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LV5

「たしかに言いましたね。僕が勝ったら父様直々に稽古をつけていただきますから」

「わかったわかった。男に二言はない」


 呆然とする俺を置き去りに、クライスさんと子勇者――こと、シャナンは戦いの準備と取り決めを勝手に承諾をした。

 ――っておい、ちょっと待ってよ。肝心な人の許可を得てないでしょうっ!


「勇者様!? 俺――じゃなくてっ、わ、わたし剣術なんて習うどころか、剣も握ったことないんですが……」

「安心しなさい、あやつも習い始めたのはつい先日だ」


 いや、そうじゃなくって。なんで俺があの小僧っ子と戦わねばならんのよ!?

 そりゃ俺の溢れんばかりの才能を、明敏な感で察しられるのはわかります。能ある鷹は爪を隠すと言いますが、優れし才覚を持つ者同士はお互いに響きあうもの。たとえ隠そうとしてもその本質は――


「うわッ!?」


 いきなり木剣が足元に転がってきた。

 あっぶねぇ!

 と、身じろいだら、幼い勇者くんが目いっぱいに怒りの色をたたえてた。


「さっさと拾えよ」

「……えぇ!? むりむりむり無理ですって、わたしが戦うだなんて!」

「フレイ。勝負をそう容易く諦めるものではないぞ。ウチのシャナンもなかなかに筋が良いが、まだまだひよっこだからな。なに、いい経験だと思ってぶつかっていけ」


 なっ? って、肩を組まれても、俺、女の子よ!? てか向こうは仮にもひよっこじゃないか!? こっちはまだ卵から孵って間もない才能の塊なんです! それをくちばしで突っつかれて傷物になったら責任を取ってくれんの!?


「まあまあ」

「まあまあじゃないからっ!?」


 俺は涙目でいやいやっ! と、かぶりを振ったががっしり両肩を捕まれて逃げれない。そうしてクライスさんは団員の方へ「お~い」と呼びかけた。


「おう、皆の衆。悪いがその場を借りるぞ。これからシャナンとこの娘とが決闘をするんでな」

「はっ? ……若様と、女の子とが。ですか」


 声かけされた自警団員が目をキョトンとさせた。

 よしっ、いいぞ君! その抱いた疑問は正しい!?

 「そんなバカなことは止めた方がいいっすよ?」って、勇者に進言してくれたまえ!

 うるうるとか弱い女子の目力で頼み込んだ。が、彼はにっこりと笑った。


「それは楽しみですねぇ! いや、シャナン様の熟達ぶりは子供とは思えぬほどですから、一度じっくりと見てみたいと思っていたのです。お~い、皆シャナン様が決闘をなされるそうだぞー!」

「へー、って。なんだ相手は小さい女の子じゃないか……」

「いや、如何に女子が相手とはいえ、勇者様がお認めになられたのだろう? それだったらば、いかに小さな淑女が相手であっても、加減は無用」

「たしかに。シャナン様~、戦場においては男も女もございませんぞ」

「しっかりぃ!! ……で、どっちに賭ける?」

「おいおい、領主様の前だぞ」

「ジョセフ様がおられんのだし堅いことは言いっこなしだ」

「しかし、あの娘っ子じゃ、賭けにならんだろ」

「だな」

「「「がははははっ」」」



 ……ダメだこいつら。収める気がないどころか、娯楽にする気満々だよ。

 わらわらとむさい男たちで壁が出来ているし……もう逃げれない。


 えぇいもう、やりゃいいだろ、やりゃ!?

 俺がやけっぱちで木剣を天空にかざしてみたら、やんやの歓声が揚がった。

 ……こいつら後で覚えておけよ。


「それでは双方、前へ」


 嬉々として審判役をかってでたクライスさんがおごそかに言った。

 シャナンは木剣を縦にスッと構えて礼をして、俺も慌ててそれに倣った。


「勝負は一本勝負だ。武器を落としたら負け、一撃を食らっても負け。降参をしてもよろしいが、双方とも武人らしく戦うことを誓うように」

「はい。この剣の誇りを聖王神に」

「え、あ、はい……」


 俺、武人になった覚えなんてないのになぁ……。

 あ~、まいったわぁ。

 精神年齢は俺のが高いつっても身体がこれだもんな。

 前世の身体との動きのギャップがありすぎて、いまも苦労してるっつうのにチャンバラなんてできるわけないじゃん。

 うぇ~んと泣きだしたら許してくれるかしらん? ……けど、9歳児に泣かされる実質(20代)越えの図は相当に痛い。それこそ俺の心に拭い難い傷ができかねない程である。俺的には、そんな不幸を免れえるためならば、たとえ姑息と罵られようとも勝ち方を選んではいられない。


(……だけど問題は、それができるかって話しだよねぇ)


 ぶるん、ぶるん、っていまも獲物を振るシャナンの風切音が半端ないわ。獲物はただの木剣だけど、当たり所が悪けりゃ痣ができるどころじゃない。


(――ま、けど勝算はないわけじゃない、か)


 さっきまで平静を欠いてはいたが、少し冷静になれば光明が見えてきた。

 より正確に言えば――やつの攻撃手段が、だ。

 おそらく。あの子勇者は試合開始の合図とともに――真正面からの上段切り――を放ってくるだろう。

 なぜ、わかるって?

 自警団がやってる訓練メニューがそうだからだ。

 図らずもクライスさんが言ってたよな「あやつも習い始めたのはつい先日だ」と。それが事実なら、たとえ勇者の血をひいてるにしてもしょせんは子供。バカ正直に習ったことを繰り出してくるに違いあるまい。


 ま、言うなら太刀筋が素直ってやつ?

 くっくっく、剣の扱いに一日の長があろうが、筋が読まれた剣などなまくらと同じよ。

 俺は独り静かにほくそ笑むとシャナンに向き直り、ギリッと木剣の柄を握りしめた。

 向こうは澄ました顔をしてるが、それもいまで終わりよ。勝手におびえさせられた分のお返しはさせてもらいましょうかね?



「それでは二人とも、準備はいいな――では、」


 はじめッ!


 号令を合図にシャナンが飛びかかってきた。よし、目論見どおり――――ぃぃいい!?




「じゃねぇ!?」



 寸で、身をよじったのは正解だった。

 俺の頬を光速の一撃がかすめた。

 ――真正面からの上段切り――だなんて、読みは外れも外れの大外れ。


 やつの初弾は閃光のように鋭い突きだ。

 しかも、しかも……なんだよ、なんなんだよあれ!

 あいつがタンッ、て跳躍した瞬間、その姿が消えた――のだ。

 それは俺の視界から消失するほど、やつが地面スレスレにまで体勢を低くした。

 ――と、一瞬で引き絞った身を弾丸に代え、十メートルほどの距離が零となり、ブンッ――と頬を剣の風圧がかすめていた。


 もしも、あそこに留まっていたら……

 ぶるっと、背筋が凍った。

 やつの剣の軌跡は、俺の右肩があった位置を正確に貫いていた。

 俺が避けれたのは偶然も偶然。突然あいつが消失したのに驚き身を引いたからだ。

 きっと、痣どころじゃなく、右肩ごと後ろの壁にぶっ飛んでいただろう。

 ……なんて怖ろしいマネすんだこのガキッ! 剣道なら反則負けだゾ!?



「よく、あれを避けたな」


 震えながら睨みを向ければ、シャナンは気だるげに身体をよじっていた。

 ……さ、殺気が宿っている。

 俺はまるで飢えた狼のような黒縁の瞳にたじろいだ。な、なんて目をしてんだこの子供。いや、ほ、ほんとに9歳?


「次は外さない……行くぞ」



 ぎゃー!?




 前言撤回。

 いくら太刀筋が素直でも、その一撃が俊敏なら十分に殺れる。少なくとも俺ぐらいは。



「ぜぇ、はぁ、はぁ」


 あれから十分近く、まだ立ってるのも奇跡だろう。

 俺は役にも立たない策を早々に放擲して逃げの一手に転じた。恥さらしと思わば笑え。どのように思われようとも、あの一撃を喰らうよかマシだー!?


「お~い、足がもつれとるぞ!」

「逃げてばっかいないでしっかり打ち込め!」


 うっさいぞ、ギャラリーが! ンなんこと知る、



「――どぅおッ、」



 ヤバ、ヤバヤバヤバ、いまのヤバかった!?

 どうら、この! と、振り下された一閃を転がり逃げ、追撃の構えの相手を木剣で牽制。すると、シャナンも追撃の構えをといて、木剣を中腰にスッスッと音もなく下がる。


 ……俺にできんのこれで精一杯だ。

 もう腕が重たいし、酸欠でお腹痛いし、もう泣きたいし。てか、こちとら一太刀も浴びずに虫の息なのに、追い回してる向こうの息が上がってすらないってどーゆーこと?

 こんな技量差があったら勝負にならないじゃん。やめようよ。苛めは良くないし。世界はラブ&ピースだぜ。どうして俺たちが戦わなきゃいけないんだ! いい加減もう無駄な――あ、そっか降参すりゃいいんだ!


 9歳児に負けるのは業腹だが、いまの俺は幼女である。

 恐怖のあまりに泣き出したって歳相応の反応だし、もはや圧倒的な暴力の前に体面なんて無価値だ。

 いまは女の身体に身をやつした私だが心はだれよりも気高い紳士だ。紳士とは己より優れた相手の美徳を称え、己の未熟さを認めることもできる。私の技量のそれは彼の技量を上回っていることは明白だ。その上で今回はかろうじて私の惜敗だったと認めるにやぶさかではない。


 私たちはお互い死力をつくしてよく戦ったよ、うん。さ、もういい加減、相手の脳髄をぶちまくような、物騒な武器を捨て、互いに握手をかわそうではないか。


「……オマエバカにしてるのか!?」


 ブワッと眼前のシャナンの殺気が強まった。

 え、なに? 俺は和解したいだけなのに、え、なにこの反応……あ、あの、お俺が笑ってるのは、貴方様を嘲る笑みではありませんよ? 友好の微笑みってやつで、ほ、ほら、先に武器捨てますから、ね――


 っと、剣を放り投げようとしたその瞬間、シャナンの姿がその殺気とともに膨らんだ。チッ、チッ、チッ、チッ、と世界はコマ送りに流れ、こちらへと振り上げた剣が降りてくる――

 ダメだ! 間に合わない!?

 反射的に目を閉じると、やってくる恐怖と痛みに身を固めた――





…………

…………………あれ?


 一撃がこない。痛みもないし、まさか死んじゃったのか?

 え、ここまでまさかの寝落ち?


 いや、でもかすかな息遣いを近くに感じる。だれかがそばにいるのか?


 ……あ、そっか。そうだよね!

 頭に血が上りやすすぎだけど仮にも勇者の息子だよ。女の子(俺)に本気で攻撃するわけなく、きっと寸でのとこで止めてくれたんだ!

 閉じた目をパッチリ開けると、ほら、思ったとおり! シャナンの顔が近くにある。

 はぁ、まったく寿命が縮んだよ。



 ンでもなんかギャラリー静かだな。皆、あんぐりと口を開けてるけどどうした? あ~、予想どうり波乱のないつまんない塩試合だったから不満なのか。いいだろべつに、ほら、お望み通り勇者の息子様の勝利ですよ。


「うむ、それまで! 勝者フレイ!」


 勇者が高らかに勝ち名乗りをあげてるし――って、勇者様、息子の名前を間違えてませんかね?


「ッ――早くどけよ」


 シャナンが焦れたように俺の胸を突いてきた。ぎゃっ、セクハラ!

 俺が睨みつけると向こうもギッと強く睨み返して従者の連中の方に歩いていく。ンだよ、感じ悪~。……ン、なんであいつの上に俺がいたんだろう?


「見事であったなフレイ」

「いえ、お見苦しい所をお見せしました」

「謙遜を申すな。シャナンも武芸を習い始めて数月とはいえ、親の贔屓を抜きにしても、あの歳にしてはなかなか見所があるのだ。しかし、それを剣を握るのが初めてのオマエが打ち破るとはな!」


 は?

 いやいや、さっきからなに言ってんだよこの人。


「シャナンの刺突を木剣で払ってから、足払いを放ってあやつを転ばせる――か、ハハハ。見事だ。うん、実におもしろい! 訓練場ではシャナン以上の歳でなければ、習わせるつもりはなかったがな――オマエは特別としよう。明日から、毎日ここに通え。そうすれば私をも越える漢になれる!」


 クライスさんは俺の肩を叩きつつ呵々大笑してる。

 いや、ぜんっぜん、ワケがわかんないんですけど。俺が勝った? まさかシャナンに?

 ……ンなワケないじゃん。勇者様は、どこまで俺をかつごうっての? もう、剣を習わせるとか冗談止めて。


 クライスさんは、そのまま出ていこうとして突然、思い出したように振り返り、

「そういえば。オマエは女だったか。ソレもまあよい」と、更にワッハッハと勝手に笑いを深めて、訓練場を後にしていった。

 ……なんのこっちゃいったい。

 

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