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LV6

 なぜか勇者の乗る馬に轢き殺され掛けたあげく、勇者に連れられていけばなぜか勇者の息子と戦う羽目になり、なぜかその息子を倒してしまったら、勇者に気に入られ訓練場へ毎日通わされることになった。何を言っているのわからねーと思うが俺もわかんねえ。

 うぉー! ハッキリといい迷惑だ!

 過酷な訓練なんてか弱い乙女にさせることじゃないわ! 断固抗議汁!


「は、はい、ウチの娘が勇者様のお眼鏡にかなうのでしたら、それはもうなんなりと! 

自ら剣術を教えてくださるというのならば、私たちも安心しておられます! むしろ、わたくしどもからも是非にお願いいたします!」



 ……父よ。なぜ、私を売ったのですか。



 明朝のまだ朝日も昇らぬなか、使いの従者にぺこぺこ頭を下げる父さんを恨みがましい目で見送った。寒いわ。心も身体も……鼻腔がつーんとするのは、清澄な空気のせいだけではない。


「あまり緊張するな。べつにとって喰われるわけではないぞ?」

「そうですか~?」


 と、陰気な目で振り返ると従者は「そうともさ」と、頷いた。

 気分はすっかりドナドナ~で連れてかれる牛気分なんですがね。いやさ、俺が乗ってるのはロバだけど。でもロバは可愛い。ぶるぶる振った耳が馬よりちっさくてつまんでやりたくなるよ。なんか日々が激動すぎて心が休まる暇がないけど、気分がほっこりするわ。



 この白鬚をたくわえた従者氏はジョセフという。もう50過ぎぐらいのはずだけど、丸太みたいな分厚い胸筋をして、柔和な丸顔に丸い体系ときて、衰えを感じさせぬ程マッチョだわ。

 彼はもう何十年も領地に尽くしてるらしいけど、勇者に仕えたのは魔王討伐から帰還した翌年からで、付き合いとしちゃ浅いらしい。でも言葉の端々から勇者に対する尊敬が伝わってくる。

 勇者の話を差し向けると、ノリノリで語ってくれる。氷河に包まれた絶壁の孤島に在りし魔王が~、とか、詩でもそらんじてるつもりなんかと小一時間問い詰めたい。




「おはようございます」

「あぁよく来たな」


 ジョセフ氏に連れられ昨日の訓練場へときた。

 朝の挨拶もそこそこに、クライスさんが直々のお出迎えされ、脇下に手を入れられて、よっこいしょ。とロバから降ろされる。

 勇者自らが参加してる訓練だけあって、朝の訓練といえど自警団のほぼ全員が参加してるらしい。すでに訓練場には20人ばかりの男たちが真剣を使っての素振りをしており、朝の清澄なる空気が男の汗で台無しだ。


「あの、わたしはいったいなにをすればよろしいんです?」


 私ここに来ればイイって言われただけだから~。

 って俺はいつでも半歩ひいてかしづく大和撫子である。いつでも逃げ出す準備はデキてますよ? って無理ですよね、ハイ。


「そうだなぁ。まずはひと通りの訓練を受けて貰うが……その前にこれをオマエに授けておこうか」


 って、クライスさんから差し出された細見の剣を手に構えた。

 その剣の刀身はサーベルをさらに小ぶりにした感じで、非力な俺でも片手で構えられるぐらいに軽い。鞘には豪奢な彩色が施されていて、素人目にも実用的な剣ではなく宝剣の一種なのがわかる。

 気前よくくれるっぽいけど、こんな高そうなの貰っていいの?


「それは魔王を討伐した折に、陛下から授与された秘蔵の宝剣だ。大事にするように」

「いいのかよ!?」


 あ、素が出ちまった。

 ――じゃなくて、そんな大事なもの俺にくれちゃっていいの! 陛下に怒られない!?


「構いはしない。武具にとってのしあわせは使われることだろうからな」


 クライスさんはいつもの鷹揚さで物騒なことを言った。

 そりゃ貰えるものは貰うけどさ……やっぱ訓練に参加させるつもりなのね。

 はー、と脱力と捨て鉢な気分とをちょうどまぜこぜな気分でに、ジョセフに一番後ろ側へ連れられる。

 しかもお隣さんは、最高に機嫌を悪くしてるらしい、勇者の子息様だ。……どうも~、と会釈すると、シャナンは軽く目を剥いて、そのままフンッと顔を逸らされた。いや、なんでこんなに嫌われてんだろう俺。




「それでは、訓練開始……始めッ!」


 指南役のジョセフが号令をした。

「ジョセフの動きを習えばよい」と、のことで、俺は一番真後ろの列で、木剣を振るう。

 その素振りは二種類で――上段からの振り下ろし、からの横薙ぎ――で、すべてが一連の動作のうちに終わり、休みなく続く。

 とにも退屈な動きの連続だが、自警団の連中の動きが図ったように皆同じなのは、傍からみれば圧巻だろう。

 しかし、そのなかに美しくない白鳥さんが紛れ込んでもいた。それは私だ。

 最初は順調にこなしたが、ものの数分で腕がつっぱり、周りの動きに一フレーム遅れる。5分を経過した時点で、その乱れは十フレームになると、



「剣に魂が入っておらんぞっ貴様ッ!?」


 と、先の柔和な顔を引っ込め、鬼の形相のジョセフが、怒号とともにぶっ飛んできた。



「なんだその振りは! 止まってる草も切れぬぞ!!」

「振るえ、振るえ、振るえ! 貴様は剣を振るうために産まれてきたの! そんな遅い剣では、役目を果たせず打ち捨てられるぞ!」



 ……真剣に泣いた。なんなんですか、この地獄のブートキャンプ。

 俺はたしかに、この厳しい世界で独力で生き抜く力を備える。とはいったが、渇望した力はこんな単純な武力のことでは断じてない……ってか、その力を得る前に俺が死ぬ。



「よし、やめぇい!」


 ジョセフがよく通る声でビシッと言い放ったのと同時に俺はぶっ倒れた。

 ……もう、あかん。気管支がぜー、はー、って、苦しい悲鳴を挙げているし、腕の関節に異物が入った感じがする……痛いし、苦しいぃよぉ。いますぐ両方とも取り外して水洗いしたい……。


「だらしない」


 半分、死んだ目で休んでいると、シャナンが吐き捨てていった。

 ……言葉もございません。30分の基礎練でグロッキーだからね。いや、こんな少女の体でよくガンバったよ、俺!

 俺が横になって休んでいると、軽い休憩を終えた他の自警団員はぶつかり稽古に励んでいる。シャナンもまだその訓練への参加を許されていないのか、すぐ隣で涼しい顔をして黙々と剣を振っていた。

 まだ、体力が余ってるのかよこいつ……やっぱ勇者の子は勇者なのね。どうやら、ただの異世界転生主では歯が立たないらしぞ。


 しかもこれが毎日続くって……。

 失意にうなだれてると、ゴギャッとよろしくない音に肝が冷えた。振り向けば、打ち合い稽古をしていた一人が仰向けに倒れている。起き上がる気配もなく、訓練場は一瞬で騒然とした。

 倒れた男にジョセフはすぐに駆け寄った。顔を引き締めたクライスさんが「エリーゼを呼んでまいれ!」と、叫んだ。シャナンは外に出たかと思うと、すぐに黒髪の女性を連れてきていた。


「怪我人は!?」

「こっちだ早く!」


 彼女は急いで駆け寄り膝を折って祈るような姿勢を取る。なにか口元で囁くと組んだ手から光が溢れた。


「ヒール」


 淡い光が収まると、苦し気にうめいてた男の声がピタリと止んだ。目をパチクリとさせて起き上がると、張りつめていた空気が和らいだ。笑顔の彼女に向かって男は照れたふうに頭を何度も下げた。


 あれが魔術、か。

 うわっ、冷静に考えると凄くない? だって魔術だぜ、魔術!

 ああ、あんな力を使えるようになれたら。

 ってか、魔術のこと抜きにしても、あの人にお近づきになりたいかも。

 ロングの黒髪にきゅっとした口元が愛らしい、純白のドレスが似合う儚い系の美人さん。世の中にこんな綺麗な人がいるのってくらい美しい、否、神々しい!

 あ、こっち向いた!


「あら? こんなところで貴女みたいなかわいい子がなにをしているの?」


 黒髪の令嬢さんが、近寄ってこられた。柄にもなく緊張して「き、今日から訓練に参加させていただいています」と、答えると「まぁ!」と彼女は憂いた顔になって、俺の身体を気づかわしそうに触れた。そうして、クライスさんに唇を尖らせ、激しく詰め寄った。


「あなた、こんな幼い子供にまで危険なことをさせるなんて!」

「なにを言うエリーゼ。この子はなにも危険なことはしてはいないぞ。それにシャナンと歳は同じであるし――」

「歳をとったらあのような打ち合いの訓練をさせるつもりなのでしょ――いいえ、言い訳は聞きません! 彼女はシャナンと違って、れっきとした女の子じゃありませんか!」


 罰の悪そうなクライスさんや「許しません!」とぷりぷり怒るエリーゼさん。

 ……この反応ってまさか。


「あの、シャナン、様。あのお方はどういう人なんです?」

「は? 僕の母様にきまってるだろ」


 ですよね~。

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