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LV68

「ふぁあ」と、大欠伸をして歩けば、軽くボギーに小突かれた。

 今日も朝からうちの彼女は嫉妬深いんだから~、と妄想に耽りながら朝の登校路を行く。

 道はたくさんの学生が溢れていて、どこを向いても”とくべつ”に選ばれた血筋の方々ばかり。その内面はともかく、お嬢様が通う学院故か、あちこちから「おはようございます」と「ごきげんよう」と、おしとやかな挨拶の花が咲いている。


「なんか村では見られない光景っすねぇ」

「都会だものね」


 ボギーたんがつれない……。

 なぜ、そんな無感動なの? ここにいるすべての女子がお嬢様なのよ。高嶺の花がそこかしこに咲き誇ってるのに――ハッ、もしやボギーたんはすでに身も心もお嬢さまが故に、落ち着き払っているということなの?

 ……お主なかなかやるなぁ。と、ボギーの面差しをしげしげと眺めていたら「ひとの顔をジロジロみないでってば」と、顔を真っ赤に怒られた。えぇ、いいじゃん、減るものじゃないんだし。

 憮然と行こうとしたら、前の方に居た貴族の女子と目が合った。


「あ、ご、ごきげんよう」


 と、咄嗟にニッコリ挨拶したのに、彼女はプイッ、と無視して歩いてった。

 ……こんな愛らしい美少女が挨拶してるのにシカトするとはなにごとか!?

 すぐさま、憤然と追いかけようとしたが「ちょ、ちょっとなにする気よ!」と、ボギーに止められた。

 邪魔しねぇでくだせぇ姉御!

 あの生意気な娘っこに口の利き方ってやつを教えてやらなぁ、気がすまねぇでっさ!


「……もう、バカ言わないでよ。問題起こしたら叩き出されるのはこっちよ? ここは村とは違うっていい加減に学習しなさいよ。気さくな人たちがこんな場所にいるわけないでしょ」

「そりゃわかるけど!」


 ……ボギーの言い分はわかるけどさぁ。

 なーんか違くね。


「一々に腹を立ててたらこっちの身が持たないわよ? どーせ言っても変わらないんだし、怒ったところでブサイクになるだけ損、損」


 顔にシワが寄らぬようツーンと澄まし顔をした。

 なるほど。美人は滅多に怒らぬものか……ンでも、美人さんが怒るとめちゃくちゃ怖いよねぇ。あ、そっか。だから、逆説的にボギーは美人ってことね! って、思ったのだが、殴られること請け合いなので口にはしない。




 俺の褒め言葉はどうして片手落ちなのだろう、と、モテない最大遠因に悩みながら教室のドアをくぐると、すでに教室にいたシャナンがテオドア一派に囲まれていた。なんだか朝の恒例行事のようですね……。


「ボギー、顔に小じわができてますよ。笑顔、笑顔」

「……わかってるわよ」


 さっき言われたことを耳打ちしたら、ボギーは嫌そうに無理くり笑顔をした。

 ……頬が引きつってる。

 まぁ、このテオドアを囲む会の皆さんに、上機嫌になれる方がおかしいからね。教室の空気が重たいのって、ぜったいこいつらのせいだ。

 初日から教室のなかではグループが形成されたけど、大まかにテオドア一味と雑魚一派って感じで、他のグループは仲良くお喋りもせずに下を向いたまんまだ。

 テオドア様の卓越したる人心掌握術により、この教室の最高権力者様におなりあそばされたご様子。どんな公選結果に基づいてるのか定かじゃないが、チューリップ頭が人気の秘訣だろうかな? って、お仲間一同共ともにさすがに毎朝髪をセットしてる時間はないのかゆる~いカールヘアーなので、初日よりも威圧感はないけど。


 しかし、貴族というのもタイヘンだよな。

 俺も最近、わかってきたけど、貴族といってもひと口では言い表せない、いわば上級、中級、下級って見えないけれどもハッキリ区分があるんだよね。

 下にいけばいくほど俺ら侍従の扱いに近く、その上にいけばいくほど、態度がでかい。

 前に、下級の貴族がなにかやらかしたか、上級貴族らしい身なりの良い生徒に青い顔でペコペコとしてた場面を目撃したのだ。まったく、胸やけがしそうな嫌な現場だったよ。謝罪する彼は、自分より年下の相手に必死になってて、上級貴族を取り巻いてた連中は、ニヤニヤとしてた。

 貴族も、色々タイヘンだな。と、な俺ら侍従組と同じ待遇な下級貴族に親近感を憶えたりなんかしたが、ても、そういうやつらに限って侍従たちに威張りちらしたりするもんで、うっかり同情をしてらんないんだが。


「あぁ、皆さんおはようございます」と、本鈴が鳴るとモーティス教諭がやってきた。


「それでは早速なのですが、今日はとくべつ授業を行いたいと思います。ですが、この教室では不足がございますので、皆さまはこの校舎より北側の離れへと向かってください。さぁ、貴族の子弟の方々を先頭に――侍従どもは無駄口は控えて、遅れぬようにサッサと歩かんか!」


 ……相変わらず無駄に居丈高だな。

 しっかし、とくべつ授業ってなんですかね。まだ通常授業も慣れてないのに、とくべつ、と銘打たれてもあんまりイメージが思い浮かばないんだが……。






 離れといっても「さすが貴族学院!」というべきか、そこはモノホンの迎賓館のようだ。

入ってすぐには滑り台にデキそうな吹き抜け階段があり、はるか頭上にはシャンデリアが

灯をともさずにして輝いている。

 俺たちは思わずキョロキョロと周囲を見渡していたら、モーティスが手を打って音を鳴らした。


「今日は皆さん方のために王宮からとくべつに講師をお招きしております――ミランダ様、どうぞこちらへ」


 と、頭上に呼びかけると、吹き抜けの階段から初老の年齢に差し掛かったおばあさんが下りてきた。

 俺たちの前にくると「ミランダと申します。今日は皆さんどうぞよろしく」とキビキビと機械的に整ったお辞儀をした。

 銀髪をおだんごだし、背筋もピンとしてるし堅そうな印象の人だ。


「ミランダ女史は王宮に侍女長として長年仕えてきたお方でございます。今日の授業というのは、貴君らに最高の紳士、淑女としての行儀作法を、ミランダ女史に学んでいただこうというワケです。侍従諸君はとくべつに時間を割いていただけたのだからくれぐれも、失礼のないようしっかりと学ぶように! ……それでは、貴族の皆様方は上で別授業をお受けいただきますのでさ、こちらに続いてどうぞ」


 とモーティスは甲走ったで、階段にさぁさぁ、と手を示した誘導していった。

 なんだ、授業は俺たち侍従だけで、貴族様は高みの見物かよ。

 俺は深々と溜息をついてたら、さりげにテオドアがこちらをふふん、と得意気に振り返ってくる。相変わらず、鼻につくヤツ……!




 その後、戻ってきたモーティス教諭は他の男子侍従を同じように上へと連れて行った。どうやら、彼らには教諭が直々にウェイターの基本を叩き込むらしい。

 ……この時ばかりは、私が男でなくてよかったと心から思える。

 ミランダ女史は居残った5名の女生徒たち(俺様を除く)に向けて、意識を切り替えるように手を叩いて集めた。


「皆さんおはようございます」

「「「おはようございます」」」

「よろしい。元気なのは結構。体調管理も自分でできぬようでは、人様に仕えることなど不可能ですか。日頃から人の不愉快をさそうような恰好や、自分がなされて不愉快な言動や仕草は慎むのです」

「「「ハイ!」」」


 他のクラスメイトたちは、いつになく真剣な顔つきで声を揃えた。

 いまさら行儀見習いなんて、俺的には草しか生えないが、他のクラスメイトたちはやる気が違うのな。

 貴族つきの侍従といえど、田舎貴族に仕えるよりも王宮勤めの方が俸給の払いも待遇もよいし、なにより箔がつくので、結婚相手にも恵まれるそうなので、王宮侍女を目指す娘は多いらしい。

 ま、俺には縁のない仕事なので、まったくやる気もおきないんだけど。


「さて。まずは授業に入る前に、皆さんがどれだけ侍女としての嗜みが身についておられるか、軽く質問をします。まずはそうですねぇ……そこの貴女」

「あ、はい」


 ……いきなり俺っすか。

 どんよりしつつ前に出ると、ミランダ女史は俺を憂い顔でジロジロと見下ろしてくる。


「貴女はなぜそのような恰好をしているのですか。その制服は男子の物でしょう」

「……いや、他に制服がなくて」

「ない?」

「急に学院への入学が決まりまして。制服の準備が間に合わず……」

「そうですか、ならば致し方ありませんね。しかし、都合がつきましたら、早々に女子の制服を揃えることを薦めます」


 ミランダ女史は不服そうに眉をひそめた。

 ホッ。よかった、根掘り葉掘り聞かれなくって。

 一応、話の流れ的に頷いたけど、ぜってぇ女物の制服なんざ着やしないよ。趣味があわないってのもそうだが、上下を揃えるのに金貨ン十枚、ってかかるのよ? そんな大金を揃えるなんて無理、無理。


「先ほどにも言いましたが、人に仕えることはその家の看板をも背負うこと。その貴女がみじめな格好をしていたら、看板に傷がつきますからね。それで、話しを戻して。貴女は侍女としてのご経験はおあり?」

「いえ。実家の宿屋を手伝っておりましたが、それ以外は」

「なるほど」


 と、ミランダ女史は懐から定規を取り出して、俺の背に当ててきた。


「ふむ。背筋もちゃんとして基本的な立ち方もできています。最近は、訓練された娘たちもこうして基本ができてない子が多いのですが、貴女は優秀ですね。実家のお手伝いをちゃんとやっていた証拠でしょう。こちらでの生活はもう慣れましたか?」

「ハイ、毎日楽しくやってます」

「……楽しく”やって”る?」

「…………いえ、毎日を楽しく過ごしております」

「よろしい。言葉の乱れは精神の乱れですからね。以後気を付けるように」


 ミランダ女史の曲げられた眉がすっと戻った。

 ……定規で叩かれるかと思たわ。

 さすが侍女長なだけあって、言葉遣いには厳しいのね。




 指導はサーブの仕方にも移った。

 フォークや、ナイフの置き順から、ワイングラスや食器の洗い方まで――これらを難なくこなしたら、「スバラシイ!」と、ミランダ女史に拍手付きで絶賛された。

 俺は心うちでドヤ顔をかましつつ、他の侍女たちの羨望の眼差しに静々と礼をした。

 フッ、こんなんだったらお茶の子さいさいですよ。

 俺は前世ではフロアでの接客もしたことがあるし、一から基礎をマメチ先輩から叩き込まれたかんね。

 しかし、こんなマナー教室めいたことでも、成績に跳ね返ってくるというのだから恐ろしいこと……ヘタな成績なんて残したら、女王陛下からどんな恐ろしい目にあわされるかわかったものではないから、真剣にやりましたよ。えぇ。



 経験者であるボギーもソツなくこなして、ミランダ女史に拍手を送られサーブを終えた。

 しかし、他のクラスメイトらは緊張からカチャカチャと銀器を運ぶのに音を鳴らしたり、上手くできずにワッ泣き出した子もいた。

 鼻持ちならぬテオドアつきの侍従たちは「みっともない」と呆れたように吐き捨てたが、ミランダ女史は意外にも優しく背中に手を添えて慰めていた。

 彼女らが泣き止むのを待って、授業は次の段階へと移った。


「さて。短い時間ですが、ひととおりは覚えましたね。それではこれから給仕として実際にお客様をお招きいたします。いかに授業といえども、お客様をお迎えするのですから粗相のないようにいたします。さ、二階に行きますよ」


 二階へと上がると、そのお客人たちは貴族生徒たちらしい。

 上の方では騒々しく手拍子の音がしていて、なんだろうか、と疑問だったが、そこではダンス教室が開かれてたらしい。皆、息も弾ませ額に汗を浮かんでいたので、ティータイムにはちょうどいい頃合いだったようだ。



「それではフレイさんから初めていただきましょうか。だれか彼女のお茶を飲みたい、と思うお方はいらっしゃいますか?」

「はい」


 間髪を入れずに手を挙げたのはテオドアだった。

 ……げぇ~、こんながらの悪い客こっちから願い下げなんですけど。

 ってか、なんで俺に対抗するみたく張り合ってくるんだよ。あっちいけ、シッシッ!


「フレイさん? テオドア様が仰せですよ」

「……はい」


 しょうがねぇ。無表情であるのが侍従としての嗜みなのだから、感情を殺す分には逆に楽な相手よね。

 えっと、これは東方からわざわざ運んだ茶葉つってたっけ。ふーん、生茶ではなく乾燥してるな。ならば紅茶と同じ淹れ方で構わんだろう。

 適度に温めたポットに茶葉を入れ、熱せられたお湯に茶葉がびっくりしないよう、慎重にかつ茶葉が開くよう注ぐ。と。

 フー、この辺のゴールデンドロップやら御紅茶うんちくなんか、マメチ先輩に鍛えられたからなぁ。ミランダさんも感心したように、頷いてくれてるし問題ないみたいね。いやー、習ったことを復習するだけで、成績が上がるなんてウマウマだわ。


「どうぞ、テオドア様」


 カップを置くと、テオドアは香りを楽しむようにカップを傾けた。

 ありがとうもなしかよ。と、思ったが、俺の所作にはケチのつけようもないのか何事もなくカップをソーサーに置いた。


「タイヘン美味しいお茶ですわ。いったいどこの茶葉かしら」

「東方のルチェラ地方の物です。最近流行りの物で、なかなか手に入れるのも難しいものですね」

「そうなのですか。これは貴重な物を楽しめましたわね。けど次からは早くしてくださらないかしら? せっかくのお茶が冷め切ってしまってるわ」

「……申しわけございません」

「至らぬ侍女がいたとしても、急かすのはあまりエレガントな所作ではございませんわよ。ルクレール嬢」


 ミランダ女史が弁護するかのように言うと、テオドアは長いまつげをピクッとさせたが、言葉を呑みこんだように黙った。ぐへへへっ。



 その後は、つつがなく授業は進んだ。

 それでも、ボギーがシャナンのお相手に引き当たって、侍従のクラスメイトらは一様に残念そうな顔をしていた。やっぱ、勇者の息子はどこに出しても人気だ。

 ボギーからすれば慣れた相手だろうに、手順やらソーサーの置き方やらでミスをしまくったのは、しっかりして! と、ツッコミたかったが、終わった後には想像以上に落胆してたんでイジルこともできなかったんだが。

 そうして、このとくべつ授業は終わりを迎えたのだが、テオドアとその一味が固まって妙に話し込んでいたのが気になるといえば気になった。

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