LV73
集中させてた意識を遠くに投げるように、ゆっくりと息を吐く。
そして、刃を潰した剣を風を斬るように、ひと振りして鞘に収めると唖然と尻餅をつく女生徒に「ごめんね。大丈夫だった?」と、手を差し出した。
「怪我はないよね」
「あ、は、はい」
「――こらフレイ・シーフォ! 聞いておるのか!」
「よかった。訓練とはいえ婦女子に手荒な真似をするのは、本位じゃありませんから」
「……い、いえ、大丈夫ですけど、その」
「――なぜ、先ほどには踏み込まなんだ!? えぇ、ワシの質問に答えんかっ!?」
「君の身になにかあったらと思うととても胸が痛むんだ。で、どうかな? 君さえ良かったら、お詫びにこれからわたしとお茶でもしゃれこま……」
「――いい加減に、答えんか!! フレイ・シーフォーぉ!?」
……あ~、うぜぇ。
怒鳴り声がやけに近いな。と、思えばもう無視できない距離に仁王立ちした師範がいた。相変わらずむさくるしい顔だなぁ。ハイハイ、なんでございましょうかねぇ?
「さっきから聞いているだろ! あの剣はいったいなんだっ! 手元ばかりを狙いおって何故に相手に踏み込まん!」
キーンッ、て耳が痛い。
……なによ、そんな大声出して――ってあぁ! てめ、大声だすからせっかく逃げないよう両手で大切に包んでいた俺の小鳥ちゃんが逃げちまったじゃないか! せっかくお茶したかったのにぃ。
「なんだその目はっ! さっさと質問に答えよっ!」
「答えるもなにも先生のお怒りの理由がわからないんですが?」
「貴様のふしだらな剣はなんだと言っているだろうッ! あんな相手の小手先ばかりをはネチネチ狙いおって! 礼儀に反しておって無礼だ! それだけの技量差があれば、相手をしかと打ち据えて負かせんかっ!?」
……素人レベルにも達してない女子の身体になまくら剣を打ち据えろって正気か?
ヘタしたら痣どころじゃない大怪我しますけど。
「お言葉ですが医療環境が整ってもないのに、そのようなマネはできかねます。最低でも恢復魔術を使える保険医が常駐しておりませんと、わたしが全力を出すに至らな――」
「うるさいっ! 侍従生徒ごときがワシに口答えするなッ!!」
「…………師範は気に入らないかもしれませんが、わたしのスタイルはクライス様にも認められていることなのですがね」
俺はムッときてひと刺ししてやったら、周りを囲んでた生徒たちがざわついた。
「……やっぱあの強さは」
「さすが勇者の」
と声が漏れ聞こえてくるのを、師範は額に青筋を立ててギッと睨んで黙らせた。
「……ともかく、勇者がなんと言おうと小手先で戦おうなどと騎士道に反する! ワシの授業では認めぬからな! わかったか!」
師範は陰険な面で「女子侍従は解散して教室に戻っておれ!」と、悪態を吐き捨てて、男子グループの待つ訓練場に去ってった。
ったく、なんなんだあのハゲ頭。前は侍女の指導もなかったのに「誉れある騎士なら」って、俺はべつに騎士じゃねーよ。だ。
「あー、怖。フレイも災難だったわねぇ。あの師範となんかあったの?」
「さぁ。虫の居所が悪かったんじゃないの」
ボギーに向かって呆れを示すように肩をすくめた。見れば、ま~だ師範は結果が大いに不満らしいのか、男子戦の審判をやるその禿頭からはまだ湯気が出ている。
今日はボギーの格好は、麻の白シャツに白の短パン、黒のニーソックス、と動きやすい格好。これは学院指定の体操着だが、こんな部分にもファッショナブルに努めるなんて、さすが貴族学院らしく、細やかな気遣いだな。
「しっかし、皆やる気がないですねぇ。あっさりあれで決勝勝ち抜けて優勝って、こんな楽々な剣術テストでいいんですか?」
「……まぁ、いいんじゃないの? ちゃんと、この結果は内申点に反映されるんだし。気にしたら負けよ色々」
「そうかなぁ……こんなんだったら、勝利の喜びも湧き上がるどころか、女子虐めの筆頭みたいで、逆に申し訳ない思いなんですが」
俺たち1-Aクラスは元より、すべての学年の生徒たちは、朝っぱらから校庭の訓練場に連れだされた。そこで剣術のテストが行われる運びとなっていて、その参加者は貴族女子を除いたすべての生徒の必須科目である。
といっても、クラス内総当たりでの剣術試合なんで、サクッと午前中には終わる運び。人数的には、300人に近い全校生徒が試験をするんだから、もうちっと掛かってもいいはずだが、あいにく半分の女子たちにヤル気がない。
さっき俺と戦った女子ちゃんと決勝戦も、試合開始と同時に試合終了――
まぁ、毎日をシャナンにしごかれてる俺の独壇場になるのは無理もないだろう。男子は騎士を志す連中もいるけど、そんな目標を掲げる女子はひとりもいないから。
前の師範の授業でも、剣の握り方から指導が始まるレベルだし、実戦ともなればまるで剣の先にヘビでも乗っけてるような感じでの戦いがほとんどだものね。
「ま、気にしたら負けってのは本当でしょうね。で、ボギーはどこまでいったの?」
「……一回戦負け」
「え、そんな早くに負けたの!?」
「うん、転んで剣が飛んでっちゃって……」
……ドジッ娘スキル発動かよ。
てか、その飛ばした剣で、相手を打ち倒すぐらいじゃなきゃ、まだまだアマチュアだな。もっと精進をいたさなあきまへ――ン?
と、説教をかましてたら、肩がちょいちょいっ、と突かれた。
なによボギー? って、閉じた眼を開けると、そこにはニカッとした少年のような笑顔があった……え、だれ? ボギーじゃないぞこれ。
その娘は俺よりも頭二つ分ぐらい小さく、頭から飛び跳ねるようにエイの尾びれみたいなポニテで身長を重まししてる感がある。
「ねぇ、そこのキミっ! ちょっといいかな? いいよね」
「いいよねって、なにが?」
思わず素で答えると、彼女はにぎにぎとさせた両手をグッと前に突き出した。
もみゅもみゅ。
…………。
「ぎゃーッ!?」
ひとの乳になにしてくれとんじゃ―ッ!?
「いきなしなにしてくれてんですか貴女わッ!?」
「あ、このやわらかさはやっぱ女の子だったね。あはは」
あはは、じゃねぇよ、ちび娘がっ!?
このっ、いつまでも、人の胸揉んでんじゃないっ、えいっ、このッ!
「わわ。ちょっと危ないじゃん」
「うっさい、逆襲だっ!」
と、彼女の慎ましい膨らみに手をかけた――が、お互いに組み合う形で手を握られた。
「……くっ、握る対象が違う。その手を離しなさいッ!?」
「やだよ。離したらボクの胸揉む気でしょ?」
「人聞きの悪い! 目には目を乳には乳をだ!?」
「やっぱり揉むんじゃん」
えぇい小賢しいと押し合い圧し合いを続けると「……止めなさいよみっともない」と、頭痛に悩むようなを表情で、ボギーに突っ込まれた。
そんなこといまさらできっかよ!
「最初に、揉んできたのは、こっちなんですよっ!?」
「……はぁ」
ぐっ、こいつ見た目よか力が強いな。しかし、ここで身長の差が物を言うのだ。くけけっ、ほーら、ほら押してきた。その乳を揉んでやるぞぉい!
――よし、ここが圧し時ッ! って、圧力を強めにかかったら、突如として俺の脇下からスッと白い手が伸びて、胸にある無防備な膨らみに手を掛けられた。
「なっ! だ、だれかと思えばボギーまで急になにをッ!?」
「さっさと離さないと揉むわよ?」
なにを、このっ! 破廉恥ヤロウっみたいにっ、ひとの無防備な胸に手をかけてんのはどっちよ!? だれがそんな脅しに屈するなどっ――っ、あっ、ちょ、やめっ、ふぅっん。ひぃいっ、く、くすぐったいっす、わかった、わかったからもみゅもみゅしないでぇ!
「離します離しますからその手を離してぇー!」
「ほんと?」
「ほんとほんとっすからぁ!」
……ひっぐ、こんな人目のある場所で、非道い辱めを受けた。
ううっ、俺はもう婿に逝けない身体にされたよ。
「あははっ、あー君らっておもしろいね」
「だれのせいだって思ってんだ! ってか、人を笑いものにして貴女何者!?」
「あ、ボク? ボクはねぇ1-Bのエミリア・ハミルトンっての。よろしく!」
「……ソーデスカ。わたしはフレイ・シーフォと申します」
「あ、よろしく~。でももう握手はしまくったからいいよね!」
エミリアは男の子のようにこんがり日焼けした顔をクシャッとして笑った。
……チッ。
ボクっ娘の猥褻犯とは、またずいぶん斬新な属性持ちですな「ねぇ君の名は~?」って、ボギーにまとわりついてる姿が貴族とは思えないが、あの訓練用の藍色のジャケットには燦然と、貴族だと示す「三つ葉のワッペン」がついてる。
てか、その足長にみえる白ズボンこそ、裾のあたりを何重にも折ってるし、こいつこそ見た目男の子じゃんか。
「ねぇ、君聞いてるの?」
「はっ、あ、え、ななんでしょうか?」
もう、と両手を腰にあててぷーっと頬を膨らますエミリアの顔があった。
あぁ、ちょっとかわいい。って、違う!
「もうちゃんと聞いてよっ? フレイって、どこの剣術師範に習っていたの?」
「え、習うもなにも……ただ自警団に属していただけです」
「ほんと? それって、どこの自警団なの? その教わった騎士様はなんて名前!?」
うん、ちょっと落ち着こうか。そうずいっと、迫られると胸を揉まれそうで怖いです。
「自警団というのは、クォーター村という田舎で……わたしが教わったのはそちらのボギー・カーソンの祖父であって、騎士でもございません」
「マジか~」
「あの、さっきからなんの話でございましょう」
「ン、あれ言ってなかったっけ? だからボクはさっきの剣術テスト見てたの! もう、フレイがバシバシ倒すのが、もっ、凄いのなんのって、ボク感動したんだ! ボクも剣術を家で習ってんだけど、周りの女ってだ~れも興味持ってないから、だから仲良くしたいな~なんて!」
「はぁ」
つまり趣味仲間が欲しかったと。
……それで私の乳を揉む必要性がどこにあるんよッ!!
「その辺は確認だよ。ボクってこんななりでも女子だから、ウチの家族が男子と付き合うなって、色々うるさいし」
「いや、戦ってる相手は同じ女子なんだからわかるでしょうがっ!」
いくら俺がこれ男装してるってもさぁ!
ってか、仮に俺が男子だったら、女子相手に無双して悦に浸るとんだ下司野郎だろっ!
「不確かな理由で人の胸を揉むだなんて……大体、怪しいといったらボギーの方が胸囲的に――」
「あぁ?」
なんでもないっす、ハイ。
「ウチは人づきあいにうるさいんだもん。男子とは友達にもなっちゃダメって言われてんだから。隣の訓練場から、こっちに抜け出して来んのもまたタイヘンなんだなこれが――あ、でさぁ、君らのクラスって男子のテスト試合はまだやってんだよね?」
「え、えぇ」
たしか、隣の訓練場でやってますよ。
女子の方は人数が少ないからパパッと終わったけど、男子は貴族も含めてだから時間がかかるのだ。
「いいなぁ。勇者の子がいるんでしょ? 彼ってめっちゃ強いって、学校中で噂されてるじゃん! ず~っと会ってみたいなぁって思ってさぁ、今日は彼の剣を見るために、隣から抜け出してきたのっ! ボク強い人が好きだからね!」
……好き。
やっぱこの娘もシャナンを狙っているのか?
「エミリア様ーっ! どこにいらっしゃるんです、エミリア様ーっ!」
「あ」
だれかが呼んでたのに、エミリアはササッと、俺の背後に隠れた。
「しまった。抜け出したのがもうバレた……ねぇ黙っててよ。あれウチの侍女だから」
なるほどな~。と、俺は微笑むと、エミリアの襟首を強く掴んだ。
「そこな侍女の方、お探しの方はこちらに」
「あっ!」
「非道っ! う、裏切り者―ッ!?」
呼び寄せた侍女さんたちが、バッと一斉にこちらにくると、俺はエミリアの捕まえた首を手渡した。
「非道いよ、なんで友達にこんなことするのー!」と、叫びながら、まるで猫のように運ばれるエミリアにひらひらと手を振って見送った。悪いなエミリア。オマエのフラグはへし折らせてもらう。




