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LV47

 あてがわれた部屋のドアをそっと後ろ手に閉じると、緊張が溢れたかのように、足に力が入らずそのままズルズルとドアに身をもたれた。なんだか、一気に10歳ぐらい歳を取った気分――って、それ元年齢か。


 疲れた身体を引きずりながらベッドに座った。

 ……30分ぐらい、てそのまま眠たい気分だが、寝たらすぐには起きれる自信がないので我慢、我慢。

 目をしょぼつかせながら、改めて部屋を見回す。

 漂う空気は若干の埃っぽさを感じるが、なかなかに手入れがきいてる。

 ウチの客室と同じくらいの広さだが、窓枠にはガラスが嵌められ、衣装ダンスや小机まで完備されてた。

 恐らく使用人にあてられた一室なのだろう、これで本宅ではないというんだから豪気なもんよ。剥き出しの白壁には前の屋主が残したヘタな絵のラクガキがあったりして、気分がほっこりしたが、独房に付き物よねぇ。なんて思い至ると急に気持ちが萎えた。

 まあ、こんな場所に長居する気はないからいいんだけれども。



「ンなことより。確かあのメイド、ローゼンバッハ伯とか言ってたな……」


 どうやらこの屋敷の持ち主らしいが、名前から言って貴族だよな。あのメイドの口振りからしてカルバチアでも、さぞかし有力な権力者だろう。

 あのカイゼル髭の執事も、俺を攫ったオッサンのこと――ミルディン・マクシミリアン卿なんて呼んでたっけな。なんでまた貴族が雁首を揃えて、人攫いなんてしてんよ?

 こんな豪邸の持ち主が金に困ってるなんて冗談にしか思えないんだが。


「ということは、普通の誘拐事件じゃないってことだけど……」


 うん、だよな。身代金目的なら、こんな離れた場所で身柄の受け渡しもないだろうし、目的は他にあるのかね。あのオッサンも”はした金には興味がない”って認めるところだし。だとすると、俺が攫われる動機が他に必要になんだが……



 …………。


 俺の貞操じゃないよね?



 いやいやいやいや、ソレはぜってぇない!

 てか、あったらマジに死ぬっ!?

 ま、まぁ俺様ぐらいの美貌の持ち主は滅多におりませんけど? それでも、この街にだってかわい娘ちゃんはいるはずよ!? なのに、わざわざあんな辺境まできて攫うワケないってばぁ!?


 ……ハァ。一旦落ち着こう。

 てか、こう考えるとほんっと謎ばっかりだな。村までやってきて、わざわざ俺を選んで攫うんだから。そんな手間暇をかけるなら、それ相応の動機が必要でしょ?

 でも、俺の唯一の特殊性なんて異世界転生人ってことぐらいだし。それも身バレしてないから理由になりゃしないよな。……う~ぬ。まぁ、もうひとつ動機として考えられるのは、カステラの製法を盗もうとして……ってのも動機の線として考えられっけど。

 いや、ないよなぁ、ソレ。

 菓子を売って得る利益なんて、豪邸の持ち主からすれば雀の涙ぐらいなもんだし。


 ン?


 もしかして、標的は俺じゃなく”勇者様”にあるとか?

 ……いや、トーマスさんの話しじゃ、宮廷内での派閥争いなんてのがあるらしいから、もしやそこでのいざこざがこちらにまで波及してきて、俺は単なるスケープゴートで、クライスさんへの嫌がらせの出汁に使われた、って妄想をたくましくし過ぎかこれ。てか、なんの裏付けもないわ。

 ……あ~、もうなんか頭がこんがらがってきたわ。


「そもそも、向こうの事情を勝手に考察した所で、無駄だよな。それを知ったとこで現状打破につながるものでもないし」


 連中の思惑なんて知ったこっちゃないなら、サッサとおさらばするに限る!




 ペタッと頬をドアに貼り付け、薄~く開けた。

 廊下は水を打ったように静まっていて、幸いにも見張りの姿もいない。

 シメシメと、抜き足差し足で廊下を抜けて、あの不吉な井戸へと一旦舞い戻った。

 ……ふぅ、出口がどこにあんだかわからんけど、取りあえず戻れたね。ここから来た道をたどれば、入ってきた場所には辿りつけるだろう。

 とにかく人と会わぬよう慎重を期すべしだ。

 ここが敵の私有地なのだから、出会う人間のすべてが敵の息のかかった相手だ。

 また見つかって痛めつけられるのはゴメンだ。



 俺は改めてムンッ、と気合いをいれて、整備された道を避け憶えのある道を辿っていく。整備された道を避けて、あえて人の気配もまばらな小路を選んで進む。

 やがて宮殿の前庭にまでやってきたのだけど、肝心の出口の跳ね橋が上がってる上に、その塔の周りには数人の衛兵が立ち話をしてて、とてもスキを伺うというレベルじゃない。


「……ああっ! もうっ出らんねぇしッ!」


 クッソ、いっそお堀に飛び込んで逃げようか、と思ったが、数メートルの高さはさすがに這い上がるのは厳しい。しかも、メイド服じゃ動きづら過ぎるわ。

 ったく、いまいましいのはこの敷地を覆う城壁だ。周りをぐるっと取り囲んでて、外の世界がまるで見えない。おかげで、方向感覚も狂うしなにより精神的にイラつく。なんだって、こんな息が苦しいのか。


 えぇい、と胸の中にこびりついた焦燥感を蹴りつけ小走りに行く。

 とにかく、外と通じる場所を見つけよう。

 あの西の空には入ってきた場所と同じ尖塔が立っていた。なら、あそこにだって跳ね橋ぐらいはあるはずだ!

 俺は直線に行けば容易い道を、何十分とかけてグルグル、グルグルとひた走った。

 信じられないことに、村の一画はあろうかという範囲すべてがローゼン伯の敷地なのだ。

 すっかり、息も切れた頃――ふと、小道を抜けた先の視界が広がった。

 ここには衛兵の姿も、壁すらなく向こうの街の市場らしき幌のテントがひしめいていた。

 やった、出口!

 と、思わず駆け寄りかけて、足を緩めた。



「……マジかよ」


 だから、見張りなんてつけなかったんだな。

 どーせ逃げられやしないから。

 跳ね橋は上がったままだった。市場へと続く道は水のはられた深いお堀の先だった。


 



 ゆく当てを無くしたまま、無言でたどり着いた先は、初春の花が咲き誇る庭園だった。俺はそこのあずまやに寝ころんで、盛大に溜息を溢した。

 こんなことしてる暇はないんだけど、逃げる手立てが見つからない。

 その上、なんだか頭を働かせるのがいやに億劫だった。

 ……あぁ、にしてもシャナンに教えてやりたいね。こんな趣味の良い庭園の持ち主が、じつは少女を誘拐するヘンタイ野郎なんだぜ。とか、ボギーにもバレンタインなんてイベントの話だとか。

 あの母さんの強烈にマズイ草スープまでも懐いし、そんな最悪にマズイ草をマメチ先輩がどう料理するのかも知りたかった。

 けれど、いまは叶わないのだ。

 ただ強烈に「帰りたいなぁ」と、思ったが、それがどこなのか、何時なのかもよくわからなくて、ただただ虚しい思いがした。



「おい、オマエ。ここでなにをしている!」


 と、甲高い怒鳴り声が響いた。

 俺は起き上がると、庭園の入り口から数人の使用人と、彼らに囲まれたやけに身なりの良い男子がこちらを睨みつけている。


「ここはローゼンバッハ様の専用のお庭である! 貴様のような使用人がくつろいでいい場所ではないわ!」


 あぁ、なんかここの子弟かなにか?

 このスバラシイ庭園にそぐわぬ者を見つけてお怒りですか。どうでもいいけど……。


「通いの女中もレベルが落ちたものだな。しっかと学ばせるようメイド長に言いつけておけよ」

「……いえ、うちの服を身に着けてはおりますが、かような娘は働かせてるはずはないのですが?」

「ということは、どっからか忍び込んできたか。ったく、薄汚いネズミが! 俺の屋敷にいったいどうやって忍び込んだんだっ!」

「知りませんよ。誘拐犯の仕業とか、もしくはこの世界の神様とかなんかじゃないんですか?」

「貴様! バカにしてるのかっ!?」


 いや? 俺は至ってまともだけど。っと、軽く小首をかしげると、男の子は癇癪を起したように使用人に「この屋敷から摘み出せ!」と、命じた。あらら、そんな顔を真っ赤にしちまって。

 呆れる間にも、使用人は近づいてきてこちらの襟首をむんず、と掴みあげた。使用人は半身を大きく反らして拳を固めている。

 このままだと殴られるかもしんねぇな――と、頭の片隅では避けろ、と、命じてんのに、なんか心のスイッチが切れたみたいで、身体に力が入んなかった。

 痛みを覚悟してまぶたを閉じた時、


「少々お待ちを!」


 と、オッサンの声が響くと、そのまま走り寄って有無を言わさず割り込んできた。


「その者は私の連れでございまして。田舎者故にとんだご無礼を働きまして……」

「……卿のお客人だと? ふん、なら連れ歩く者をしかと分別してもらいませんとな。そのような者を連れ歩いていては、その名に傷がつくというものですよ」


 使用人がネチネチと毒づいていたけど、オッサンはそれに反応することなく頭を垂れていた。すると、輪の中心にいた子供が「興ざめだ」と、言わんばかりに顎をしゃくって、そのまま一群を率いるように華やかな屋敷へと戻って行った。



 オッサンはなにも言わずにすくっと立ち上がると、軽く顎をしゃくって俺を促した。

 付き従っていけば元の独房へと逆戻りを果たした。

 とんだ無駄骨だよ。

 気づまりな雰囲気から目を逸らすように、部屋の落書きを目で追っていたら、オッサンが「文字が読めるのか」と、少しく驚いて言った。


「領主様の奥様から色々と学ばせていただく機会を賜りまして」


 ほんとは母さんの教育の賜物だけど面倒なんで、良いことは勇者様の恩寵としておく。


「あのクソガキはなんなんですか。目上の者にたいしてあの口の利き方はないでしょうに。いったいなに様なんだか」

「口を慎め。彼はローゼンバッハ伯爵家の次期当主にあたるお方だ」

「あぁ、それはおめでたいこと。この趣味の良い庭園をお持ちの伯爵殿は、ご子息の教育に失敗されたご様子で」

「……従僕に鞭打たれたかったようだな」

「わたしは率直であることを美徳とする者ですから」

「それも勇者殿の教育のたまものか?」


 オッサンは呆れた口振りで「まあいい」と、首を振った。


「クォーターの流儀は知らんが、貴族にたてつくようなマネは慎ね。あれぐらいで許されたのは運がいい方だ。さらに沸点の低い輩なら、その場で従僕に鞭打ちだ」

「だから? 助けてもらって感謝しろって? こんな場所に閉じ込められるぐらいなら、鞭付きで摘み出された方がマシでしたね」

「痛みと恥辱故に高熱を出して何日も寝込む者もいるんだ。オマエはそうなっても同じことを言えるかな」

「貴方に説教されるいわれも義理もありませんね」と、俺は激昂した。「そもそもなんの目的でわたしをこんな場所にまで連れ出したんですか。サッサと解放していただきたいですね」

「同感だ。だか、その前に仕事を果たしてもらわねばならない。解放はその後だ」

「やっぱりなにか目的があって俺を連れ出したってわけですか。貴方だって貴族なんでしょう? それがどうして馬鹿げた仕事やってるんだよ! 意地やプライドがないんですか!」


 俺が強く睨んだら、オッサンは何故かしら微笑んだ。バカにしてんのか! と、カッときたけど、穏やかな表情には嘲りの色もなかった。


「君は気高い勇者殿にしか知らないのだろうね。貴族といっても、色々だ。こんな犯罪を犯すことに、痛痒を感じないものもいるんだよ」

「……それウソでしょ。だったら貴方だってわたしが鞭打たれるのを見て見ぬふりしてりゃ良かったじゃないか」

「君を誘拐した輩なんかの善意に期待してるのかね。それは買いかぶりすぎだよ。 私はそんな大層な人間じゃない。自分を愛してくれた人すら、満足に愛し尽くせなかった男だからな」


 オッサンはそう自嘲すると、悲し気に目を伏せた。

 ……それってやっぱり。

 俺は首にかけたままにしたペンダントを見下ろしたら、不意にドアの外からノックが聞こえてきた。

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