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LV58

 それから、ひととおりの観光名所をめぐった。

 遊び人の風情を醸し出すトーマスさんの厳選だけあり、行く先々は庶民でもラフに楽しめる気楽な場所ばかりだ。旅の余韻に浸っているせいもあるだろうけど、市場にしろ馬車が行き交う大広場にしても、ただそこにある景色を眺めるだけでも愉快な気分だ。

 だって、そこの道を闊歩してるのは、巨斧を抱えた筋骨隆々なオッサンだったり、弓を背にしたエルフ娘だったりするのだ。こんなん前世ですら見れない光景だもの、がぜんテンションが上がりますよ!

 あぁ、これでまだ俺が出歩いた場所なんて一区画にも過ぎないんだから、王都はなんて広いんだろう。一日で全区画をクリアするなんて、壮大すぎる夢は持っちゃいないが、ここにやって来たって、証しが欲しくなるな。そう考えると、スタンプラリーてのも地味に嬉しいものなのかも。前世じゃ見向きもしなかったけど「ここに来たぜ!」と、手軽に証明できればなぁ。

 ……フッ、またもや俺様の卓越した慧眼により、村おこしのアイディアが産まれてしまった。村に戻ったら、さっそく邪竜スタンプでも作ろうかしらん。

 ンでも、スマホやカメラがあったらお決まりの記念写真を撮って、さらに盛り上がれるよな。まぁ、シャナンなんて「魂を吸われる!」つって、ビビッて映らないだろうけれど。クックック。


「……なに人の顔を見て笑ってるんだよ」

「いえいえ、べつにシャナン様を嗤っていやしませんから!」

「そうか?」


 と、シャナンは訝し気な顔をして、ぷいっと素知らぬ方を向いた。

 さぁて。まだまだ王都の観光スポットはあるぜよ!

 ウチの宿のお客さんから、事前に仕入れた情報だと国教である聖王アレクセイの大聖堂とか、残ってるものね。一日で回れるとこは、ぜんぶ埋め尽くす気で行きましょう! と、俺はウキウキと、まだまだ街を練り歩くつもりでいたら「ちょっと休憩しようよ」と、トーマスさんに苦笑で止められた。


「えぇ!? もうですか!?」

「キミは病み上がりだろ。またぶり返して倒れられても困るから、ね」

「……う~っ」


 ガックシ。

 しょーがない。観光めぐりはまたの機会に致しますか。




 後ろ髪を引かれつつも、俺たちは休憩のため近場のカフェに入った。

 日当たりのよいテラス席に通され、ボーイから受け取ったメニューを開いたボギーが、「うっ!?」と、かわいくないうめき声をあげた。どったの? と、顔を寄せると、無言で指さしたメニューを覗き見る。


「…………うわっ! 王都ってお茶だけで銀貨一枚もするんですか!?」

「この店がぼったくりしてるワケじゃないよ? ほら、その窓からでも大聖堂のステンドグラスが見れるでしょ。こういう場所はただでさえ人が集まるから、その分余計に価格に上乗せされてるわけ」


 ふ~ん。ショバ代ってことか。にしても、ちょっと高すぎやしませんかねぇ。

 うちの食費の三日分ぐらいしますけど……。


「田舎から出てきた子は、大体そういうギャップに驚くよね。でもボギーちゃんは貴族に混じっての生活が始まるんだから、こういうのに慣れていかなきゃ」

「……ガンバリマス」


 トーマスさんもいらぬプレッシャーをかけるなぁ。

 まぁ、ボギーが暮らすのは、貴族が通う学院だから自然と高尚な人らが集まるし、こういったギャップも多かろうね。

 ――って、あ、そうか。トーマスさん前哨戦のつもりで、この店に連れてきたのかな?英雄の顔パスで難なく入店できたけど、ここのお客さんはだれもかれもまさに上流階級って感じで、優雅な休日を楽しんでる感がある。


「注文はどうする?」

「……あたし水にします」

「お水だなんてダメですよボギー!」


 お水なんか頼んでちゃいけないわ。

 きっとこの雰囲気に馴染んでこそ、貴女はシティガールとして羽ばたけるのよ!


「頼むのならこっちのお茶を注文なさい。安心して、ここの払いぐらいはわたしがぜーんぶ持ちますから!」

「ワオ! フレイちゃんってば、ずいぶん豪気だねー。君んちのお店はそんなに流行ってるのかい」

「いやいや、儲かるだなんてないですよ。ただ、ちょっと辺境伯に誘拐された時に金貨を押し付けられちゃって」

「え? 持ってきちゃったの!?」

「……うん」


 我ながら不本意すぎるんだが、納得したって体でないと帰れそうになかったから、仕方なく、ね……。

 こんな出自の怪しい金なんで、クライスさんに迷惑料として渡したかったけど向こうも「受け取る義理はない」って、突き返された。

 その言い分はごもっともだけど、俺も正直アイツのお金なんて持っていたくなし、けど、いまさら持ち主に返しにいくってのも、マヌケな話でしょ。

「どう扱っていいのかわたしも困っているのだ」と、クライスさんに胸の内を明かして、無理くり半分押し付けてきたんだが、それでも手元にはまだ金貨が5枚も残ってんの。


「こんな出自の怪しいお金でしょ? できれば旅の間に使い切ってせいせいするくらいですんで。というわけで、遠慮なくご注文ください。いまならな~んでも奢りますからね!……まあ、その後の感謝のお返し方法はそちらにお任せでございますが」

「え!? そういう下心付き……?」


 当然です。感謝の気持ちはpricelessですから。

 いまなら俺の懐も心も痛まず、盛大に恩に着せれるというもの。ささ、どうぞ皆さん。ご遠慮なさらずにおねだりをしてくださって構いませんよ?

 ちなみに、その場に這いつくばったり、語尾に「にゃん」と、ついたりした方が金払いは良くなるかもしれません。あ、いや、冗談ですよ? 私が皆さんにそんな恥ずかしい要求を強いる――って、あ、あら? 皆さん、どうなされたのかしら。警戒されたように、お互いの顔を見合わせたりなんかりしちゃって。

「お前に貸しを作るなんて恐ろしいマネできるか」

 失敬な!

 私はおぎゃーと生まれついてこの方、善意の塊100%な人間ですよ? 人を陥れるようなマネなんて「そうそう、前科あるしねー」って、いや。トーマスさんのアレは、ちょっとおちゃめな悪戯心じゃないですか、やだー。「都会はこういう怖い人がいるから、騙されちゃいけないよ、ボギーちゃん」「ハイ」って、納得すんなよぉ!

 ひーどーいー、人のこと弱みを見せたが最後、骨の髄までしゃぶり尽くされるみたいに。いったいなにを根拠……って、あ、俺は元高利貸しの娘でしたね。


「さて、と。観光終いにどこ行こっか。まだエリーゼのお土産品は買ってないんでしょ」

「父様に頼まれましたから。なににしようか」

「せっかくですから、エリーゼ様に日頃の感謝をこめて皆でお金を出し合いません?」

「おっ! いいねぇ~。俺も少し代金を持つよ」

「じゃ、じゃあその代金はわたしも――」

「いや、そういうのいいから」


 ちょっと! なんで俺だけのけ者にするの!? そういうお金なら普通に払うから!? ねえ、ねえったら聞いてる!?



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