表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/206

LV45

 ようやく意識を取り戻しても、俺は自分がどこにいるのかわからなかった。

 頭が混濁としているし、世界が頼りなげにグラグラ揺れている。頬に触れる草の感触と冷たい外気のおかげで、ここが森のなかだとわかるが、いったいどうしてこんな場所で寝てたのか、ハッキリとしない。

 ……つーか、頭を打ったとかじゃないよね――と、身を起こしかけて失敗。いや、たしかに頭は痛むんけど、起きられない程じゃないのになぁ。ってか、冷えたせいか洟がムズムズすんだけど、手が動かなくて掻けないんだけど、だれか掻いてくれ――え、手が動かない?

 ってか、なんで、俺の身体が縛られてんだよ!? 


 俺は混乱したままジタバタと動いてみたが、縄は緩む気配もない。

 ふぬぬっ! と、諦めずに蠢いていたが、ふと、森の静けさのなかに、ぱちぱちと火の爆ぜる音がしてたのに気が付いた。俺は音の方へと振り返ると、暖色の光のなかにいた人影がちょうど揺らめくように動いた。


「気が付いたか」

「……えぇ、ハイ」


 寝起きのかすれ声で応えながらも、朦朧とした頭では声の主についての見当がついたが瞬間――それは失望に変わった。

 俺はオッサンに首を絞められたことを思い出したのだ。





 ホゥ、ホゥ、と森の暗がりから名前も知らない鳥の声が響きわたっていた。それは焚火の爆ぜる音に驚いてか、バッと夜闇に消えた。


「君が騒がない、逃げ出さないと約束してくれれば縄を解こう」


 と、俺を見下ろしているオッサンは、顔になにも感情を宿しもせずにそう言った。

 そのチープな台詞に、まるで誘拐犯だな。と、一瞬吹き出しかけたが、すぐに黙った。この現実は笑えない。

 俺はその提案とも、脅しともつかない発言に熟慮することなく、すぐに無言で頷いた。この芋虫状態から、少しでもまともになるなら、諸手を挙げて賛成する。

 オッサンは縛めを解くために身をかがめると、手のナイフを使って淡々と縛めを解きにかかった。


「……あの、わたしを誘拐しても無駄ですよ。ウチは貧乏ですから、身代金なんてとてもとても」

「それは君が心配することではないよ。おとなしくしていれば無事に解放される手筈となっている」


 ……ほんとかよ。と、その顔を険悪に睨んでみたが、オッサンは意に介した様子もなく、焚火の前に戻った。

 ふてぶてしい態度に、ひとしきり口の中で罵倒の言葉を並びたてたが、それを棚卸して陳列するほどに向こう見ずでないので、ただ黙って縛られてコチコチに固まった身体をときほぐす。


(……それにしても誘拐、ねぇ)


 現代じゃ重大犯罪の割に、成功率の低さで有名だが、なんたってここは異世界だ。奴隷制だってあるし、そこにどれだけの需要があるのか、理解の範疇を超えている。

 中世では誘拐はビジネスとしての稼ぎが良かったらしいけどね。ってのは、俺のうら覚えの豆知識だ。

 王様が拉致されて、身代金を支払って解放された例もあるし、その金額の高さで己の身分高さも図っている。みたいなことも言われてたくらいだし。逆に払う金を惜しまれて、火炙りになったジャンヌ・ダルクなんて例もあるし。

 そんな高貴な方々と比べて、俺がターゲットになる要素があるなんて胸を張れないわ。だって、だって、ただのしがない貧乏宿屋の娘よ? なんでまた、俺みたいなのを攫う必要があんだか……。



 まあ、いくら推察を重ねたって無駄だけどね。

 それよか、サッサと家に帰ろ。

 俺はひと呼吸整えると――フッ、と息を詰めて、焚火の木切れを掴んでオッサンに向けて放った。手ごたえを確かめることなく、跳躍して森に向かい駆け出す――が、足がスコンッと抜けた。

 足払いか!

 と、気づいた時には、一瞬の浮遊感を感じ、地面に顔をしたたかに打ち付ける。

 目の奥がチカチカしたが、これぐらいジョセフで慣れてる!

 俺は冷静に、背に覆いかぶさってくる気配に向けて、右ひじを勢いよく引いた。

 また、手ごたえがない。

 チッ、と苛立ちとともに、後ろ足を思いっきり蹴り上げかけて――背中をオッサンに膝乗りに潰された。


「人の話を聞いていなかったのか?」

「ちょぉっ!? この、放せや! 放せってばこのヘンタイ魔人!」」


 パニクッて手をぶんぶか振り回してやったら、グッと背骨を軋ませるような圧力がかかって軽く悲鳴をあげた。


「……やれやれ、武器も持たずに森へ逃げだしても自殺行為だぞ。魔物に襲われて無駄に命を散らすだけだ」

「うっせッ!?」


 憤激して睨みあげた瞬間――鼻先をかすめるように地面に刃が突き立てられた。

 俺は息を呑んだ。

 オッサンは刃を引き抜くと、また俺をハムのように縄で縛りつけ、襲撃者の撃退に成功したガーゴイルのごとく焚火の定位置に戻った。俺はその手際の良さや冷静さに、一度は収めた憤激がまた蘇ってきた。


「ちょ、オマエマジふざけんなし! こんな可愛い少女を誘拐するだなんて人として許されないっつーか、この、おまっ人の親切心につけこんで、菓子まで喰いやがって、この仕打ちってマジねーから!?

「…………」

「ちょ、無視すんなっつの! ってか、人ん家の酒代に宿泊費に、どんだけ踏み倒しやがって、この、喰い逃げ犯人は、誘拐以上に重罪だぞおまえっ、マジここにマメチ先輩がいたら、必殺、麺棒殺法がさく裂して、キッチンごとフルボッコにされだかんな!?」


 マジわかってるのか! と、俺はがるるるっ、と叫んだ。

 オッサンは手がつけられんと虚空を見上げていたが、不意に首にかけていたペンダントを引きちぎり俺に向けて放った。

 ……え、これって。っと、放られたそれを目で追っていたら、ニイッとオッサンは立てた指を左右に振った。


「大人の言うことを簡単に真に受けてはいけないよ」


 ……なるほどなー。

 貴方の目に俺はさぞかしマヌケに映ってることでしょうね。

 クソッタレ!

 こんな輩に心を許したことがバカらしくなり、焚火に背をむけてふて寝した。




 まだ夜が完全に明けきらぬ前に、オッサンに「出発だ」と、起こされた。それに伴う諸々のお支度をするのは、ただオッサンが独りでやっている。なにせ朝からいままで縛られているせいだ。

 俺は目だけで不満を伝えると、オッサンは森の奥から馬を引き連れてきた。俺は縛った縄を解くと、荷物のように後ろに乗せられて出発となる。

 しかし、馬まで隠し持っていたとはつくづく用意周到なこった。


 馬に揺られてしばらく進むと、すぐに森の出口が見えて街道が姿を現した。だれか通りかかる人はいないか、と道の先も後ろも振り返りはしたが、人っ子一人いない。

 馬は街道を順調に南下していっている。ほんとに、これは誘拐なのかね。もしも、身代金の受け渡しなんてのがあるなら、脅迫対象から距離を取るものではない。

 俺は不吉な予感から背を向けるがように、テラネ山を振り返る。

 それは、村の空の背景のようにいつも張り付いてたテラネ山が振り返るたびに小さくなっていき、いまや天辺の尾根しか見られない。

 村から離れて行ってる。

 なんだか、それを思うと胸がじくじくと痛んだ。



「休憩だ」


 休みは中天の刻限だった。

 ここまで休みも入れずに走りっぱなしだったので、正直助かった。揺れは予想以上に身体に堪えていて、動きがおぼつかない。降りるとき足元がフラついたが、差し出された手をシカとした。いまさら紳士ぶってんじゃねぇよである。


 馬はかなりのスピードで飛ばしていたので、身体中から湯気が立ち上っている。

 オッサンはバケツに近くの川からくんだ水を与えていた。

 ここはなーんもない三叉路で、南、西、北、と石造りの道が続いている。その先はどこも平原が続くばかりで、見るべきものがない。

 俺はおとなしく路傍の石ころに腰掛けてると、西の方角から黒塗りの馬車がやってきた。

 思わず、「助けて―ッ!」と、衣擦れた少女の叫びを上げようかと思ったが、御者台の連中を見ておとなしく座った。

 御者台の上には、ド派手な赤いラバースーツを着たお姉さんと呼ぶにはいささか差しさわりがある女と、どの角度から眺めても人相も性格も最悪そうなイカツイ体躯の親父だった。

 ラバースーツの女は、俺をチラ見してニヤリと賊っぽい笑いを浮かべると、オッサンに気安い口調で、


「おやぁ。口だけの腰抜けだと思ってたけど、ちゃぁんとワタシらの手助けがなくても仕事はやれたのねぇ」

「やると言ったことは完徹する主義なのでな」

「ハッ、助かるねぇ。ワタシらの手をわずらわされなくってさぁ?」


 ……ねちっこい喋りだな。眉間によってるシワだとか、よれたような銀髪も合わせて、なんか田舎のパンクロッカーて感じがする。しかし、あの格好って変態かよ。


「しっかし、こんなちんちくりんが獲物とはねぇ?」

「うぇっ!?」

「ま、田舎娘にしちゃ、なかなか器量がいいじゃないの? 後数年もすればガキっぽさも抜けて、良い客を取れるようになるわな」

「…………」


 俺は無言で睨みあげたが、女は紫の唇をねめりと舐めた「時間が押しているのだろう」と、オッサンは俺らの間に入ると、俺の背を押して御者台へと押し込めた。


「おいおい、姉御の後ろでくつろぐ気かよ?」


 と、御者台の親父は、大王イカのようにでかい目をぎょろりと剥いてあからさまな嫌味を言ったが、オッサンはガン無視して、休んでた馬を馬車にくくると、さっさと車中に乗り込んだ。

 親父はそれにさらに舌打ちを重ねたが、しばらくして鞭のしなる音が馬の尻に当たり、馬車は来た方角と同じ西へと戻っていく。

 まったく素敵な旅の仲間たちとの邂逅に軽く胸やけがした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ