LV71
「改めまして、先日はウチの侍女の不手際で、シャナン様には、タイヘンなご迷惑をお掛け致しました」
「い、いえ、もうすんだことですので」
「ふふっ、そう言っていただけますと、私も救われる思いです。アルマはうっかり屋さんな所があって……」
「……えへへ、申しわけございません」
ちょこん、とアルマが頭を下げたのに、クリスティーナ王女も少しくクスッと笑った。
クリスティーナ王女の微笑ましい笑顔に、謝罪を受けた方のシャナンは意味なくハァ。と、頷いた。
俺はここ王族専用のサロンに棒立ちで、そんなふたりの様子を眺めるに至ったのだが……いや、いったい、こういう状況に陥ったのか、いまだによくわかんね。
レオナールとの騒動の余波のせいで、シャナンはクリスティーナ王女に昼食に招かれた。まぁ、シャナンには当然断るという選択肢などあるはずもなく、翌日の昼休みに王族様の専用サロンに招かれた。
そこは、食堂の前を通り抜けた先の固く閉ざされていた扉をくぐった場所だ。
俺も以前から、これはどこに続いてるのか、と疑問だったが、10人以上が座れる広い空間に、足を延ばしてくつろげるソファまであるとは。まさかこんな優雅なサロンが広がってるとは夢とも思わなかったよ。
「ですが、アルマには逆に感謝いたしませんとね。学院中で話題のローウェル様と親しむ機会を持てるなんて、めったにないことだから」
「ですよねぇ!」
と、アルマが得意気に胸を張った。
……いや、君は少し反省をしろ。
「は、ハァ。そう言っていただけるのは有難いことですが……」
シャナンは畏まった風に襟足を掻こうと手を挙げたのだが、それが不敬だと途中で察したらしく、中途半端な高さで手が止まった。
「ふふっ、あまり緊張をなさらないでください。同じ学年、同じ歳なのですから。皆さんが使っている普段通りの言葉遣いで構いませんよ?」
「……ハイ」
シャナンはばつが悪そうに頷い手を下げる。こいつ、緊張しすぎだろ?
前に女王陛下に謁見した時は、てんでまともだったのに。
……まぁ、でも、こうしてマンツーマンで対面すると、緊張する思いはわかるけどさぁ。この王女様もめっちゃ美人だもんンねぇ……肩の力を抜いて~って、有難いお言葉を貰ってもそれに甘えられるワケがない。
――って、あ、ちょっ!? 泡を喰ってる間にも、王女様のお付きの侍女はセッティング終えてるジャン! アルマもドジッ娘メイドかと思ったが、なかなかに手早い……。
「ぼ、ボギー、わたしたちもセットを」
「……うん」
って、なに落ち込んでるんだよ。
早く手を動かしてって! と、俺はわたわたと、クロスやナイフをセットしたら、ちょうどそこに料理人がトレーを運んできた……ふぅ、前菜が来る前になんとか間に合ったか。ボギーはどうしたんだ。いつもだったら、俺よりも率先してぜーんぶをやってくれんのに。
(ちょっと、どうしたんですか体調でも悪いの?)
(…………うぅん、ただ。ふたりがお似合いだなって思って)
……あぁ、そーいうことね。
と、俺が和やかに食事会を始めだしたふたりを見やる――
「えっと、遅ればせながら、私はシャナン・ローウェルと申します」
「私も、クリスティーナ・クラウディア・フォン・エアルです。親しい友人たちからは、クリス――と、呼ばれておりますわ。シャナン様もどうぞそのように、お呼びください」
「……ハイ」
対面に座ったクリス様は、シャナンの様子に小さくクスッと笑った。
「こうして席を同じくさせていただきまして光栄ですわ。私はかねがね国の英雄様にお礼を申し上げねばと思っておりましたの」
「過分なるお言葉ですが、それは父の偉業でありますから」
「ハイ、ですが私も国に住む者として、その安寧に預かれるのはひとえにお父君のおかげですから。ぜひに一言感謝の気持ちをお伝えしたいのです」
「そうですか。ならば……父にかわって御礼を申し上げます。もっとも、いまここに父がおりますれば、すべては友人の助力があってのこと。と述べるでしょうが」
「勇者様は仲間思いだと有名ですからね。前の席にあっても、たしか同じことを申しておられたようで」
「それは知りませんでした。けど、父が言いそうなことです」
「尊敬されていらっしゃるのね」
「ええ自慢の父です」
……なんか、テオドアとの昼食時には見られんぐらい良い雰囲気だな。
シャナンも最初の緊張が解けたか、意外にしっかり後継ぎ応対もできてる。
いや、でもこのふたりって絵になるよなぁ。なんたって勇者(息子)と王女様との組み合わせだもの。いつになく和やかに話も弾んでるし。
――ンてか、話が盛り上がってる最中に、その恐縮ですがメシが冷めちゃうよ?
さすがにコース料理ってわけにはいかないけど、どれも高級そうで涎が出そうなほどに美味そーな匂い。……これが、目の前にあるのに喰えないなんて。
なんたる生殺し!
……ぬっ。いや、待てよ。ふたりは話に夢中で、注意が逸れている。
いまなら、ひと切れ盗んでも、わからない?
…………。
ソロ~ッ、と、
よし掴まえ――ぎゃっ!?
っと、伸ばした手がパチンと叩かれた。
振り仰ぐと、能面のような顔をしたボギーが立っていた。
「…………なにをやってるの?」
「や、ちょ、こ、仔牛肉のソテーがわたしを呼んでいて……ダメ?」
「ダメに決まってるでしょーがッ!」
ちょ、ボギーたん、落ち着いてッ!? く、首はマズイってば!?
ここは王女様の御前なのよっ!
「ふふふっ、シャナン様の侍女のお方は楽しくてよろしいですね」
「……騒がしくて申し訳ございません」
……すみません。と、頭を下げると、赤い顔をしたボギーに肩を、ペシッと叩かれた。ちぇ、俺が全部悪いとでも言いたいののかしらん?
でも、クリス様は他の貴族にない気さくなお方だな。テオドアに同じ台詞を言われたら、厭味意外のなにものでないもの。
アレときたら、いつも家の自慢話やら都で有名な劇がどうたら~って、後ろで立っていても、話題についていけなくてつまんなかったな。
「いいえ、私がついおしゃべりが過ぎてしまったのですね。皆さんも昼食がまだなのに、もう最後のデザートでお開きにしましょう――アルマ?」
「はい、最後のお品をお持ちします――」
と、アルマが持ってきたトレイの中に、黄色い生地の色が見えた。
これってまさか?
「カステラじゃないですか! なぜここに!?」
「フ・レ・イ!」
……ハイ。と、しゅんと頭を下げたら、クリス様が「あら、フレイ――さんはこの菓子をご存じなのですか?」と、言った。
「そりゃもちろん! この菓子は我がクォーター村の銘菓にして名物。その高名は最近になって高まるばかりか、邪竜退治のご利益があるな~んてまことしやかに語られてる伝説の銘菓、カステラですね!」
しっとりとして、ふんわかとして目に鮮やかな金色。あぁ、こりゃ完璧な焼き加減じゃないの。
「だれがお作りになられたのですか! わたしの作ったのと差異のないスバラシイ出来栄えですね!」
「あぁ、これは私の専属料理人の作ですわ」
「本当に? いやぁ、凄いなぁ! 陛下がレシピを公開したってのはまだひと月ぐらいしか経ってないのに、こんなにも忠実に再現できてるだなんて! 王女様のお付きの料理人はさぞかし名のある方なのですね!」
「えぇ、いつも美味しい料理を作っていただいてますわ」
「いいなぁ、羨ましい!」
……って、興奮のあまり、つい王女様にタメ口を。
あぁ、でも大丈夫。カステラを間近で凝視は致しましたが、ブレスがかからぬよう口をちゃんと押えてましたからね!
「……ウチの侍女が重ね重ね、申し訳ございません」
「ふふ、べつに構いませんわ。シャナン様は楽しい侍女さんに囲まれて賑やかでよろしいでしょう」
「…………はぁ。約一名だけがとくべつな変わり者でして」
「ハハッ、ウチの主の方こそ、唯一無二の勇者のお子じゃないですかぁ。むしろ、姫様には今後とも、ウチの主をよろしくお願いしたい次第でございます」
「まぁ?」
俺が冗談めかして言ったら、クリス様は朗らかに笑った。
いやぁ、この娘は普通の貴族さんとは大違いだなぁ。って、シャナンのヤツは半眼で俺を睨んでるけど。なによ、王女様の前で失礼ですよ!
そして、最後のカステラを食べ終わると、クリス様は席をお立ちになられ「またいつか、ご一緒しましょうね?」と、微笑みを残して部屋を後にされた。




