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LV61

 陛下はその形の良い柳眉をかすかに潜めた。

 ――たっただけなのに、その場の雰囲気がピシリと凍りついた。

 俺の背筋もゾワーっと、寒気が這い上がってきて、思わず首をすくめた。

 ……ヤバイ。クライスさんはいまだにポカ~ンとしてるが、俺は気づいちゃったのだ。陛下の怒りの意味や、去り際の毒のこもった微笑の意味にも。そして自分の犯した失態についても。


 虚心坦懐に考えてみてみよう。たとえば、王家の代々に続く宝剣があります。

 武の象徴たるその剣を、邪竜を退治した勇者に授けました。しかし、十数年後、勇者の手に在るかと思ってた剣はなんと! 田舎娘の元に在ったのです――さて。それは陛下のお気に召すことでしょうか。

 召すわきゃないでしょーっ!!


 あぁああぁああ取り返しがつかない大失態だあぁーッ!

 つか、陛下は最初っから告発する気が満々で、俺なんかと談笑してたのね! それで、宝剣の行方や持ち主についての裏取りをしてたんジャン! なのに、俺ってば余計なことをぺらぺらぺらっぺらとぉ!

 と、トーマス様っ!? なんとかしてーっ!? って、向いても親友のやっちまった件が衝撃なのか、ウゲッと悲鳴を挙げたっきり頭を垂れたまんまやん!


「……勇者殿。聞いておられるのか」

「ハイ、それはしかと。ご承知のようにいまはフレイの手に在りますが……?」


 まだ気づいてねぇのかよ!?

「なにか問題で」って顔してんじゃないよ! そもそもが俺の手に在るから問題なのっ!

 勇者のすっとぼけた反応に、さしもの陛下も苦虫を噛み潰したように顔をしかめて、


「貴殿に授けた時にも申したはずだが、我が授けた剣は、王家に代々に伝わる物なのだ。ソレを名のある騎士や侍従にならともかく、ただの村人に授けるとは、どういう意図があるのかと聞いてるのだよ」

「ハッ!?」


 ……やっと気づいた。てか、遅ぇエよ。


「い、いや、陛下、その、これは……」

「苦言を呈するようですまぬが、国の家宝が粗略に扱われては黙ってはおられぬ。まぁ、さしたる問題ではないが、こと我らがメンツに関わるものだからな。こんな不名誉な話が表ざたになり、勇者にコケにされる王家――だなどと思われるのも癪だしな」

「…………」

「そう縮こまるな。貴殿を処分などしたら、逆に自らの不名誉をさらけ出すことになる。我としても穏便に処理したいのだよ」

「……は、ハイ。それでは如何様にせよ、と?」

「それは我が聞きたいのだが?」


 …………。

 黙るな!

 はぁ。と、首を振って落胆する陛下に、勇者様が地面に突っ伏すように項垂れた。

 ……うぅっ、勇者が情けない、って揶揄れないよなぁ。

 あれだけ世話になったクライスさんに、告げ口するような恰好になったのも危機を生んだのは俺なんだし、俺が手助けに釈明しないと!


「……あ、あの、陛下? その~クライス様から授けられました時から、そもそもわたしのような子供が、名剣に価しないかな~、なんて思っておりまして、ハイ……まさか、その~クライス様の忠義心にまで疑いを向けられるようでしては、いますぐにでもクライス様へとご返上を致し――――」

「ふふふっ」


 俺は殴られたワケでもないのにびくっと身を固めた。

 陛下は、喉の奥を震わせた笑い声を収めると、ゆらりと向いた青眼が、剣呑な光を帯びたてこちらを静かに見据えていた。


「お主の声は鳥のように聴き心地がよいの」

「…………」

「しかし、我がいつ発言することを許した?」

「し、失礼致しました!?」


 ガバッと、頭を九十度下げた。

 怖い、怖すぎる! あの笑い声が耳から離れないよーっ!

 耳に心地いいって陛下をこそ歌うような声音なのに、その裏側にある冷血さやその楽し気な裏に潜む狂気が垣間見えるみたいだ。

 とにかく、この人とは絶対に絶対に、敵対しちゃダメだ。

 俺のカンや理性が総動員で訴えてくる。


「陛下。その者はまだ子供であって、すべての責は私に――」


 と、クライスさんが間に入ると、そうだな。と陛下は重々しく頷いた。


「左様だな。しかし、そこの娘をこの場に立たせたのは勇者殿が認めたが故だ。違うか」

「……いえ」

「そう縮こまるな。我はとくに叱責するつもりでない。そもそも、何故この娘に剣を授けるなどしたのだ」

「……なんとなく?」

「ここは笑う所か?」


 陛下は薄~く頬を吊り上げて微笑んだが、目が笑ってない……。

 勇者はビビッたように「い、いえそうではないのです!」と、立ち上がると、なぜか俺の肩を掴んで陛下に押し出すように押した。ちょ! 俺に責任転嫁すんなしぃ!?


「実はこの娘は、我が息子のシャナンを、たった一合にて切り伏せたのです! その才覚に私は惚れこみましたの。その将来を買って彼女に剣を授けたのです!」

「ほう、左様か」


 陛下が透き通るような青い瞳で、こっちを値踏みするように走らせてくる。

 アハハッ、と乾いた笑いをして、その探る目から避ける。目を合わせちゃダメ。クマと一緒で、合った瞬間、いま抱いてる不敬な思いがバレてギロチン台送りに……!?


「なるほど。勇者殿はこの娘の未来を買った。ということか、ならば我としても矛を収めるにしかないな」

「本当ですか!?」

「無論だとも。勇者殿が宝剣を授けるに相応しい、と認める程に優秀なのだろう。家臣共が万が一騒いだとてしても、黙らせられよう。早速、この娘を学院に通わせるようとり計らって進ぜる。しっかり研鑽をつませるようにな」

「ありがとうございます!」


 ……ホッ。やれやれ。なんとか穏便にことは済ん――

 ン? なんか、ヘンな展開になりませんでした?

 これを学院に通わせて、って。

 えぇぇええええ!?


「陛下っ!? 学院に通わせるって、わたしがですかっ!?」

「不満か?」

「当り前です!?」

「ならば理由を教えよう。オマエは我が剣の持ち主に相応しくない。普通ならば、勇者殿の良識も忠義も疑いたくもなる程に不敬な振る舞いだ。しかし、如何に相応しくないといえども、いまの所有者はオマエであることは揺らぎない。違うか?」

「……違いません」

「授けられた剣が重荷であったとして、王家の剣は軽々と所有者を移せるほど、軽い代物ではない。むしろ、勇者殿に対して、オマエの口から返還など、そんな浅薄な考えを抱いておるならば、それこそ最大限の無礼だ。違うか?」


 ……違うと言いたいけど、違いません。


「あの、しかし、フレイが学院に、というのは?」と、さすがに見かねたのか、クライスさんがおずおずと口を挟んだ。


「なに簡単な理屈だ。この娘は勇者殿にその将来を認められた。ならば我も勇者殿の目を信じよう。しかし、タダ有望だと口にされても、なにも証明がないのも困る。だが学院に身を置けば、そこで評価を得ることができ、かつ学習の機会もてる。自画自賛ではないが、学院は国の最高学府として名高いものだぞ。研鑽を積むのにこれ以上の環境はあるまい?」


 あ~、つまり、あれっすか。

 俺が宝剣に相応しくないから、学院で勉強して相応しい人物になればこの問題は解決。と、なるほど。逆転の発想ってやつですね!

 って、なんでそうなる!?

 勇者の不始末がめぐりめぐって俺にやってくんだよ! と、俺が不満を爆発させようとした瞬間、


「なにを悩んでおるのだ?」と、地獄の底から響くような声がした。

 ひっ、と思わず身じろぎしたが、陛下は笑みというには黒すぎる微笑を浮かべたまま、底冷えするように鋭く声を継いだ。


「オマエは勇者殿の忠義を疑われたくはない、と云ってたが、そのオマエがなぜ真っ先に逃げようとする? 先に語ったことは、偽りだと申すつもりか?」

「…………」

「我も人の忠義はいたずらに疑う気はない。なぜなら、忠義とは語るものではなく、行動によって示されるものだからな。しかし、その心に疑義をかけられた以上、それを解くのもまた行動だ。違うか?」

「…………チガイマセン」

「ならば勇者殿への忠義を示せ。自らが足りぬというなら、相応しい人間になる努力をせよ。さすればこの問題は問題でなくなるのだからな。学院でそうさな……主席か、あるいは成績優秀との評価を得れば、剣の持ち主に相応しいと我も認める。だが、評価が芳しくなければ……その時にまた処遇を考えねばならんかもな」


「期待を裏切るでないぞ?」と、俺の肩を掴むようにして立ち上がると、振り返りもせずに応接室を出て行った。



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