LV75
一年生の部はとくに波乱もなく、そのままサックリシャナンの優勝で幕を閉じた。
熱い戦いが繰り広げられた訓練場ではいま表彰式が行われている。
「シャナン・ローウェル君。貴殿は、一年生のトップだ! これからもその地位に預かれるよう、日々の精進を重ねてくれ給えよ!」
「……ハイ」
シャナンは遠慮しがてら首をすぼめてると、そこに師範は遠目からでも安っぽく見えるメダルを首にかけてやると、師範だけが満面の笑顔でシャナンとがっしり握手をしてる。なんだかすでに「勇者の子息はこのワシが育てた!」と、誇らしげだな。
毎日、朝稽古につき合わされてる身の上からしたら「シャナンを育てたのは俺だよ!」と、言いたい気分でもあるが、慎み深い私にはそんなことおくびにも出せませんね。ですが、もしも、そのお礼を考えておられるのならば、しっかと受け止めるつもりでありますが。
万雷の拍手を受けつつ、シャナンが降りてきたら、案の定、テオドア一派に囲まれた。おやおや、相変わらずだなぁ。しかし、上級生の壁も跳ね除け、絡みに行くとはさすがはテオドアよ。と、もう妙に褒めてやりたくもなる。あの執拗さに乾杯だ。
「……あたしもおめでとうございます。って言いたかったのに」
「順番競争じゃないんだから。あんな騒動の場で忙しく言うよりも、静かな場所で労ってあげた方がいいじゃないですか」
「うん」
と、頷いたがボギーはまだ残念そうに、シャナンを遠めに手を挙げたり引っ込めたりしてる。
……つーか、俺も優勝したはずなんだけど。一切の労いの言葉もなければ、表彰もされないのはどーしてなんですか?
しばらく、シャナンがもみくちゃにされるのを遠巻きにしてたら、不意に俺の背後からざわめきが起こった。
振り返ると、人垣がザッと音を立てるように割れ、その奥からクリス様が姿を現した。クリス様はそのまま周囲に軽く目礼をすると、シャナンに向かって滔々と歩いて行く。
突然の王女様の登場に、シャナンを取り囲んでいたテオドア一派も静々と身を引いていたが、テオドアだけは静かに一礼をした。
「シャナン様、本日はおめでとうございます。私も遠目からそのご活躍を見守りしておりましたわ。これもひとえにシャナン様のたゆまぬ努力の結果でしょう」
「ハッ、ありがとうございます……」
「これからもご活躍されるよう祈念してますわ」
クリス様はおしとやかに微笑んだ。話に少しの間ができたところ「あら」と、クリス様は顔を伏せていたテオドアに微笑みを向けた。
「ごきげんよう。テオドア様。このような場所でお目に掛かれるなんて。入学式でお会いした時以来でしたか?」
「えぇ、ごきげんよう、クリス様。しばらくぶりの挨拶となりまして。失礼を――あの時はワタクシと兄と親しくさせていただきましたわね。クリス様も、今日はシャナン様の勝利をお祝いに?」
「ハイ。先日、ウチの侍女のことで少々」
「そうでしたか。シャナン様と、ワタクシは同じクラスでございますから、そのご活躍はまるで自分の事のように嬉しいのですわ」
オーホッホッホッ、と、なぜかテオドアは独りでに笑った。
……ケッ、なぁにが、自分のことのようだ。よ。シャナンの師匠であるこの俺様に菓子折りのひとつやふたつ持って来やせんのに。
と、心内で悪態をついていたら、向こうの方から近づいて来た男に、俺は目を丸くした。
「あぁ、クリス様に我が妹よ、こんなところにおられたのですか」
「お兄様!」
と、テオドアは満面の笑顔で振り返った。
いや、ちょっと待って。
君にニキがいるのはひとまず許そう……しかし、……その見た目にもゴージャスな格好、なに?
……うっわぁ。こいつら一族揃って、ド派手な赤髪なのか。ただでさえ一目を引くのに、それをまあ、ぶっわっさぁと後ろに流しちゃって。一歩違えればおねぇキャラっぽいよ。しかも、制服を魔改造して、ラインの辺りを勝手に金糸を混ぜるわ、上着の材質までを弄ってエナメル素材のように照からせて、やりたい放題だな。
俺のみならず、ボギーまで「胡散臭くないアレ」と、耳打ちをしてきたが、その兄君はクリス様に仰々しい仕草で右手を振り上げて、その場に膝をついた。
「ごきげん麗しゅうクリス様……今日もいつものように輝ける星々のようにステキな笑顔でございますね」
「は、はぁ」
……こいつも、妹と同じで相当に灰汁の強い性格をしてるようですね。
「クリス様。ジョシュア兄様も三回生で優勝を致しましたのよ! ぜひ、兄の努力に労いのお言葉を……」
「こらこら妹よ。そんな催促をするようなマネはするものではないよ?」
と、ジョシュアが言ったが、閉じた薄目がチラッとクリス様を向いてる。
おい、物欲し気な目が透けてるぞ。
「あ、はい、ジョシュア様も、そのおめでとうございます……」
「あぁ! ありがとうございます。姫様のお言葉によって、私の努力のすべてが報われた気がします!」
「……はぁ」
……ウザイ。
なんだろう、このウザレベルの高さ。
いや、妹も相当なレベルだが、テオドアとはベクトルの違う意味で、ウザい。いわば、くさやとドリアンみたいな?
と、俺らは連中の醸し出す臭さに消沈してたら、さらにくさや――ならぬテオドアが、嬉々として手を打ち合わせた。
「そうだわ! この喜ばしい日を記念して、皆様で昼食をお食べになりません?」
ウッゲッェエエッ!?
こいつ場所を弁えろ――って、こんな場面だからやってきやがったかッ!?
てか、兄妹でウザさのデッドヒートを繰り広げんなやっ!
「え、ですが……」
「クリス様は、そんなお気になさらずに人選からセッティングまで、面倒事はワタクシ共がすべてを引き受けますわ。ね、よろしいでしょう?」
「それはいい考えだ。さすが我が妹。クリス様にはぜひ楽しんでいただかねればね。このジョシュアに面倒事は、すべてお任せください」
「……え、えぇ」
「ふふっ、決まりですわね。では、後日ご招待状をお送りいたしますわ――シャナン様」
……呆然としてたシャナンには、当然のごとくテオドアの毒攻撃を避ける術はなかった。




