表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/206

LV50

「勇者……?」

「ハイ! お客様の来訪です! 勇者様です!」


 厨房に飛び込んできた衛兵は息せき切って叫ぶと、なぜか誇らしげに両足を揃えてザッと敬礼をした。その奥からクライスさんが姿を現した。

 いったい何故、ここに!? と、俺が呆気にとられてたら、クライスさんは俺に向けてかすかに頷いた。いつになく勇ましい顔つきに、安堵して駆け寄ろうとしたが、


「ハハッ、やっぱりのこのこ出て来やがったね。勇者!」

「え?」


 シャールカの地の底から響いてくるような声に、ブワッと身の毛がよだった。

 ……な、なに、このテンションの爆上がりっぷり。間違っても「勇者さんに会えて嬉しいです、サインください!」はぁと。な、感じがしないんだけど。

 クライスさんも、シャールカを訝しげに眺めていたら、彼女は口の中で何事かを小さく呟いた。

 すると、その手に生まれた魔力の渦が、鞭を伝っていく。

 ……まさか、こんな場所で攻撃魔術を放つつもり、っておいおいっ!?


「くらいなっ!? 奔れ炎竜ーっ!」


 シャールカの絶叫に呼応して、振われた鞭から火柱が体現をした。

 まるで大型の肉食獣のように巨大な火柱は、奔流が猛るように勇者に向けて一直線に飛んでいく。


 ちょ、避けてぇっ!?


 と、俺が叫ぶ間もなく、物凄い熱量が厨房内を舐めるように焦がし、すさまじい轟音が窓や壁にかけられたフライパンまでも震えさす。

 ……あわわわ、と、落ちてた鍋を頭にかぶって、クライスさんを振り向いたが、その姿は炎に包まれていた。ふと思い至った最悪の結末に、まさか……? と、肌が粟立つような気がしたが、


「ずいぶんと手洗い歓迎だな」


 クライスさんの低い声がすると、火竜が苦しみ悶えるように虚空を見上げて、その形をとどめるかのように、ピキピキッと音を立てて凍りついた。

 ……す、凄っげぇな、おい。

 離れてたこっちの髪までチリチリさすような火を、あんな一瞬で鞭の持ち手まで凍らせてるなんて……あんな筋力にワン振りしてるっぽい、勇者が魔術を使えたってのにもビックリしたけど。ンってか、そもそも厨房で火遊びなんかすんなしぃ!


「無傷だなんて、相変わらずムカつくやつだね!」

「私を知ってるのか? そういえば、その魔術には覚えがあるような……」

「……! いい加減、あたいの顔ぐらい覚えろ!」


 シャールカは激昂をして凍りついた鞭を投げ捨てると、さらなる魔術を編みだしていた。げげっ、まだやる気!?

 と、たじろいだのは俺だけじゃなく、たまらず辺境伯がシャールカの肩に縋り付いた。


「や、止めぬかシャールカ! ワシの宮殿ごと燃やす気かっ!?」

「えぇい、お黙りよっ! 勇者はあたいの獲物で――」

「それはこっちの台詞だ! こ、このワシに恥をかかすつもりかっ!?」


 一喝されると、シャールカは痛打されたように顔をしかめ、勇者をギリッと音が出そうなぐらいに睨んで厨房の外へと出て行った。 

 ……ふぅ、とだれともなしに安堵の吐息を漏らすと、クライスさんは徐に辺境伯へと話しかける。


「久しいですなニムバス殿。先触れもなく失礼させていただいた」

「いやいや、先ほどはウチの者こそとんだ非礼をして……飼い犬を躾けるのもなかなかにタイヘンでな……」


 辺境伯は汗をぬぐいながらハハッ、と小笑いをした。


「ところで、今日は当家にどのようなご用向きかな? いつも、毎年に開く新年の集いにお誘いをしても欠席をされておられるのに。せっかくに来ていただいて残念だが、今年はウチの息子の雑事に忙しくてな、春の催しは開かぬのだ。

 まあ、その分、夏には面白い趣向を考案しておってな。先のような魔術師を集め、そこの庭に色とりどりの花びらを散らせた氷柱を飾って、涼んだ庭を散策するという試みでね。しかし、思った以上に魔術師どもの教練に手間取っていてこれが実現できるかは――」

「辺境伯殿、失礼ながら多忙を極めている」


 クライスさんが苛立ったように強引に話を区切ると、ニムバス辺境伯はやに下がったような嗤いを浮かべた。


「あぁ、失礼? で、多忙を極める貴殿が何故、当家の門を叩かれたかな?」

「そちらの娘です。彼女は我が領民の子供なのだが、つい先日何者かの手によって村から攫われましてな」

「ほう? その言いぶりでは、ワシがその娘を攫った下手人であるとでも言いたいのか」

「いいえ。しかし、何故フレイがこちらに居られるのか、その経緯をお聞かせ願えればことはハッキリと――」

「いえ、それには及びません」


 俺が遮るように言うと、クライスさんは一瞬、目を大きく見開いた。

 申しわけないけど、もういいんだ。


「わたしが村から急に姿を消してご心配をおかけしてすみませんでした。実はその夜に、辺境伯様の使者の方にお会い致しまして、そのお方から、カステラを辺境伯様が買い取りたいとの申し出がございまして、その有難い申し出を受けることにしたのですよ」

「……フレイ?」

「勝手に、村を抜け出してご迷惑をおかけしました。けれど、辺境伯様にはこれ以上ない厚遇で迎えられておりました」

「真実はそのようなものだ、とこの娘はそう申しておるが?」


 にんまりと満面の笑みで辺境伯は言った。クライスさんはそれを睨み据えると、すぐに目線を切った。


「……そのようですな。この度は私の早とちりで、騒ぎを起こして失礼した」

「いやいや、こちらこそ茶の一杯も出さずに。しかし、まあ貴殿も多忙を極めておる身上であるし、仕方があるまいかな? ははははっ。陛下に寄贈する手土産が増えた。今度は王都でお会いしましょう」





 俺たちは大理石のエントランスを抜け、跳ね橋も足早に抜けていった。

 それでもまだ後ろから高笑いが響いてくるような気がして、宮殿の方角を見ていたら、


「大丈夫か?」


 と、肩を掴まれてびっくりして振り仰ぐと、そこにはクライスさん気遣わしげな顔があった。すると、耳に始めて街の喧騒が届いたように、あちこちで商う市場の騒がしい声が戻ってきた。


「いえ、大丈夫です……その、ご心配をおかけして、申しわけございませんでした」

「謝罪なんてするな。ともかくオマエが無事でよかった」


 クライスさんは優しい眼差しをしてたが、軽く目を逸らした。


「私が助けにきたつもりなのに、逆に気を遣わせた」

「そんなことありません。迎えに来てくださって心強かったですから」


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ