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LV62

「村での時間が止まっているワケじゃないんだから、そんな悲しい顔しないで」

「…………」

「ボギーもシャナン様も村に帰ってこられるんでしょ?」

「………… …………」

「その時の二人が驚くほどに村を発展させてるから安心して学んできてください――って、ドヤ顔してたのだれだっけ?」

「もう止めてよボギーたぁああぁああんっ!?」


 俺が悪かった!

 一生ボギー様の前を歩こうとも、先んじようとも思いません! 降参します!?

 だから、別れ際の恥ずかし台詞をリピートするのは止めてー!?




「えぇ、と、まだ怒ってらっしゃいます?」

「…………」

「あの~。もうそろそろ、足がしびれてきてちょっとキツイというか……」


 無反応。

 ……ハァ。ダメか。ボギー様に向けて、ひたすらに土下座を敢行してるのに、ボギー様は腕を組んですっかりご機嫌ななめ。まだお怒りは解けないでいらっしゃる。

 まぁ、あんな別れの言葉を交わしあった後、また数時間も経たず出会うってなったら、気まずいことこの上ないけど……でも、寮のドアを開けた時のボギーの驚いた顔は凄かったわ。卒倒しかけてたわよね。

「えへへっ、そんなに寂しかった?」と、言うたこちらの頸椎を絞めてくるんですもの。そんな熱烈な歓迎をされるとは、俺様もまったく思わなかったので、その場で即座に土下座していまに至る。


「それで。どうして学院に入学なんかできちゃってるワケ? えぇ? 普通の平民には、そんな夢のような話は降ってわいてもこないってのに」

「わたし難しいことわかんな~い?」

「……殺されたいの?」


 ひぃい!? こっちにも女王様がおられた!? また、締めにくるの止めて!?


「ちゃんと一から順に説明しなさいよ」

「……だ、だから、大人の事情って、ことしかわ、わたしもわからな……ぐふ」

「ふん」


 ……はぁ、はぁ。こ、こいつマジに首絞めてくるなんて「そんなに邪険にしなくたっていいのにぃ」と、首をさすりつつ恨みがましく見つめたら、逆に半眼で睨まれた。クッ。気持ちはわからんでもないけど、いくら照れくさいからって絞殺はよくないと思うの?


「で、あの別れた後に、どういった経緯があったのよ」

「……いや、だから何度も言うけどわたしも詳しくは知らないんですって」


 あの女王陛下の無茶ブリな要求の後もドタバタしてたからなぁ。

「……すまぬ!」と、悄然としてるクライスさんを励まして、急いで宿に荷物を取りに戻って、後は着のみ着のままでこ~んな学院に併設されてた寮に置き去りにされたんだよ? 俺だって、十分に同情されてしかるべき立場でしょ。

 それに、女王陛下の”思惑”について、正直なところはいまもわからない。

 貴族のなかの事情を知ってるトーマスさんは、なにか気づいたことがあるっぽいけど、俺が道すがら質問したって「まだ完全にそうだと決まったワケじゃないから。わかったら教える」の一点張りだもの。


(……まぁ。ボギーたちにはこんなややこしい事情がありました。なんて素直に伝えたら不安がるだろうから、黙ってろと、トーマスさんに口止めされて教えられないんだけど)


 だから「クライス様のサプライズで通うことになりました~」っと、嘘をついたのだ。

 我ながらウソ臭ぇ、と思う次第だし、ボギーも納得してないのが態度から丸わかりだわ。クライスさんがドッキリを用意するタイプじゃないものねぇ……。

 けど、一度はついてしまったウソですから、これで押し切るしかないのだわ。


「まぁまぁ、そろそろ機嫌を治してくださいよぉ。これからふたりの共同生活が始まるんですから。仲良くしましょう~」

「ウザイ」


 またまたぁ。ひとりで生活するの寂しがってたじゃない。俺がついてればにぎやかし要員としてはバッチリじゃない? あ、なんなら肩をお揉みしましょうか? 堅苦しい式典続きで、ボギー様もお疲れでいらっしゃるでしょう。


「いいわよ、もう! ……はぁ。なんか、怒り疲れた。あ~、もうあたし寝るから。早く物を片づけてよ」

「は~い」

「それから、こっからこっちまで、あたしの領域だからくれぐれも! 入り込まないでよね」

「え? 部屋の半分以上がソッチなんですが……」

「なにか文句ある?」


 ボギー様がピッと手で見えない白線を引いた線は、日当たりの良い窓際どころかベッドまで取ってる。てか、俺んとこは玄関口の近くの上に、領域が畳一畳分しかない……貴女はどこの牢名主様ですか?


「……あの、わたしが寝る場所は。ベッドはひとつですよね」

「さぁ、あたしは知らな~い。ベッドはひとつなんだし後から来た人が譲るもんでしょ。文句あるならそこにカーテンがあるわよ?」

「非道っ!?」


 ベッドがなければカーテンがあるじゃない。って、なんというパワーワードだよ……。

 まさか貴女様は伝説のボギー・アントワネット様でいらっしゃるの?


「わたしだけ埃まみれのカーテンで丸まって寝ろっていうの!? そこは女子同士なんだから、同じベッドで寝るという選択肢が存在しても犯罪ではないはず!」

「やらしいこと言う人は床!」


 クッ、居候の身では是非もなしか……ったく、なんでまた俺がこんな目に。は~、もういいや。寝て忘れよ――って、shit! 俺の寝巻がないじゃん! 着たきり雀で出てきたのが失敗だったか。うぅっ、こう長居する気なんか、なかったっつーのに。

 これは早急に、母さんに荷物を送ってもらうか、いや、こっちで買った方が早いか……しかし、俺が学院に通うってこと、手紙にでもして伝えないとな。けど、まさか女王陛下に気に入られちゃって~、俺を離さないっていうから~、なんて書くわけにもいかんし……どうしよう。





 あくる日の朝、乱暴な鐘の音とボギーの罵倒の合わせ技にたたき起こされた。俺は低血圧なわけでもないが、朝はすこぶる弱い。しかし、牢名主たるボギー様には、そんな甘ったるい考慮など望むべくもない。

 もそもそ、とタオルから這い出る俺を背に、ボギーは朝イチで汲んできた水で顔を磨き、鏡を前にして、ニッとえくぼを作ったりして、自らの顔面偏差値を上げるに余念がない。……なるほど。女子はこうして自分を磨くのか。しかし、女子力だなんて私が上げるべきステータスではないので、見習う点はなにひとつとしてないでしょうな。



 ボギーにせっつかれつつ食堂に降りると、ゆうに50人程は入れそうな広さの場所には、朝の忙しい時間とあってか、トレーを抱えて配給を待つ学生で混雑していた。

 なんか、前世のドライブスルーみたいな光景で懐かしいけど、ここまで引っ張ってきたボギーの方が及び腰になり、俺が手早く列の後ろに並ぶと、こっちの袖を引くように後ろにちょいとついてくる。

 フッ。愛いやつよのぉ。


「……フレイってなんか、ヘンなところばっかり手慣れてるのね」

「面の皮が厚いといいたいんでしょ?」


 この食堂を利用するのは、女子の侍従だけ。

 広大な敷地を有する学院では、寮から食堂、それにトイレや購買に至るまで貴族用と侍従用とに別けられてるらしい。その境を無視して勝手に使用したら、重く処罰される。と、昨日侍従を集めた講習会で、ボギーは先生方から説明を受けたそうだ。


 食堂おばちゃんから貰った、パンと豆と葉野菜のスープを手に空いた席でいただきます。いや、なかなかの美味ですが……なんだか、周りが静かだねぇ。

 間違ってもスープ皿に口をつけてズルズル啜る子はいないけど、女生徒がこんだけ集まってるのに、賑やかな声が一向に聞こえてこないのが、ふしぎな感じがする。まるで、修道院のように静かだな。って、俺も修道院の食事風景なんて知らないんだけども。


「窓向かいの女子寮って凄いんですね。昨日はパッとしか見れなかったけど」

「うん。あたしも同感。ってか、アレを見たら、こっちにいるだけで縮こまっちゃうのかもね」


 昨日は、夜もふけすぎてわからなかったが、こっちの女子寮は築何年たってんだか分からぬボロッちい木造建てなのに、隣り合う貴族用の女子寮はド~ンと立派な洋館造り。しかも「貴様には日照権などやらぬわ!」と、言わんばかりに、ウチの女子寮を覆う始末。

 いやはや、こうも格差の壁が目に見えると精神的に屈折するだろうなぁ。

 眼前にある白パンに野菜スープっていう朝食メニューにだってそうだ。

 隣にいた、垢抜けない顔の新入生の子にも、こういう食事でも豪勢に思えるのだろう。どこか夢見がちな表情をして、パンをちぎって食べている。


「……しっかし、貴族の通う学院といっても侍従寮には垢抜けない人が多いっすね」

「シッ。そんなこと聞かれたら怒られるわよ?」


 ボギーはひとさし指を口に当てて言ったが、なぜか俺の格好を上から下まで見下ろしてくる。あら、私の格好に文句がおあり?


「大いにね。ってか、この場で一番浮いてるのは貴女でしょう。女子寮なのに男子の制服なんて着ていて……さっきからジロジロ見られっぱなしだけど」

「しょーがないでしょ。元々通うつもりじゃなかったんだもの」

「……ほんと、気を付けてよ。ここは普通とは違うの。あたしたちの振舞いのひとつひとつが、自覚と責任をもっていないと。ローウェル家の名を傷つけることになるかもしらないんだから」


 ボギーが上目遣いなジト目で忠言してきた。わぁ~ってるって、と安心さすように深々と頷いたが、なにか頭痛がするというふうに額を抑えた。





「……なんでオマエがここにいるんだ」

「色々ありましてねー」


 その色々は面倒なんで説明しませんよ~。ほら、時間がおしてんだから、歩く歩く。と、げんなりするシャナンの後ろ背を押してく。

 ちょうど、ここは校舎のまん前にある広場だ。モニュメント風な円柱の下に小さな花壇がありそこを境に、東側には男子寮、西側には女子寮と別けられている。ここがちょうど、互いの寮の合流地点となる場所なせいもあってか、たくさんの生徒たちが校舎へと向かっている。


 表校舎にたどり着くと、そこはさらに生徒たちで混雑していた。背伸びして奥を見ると、生徒たちは掲示板に張り出されたクラス別けを覗いているらしい。

 あ~、そういや、新学期につきもののイベントだな。


「ちょっと、緊張しますね。皆一緒に同じクラスで勉強できればいいなぁ……」

「心配ないよボギー。主と侍従とはセット扱いされるから、そこに張り出されてる貴族の名があるところに、自然と配置されるんだ」

「そうなんですか!」


 無防備な笑顔で喜んだが、その裏で「よしっ!」とほぞを固めているのが透けて見える。……こういうクラス別けにときめきを憶えるなんて乙女なボギーらしいな。

 しかし、そういうしきたりがあるのはさすが貴族の学院だな。

 でも、割に他の生徒たちはドライに、なにか淡々と事実を確認して離れた場所で待ってた主人に、クラス報告を上げている。報告を受けた主人も労うでもなく、澄まし顔で階上へと上って行く。

 あの娘と同じクラスで良かった~。みたいに、友達と同じクラスを喜ぶのは無縁らしい。


「じゃあ、代表してわたしが見てきますよ」


 やや熱のかける掲示板に近寄ると、早速シャナンの名前を発見伝。

 ……えー、クラスは1-Aか。


「見つけましたよ。1-Aです」

「そうか」

「ちょっと、一年間お世話になるクラスなんですよ。もっと喜んであげなきゃ可哀想じゃないですか」

「あー、よかったよかった」

「軽過ぎッ!」


 なんて心を感じさせないよかった。だ。無視された方がマシなレベルだゼ!


「あ、ちょっと貴女がフレイ・シーフォさん? で、よかったかしら。


 と、中年女性の教諭が、慌ただしくやってきた。

 うん、なんか用事ですか?


「悪いけどちょっと待っててくださらない? ちょっと急な編入だったもので、まだ手続きを終えてないんです」

「え」

「取りあえず、準備が整うまで待っていてくださいね。すぐ終わりますから」


 と、言い捨てて、女教諭は来た時と同じようにパタパタと走ってった。


「じゃあ、僕たちは先に行くか」

「ハイ!」

「…………」


 ……皆が一緒によかった。んじゃなかったんすかね。

 けっ、友達がいのないこった。

 と、見えない小石を蹴り上げながら、邪魔にならぬよう壁際にへばりついた。

 あ~、にしても、なんで俺までこんな場所に、放り込まれなければならんのだろうか。そら、貴族の学院なんて、ふつーは体験できないし、一切が憂鬱だとは言わないけど、でも自分がなかに入って暮らしてくにはちょっと、ハードルが高いわ。

 むしろ、知り合いから話を聞いて済ますぐらいの距離感が、一番に迷惑も気苦労もなくていいのに。

 ……これもそれも、勇者が。と、手も足も出ないスライムのような状況に、ぷるぷると怒りを溜めていたら、向こうから女子の集団がやって来た。


 ……なんか、凄いな。と俺は思わず二度見するほどに、彼女らはど派手だった。

 前をズカズカと歩くのは貴族だろうが、その後ろに控える侍女ですらやたらとキラキラした小物類が充実しているのだ。

 だが、奇妙なのは、バラエティに富んだおしゃれさんたちが、揃いも揃って頭がつぼみのように、空を衝いてるのだ。

 え、これが王都の流行りなの。と、訝しんでいたら、控えていた侍女がスタスタと近寄ってきて「あら!」と、はしゃいで掲示板を指さした。


「テオドア様、これは吉兆ですわ! ルクレール家の名前があの子爵様の名のお隣に!」

「まあ。さすがはテオドア様ですわね! これは幸先がよいことで」

「ふふっ。ありがとう、皆さん。我がルクレール家の明るい前途が祝福されているようですわね」


 おーほっほっほ、と赤髪が高笑いをしたら、全員がマネし出した。

 ……凄いね。このインコ集団は。あの、テオドアってのがボスで間違いないだろうけど、まつげも長いくっきりした顔立ちでパッと見美人なのに、なんか性格悪そう~。


「うん?」


 あ、やべ! こっちに気づいた。いや、怪しくないよ~。と、愛想笑いをしようとした。が、その赤髪のテオドアは血色のよい頬を薄く歪めた。


「ねえ、皆さん。なにか妙な臭いがしません?」

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