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LV56

 宿屋の前の窓ガラスに映る自分を、ボギーはしきりに睨みつけてる。

 なんか、自分の前髪が気に入らないポジションっぽくて、くしゃくしゃ、と直しはいるがあんまり変わらないと思うよ。まあ、そんな野暮なツッコミは「黙ってて」と、凄まれるので揶揄りません。



 ボギーが気合いを入ってるのは、待ちに待った王都観光にしゃれ込むからだ。

 俺が三日も寝込んでしまったので、実質的には午後いっぱいの半日にしか予定がない。くっ、あれだけに楽しみにしてたのに、我ながら痛恨の極み!

 そこで、俺らは修学旅行気分を味あうべく、俺は前にトーマスさんから頂いた制服を、ボギーも明日から始まる学院暮らしに慣れるべく女子用の制服を着てきた。

 女子用といっても、下がコルセットスカートって違いがあるぐらいで、色合いは同じく黒のジャケットに、白縁のラインが入っているのだ。まあ、男子の方は襟が立っていて、幾分着疲れしやすいんだがね。



「しかし、殿方どもに待ちぼうけを喰らうだなんて、立場が逆じゃございません?」

「おとなしく待ちましょうよ。トーマス様もいきなりあたしたちの我が儘に付き合わせたんだから、準備がかかるのよ」


 引率の大人は、準備に手間と時間がかかるからね。

 あーあ、しっかし、肝心なとこで三日も寝込むなんてついてねー。あれだけ楽しみにしてた観光が半日しかないって、マジないわ。

 ……こんな機会はめったにないのに、この遅れをしっかり取り戻さねばな!


「いったいどこに行くんでしょうかね。王都住まいのトーマスさんなら、観光スポットに詳しいでしょうけど。できれば王都にしかないような場所がいいなぁ。てか、ボギーは行きたい先とかございません?」

「……うん」

「そう? でもこういう観光場所って、意外に地元民が気~にしないとこが、一番に穴場だったりするからなぁ」


 俺がワクテカとしていたら、ボギーはためらうように「ねぇ」と、俺の裾を掴んだ。


「……やっぱり、あたしなんかが学院に通っていいの?」

「またその話ですか?」


 いまいちブルーな気分だなぁ、って思ってたらまだ気兼ねしてたのか。

 ソレもう終わった話でしょ?


「シャナン様と一緒に学院に通うのはボギーだ。って。話し合って決めたでしょ」

「……でも、フレイが断るなんておかしいよ。あたしなんかより、フレイの方が頭がいいし、機転もきくし。王都に通うのはあたしなんかより……」

「そんな卑下しないでよ。王都の学院に通うのはボギーが相応しいんです」


 村を出る前に、俺はクライスさんと話し合って学院に通うのを断ったのだ。

 辺境伯の件も理由にはあるけど、やっぱ俺にはお堅い貴族の学院は肌にあわないよ。

 まあ、クライスさんはお堅い貴族の学院に入ったら、ボギーがヘンに凝り固まりはしないかって心配してたが俺は杞憂だと思う。ってか、ボギーを侮りすぎだ。

 ボギーは頭は固いけど頑張り屋で、間違ったと思えばすぐに軌道修正できるだけの柔軟さも持ちあわせている。……まあ、ちょっと切れやすいのがたまに傷だが、地頭がいいし気働きもきいてるさ。

 それに王都たってそこの世界は学院がすべてなわけじゃなし。

 そこに住む人々の暮らしぶりを見るのは、間違いなくボギーの将来にプラスだと思う。


「大体、わたしはお菓子作りしか能がない人間だし、才能も底が見えてますよ。他に有望な人材がいるんなら、機会を回すのは普通のこと。それともボギーは本心から学院に通いたくないの?」

「……それは」

「ヘンな気兼ねなんかせず、自信をもって通ってよ。わたしをほんとに評価してくれてるんなら。怠け者のフレイなんて、サーッと抜いちゃうぐらいに」


「ね」と、明るく言ったら、ボギーは声が詰まったようにうつむいてしまった。

 軽い調子で言ったのに、逆に重く感じちゃったかな。

 いや、俺の機会を奪ったとか、深刻に考えてるかも知らないが、そんな悲愴な思いを抱かなくていいよ。普通に王都の生活を楽しんでほしい。こんな機会はないんだから。


「村での時間が止まっているワケじゃないんだから、そんな悲しい顔しないで。ボギーもシャナン様も、村に帰ってこられるんでしょ? その時にはふたりが驚くほどに村を発展させてるから。安心して学んできてください」

「……うん」


 ぐしぐし、と涙をぬぐってやると、ようやくに笑顔が戻った。

 ボギーと「楽しみだねー」と、話してたらようやく宿の入り口からシャナンたちが出てきた。


「やぁお待たせ。イヤー、時間がかかって悪かったね」

「ホントですよー」

「ごめんごめん。この埋め合わせは、ちゃんとするから、ね?」


 トーマスさんが爽やかに「ね」と、言うのを俺は完スルーした。

 だから、少女に色目を使うなってのに……。

「出発はまだかいな」と、玄関口を振り返ると、そこではシャナンとクライスさんが玄関前で話し込んでいた。

 どうも、渋ってるシャナンを、クライスさんが説得してるようだったが、しばらくするとシャナンが走ってきたが物憂げな表情にボギーが気遣って、


「……あ、あのクライス様は来られないのですね」

「ン? あぁ昨日の今日であの騒ぎだろ。勇者が王都に来てる、と世間一般にも知られて騒ぎになるから自重するそうだ」


 前の騒ぎが凄かったものね。観光地をめぐるとなれば、さらに人が大勢に集まってるだろうし、笑い事じゃなく怪我人がでるよね……。

 ちょっと可哀想だな。久しぶりの王都だってのに、自由に出歩くこともままならないだなんて。


「……それってもしかしなくても、わたしが騒ぎを起こしたせい?」

「ヘンに気を遣うなよ。せっかくの旅行なんだから、気兼ねせずに楽しんでくれ、って言伝さ」


 シャナンの口から楽しもうだなんて言葉が出るのか。

 明日には槍が降ってきそうで怖いんですが。

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