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LV48

「おやぁ、ずいぶん仲がおよろしいようだけど、もしかしてふたりで駆け落ちの算段でもしてたのかい?」


 ドアに肩をもたれてていた姉御がケラケラと言った。


「よければ席を外そうかい? 恋のお邪魔は退散しないとねぇ」

「くだらない詮索は止めて貰おう」

「そうさね」


 姉御はあっさり引き下がると、俺にニンマリとした笑いを向けた。


「さぁて。ようやっとアンタの出番だよ。楽しい楽しいお仕事の時間だ」

「……お客人を勝手に招いといて、到着初日からずいぶん人使いが荒いんですね」

「待遇にご不満かい? ならお仕事は簡単なのにしようかね。そこのベッドに寝て客取りでもしてもらうとか?」

「…………」

「冗談だよ。そんなシミッたれた稼ぎなんかで喰ってく程、安い女じゃないわけだからね。さ、アンタもサッサと帰りたいんだろ?」


 ニヤニヤした顔を睨んだら「サッサとついてきな」と、俺の眼前でチョイチョイッ、と人差し指で手招きした。

 ……キーッッ!? 一々がムカつくなこの女!

 つーか、そのけばけばしい衣装はなによ!? それが屋敷的にオッケーで俺がメイド服着させられるって納得いかねぇわ!




 俺たちは姉御の誘いに無言で長い廊下を抜けると、そこは食堂だった。

 まだ使用人の宿舎であるというのに、有に100人は入れるほどズラッと長い卓子が連なっていた。湾曲した天井は、

 姉御は自分の屋敷のように両手を組みつつ、偉そうにさらに奥へと向かった。

 すると、そこは石積みの厨房であり、いくつもの窯やオーブン。それに肉かけフックが壁にかけられてる。

 昨日に使ったらしい香料の匂いがして、奥には貯蔵庫まであるようだ。どんな食材が眠ってるのかな? と、立場も忘れて心惹かれてたら、ちょうど奥からぬっと人影が出てきて、あわわっと、驚いてあやうく転びかけた。

 その40代ほどの痩せた男は、陰気な顔を俺らひとりひとりに向けてきたが、最後に俺を認めるとなぜかしら天を仰いでしまった。


「……その娘が、料理人だっつうのかい。悪い冗談にしか思えねぇな」

「正しくかすてらの料理人――のはずだよ? ま、村に行ってきて見たわけじゃないから、そこの騎士様が手抜かりをしてなければの話だけどね」

「私を疑うつもりか」

「そりゃぁねぇ。ここまでやって作れません、だなんて金が貰えないどころかこっちは大目玉だ。まぁ、この娘にぜーんぶお任せするしかないけどね」


 姉御は俺の両肩に手をかけてきた。

 腹立ちまぎれにそれを払いのけようとしたら、爪をギギギッと立ててきた。


「痛いってば!」

「ったく、可愛げのない娘だよ」

「そんなこと言われる筋合いはないっ……ンでわたしにカステラを作れって?」


 俺は姉御をシカとして、オッサンに訊いたら迷うことなく頷いた。

 ……最初からウチに近づいたのもそれが目当てだったワケね。


「カステラが欲しいんだったら、普通にウチでお求めになればいいだけでしょう? いったいなんでまた人攫いなんかを……」

「そんなことはどうでもいい」

「……ソーデスカ」


「足りない材料があったらこの男に申し付けよ」と、言ってオッサンたちは隣の食堂に戻った。

 痩せた男は、その姿を消えたのを確認すると「おいっ」とせっつくようにして喰いかかってきた。


「オマエ、本当に大丈夫なんだろうな」

「えぇ? もちろんちゃんと作るつもりですよ」

「……いいか、心してかかれよ? その料理は辺境伯様の口に寄与されることになるんだ。ヘタなものを作ったりわざと失敗すれば即鞭打ちだと思えよ」


 へいへい。安心して座ってて構いませんよ。

 どんだけ気に入らない相手だろうと、料理に手を抜くことはしない主義だもんね。


「じゃあ足りない器具があるから、手抜かりがないように協力してください。まずは火にかけても割れない丈夫な器、できれば四角形で底の深いやつ――と、それから秤を持ってきてくださいません?」

「……秤? なにに使うつもりだ」

「料理ですよ。こんな立派なお屋敷だから、きっと薬剤師の方もいらっしゃるでしょう?そのお方からでも借りてきてください」


 男はハッと洟で笑って「魔女の呪いか?」と、からかうように言った。俺が無言のままでいると、男はすっと笑いを消して厨房から出ていった。

 ……ふぅ。あの、オッサンもずいぶん神経質だな。

 あの分厚い手からしてきっと料理人だろうな。

 サッ、人払いができたし、いまのうちに取り掛かるか。俺はカステラを作れって言われただけだし、手の内を見せろ。とまでは言われてないからな。

 俺はメレンゲを作り終わって休んでたら、ちょうど男が秤を持って戻ってきた。

 その秤をぶんどると、彼は軽く舌打ちをしてボールの中身や使い終えた材料をつぶさに確認していた。

 慎重に生地の材料を秤にかけて、作り終えたメレンゲとを混ぜこみ、持ってきた陶器の器に生地を流しこむ。そして、温めたオーブンに器を入れてそのまま焼き上がるのを待った。

 ……ひとまずはこれでオッケーだな。

 でもこれでほんとに解放されんのかしらん。まさか「ご苦労だったな。これがオマエの最後の仕事だ」

 ――バーン、みたいに処分されなきゃいいんだが……。




「…………おいっ」

「…………」

「おいっ、訊いてるのか、焼き具合は十分じゃないのか?」

「え!?」


 うわっ、ちょ、寝てた!?

 ……あっぶねぇ。カステラは無事に焼き上がってるよ。

 クッソ、あんまりに疲れすぎるわ、熱が暖かいわで、意識が完全に飛んでたわ。 


「……ありがとうございます」

「ふん、供される料理に空きができちゃかなわんからな」


 男は乾いた唇を舐めて「……これで完成か?」と、口早に言うのに頷くと、あろうことかカステラの端っこ方をつまんで口に含んだ。


「あ、ちょっと!」


 なんて行儀が悪い! と、抗議しても男は聞いてないのか、額に手をあて瞑目しながらカステラを咀嚼していた。かと思うと、カステラを布巾に包んで食堂に控えていたオッサンの元へと持って行った。

 なんてヤロウだ! と、憤慨しながら俺もそちらに行くと、姉御が「いい香りだねぇ」と、自分の毛並みに満足した猫のように言った。


「これがかすてらって料理で、違いないのかい?」

「あぁ、間違いない」

「ふーん。あんまし期待してなかったが、ずいぶん美味そうじゃないの」

「……手を付けないでください。すぐに執事を連れてきますので」


 と、男は俺こそが言いたい釘差しをして、慌てて出て行った。




 しばらく所在なげに待っていると男がカイゼル髭を連れてやってきた。その傍らにはあどけない顔をした男の子までついてきてる。

 その子は俺のことをチラッと興味を惹かれたように見たが、カイゼル髭に押されて椅子に座った。

 カイゼル髭はカステラを覆っていた布巾を払うと、男にカステラを切り分けさせた。

「食べよ」と命じると、男の子はおずおずとひと口を頬張る。

 と、途端にパッと顔が輝かせて「美味しい」と呟いた。

 男の子は最後の一切れまで食べ尽くすと、カイゼル髭は顎髭をなでながら子供の様子をつぶさに観察し終えると、


「ふむ、よろしいようですな」


 と、カステラを布巾に包んだ。


「それでは……騎士様方はこちらへ、主よりお話しがございますので」


 俺もついて行こうとしたが、カイゼル髭に目を細めて睨まれ押しとどめられた。

 姉御は愉快そうにひらひらと手を振って出て行った。

 ……くっそ、忌々しい連中。 

 彼女たちが消えて、男の子は安心したように椅子から立ち上がると、料理人らしき男に「お父さん。これすっごいおいしかったよ!」と、顔を綻ばせていた。


「そうか」


 と、料理人は冴えない顔色で彼の頭を撫でていた。

 俺はそこで始めて彼らが親子であり、そして毒味役なのだと気づいた。

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