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LV72

 姫様と英雄の子が昼食を伴にした――



 それは燎原の火のように広がり、学院の話題を席巻する一大事件になった。

 廊下を歩けば、

「勇者の――」

「姫様が昼食を――」

 

 な~んて、話題が通りすがりにも聞こえてくる。

 そんな周囲の姦しい態度に、「他人の色恋に夢中になるとは」と鼻白む思いでいたけど、それが一度や二度ではなく、名もない侍女生徒から名のある貴族生徒まで、学院中の話題を席巻しているのだと知れた時には、なんかブキミだった。

 そりゃ”勇者の子と姫”のカップリングなんて、色恋のネタにはこれ以上ないゴシップだろうけど、それを男子までもが口にしてるってなんでだ。

 だれとだれとが付き合ってる。って話題になっても男子って「え、俺興味ねぇし」って、顔で笑って歯軋りするものなんだが……どうも、貴族社会では趣きが違うのかね。それにしたって、この反応はちっと盛り上がりすぎだと思うよな。

 密会だなんていうけど、単に切欠は口に出すのもしょーもない騒動のせいだし、これが切欠に色恋沙汰にまで発展するとは思えないが。

 ……まあ、内情を知らない人らには楽しいゴシップなんだろうけどね。




 かしましい周囲の反応を他所に、機嫌を損ねているのは他でもなくシャナンだ。


「クリス様との仲がすごい噂になってますねぇ」


 と、朝稽古の折にニヤニヤと揶揄ったら、急にその眉間にシワが寄った。


「……その話は止めろ。うだうだと、あることないこと騒がれるのは迷惑だ」

「あら失礼。でも、男子にとっては美人と恋仲だと噂されるのは、心地よいものじゃいんですかねぇ?」

「そんなことがあるか」


 と、シャナンはぶっきらぼうに言い放つと、剣を一閃して「スキあり!」と飛んできた斬撃を、剣先に絡めて流す。

 ……ぐっ、木剣なのに相変わらず一撃が重い。

 居合切りの要領で肘ごとぶつかるように木剣を振うも、シャナンはそれを軽々とのして、――がっ、と、足元をすくわれた。

 ……はぁ。もう、だめだ。

 ますます、強さに磨きがかかってて、俺じゃもう10に1回も勝てねぇよ。

 尻餅をついて嘆いてたら「ほらっ」と手を差し出された。悔しいので思いっきり体重をかけて引っ張ったのに、軽々と持ち上げられた。


「どうかしたか?」

「……いえ、べつに」


 ヤバイなこいつ。力どころか背もグングン伸びるわ、目元もシャープになって子供っぽさが抜けるわ。どんどん内面も外面もイケメンになっていくな。

 ……いや、俺がべつにどうってことないんだけども、なんか、その差をまざまざと見せつけられると、焦るものがある。


「――それに、僕には浮ついた事柄に囚われてる暇なんかない。自分をどうやって高めていくのか、それの方がはるかに重要だ」

「……うっわ。なんていうお堅い発言ですこと」

「お堅いもなにも普通だろ? この学院に来た理由は、ソレ意外のなにものでもない。領地に帰って――あいつはなにも成長してない。なんて父様たちに思われでもしたら、どう顔向けできるんだ」


 ……まぁ、そりゃそうなんですがね。ってか、そんな向上心の塊みたいな熱血君なのはいいけど、それに振り回されるこっちの身にもなって欲しい。


「そんなに張り切らなくて肩の力を抜いてればよくありません? 環境になじむのにタイヘンなんですから、ゆる~りゆる~りとやりましょうよ~」

「それじゃ、学院にわざわざ入った意味がないだろ。ここは遊び場ではなく、勉学に励んで自分を高める場所なんだぞ」

「……名目的にはでしょ?」


 本来の学生ってのは、そうあるべき姿かもしらないけど。そこまで深い考えを持って、学院に通わなくてもよくない?

 前世の学校ってのも、学問は言うが及ばずだけど、それ以上に重要な社会に出た時のマナーだったり、集団生活のイロハを身に着けるためってのもあるからな。

 それをこっちの世界に当てはめれば、貴族社会のなんたるかを学ぶってのが重大事だしそう考えればこの学院のカリキュラムって、理にはかなってるのかな。

 ミランダさんのあのマナー教室みたいなのは、月イチ開催でやるらしいし、貴族生徒も乗馬やらダンスなんてのが実務テストに組み込まれてるんでしょ。シャナン様好みの剣術授業まであるんだし、これからが楽しくなるかもよ? と、呑気に言うたら、「あんなもの剣とはいえない」と、吐き捨てた。


「いったいどうやったら優美に剣を振えるか。なんてバカバカしいことを、戦いの最中に考えるか? そんな子供の遊びを習う気になんてならない!」


 と、さしものシャナンも怒りをあらわにした。

 たしかにねー。貴族も侍従も剣術の授業が必須であったけど、師範の授業がビックリで「いったいどうやったら優美に剣を振えるか」てなものだった。

 俺も冗談だろ。って軽く吹いたもの。それで大目玉を食らったからマジなんだろうが、いやいや目指すべき方向性が百八十度は違ってるよねぇ。


「でも、師範には授業でも声をかけられてたじゃありませんか。頼めば朝の鍛錬も付き合ってくれるかも?」

「断る。いちいち指図されるぐらいなら、素振りでもしてたほうがマシだ」


 ……チッ。厄介物件を押し付けられんか。

 あの師範も顎髭は立派だけど、素振り自体大したことないもんなぁ「勇者の息子はワシが育てた!」って、言いたいがために擦り寄ってきてるの丸分かりだしぃ。

 しかし、シャナン様の言う成長って、主に剣術しか捗ってないだろうな。

 一応は、自負するだけあって、シャナンの成績は優秀だけど。その優秀な頭脳でも、わざわざボギーがこんな裏手の公園にわざわざ付き添ってくる辺り、その理由は知らなんだろ。

 たとえ、問題として聞いても「オマエの信用が低いだけ」ってな、珍解答を出してくるだろうなぁ。……まあ、一理あるのは否めないのだが、そんな睡眠時間を削ってまで来て「おはようございます」ピッ「では!」ピッって、光速で帰っていくあたりボギーの恋路は多難だ。





 今日も今日とて、退屈な授業が終わった。

 モーティス教諭は相変わらず居丈高に「日直をサボるなよ!」と、言い捨てて教室を出た。残念ながら、その日直はすべて侍従持ちであり、その当番は俺様である。

 すでに、足の速い生徒たちは教室から消え、無人になった教室で黒板のチョーク汚れを落とした。

 授業の〆は社会で、エアル王国の成り立ちとその地理が黒板に描かれている。しかし、これらはすでに転生した時にみっちり学んだので、お手の物。こんな退屈な授業ばかりが続いては、シャナンが嘆く気持ちもわからないでもないな。

 歴史やこの後に学ぶ貴族法だったりは、俺にとっても門外漢ではあるが、法学者になる身ではないし、そんな狭い世界に好き好んでとどまりたくもない。

 ならば、どうしてこんなとこにいるんだ?

 それは、俺の頭を占有する悩みだが、女王陛下とのやくそくの重しがドーンとぶちあたってしまう。八方ふさがりとはこのことだろう。


「……はぁ。あかん俺の精神衛生が、すさまじい勢いで悪化してる」


 なんか、楽しいこと考えよう。

 こんな時には、菓子の創作でもすっかね。甘い物は考えるだけでしあわせになる。

 そうだなぁ……フレンチ式に、クリス様が食したた昼食に合うデザート皿――をお題にしよう。主品はこってりした仔牛肉のソテー。それに合う、口当たりも滑らかに、胃に負担のかからないやつがいい。

 だったら、クレープはどうかな~。薄~く焼き上げたものをナプキンで包むように重ね、香りつけに酒でフランベをする。そこに、冷えたアイスクリームを重ねる。アイスに練りこむのは、シャナンと旅した時、宿屋のおばちゃんに貰った、あの酸っぱい果実だ。あれを砂糖水につけて甘くすれば、熱々のクレープと、ほどよく酸味のきいたアイスとの組み合わせは、抜群にあうに決まっている。

 空想のうちに出来上がった菓子図を黒板に描いた。それは、絹のようなクレープの舌触りや、とろけるバニラの香りまでありありと想像できる。我ながら会心の出来栄えではないか?


 ふんふ~んとさらに興に乗って、黒板に残っていた地図を元に空想を続けた。

 南東のアストラ地方。ここは灼熱の地であり、不毛の砂漠の地。そこにはいくつものサボテンが立ち並び、おそらくは食用のサボテンもあるだろう。

 その堅い緑の表皮を割けば、なかからプルンッとした透明な果肉をマンゴーのように切り分けて、その上から甘いタレをかけるか。

 いや、きっとおそらくはふしぎな縁によって、その地方にはきっとカカオ豆に似たなにか草花があろう。その未知のカカオを用いて、サボテン果肉を包んでみるのもいい。その味わいは、ほろ苦いビターな上に、果肉のグミのような――――



「これはなんでしょうか?」


 !?


 俺の夢想は、突然の声に破られた。

 驚いて振り返ると、俺のすぐ後ろには言葉と同じクールな相貌をした意外に大柄な女子が立っていた。


「これはなんの料理でありましょうか? とても美味しそうなのですが、いったいこれはどこに行けば食べれるのです?」

「……いや、それは、わたしの頭の中にしかないんで」

「そうですか。とても残念です」


 言葉とは裏腹に、あまり残念そうではなくそう言うと、彼女は前髪を抑えるようにした。その拍子に薄く青みがかった髪がしゃらんと音をたてるように揺れた。

 と、――俺はその時、またも仰天した。

 彼女のその青みがかった髪の、頭の上の頂に三角巾のようなのがある。

 それはネコミミだった。


「我が主様にお食べいただきとうございましたが、空想のうちでは仕方がありません。ですが、いつか貴女様がそれを現実になされたのならば、その時には御料理を味わわせていただきたく存じます」


 そう言うが早くに、ネコミミの少女はぴょこんとお辞儀をして、身を翻して教室を出ていった。


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