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LV59

 宿に帰る途中の雑貨店にて、エリーゼ様へのお土産を購入した。

 ボギーはかわいらしいブローチを、シャナンは匂い付き石鹸を選んでいたね。うんうん、皆でお金を出し合って、これだったら喜んでくれるかなぁ? と、想像して選ぶのはなんだか心がほっこりします。

 でも、皆さんってばほんとに奥ゆかしい方たちだわ。私から贈るプレゼントはいらないなんて。払う気満々なのに、お金を受け取ってくれないのよねぇ。少しは私の気持ちを考えてくれない? 村に戻るのは私だけなのよ!

 なのに、ひとりだけおみや代を渋ったなんて思われたら壮絶気まずいじゃないの!?

 結局「人の弱みにつけこんで集るようなマネは致しません」と、よくわからない制約を強いられたんだけど、おかしいわ。生まれてこの方、そんな所業に及んだことすらないのに……頬を伝う涙がとめどなく溢れてくる気がして、もう少し人に優しくあろう、と決意した12の春です。




 翌朝、俺が目を覚ます頃にはボギーは起床していた。すでに制服姿に着替えてるのに、なぜか姿見の前で確認するように、裾を持ってはクルクルしてる。

 昨夜は遅くまで市場でいただいた戦利品の数々に、ワイワイと文句をつけあってたのに、ずいぶん元気だ。と、思ったがボギーの眼が赤くなってる。さては緊張であんまり眠れなかったな。


「……うん。寝つきが悪いというか、妙に目が冴えちゃって」

「まさかわたしのいびきがうるさくて!?」

「だったら良かったんだけど……普通に緊張してる」


 って、ボギーは欠伸をこらえたように口を手で覆った。

 ちょっとちょっと大丈夫なん? これから、学院の入学式があるんですよ。寝不足で倒れるなんてことがあったらいち大事だわ。


「なんだか、眠そうな顔しちゃって。まだ時間があるしもうひと眠りしたら」

「いい。制服がシワになるし」


 ……こんな時まで、服を気にかけなくてもいいのに。

 ボギーにとっちゃ晴れ舞台だから、最高の状態でいたいってのがあんだろうけどね。

 優しい俺様は甲斐甲斐しくも、宿屋の親父さんから洗面器に水を淹れて貰ってきてやった。ボギーは顔を洗うと、フーッと息をついてようやくサッパリした顔だ。


「それより、フレイも付き添い人として入学式に来るんでしょ? 貴女もヘンな格好はできないわよ?」


 実は俺もトーマスさんも付き添い人として入学式までついてくことになってんのよね。ま、あくまで領主一家の”護衛”としてだけど。


「ふふん。その点は抜かりございませんよ。トーマス様にイイ物をいただきました」

「……フレイもせっかくなんだからスカートにすればいいのに」

「嫌ですよ」


 ひらひらフリルだなんて死んでも着るか。漢は黙ってダークグレイのシックなスーツと決まっている。オフィシャルな場では地味だが、これ以上に侍従として見られる格好はメイド服意外にないだろ?





 王立学院は新市街地の外苑にあたる区画にそびえていた。

 大学の講堂のように立派な校舎に加え、背後には都会にあるまじき自然公園まで備わっている。普段ならばきっとのどかな自然に溢れる場所だろうが、正門前の馬車止めのスロープには馬車で乗り付けた貴族の子弟やその家族がたむろしていた。


「懐かしいなぁ。あの頃とまったく変わってない」

「さりげにトーマス様も通われていたのですよね」

「……さりげにって。人が思い出にふけってるのに腐すことないでしょう。俺だって一応は貴族の端くれなんだから」


 トーマスさんは半眼で呻いた。

 でも、お仕着せの制服姿よりも、授業中に抜け出してサボってたイメージの方がわきやすいけどなぁ。

 俺たちは軽口を叩きあいつつ、敷地内に入ると「入学される子弟の方々はこちらに!」と、引率の教諭らしき男が大声で呼びかけていた。


「どうやら、あちらの講堂で式典をやるようだな」

「じゃあふたりとも忘れものはないよな。気を付けて行っておいでよ」

「……ハイ」


 ボギーは愛らしい顔をクシャッと歪めると、「……あの、このような機会をいただいて本当に」と、涙声でうつむいた。それを慰めるようにシャナンが肩に手をやると、ボギーは顔を強引にぬぐった。


「それでは行ってまいります」


 シャナンは力強く言って、その手を引いてボギーとシャナンは揃って教諭の元へと駆けて行った。

 クライスさんが、たまらずといったように手を挙げたが、掴む物がないその手は置き場をなくしたように下がった。

 ……寂しいのはクライスさんも一緒か。きっとジョセフがこの場にいたら、きっと顔では強がって、泣いていただろうな。帰ったらこの時の様子も報告してあげよう。




「これはローウェル子爵お目にかかれて光栄です」

「おぉトーマス殿もご一緒とは! これは懐かしの勇者パーティの再結成ですかな?」


 講堂近くの広場に行くと、そこは式典が執り行われるまでの暇を利用して、貴族たちが勇者の元へ擦り寄ってきた。

 クライスさんは中身がまるで貴族っぽくないし、妙な不興を買わなきゃいいけど、と俺は勝手にひやひやしたが、会話はそれなりに盛り上がっていた。

「我が領地へぜひお越しください」と、ひっきりなしに誘いを受けるのに、クライスさんは素っ気ない態度をして、すかさずトーマスさんが茶々をいれて笑いを取るので、場が凍らずにすんだ感じがありありだ。

 やはり、クライスさんの政治力は0である。

 かくいう俺もお里が知れると面倒なので、口を挟まぬよう静々と目を伏せていたのだが、「そちらは?」と、話しの接ぎ穂にかしょっちゅう匙を向けられる。

 俺は非礼にならぬよう会釈して、後は恥ずかしげな振りでクライスさんの陰に隠れたんだが、それだけで周りの貴族たちに大受けした。極め付けにトーマスさんが「俺の未来の妻ですよ」と、あからさまなジョークに周りがドッと笑いが起きた。

 ……村に帰ったらエリーゼ様に言いつけてやろう。

 密やかに拳を握っていたが、ヘラヘラ笑ってた軟派男の顔がサーッと青ざめた。

 おや? と、振り返れば、いつの間にかトーマスさんの周りに年若い女性たちが集まってる。安心しました。この都会にも軟派ヤロウに折檻を加える方々はおられたのですね。

 ゾワゾワと修羅場ってきた雰囲気に、周りの人らもしれ~っ、と距離を取った。


「ふ、フレイちゃん!?」


 追いすがる声が聞こえた気がしたが気~にしない。

 健闘を祈りますよ色男さん。




 休憩がてらに入ったトイレから、手を拭きつつ外に出る。

 あ~、怖かったなぁ。

 あの剣幕ときたら、体感温度がマイナス20℃にまで下がったぜ。さすがのトーマスさんも無事ではないだろう。

 しかし、中身も外見もちょっと残念なトーマスさんがあれほどにモテるなんて。ちと意外だ。まあ、真に独身貴族だし女遊びを楽しんでたんだろうが、いいクスリだろう。

 俺は独りニヤリとほくそ笑んで学校の校舎内を戻る途中で「何者だ!」と、鋭い声がした。ビクッと振り向けば、冷徹な眼差しの男が帯剣に手をかけ近寄ってきていた。

 わわっ、怪しい者じゃないんです!

 ちょっとトイレを借りただけでして!?

 手を意味なく振りながら狼狽してたら、さらに男の後ろの方から人の気配がした。俺はその覗けた顔に「まさか!と、目を見開いた。


「ほう、だれかと思えば先日の娘ではないか」


 と、威厳に溢れたその声の持ち主は、紛れもなく――女王陛下、その人だった。


 あわわ、と盛大に泡を喰いながらも、その場に片膝をついて臣下の礼を取ろうとしたが「こんな場所では無用だ」と、正された。

 ……うわ~、堂々とした口ぶりは間違いないわ。ってか、前に比べれば動きやすそうな腰のラインが浮き出るドレス姿だが、相変わらずおごそかな雰囲気だね。陛下の登場で裏寂しい校舎の風景が一気に華やいだもの。

 後ろの侍従の列が軽い大名行列みたく続いてきてるし、でも、いったい何故に陛下がこんな場所に?


「我がこんな場所にいたのが妙か?」

「あ、いえ……ハイ」

「べつにふしぎでもなんでもない。今日は我の娘の入学式であるからな」


 へぇ、娘さんの。

 ――って、マジに!? こんな若い美人な顔立ちで、俺と同い年の娘がいるとは……。


「して、オマエはここになんの用事かな?」

「あ、ああ、いえ、ちょっとトイレをお借りしたのです」

「ふむ、左様か」


 蒼い瞳がにゅっと綻んだと思うと、スタスタと俺に近寄ってきた。

 え、いったいなに? と、思う間に間に手を握られた。


「うぇ!?」

「へ、陛下!?」


 と、動揺したお付きの侍従達も我に返って駆け寄ろうとするのをエレン様は「下がれ」と一喝した。


「迷子を見つけては親元に届けるのは大人の義務であろう。まあ我の用事がすんでからになるが、しばらく付き合ってもらうぞ」

「……は、はぁ」


 いえ、あの道には迷ってないんですが……なんて、言えないよなこの雰囲気だと。

 手を引かれてるだけなのに、後ろからの視線がチクチクして痛い……。


「しかし、ここにいる理由はわかったが、いったいなんだその恰好は。もしや学院の制服を忘れでもしたか?」

「いえ、わたしは、その学院に通いませんので……」

「なに? それでは先だっての格好はどうした」

「……は、はい。御前に出るにふさわしい衣装がありませんでしたので」

「ほう、我を謀るとはいい度胸だ」


 ひぇぇ! お許しを!


「なに軽い冗談だ」


 ホッ。

 いや、ヘタな冗談はウチの領主様だけにして欲しいんですけどね。



 底知れぬ不安感に手をつながれながら、俺は応接室にまでやってきた。

 どうも臨時の休憩場所としてあてがわれてるらしい。その即席の衣装室は軽く十ケースはありそうな衣装の数々が置かれてる。まさかこれ全部を着るワケじゃないだろうにデキる女性とはかくも用意周到なものなのだろうか。


「さて。少し話しでもしようか」


 ……びくったぁ。

 部屋を不躾に見渡してたら、対面のソファに座ってた陛下がいつぞや隣に!?

 いや、自分よか年上の人に失敬かもだが、こんな凄い美人が隣に座られるのはちょっと。ただでさえふわぁって、イイ匂いがして、落ち着かないのに、こう息遣いまで聞こえる距離というのはですね――


「どうかしたか?」

「あぁあああ、いいえべつになんでもないでございます……あの、は、話しとは?」

「なに。先だって主からかすてらを貰い受けただろう。その褒美がなにもないのではな」

「滅相もない! わたしは褒美が欲しくて謙譲したのではありませんから!」


 ぶんぶんっ、と勢いよく首を横に振ったら、な、なななんと「主は慎み深い娘だな」と、にゅっと眉を潜められて手を取られた! 


「だが、我は示された忠義には報いたいのだ。なにか主に送るに適当な物があればよいのだがな」


 あぁ、俺なんかのために心を砕かれるだなんて、心洗われました……そんなお優しそうな笑顔をされたら、洟の穴にミルクセーキを突っ込まれたかのように甘くとろけてしまいます……。


「さすがに菓子に報いるに、領地や爵位を贈るとは大げさになるだろう。あぁ、前にもこうして勇者殿に送るに相応しいか、と頭を悩ませたことがあった。その時にはなにを贈ったか……主は知っているか?」

「は? あ、あぁ存じております。たしか宝剣を譲られたとか」

「よく知っておるな」

「勇者様に聞かされましたから!」

「それは良かった。いまも勇者殿の手に大事にしてあるのかな?」

「あ、いえそれはウチに――」

「……なるほど。やはりそうか」


 陛下は口角をあげて、ニヤリとした。

 ……え、なに、いまの毒っ気が満載の笑みは。

 俺が問いかけようとしたら、外からノックがして老侍従が姿を覗かせ、

「陛下。学院長から言伝がありまして、是非、挨拶の言葉を賜りたいとの申し出が」と、恭しくそう告げた。


「もうそんな時間か。あいわかった、すぐに参ると伝えよ」


 陛下は立ち上がると「しばらくはそこで待っておれ」と、俺に念を押すと、家臣一団を引き連れ出て行った。

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