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LV49

 仕事を終えたんだし解放されてもいいはずだが、送られた先は元の独房だった。

 今度は出歩かぬように外から鍵をかけられる念の入れよう。

「全然やくそくが違うじゃねぇか」と憤ったものだが、予想してたんで落胆はしてない。……いや、ウソです。プレッシャーで胃痛がきてる。てか、ここ数日って自分でも制御がきかないぐらい気分の浮き沈みが激しくて、自分の取り扱いにすら難渋してるのよね。


 そりゃ、現状は鑑みれば絶望的だもん。いくらお人よしだって、オッサンの言葉なんぞ信じられやしない。誘拐だなんてのは貴族であっても醜聞だし、すでに用済みなはずの俺がいつ処分されぬとも限らないのだ。

 なのに、自由へのドアは閉じられ、窓は人がくぐれるほどの大きさもない完全封鎖状態。それにこの部屋から抜け出たところで、跳ね橋が上がったままじゃ帰るに帰れない。この状態を絶望っていうでしょう。


 挙句に、積んでる自分への餞別とばかりに、さっきも料理人の男が夕飯を運んできてくれたのだ。が、しかし、俺はその食事に箸をつけれなかった。

 毒が入ってやしないか、と思うとどうしても手が出なかったのだ。

 こんな湯気も出てアツアツの豆のスープに、香辛料をまぶして揚げた白身魚のフライと、めっちゃ美味そうなのに……。

 男は俺の目の前で”毒味”して出て行った後、思わずホロッと涙腺が緩んだ。


「くぅっ、俺様にこんなトラウマを植え付けやがって!」


 メシを喰う喜びを奪い取りやがって!

 ぜったいに許さんぞ!!


 俺は怒りながら半泣きでメシを喰った。もう腹はくくった。どうにも事態が動かないってんなら、とことんまで待ってやる。その時まで身体を休めて、ぜったいに生きて帰ってやる!




 昼過ぎまでうつらうつらとしてたら、不意にドアがノックされた。

 開けるとお馴染みとなった、姉御のニヤニヤ顔とカイゼル髭のふたりが立っていた。


「まだ寝ておったのか。まったく近頃の娘は満足に身支度もしない」

「……オッサ――いや、ミルディン卿は?」

「卿はすでに領地へとお帰りになられた」


 独りだけ帰りやがっただと!


「あらぁ? ショックだったかい。お姫様は騎士様に首ったけだったものねぇ」

「だれが首ったけですか」


 チッ、また軽口に乗っちまった。

 動揺しないと決めたのに、このニヤニヤ笑いを見ると腹が余計に立つ。


「時間はさし迫っておるのだ。さっさと顔を洗って準備を済ませよ」

「はぁ? 準備って……帰れるの!?」

「当然であろう。しかし、その前にいまから辺境伯様とのご面会の機会がある。辺境伯様は、昨日の料理が気に入ったそうである」

「……そっすか」


 勝手に人攫いしといて「気に入らね」とか、騒がれたらその髭に水をぶっかけてやる。つか、俺的には面会もお言葉もいらないんで、さっさと解放して欲しいんだけど。


「ほら! 呆けておらんでさっさと支度せんか!」


 カイゼル髭は眉間にシワを寄せて、ずいっとタオルを押し付けてくる。

 ったく、この屋敷の連中は命令ばっかだな。




 カイゼル髭の短い歩みにへこへこ付き従えば、昨日ぶりの本宅へと舞い戻る。

 エントランスの吹き抜け階段を上がって、一番奥へと案内された。

 カイゼル髭は軽くノックをして、重厚な作りのドアを開け放つや、溢れてきた日差しに目がくらんだ。

「……屋内だってのになに」と、手でひさしを作ると、徐々に目が慣れてくる。

 どうやら、魔術の光でもなく向かい壁の全面がガラス張りの陽がさんさんと降り注いでいた。

 うはぁ、つくづく金のかかってる屋敷だなぁ。

 と、心底から呆れていると、日差しのなかからぺちゃくちゃ、となにかを啜るような音がしている。

 目を凝らすと、その男は光を一身に浴びながら、身体を前かがみにしてプラムのような果実の皮を剥いていた。それをひと口で呑みこみ、液でべたべたに汚れた手をシルクの布で拭っている。


「辺境伯様。昨日の料理人をお連れいたしました」


 と、カイゼル髭が逆光の人物に腰を折った。


「ふむ。貴様がフレイと申すものか……聞いてはいたが、本当にタダの小娘だとはな」


 辺境伯はこちらを認めると、軽く顎を上向きにしてギシッと椅子を軋ませた。

 ……こいつが、辺境伯?

 なんかウチの父さんより恰幅がいいな。その二段腹がデスクに肉が当たって苦しそう。つか、なんか会った覚えはないのに、妙に見覚えが……

 ――って、あぁ!?

 こいつ、階段の踊り場に飾られた絵画のやつじゃん!?

 ま、まあ、ホンモノの方は鼻の位置が低かったり? ベルトのきつそうな腹回りだったりって、相当に美化された仕様だけども。その金髪の口髭がカールしてるあたりは絵画とは生き写しだわ。


「エヘンッ」


 その咳ばらいにギョッとして、慌てて辺境伯の口髭から隣の執事に振り向いた。


「こちらにおわすお方は、この街の領主であらせられるニムバス・ローゼンバッハ伯爵様であらせられる」

「は、はぁ?」


 カイゼル髭はよく通る甲高い声音で恭しく紹介をした。

 なんかおのれで自己紹介もできないほどに、高貴なお方であるってことなん……?


「昨夜のかすてらというのはオマエの手の物だと聞いたが、それはホントか」

「まあ一応、そうですが」

「あれが近頃、世間をにぎわす料理と評判高いかすてらとはな。しょせんは田舎生まれの料理と思ったが、なかなかの味だったぞ」

「……ありがとうございます」


 なにが田舎料理だよ……!

 メラメラと殺意がみなぎってはきたが、激昂しても話をややこしくするので引きつった頬を見られぬよう頭を垂れた。


「……辺境伯様のお口に合いましたことは、タイヘン光栄なことでございます。ですが、わたしはミルディン卿によって、無理やりにかような場所に連れ出されたのですが、いったいどういう理由がおありなのでしょう?」

「あぁ? そのようなことは明らかだろうに。ワシがかすてらを喰いたいと思うて、その料理人を連れだすよう、ミルディン卿とそこのシャールカに指示をしたのだ。ワシの立案した計画にしては、いささか優美さには欠けたが、ま、そんなことはどうでもよかろう」

「ちゃんと手抜かりなく、辺境伯も満足なされたでしょ? 給金の方はたんまりと弾んでもらわなくっちゃね」

「わかっておる。オマエが満足するだけの額を支払おうでぞ」


 ニムバス辺境伯が大儀そうに目をすぼめつつそう言うと、シャールカの姉御は頬に手を添えて目を細めていた。

 ……なるほど。辺境伯が誘拐の指示をとって、オッサンや、シャールカって姉御が手足となって働いたってか。

 てか、カステラを喰いたいから俺を攫うって、意味がわからないんだけど。


「……カステラのことをそれほどに高く評価くださりまして、有難いことでございます。辺境伯様には、今後ともご贔屓いただけれれば、このような無駄な手間をかけられずとも、我らにお申し付けくだされば、いつでも最高の品をご提供致します」


 さりげに毒を吐いたつもりだったが、ニムバス辺境伯は気づくこともなく「平民の子にしては口が達者だな」と、満足げに頷いた。


「しかし、ワシは食べたいと思った時に食べたいのだ。一週間も待ってはおれん」

「それでしたら、ご安心を。辺境伯様の料理人の方にレシピを提供いたします。辺境伯様がお抱えの料理人であるなら、すぐに同じ味になるかと」

「おぉっ! 話が早い」


 謝罪するどころか、ハッハッハ、と高笑いする失敬千番な態度には怒りが湧いてくるが、まあいい。レシピを教えてくれ、と頼まれればとくに断る理由はないし、穏便にことが済むなら、それはそれで結構だ。

 美味しいものは、だれしもが食べる権利があるし、その技法が広く伝われば、世にお菓子が溢れる。それだけで十分に俺の利にかなったことだ。


「ウチも調理法を秘匿するつもりはございません。むしろ、世間に広くこカステラという料理がが伝わっていく方が、料理人としてよほどにしあわせなことはございません」

「貴様はなにか勘違いしてるのではないか」

「は?」


 急に辺境伯の表情が石膏像のように固くなっていた。

 どういうことだよ。

 と、不信に言葉を詰まらせると、面倒そうにカイゼル髭がその後をついだ。


「辺境伯様の仰せがわからぬのか娘。辺境伯様はかすてらが大層お気に召された。それ故、かすてらのレシピをお買い上げになさるつもりだ」

「いや、お買い上げなどされる必要はございません。わたしはレシピでお金を取るなんて考えはみじんも――」

「それではウチが困るのだよ。レシピを当家以外で使われてはな」


 当家以外で使わない?


「……まさかレシピを独占しようとお考えでは?」

「さっきからそう申しておるだろう」


 そんなバカなことがあるかよ!


「冗談じゃないっ! そんな申しではお断りです!?」

「何故だ? 対価を払うと申している」

「金銭の問題じゃございません! カステラはただの料理ではなく村にとって重要な物なのです! それをわたし個人の儲けのために棄てるなんてできるわけがないッ!」

「くだらぬ見栄だな」


 辺境伯は辟易としたように言い放った。


「貴様らの商売は宿屋であろう。ならば己の商いに腐心すればよいではないか。辺境のド田舎で菓子を売ったとこで、どうせ味のわからぬ愚民が買いあさるだけだ。田舎宿で提供されるには、かすてらは過ぎたものだよ」

「べつに貴方に許される必要もありませんね。カステラは村の物なのですから」

「いや、かすてらのレシピは当家の物だ」

「……っ、」


 俺は拳を強く握って、踵を返した。もう、こんなバカげた話に付き合ってらんねぇよ。


「待て待て、まだお話しは終わってはおらんぞ?」

「こっちはもう無いんだよ!」

「いや、無学な貴様によいことを教えてやろう。エアル王国の版図にあって、西岸に位置するこのカルバチアは、西方の小国家連や、はるか南方の新大陸との密接なる交易で成り立った都市だ。それがなにを意味するか、わかるか?」

「…………」

「わからんか。ここには王国で流通する砂糖のほぼすべてが、このカルバチアを経由して流れるのだ。それを例えば……砂糖を扱う商人に、クォーター村との行商を禁ずるとお達しを出してみてはどうだろう?」


 ウチの村での行商を禁ずる、って? やってもらおうじゃないか。一度積み荷を持って旅立つ行商人が、そんな禁輸令なんてまともに扱うヤツがいるわけがない。


「無茶が通ると思うなら、やればいいでしょう。そんな脅しは無意味ですよ」

「そうだろうか。しかし、重要なのはやれるやれないでなく、やる意志があるか否か、だ。違うかな?」


 コイツ……!

 俺はニタニタと残忍に笑う辺境伯の面を睨みつけた。


「確かにこの一手では不足だろうかな。なら砂糖への取得税を高くにつけるか、あるいは卸売り先を大商家に限定するのもおもしろいかもしらん。元々庶民が砂糖を商うなど、分不相応な程の高級品であるからな。

 まあ、物は試しというじゃないか。ワシの一計が上首尾に運ぶか、それとも他の手だて講じるか……いろいろと想像をめぐらして、楽しみに待つのも一興だとは思わんかね?」


 カッ、と燃えたつ心が、一瞬にして凍り付いたのように感じた。

 なんだって、こんなヤロウがライスさんと同じ、貴族としてふんぞり返っていられるんだろう。そう考えると、とてつもなくふしぎで理不尽で、急に自分の足元がおぼつかなく感じる。その情けなさにうつむきながら瞑目した。


 なんだって、俺はこんなに無力なんだろう。

 なんだって、こんなヤツに大事なカステラを渡さなければならないんだろう。


「っ、かりました」

「ン?」


 知らず、握っていた拳を緩めた。


「カステラを、お譲り致します」


 口に出したことをすぐに後悔した。だがもう後戻りはきかなかった。





 嘲弄している辺境伯から逃げるように、俺は厨房に駆けこんだ。なにも考えぬよう努めながら、泣きそうになりながらも、完璧な手順でカステラを作り終えた。

 毒味を務めた少年が無表情に頷くと、辺境伯はグロテスクな笑みを浮かべて「褒美を取らせよう」と、袋を置いた。そこから黄金に輝く金貨が見えた。


「…………いただけません」

「まだ強情を張るのかね? 後でくだらぬケチをつけられても困るんだがな」


 カイゼル髭が無理やりに握らせようとしてきたが、その腕を払いのけた。辺境伯はおやおや、とばかりに額に手を添えて呆れたように口を継いだ。


「聞き分けのない娘だ。後で金に困ってくだらぬケチをつけられては迷惑なのだよ。さっさと受け取りたまえ」

「…………そんな汚い金。貴方に恵んでもらうぐらいなら、どぶに捨てた方がマシです」


 俺は拳を強く握ったままに、辺境伯を睨みつけた。辺境伯は途端に真顔になるとシャールカに目配せをした。

 彼女はつまらなそうに腕を払うと――ピシャリ、と鞭が厨房の床を叩いた。

 しならせた鞭を両手で張ったままこちらににじり寄ってくる。

 俺は、そのビードロのようになにも映していない目を睨みながら、足を釘付けになった。そして振り上げた腕に目を閉じた





「――――だ、旦那様っ!? ゆ、勇者様のご来訪です!」



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