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LV57

 エアル王国の首都である――サン・モニカは数百年におよぶ歴史を抱えた都市だ。

 悠久のどの時代、どの場面を切り取ろうとも、常に栄光の都市として、美しさを万人によって讃えられてきた。

 その美しさの秘密は、念入りなる計画の元に区画をよりわけた人工美によるのだという。それは王都の中央に位置する、遥か高き王城のバルコニーからのぞめば一目瞭然。整然とひた走る街路という筆は、人々が暮らす居住区と、日々の糧を得る軒の低い市場とを完全に隔て、その緻密に別けられた区画は、ひとつの絵画の作品のようだ。

 俺たちはその作品のひとつである、人々が行き交う市場へと降り立った。


「うぉー! 凄げぇ。な、なんじゃここはー!」

「そうかな? 建国祭りの時にくらべりゃ、これぐらいだと大人しいもんだけどね」


 俺が呆然と口を開けたのに、ご満悦とトーマスさんはにんまり言った。

 横幅はせいぜい100メートルの道に、お祭りかってぐらいに人やら出店がぎゅうぎゅう詰めで、前を行くにもひと苦労。さすがのシャナンも目を丸くして「……ホント、凄い人波みだな」と、唸ったきりだ。


「ね、ねえ。ボギー! あの軒先で涼んでる人、頭の上にふさふさな猫耳がついてる!?ってか見てくださいよ、あっちの美人なお姉さんも! あの耳って尖がってますよね? あれってかの有名なエルフさんなんですか!?」

「……止めなさいよ恥ずかしい。おのぼりさんみたいでしょうが」


 都会ガチスゲー!? と袖を引っ張ったら、ボギーにこいつ同類と見られたくないわ。とばかりに顔を逸らされた。

 ボギーたんってばどうして、俺の溢れんばかりの感動を共有してくれないのー!


「はは、喜んでくれれれば案内したかいもあるけどね。でもできれば驚くのは人じゃなく街の風景にしてくんない? さっきから色々と見逃してた見所がいっぱいあんのよ?」

「こんな人に溢れた場所なんて初めてだから」

「そお? 微妙に不純な気配を感じたんだけど、俺の気のせいかな」

「ですよ~」


 べつに猫耳にもふもふしたい、とかエルフさんの耳にふーっ、て息を吹きかけてみたい、だなんて思ったりしてませんよ? 私はなにを隠そう紳士なのだから。


「……しかし、こんな

「大体の方角がわかれば難しくもないよ。街っ子は区画に迷うわぬように、たとえ歌を覚えさせられんだよ。ここはたとえ歌の時刻でいえば、3時にあたる市場だね――竜もパジャマを求めに並ぶ~、ってね。ほんとに巨体が満足するのがあるかは捜してみないとわからないけどね」


 へぇ~、竜のパジャマとはまた珍妙な代物ですな。そんなキングLLサイズのファッションがあればおもしろい!




「……タダで貰ってばかりで申しわけない気がするね」

「ですな」


 俺はボギーに同意しつつ、鳥の串焼き肉を齧った。

 竜のパジャマ探しに、更なる市場探検に繰り出した俺たちは、決まった店舗を持たない小さな露店通りに入った。

 天幕ぐらいの出店が並び、たくさんのキレイな織物や袋づめにされた香辛料、なにかの魔物の骨から小さなアクセサリー。と、種々雑多な商品に溢れている。

 この辺は俺の庭~、と豪語するだけあって、トーマスさんは露店主たちと馴染みらしく、

「よ、英雄様! 今日はまたかわいい淑女さんたちをお連れで!」と、決まって声をかけられる。

 それはまあいいんだが、下町育ちなのか商店主さんたち皆々、気前がよいのかトーマスさんの人徳か「これを持っておいきよ!」と、ほいほいっ、としっかり三人分の商品を押し付けられて、ケバブのような串焼き肉からドライフルーツに、もう両手がふさがってますから! って、断ったら、なんのご利益か不明な護符を首にかけられた……いや、これみんな商品なのに、貰い物していいんかね。


「しっかし、これだけの人がいる場所なら、クライス様が来られなかったのは正解でしたね。こんな場所で騒ぎがあったら、死人が出ますよ」

「しっ!? 声が大きいだろ。気づかれたらどうする!」

「……すみません」


 勇者一味でなく犯罪者集団になっちまった感じがするなぁ。


「ごめんごめん! 連中に捕まっちまってさあ、待たせて悪いね」

「いいですよ。べつに」


 トーマスさんが商店主たちに捕まっていたが、ようやくに戻ってきた。

 さて、観光の続きとしゃれこみましょう。

 と、俺が歩みを進めかけたら、ふっと早々に片した串焼き肉の空いた方の手に妙なぬくもりを感じた。


「…………あの、トーマス様? なんでわたし達が手をつないでらっしゃるの?」

「迷子になったら心配だから」


 ね? と、歯をキランと光らせて言った。

 そっかぁ。いつから観光ガイドがホストになっていたんだろう?

 これは殺処分しなきゃいけないかもしらない。俺は胸に渦巻く殺意を微笑みに隠しつつ、桎梏のようにからめられた指の一本ずつを丁寧に解いた。


「トーマス様、ご心配には及びませんわ。わたしは迷子になんてなりません」

「あぁ、そんなこと言わないで。つい最近、誘拐の憂き目にあったキミが、またどこかに消えてしまったら、と思うと俺の胸は張り裂けそうなんだ。俺を安心させるためと思って、ね?」

「安心してください。それは完全無欠なマジモードに杞憂です。そうだわ。もし心のご不安を解消されたいのでしたら、わたしなどより頼りになるシャナン様とお手をつなぎになられのがよろしいかと存じます」

「わかってないなぁ。野郎同士が手をつなぐなんて軽い拷問だよ。せっかくのデートなんだし、皆で楽しむのが一番じゃないかな?」


 いつからデートになってんだよ。てか、貴方人にアプローチをかけつつ、さりげな~く反対側のボギーにまで手を伸ばしてるとはマナー違反ではあるまいか。ボギーさんも顔を引きつらせてないで、遠慮せずにいつもの毒舌を発揮してどーぞ。


「そんな遠慮をなさらずに、女子には別けいれられぬ男同士の篤い友情をこの満天下にお示しになられましては如何? てか、いい加減にウザッたいんですよねぇ」

「……なんか、フレイちゃんキャラ変わってなくね? ま、そんな冷たい君もかわいいけどね。ンじゃ、いっそのこと全員で手をつながない? フレイちゃん、俺、ボギーちゃん、シャナン。っと、この並びでどうよ」

「どんな集団ですか」


 全員お手てつないで、なんてこんな街中ではた迷惑な。そのまま輪を作って悪魔降臨でもする気かね。


「手をつなぐという行為から離れられれば、わたしたちはしあわせになるかと思いますよ。てか、その並びってトーマス様が嬉しいだけじゃないですか」

「そう? ボギーちゃんはどう思う」

「え!? あ、あたし?」


 急に話を振られたボギーは、なぜかもじもじと顔を赤らめて迷った様子。

 え、ここにきてボギーの裏切り!?

 って、あ!

 並びが、ボギーとシャナンって……くっ、おのれ忌まわしき策士が、その振う鞭の中にこっそり飴を忍ばせておったとは。勉強になります。


「ど~するかはボギーちゃんが決めてくれるよな?」


 と、ニヤついた顔でこそこそと耳打ちすると、ボギーは盛大にきょどって赤面すると、街並みに目をやってるシャナンの横顔を、チラチラと確認するように見つめてる。

 さぁ、ボギーのこの反応にシャナン様はどうなさるおつもりで!? と、がぜん衆目が集まったが、気配を感じて振り返ったその顔をなぜか俺へと向けた。


「すまん。聞いてなかったがなんだ?」

「…………やっぱ手をつなぐべき相手はトーマス様とシャナン様ではないでしょうか」

「だから嫌だっつの! 俺の手は女の子とつなぐためにあるものなんだいッ!?」


 ……引率の大人が一番に騒がないでくださいよ。

 つーか、その世にもカッコ悪い宣言なんて、見苦しいことこの上がない。


「手をつなぐ? なんの話だ」

「いえ、トーマス様が迷子になったら大変だ、と執拗なる主張を繰り替えされまして」

「執拗にってなによ! 俺はみーんなの安全を考えてるのになんて言い草なの! ザッツ俺の心の憩いのためにも!?」

「執拗に安全……なんだそれは」


 いや、だからですねぇ。と、どう説明をすべきか頭を悩ませてると、シャナンはしばらく虚空を見上げたかと思うと「要するに手を繋げばいいんだな」と、おもむろにボギーの手を取った。

 その動作はまったく躊躇も淀みもなく自然だったもので、なにが起きたか一瞬、茫然とした。それは、握られたボギーも同じだったのか「行くぞ」と、引っ張られながら、ようやく理解が追い付いてか、その頭から「ボンッ!」って、湯気が出ていた。


 …………。


「なんだ、なんなんだこの敗北感はっ!?」


 トーマスさんは傍らで顔を歪ませ、頭を掻きむしりながら地団太を踏んだ。


「シャナンのくせにやりやがってぇ!」


 うん。あの状況でしれっと一番良いとこを攫って行くとはね。

 あれが天然素直クール系の実力か。

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