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LV55

………………………………………フレイ…………………


………フレイ…………………………



「……フレイちゃん。ねぇフレイちゃん」

「…………うー」


 なんか人の声がする~。つか、人がまどろみに耽溺してるというに無粋なヤツよ。

 えぇい、私の眠りを妨げるで……グー。


「ちょっと、フレイちゃんってば! 起きてってもう朝だよ!」

「……もううっさいよぉ」


 ゆさゆさと、肩を揺らされたのにムカついて払いのけると、なぜかしらトーマスさんの姿がそこにいた。


「…………なんで、トーマス様がここに。つか、ここは何処です?」

「憶えてないんだね。キミは旅の途中で落馬したんだ」

「落馬?」


 そうだよ。と、トーマスさんは水差しの水をカップに注いで、ベッド脇の文机に置いた。


「王都でかすてらを取り返した後、俺はフレイちゃんを送りに行く仕事を請け負った。だが、その途中で、俺はフレイちゃんに愛の告白をしたら……フレイちゃんもソレに頷いてくれたんだ!」

「えぇ!?」

「あぁ、驚かずに聞いてくれ愛しい人よ。俺たちは長年に連れ添った夫婦のように、しあわせに世界を旅してまわったんだ……その旅は危険とすぐ隣り合わせの冒険につぐ冒険!俺たちは襲い掛かるゴブリンの群れや、太古の遺物が眠る神殿の罠を、勇気と知恵と愛の力で跳ね除け、俺たちはハネムーンを続けてたんだ! だが、そんな折に悲劇にみまわれ……キミは三日も意識を失ってたんだよ」

「そ、そうなの!?」


 い、色々の展開がめまぐりし過ぎて、まったく記憶にございませんけれども。

 ……じゃあやはり俺が王城で感じたときめきはまさかのモノホン!?


「ごめんね。俺がもっと注意しておけばキミをこんな目にあわさなかったのに……」

「トーマス様?」

「そんな他人行儀な言い方は止めてくれよ。前みたいに愛をこめて読んでほしい」

「そう? わかったわトーマス………………」


 キラキラと、したトーマスさんを俺は生暖かい目で見つめると、傍らのボギーを振り向いた。


(急いでクライス様にお医者様の手配を。それからトーマス様のご家族への連絡をして。その時はショック受けぬよう、くれぐれも配慮を!)

(……任せて!)


「ちょ、お医者様って俺病気じゃねぇし!」

「落ち着いてトーマス! ここには貴方を傷つけるような人はおりませんよ!」

「いま絶賛傷つき中だよッ!」


 あらら? じゃあ、ハネムーンの行く先は、だれも傷つけることを言わない、優しい人たちに囲まれた場所に行って、トーマス様はそこでお暮しになられてね~。私は忙しいから、月に一回、いや年に一回ぐらいは会えるかもしらないな~、って感じで。


「それもう二度と来る気ないフラグでしょ!」


 ハイハイ、なんでもいいから、さっさと乙女の部屋から出てってどーぞ。と、ギャーギャー、と騒ぎたてたトーマスさんを部屋から締め出した……まったく手のかかる大人よ。


「人の安眠を妨げて、いったいなんなんですかあの人は」

「フレイが風邪で寝込んで三日も経ってたんだもの。それが、心配だったんじゃないの。……たぶん」


 ボギーもトーマスさんへの扱いが、徐々に冷淡になってきたな。いい兆候だ。あの人はつけあがらせてはダメよ。虐げて自分の立場というのをわからせておかねばな。




 辺境伯をこらしめ王城から抜け出した後、俺たちは勇者の定住宿に戻った。

 ほんとは、トーマスさんの実家に身を寄せる予定だったけど、王城からの帰り、城門前には勇者ファンの市民たちが大量に残ってたのだ。

 おかげで、意気揚々と出てきた俺たちは、彼らにもみくちゃにされ疲労困憊よ。

 どこまでも付いてくる彼らから逃れようにも、勇者の定住宿まで凱旋パレードのごとくついてきちゃって。そこの前の通りで、夜通し派手などんちゃん騒ぎまで起こるし。いや、群衆の恐ろしさをまざまざと知りました。


「あ~、にしてもまだ身体が本調子じゃない感じですね。節々がまだ痛いし……わざわざ王都にまでやってきて、風邪ひいてバタンきゅ~、なんてらしくないなぁ」

「そうよねぇ。なんとかはっていうのに」

「……なんとか、の部分はなんでしょ~ねぇ~」


 ツッコミを入れたら負けだと思うから黙る。


「ぶり返しの風邪にはほんと気を付けてよ。

「へーい」

「……大体ねぇ、貴女が寝込んでた時には、扇動された街の人の騒ぎで、下の通りの掃除にタイヘンだったんだから。この宿のおじさんから通りの人まで、ぜーんぶわたしたちがやったんだから。後でお礼を言いなさいよ。もう、原因のほとんどがフレイが由来してるんだし。ちょっとは反省しなさい!」

「は~い」


 ボギーママに元気よく返事したが「わかってんのかこいつ!」みたいに凄まれた。

 大丈夫だよぉ。ちゃんと心してますデス。

「もう!」と、ボギーは諦めたように着換えを俺に押し付け、ちゃっちゃ、とベッドメイキングまで始めている。なんだか若奥様をいただいたみたいなんだが精神的には小姑だな。と、思いつつ寝巻を脱いでいたら、強い視線を感じた。

 ……あ、やべ。つい言葉に出てた? と、一瞬にして百の言い訳を考えながら振り返ると、なぜかボギーが動揺したように持ったシーツを落としていた。あ、あれどったの?


「……む、胸が」

「胸?」


 わなわなと震える指先が、俺の胸元を指した。

 あ、あ~、これね。いや、最近成長期なんだか知らないんだけど、胸がふくよかになってさ。もう全然、嬉しくないって感じ? おっぱいとは他人に在りして初めて神聖さを得る物である。と、乙パイ教典0810条に書かれているわけもないが、自分の胸に興奮するナルシストでもないので普通に邪魔なのよねー。

 ってか、なぜにボギーさんが激しく動揺をす――


 …………。


「……なによ、その哀れんだ目は」

「いや、被害妄想ですよ! べ、べつにわたしはえーっ、……貧乳はステータスだとあるえらい先生が言ってますですよ?」

「やっぱ貧乳だって思ってる!」


 ボギーはガーン、と傷ついた顔をした。

 いや、そんな気を落とさなくても。元気だせって。

 軽く励まして肩を支えたら、暗い表情でうつむいてたのが、突然グワッと顔を上げて、ゾンビもうらやむような機敏な動きで俺の背後を取ると、はだけたままの胸に手をすべらせて直揉みしてきた。きゃーっ!


「ちょっ、ひ、人の胸になにするんですか!?」

「もう、人のことバカにしてっ!? ちょっとぐらい胸が大きいからってなによ! まだあたしだって成長期だし、これから大いに成長するんだからっ!」


 ひぃーっ! そ、それをやるのは男の夢だが、立場が真逆だろって!

 ってか、胸に爪立てるなー!





「上から悲鳴が聞こえたような気がしたんだけど、なんかあったの?」

「なんでもございません」


 ボギーは朗らかに言うと「そ~う?」と、トーマスさんは呆気なく引き下がった。

 ……うん、俺もツッコム気力がないよ。


「……ともかく、話しってなんですか」

「あ、そうそう。朝イチでビックニュースがあるのよ。なんと、女王陛下が本日かすてらのレシピを公表をしたんだってさ」

「え、ほんとに!?」


 トーマスさんはVサインをして、くっく、と悪い笑顔をした。


「マジマジ。ウチの兄貴が王城で仕入れてきてね。女王陛下の署名入りのお達しが出てたってさ」


 うくくっ。事情を知らない連中からすれば、いったいなんなんソレ。

 って、さぞかし面食らったでしょーね。


「まあね。まさか陛下の名の下に、菓子のレシピが公表されるなんて、努々思ってもいやしないだろうさ」

「……おぅ。街の耳ざとい連中は、その話でもちきりだぜ。陛下は家庭にでも引っ込むつもりか? とジョークがあがってな」


 カウンター席の向こうで、俺の遅~い朝食のベーコンエッグを作ってくれてる宿の親父さんも話に入ってきた。


「……ふーん。もう街の話題かよ」

「あぁ、勇者が来て早々だろ。相変わらずのトラブルメーカーだなオマエさんらは」

「今回のトラブルは我々じゃなくフレイのなんだがな」


 クライスさんは、宿の親父さんに抗弁したが、親父さんはチラッと、俺を見るとフッ、と笑って肩をすくませられた。


「ま、あの冷血姫がそんな殊勝なタマなわけないけど……いつもトロい宮廷仕事にしてはなかなかのスピード解決だな」

「……しかし、オマエの手に戻らなかった。というのは変わらずなのが、私には気掛かりというか、心残りだがな」

「いいえ、これで良かったんですよ」


 クライスさんの心遣いは嬉しいけど俺にはなんの衒いもないよ。

 そもそも、レシピは手元に置いてくつもりもなかったし。これでカステラはだれの物でもなく、皆の物になったわけだからね。辺境伯の手に渡るのも阻止できたし、なによりやつが陛下のご威光をかさに他人を傷つけるようなマネはもうデキないはずだ。


「欲がないことだな……しかし、それにしてもあの辺境伯の顔ときたら傑作だったな!」


 と、クライスさんが柄にもなく吹き出して笑った。


「お土産を渡しに来たはずが、受け取って貰えずに持ちかえる。なんて気位の高いやつには一生ものの恥ですよね……これで辺境伯も、村にヘンなちょっかいを出さなきゃいいけれど」


 と、シャナンが難しい顔をして腕を組んだのに、トーマスさんが「大丈夫だって」と、胸を張った。


「そのかすてらのお達しには陛下よりの追伸があって――王国内において滞りのなき流通は国の利益である――なんて声明までついてんだよ。これでいらねー復讐戦にまで怯える必要はないさ」

「あぁ、なるほど」

「……え、なにがなるほどなんですか?」


 ボギーが小首をかしげて言うと、トーマスさんがだからぁ、と種明かしするマジシャンの如く指を立てた。


「辺境伯が脅し文句の嫌がらせとして、商人らに圧力加えようって腹なのを、女王陛下もお見通しだったんだよ。だから、滞りなき流通をさせよ――って裏は、子爵の領地に妙な嫌がらせをすんじゃねぇよ、と暗に示してるわけ」


 あぁ、辺境伯のやつさんざん脅してくれてたっけね。陛下はよくよく事情を知らぬだろうに、そこを見越して手を打ってくれるとは……さすがは、国を治めるだけに慧眼が働きますね。


「改めて思うけど昔にエリーゼやオマエと旅していたころを思い出すよ」

「そうか? とくに身の危険も感じなかったが」

「当り前だっつの。王都で刀傷沙汰にでもなれば俺ら全員の首が飛んでるぜ」


 と、トーマスさんは首をかっきるマネをして、おどけたように舌を出した。


「けど今回はほんとにトーマス様には感謝してもしたりません」

「ンだよ固いなー、俺はそんな大したことしてないって」


 いやいや、今回の殊勲賞は間違いなくトーマスさんでしょ。陛下とのブッキングから、お土産からして。色々とタイヘンだったでしょう。


「いまぐらいの時期ならブッキングならとくべつ難しくないよ。王都には貴族の子弟の入学にあわせて、貴族連中が集まってるから。この時期は陛下も日程を開けてるものよ」


 そーいえば学院なんてのもあったっけな。シャナンが入学するっての。

 今回の騒ぎですっぱり忘れてたが、わざわざボギーが王都に出張ってきたのも、学院に入学するためだものな。学院の入学式って、えー、たしか。


「もう明日だ。しかし、月日の流れも早いものだな……」


 と、クライスさんは急に遠い目をして、シャナンの頭を撫でた。

「止めてくださいよ」とサラサラな黒髪を振るようにシャナンは退けたのに、おもしろがってトーマスさんまで参加した。

 よーし、俺もお触りに参加やーっ! と、先ほどの視られた復讐戦を目論んだのだが、「オマエはやめろ」と、真剣な顔で断られた。なんでや!




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