不承不承に頷いた。それにシャナンも頷くと、俺の手を引っ張っていかれた。

 ……なんの、喧嘩だよこれ。と、俺は不審に頭を悩ませていたら「それじゃ、校舎で会おうね」と、ヒューイの声が追っかけてきて、引き摺られつつもバイバイと手を振った。

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