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LV53

「さて。ついたはいいが、どうする?」


 クライスさんは涼しい顔で街の中央に聳える王城を見上げた。

 宿から走り続けてようやくにたどり着いたはいいが、王城は厳重な警備がなされている。


「アポイントは取れてはいるんでしょう。なら堂々と入ればいいじゃない」

「時間外に訪ねたって規則を理由に追い返されるだけだよ」

「勇者でも?」

「フレイちゃん。その魔法のワードはどこまでも万能じゃないのよ?」


 そんなぁ……一番に困ってる時に使えないって、有名税の価値低すぎやしません。

 辺境伯より先にお土産を持ってかれたら、こんなはるばる王都にまでやってきた意味がないってのに。あぁ、どーしょー!?


「ハンッ! やっぱり、来ると思ってたよ勇者!」


「王城内に入れたらこっちのもんでしょ。裏口からこっそり入れたりできませんかね?」

「うん。それが一番無難な解決法かもな。よっしゃ! こうなったらワイロを使ってでも入ってやる!」

「おい、こら! てめぇら無視すんじゃないよ!」

「……ね、ねぇ、あの人なんかこっちに用があるみたいだけど……」


 ボギーがドン引きしたように、俺の裾をくいくい引いた。

 ン? あぁ、あれね。あんなラバースーツの姉御は知り合いじゃないから。放っておきましょ。つーか、誘拐犯人の仲間ってのもあるけど、あんな格好な人と関わりたくもない。


「えぇ!? 誘拐犯人!?」


 ボギーは二重にドン引きしたように、プリプリいきり立つシャールカから距離を取った。


「……捕まえなくていいんですか?」

「少年。あんな雑魚は放っとけって。関わるだけ時間の無駄だよ」

「ハン! 勇者の腰ぎんちゃくのくせに言うじゃないの!」

「うっせぇよ。わざわざ王都くんだりまで、辺境伯について来やがって、やけに律儀じゃねぇか? まぁ、その格好じゃあ王城には入れずに置き去りくらってんだろーけどな」

「ふん! あたいは自分の流儀を曲げてまで取り入ろうなんざ思わないさね!」


 鞭で床石をピシャリと打った。その怒りに燃えた目は、勇者にしか向いていないが、当のクライスさんは涼し気な顔だ。なーんか、あれだけボロボロにやられたのに、ショー凝りもなくやる気か。

 ふん、しょーがないな。俺がシャールカの前に進むと、彼女は眼を眇めた。


「ちょ、フレイってば!」

「はぁん? なんだい小娘が、勇者とあたいとの勝負に割り込む気かい?」

「当り前でしょ。貴女ぐらいの雑魚なら、辺境伯を仕留める前の露払いにわたしが屠ってやろうってもんです」

「ちっ、生意気抜かして!」


 シャールカは凄むように顔の険を強くしたのに、その機先を制するように俺はバッ、と彼女に指をさすと、王都の青空に向けて大きく叫んだ。



「伝説の勇者! クライス・ローウェル様がヘンな女に襲われていーーっるッーー!!」



 シーン、と静けさが辺りに満ちた。

 シャールカは目を点にしたかと思うと、言葉が脳内に届いたのか、その頬をひくひくと引きつらせていた。

 彼女は、

 だが、もう勝負は決まっている。



 予兆の訪れを告げたのは、小路から恥ずかしそうにひょいっと顔を覗かせた少女だった。

 彼女はいつの間にか俺の傍らにいたキョトンとしたクライスさんを見上げ、

「ゆうしゃ様!」と、嬉々として指さした。


「ねぇ、おかあさん! ゆうしゃ様でしょ! まえにえほんで詠んでくれたとおりだ!」

「え、ええ!?」

「……お、おいあれって」

「いや、けど。そんなことがあるか?」


 舌ったらずな少女の言葉を呼び水になったのか、あちこちの小路から人が顔を出すと、ひとりの商人が「間違いない、アレは勇者クライスだ! お、俺は覚えてるゾ!? あのお方にウチの息子が魔物に襲われたのを救われたんだ!」


 と、叫んだ。


「間違いない! ホンモノの勇者様だっ! 勇者様が王都に帰還されたんだ!?」

 

 それを皮切りにして「勇者」という言葉がまるで燎原の火のように通りを埋め尽くし、その歓喜の雄たけびは隣の通りへ、あるいは遠くの市場に、終いには勇者の姿を認められもしない遥かな通りにまで「勇者」の合唱が地響きのようにとどろいてる。

 近くにいた若い男は「勇者」に一歩でも近づこうと帽子を抑えて駆け出し、身なりの良い商人までが溢れんばかりの涙をたたえてその先を行こうとする。触発された露天主は店を放っぽり出して、若いお姉さんたちは道の端によって、歓声とハンケチを振った。

 それはものの一分もたたない出来事の間に、俺たちの周りには溢れんばかりの人でもみくちゃだった。


「ちょっ、ちょ、痛! 脚踏んでるっつの!? てか、なんなんですこの騒ぎは!?」

「アンタがやったんでしょうがっ!?」


 痛っ、ちょ、耳元で叫ばないでってば!

 ボギーとお互いに支えあっていたら、ひょいっとクライスさんに抱え上げられた。


「おぉ、凄い騒ぎだな。さて、これでスキは出来たから進めばよいのか」

「そ、そうです! すべてはわたしの計画通りなのです!?」

「ウソだそんなの!?」

「結果がよければすべてヨシ! えぇい、そこ道退けろーっ!」


 クライスさんが王城に向けて歩みを進めば、群衆はジンベイザメに群がる小魚のようについてくる。やがて、王城にかかるアーチ橋のたもとへと行き掛ると、歓喜に興奮した群衆を前にして、門衛兵はあんぐりと口を開けたままだ。

 トーマスさんが機転を利かせ「俺らがここから消えなきゃ収まらないけど」と、爽やかに脅した。門衛はこくこくっと激しく頷き、転げながら開城を指示した。間もなく開いた隙間を俺たちが堂々とくぐり抜けると、群衆から拍手があがった。


「やぁ。皆ありがとう! 勇者はこれから城街を荒らす不逞の輩を捕まえたと女王陛下にご報告にまいる!」


 トーマスさんが群衆に向けて右手を高々とあげて答えると、またやんやの歓声が挙がり「勇者! 勇者!」と、コールが巻き起こっていた。いや、勇者の役目を奪っていた。これだから目立ちたがりは……。

 しかし、この見事な手際の良さはどうでしょう? 俺様を勇者一味として三顧の礼でもって迎えられてもおかしくはない策士っぷりではないかしらん。

 と、惚れ惚れとしていたら「オマエは勝手なことばかりしてっ!?」と吊り目になったシャナンに首根っこを引っ張られた。


「あんな惡党どもに関わって、また危険な目にあったらどうするんだ!?」

「あ、い、いや……はい、すみません」

「まあまあ。おかげで突破できたのは確だぞ。王城の者どもは浮足立っている。攻めるならいまがチャンスだ」


 ……攻めるって物騒な勇者だな。けど、確かに王城の奥から飛んできた騎士たちは泡を喰った様子。って、あぁこっちを向いた!


「こ、この騒ぎはゆ、勇者様がいったいどういうことで!?」

「あぁ。まあ大したこと――いや、実は大層なことでな。ともかくこの騒ぎを女王陛下にご報告に上がりたいのだが……」


 クライスさんがご報告を挙げていたら、ちょいちょいっとトーマスさんに肩を叩かれた。


「フレイちゃん。かすてらはちゃんと持ってきてるよね?」

「え、はい。大丈夫ですよ。女王陛下に供する、って村を出るときに作りましたから」

「そっか、良かった。俺はこっちの騒ぎの方を収めないとまずいから、こっちに残るよ。……間違ってコイツの首が飛んだらさすがに憐れすぎるからさ」


 と、放心状態のシャールカを見下ろして同情するように言った。

 あ~、すっかり忘れてたわ。たしかにあの群衆のなかに置いといたら、ボコボコにされかねんものね。


「俺はついてけないけど。前に言ってキミとのやくそくはちゃんと守っておいたよ」

「やくそく?」

「そう。前に言ってたBIGな人ね」


 ……BIGな人?

 それって、もしかして。

 トーマスさんは二パッと笑い顔にして誤魔化すようにボギーの背に手をやった。


「この騒ぎの始末は任せといて。ほら、ボギーちゃんもこっちで留守番な」

「ハイ……あの、シャナン様。必ずご無事で」


 祈るように手を組むと、シャナンは安心させるように微笑んだ。

 俺たちは軽く頷きあうと、騎士たちの導きに応じたクライスさんの元へと駆けだした。


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