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LV69

 シャナンの人気っぷりが、最近になってうなぎ上りに上昇をしている。

 校内を歩けば、聞こえてくる噂話は、


「勇者様はステキね!」

「カッコイイ!」


 だのと、さんざんに褒めそやされている。

 なんでも、侍従らが隠密のうちに開いたイケメンランキングにトップテン入りしたとの噂だ。

 その人気に火がついた要因は、前に開いたとくべつ授業の踊りのレッスンらしい。

 周りの不甲斐ない男子どもが苦心してるのに、いち早く完璧にマスターしたことやら、その優雅な踊りに、眺めていた女子らは「ポーッ」と頬を染めて、その様子を口々に噂となって介されたようだ。

 まぁ、ボギーもとくべつ授業の最中、シャナンが踊りのレッスンに励むのを盗み見てて、「格好よかったぁ」と、ときおり思い出し笑いをして、キャーッ、とベッドでバタバタと喜んでいるからな。

 ……地べたに寝ころんでるこっちに埃が飛来してくるんで止めて欲しいな。


 村からこんな離れた学院にあっても、勇者という単語に耳が馴染むとは意外だったな。実際には、シャナンは勇者の息子なんだが、一々省略するに楽なのか「勇者」呼ばわりされてる。

 その点について本人はどう思ってるか――と、答えは聞くまでもなくあまり喜んではいない。


「その勇者、がこんな寂しい場所で昼食だなんて……最高っじゃないっすか!」

「……なにそれ」

「いやいや、久々の自由を横臥してるってことよ!」


 今日のお昼は久々にクォーター村の三人衆だけで日当たりの良いお庭にて購買で仕入れたパンを貪り喰うのだ。いやぁ、質素なカンパーニュとチーズだけでも、テオドアの魔手から逃れた喜びには代えがたい!


「ねぇねぇ、これから毎日、ここで一緒に食べません? シャナン様もテオドアの長話にはウンザリでしょ?」

「正直な。でも毎日に来るとなると、別だろ」

「そうですよ。パンは美味しいけど、これじゃ栄養が偏りますから」

「……えぇ?」


 マジか。残念すぐる。

 けど、この自由の味は、あのテオドアという苦味があってこそ引き立つものだものね。


「シャナン様も、テオドア様の扱いには難儀してるのでしょ? ならもっとガツンと言ってやれば良いのに」

「いや、キツく当たると、その泣き出しそうだからな……彼女も色々と慣れない暮らしでタイへンなんだろ?」

「善意ねぇ」


 そんな小奇麗な想いでお節介を焼いてるワケじゃないと思うけど……まぁ、いいや。

 俺もあいつの性悪っぷりを、シャナンに告げ口する気はない。口が悪い上に猫かぶりな高飛車ちゃんでも、一応は乙女ちゃんだし? アプローチが過激に過剰だからって、それを横から無に帰すようなマネをするのは気が引けるから言わないけどな。


「それより、ふたりとも学院の暮らしにはもう慣れたのか?」

「むぐっ!?」


 ぱ、パンが、喉に……――ぐはっ、はぁ、はぁ……危なかった。


「……おいっ、大丈夫か?」

「え、えぇ……ってか、シャナン様が急に驚かせるから」


 俺がジロッ、と睨むと「……なんで僕のせいなんだよ」シャナンは呆れたふうにかぶりを振った。いや、そんな細やかな気遣いとは無縁な人に「大丈夫か?」と、擦り寄られたら、いったいなんだ? ってなります。


「あ、あたしは村と同じように普通に毎日過ごせてますよ」

「まぁ、ハード面に関しては万全っすからね」


 学新品同様に磨かれた机が並ぶ教室は言うに及ばず、美術室や音楽室に揃えられた道具も一流品ばかり。

 寮も外観はボロがきてるが、侍従にひとりひと部屋が基本だし(俺とボギーは急だったせいで除く)、トイレから浴場まで完備されている。衣食住から健康にまで配慮されていて、根が貧乏性な俺はいつか請求書が突き付けられるのではないか、とビクついたものだ。


「環境はとってもいいんですよねぇ。でかい公園もあって、空気も美味くてメシもまずまず。問題なのは、やっぱ人間関係ですよ……あの、テオドア一派がいなければ、少しは楽に過ごせんですけど」


 まぁ、寮にテオドア一派がいないってのは救いですけどね。

 上級貴族のおつき人はもちろん平民なのだが、彼らに採用されるような者たちは王都に元から暮らせるような、官吏や大商人の子供らでほとんどだ。プライドの高い彼らは、元より田舎臭~い寮住まいを嫌って、別宅住まいを選んでいる。

 この王立学院は全貴族のお年頃の子弟を集めた故か、そのセキュリティは厳重だ。学院に入るにしても、表の正門とはべつにふたつの門扉をくぐらなければならない。

 第一の門の外苑の位置には、貴族たちやその侍従が住まう高級住宅や商店が入っており、そこには上級貴族の子供らが暮らしているのだ。


「ふたりが快適に過ごしてるんなら、よかったよ。僕の方も……人間関係には悩みのタネがあるけど、幸いすぐに友人ができたし」

「えぇ!? しゃ、シャナン様にご友人がッ!?」

「……なんだよ、その驚き方は。僕に友人がデキたのがそんなに意外だとでも?」

「いえいえ、そんなことはないですが……で、お相手はどのようなお方でしょうか?」

「……言いたくない」


 そんな意地悪を仰らないでくださいまし。私はシャナン様に友人がおできになられたこと、心よりお慶び申し上げておるのですよ。耳年増なばぁやだ。と笑わず、教えてくださいませぬか?


「言っても顔もわからない相手だろ? 僕のことよりソッチはどうなんだよ」

「グッ!?」


 ……そのカウンターは致命傷だぜっ!

 ロープ、ロープ! と、這いつくばって遁走をしつつ「そ、そういうシャナン様こそ、悩みやご不安はないんですか」と、軽やかに話題を転換した。


「悩み? 僕のか?」

「そうですとも、シャナン様にご不安がおありでしたら、ソレを解消するのが我らの務めですから。ね、ボギー?」

「ええ! ……シャナン様、なんでも仰ってください!」

「悩み、か」と、シャナンは首を傾げた。と、その前で「なにかお力になりたい!」と、忠犬のようにお言葉を待つボギーも、ボギーもシャナンについてはテオドアも顔負けだな。と、呆れていたら、


「あるといえばあるな。たとえば、もっと強くなるにはどうすればいいかって」

「……ハァ」


 それ、仮にも乙女を前にして打ち明ける悩みっすか……?

 もっと、甘酸っぱいのとかあるでしょ!

 ったく、もう~。と、天を仰ぎかけた時、鋭い悲鳴がした。


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