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LV?? とある騎士の幸福の記憶。

 ヘルミーネに誓ったやくそくの数々をいまでも克明に憶えている。


 必ずしあわせにすること。

 いつも優しくあること。

 そしてペンダントを手放さぬこと。


 桜色に頬を染めたヘルミーネに向かい、大切な想いをひとつひとつを掌にくるむようにして誓い合った。それは、私が彼女にささげたはずの誓いなのに、生涯を通じて誠実に守ったのはむしろ彼女であった。

 永遠に喪われたが故に、かえって美しさを増した数々の記憶。

 ヘルミーネの献身に報いることもできない愚かな私は、それに背を向けながらこれからも破り続けていく。


 いったいなにが間違ってしまったのだろう?

 曽祖父の残した栄光か?

 私が、家族に不義理を働いたからか?

 私が、王都に逃げたことか?

 それとも、彼女と出会ったこと、それ事態なのか――――

 やくそくも彼女も永遠に喪われたいまとなっては、なにも意味を持たない。





 魔物の脅威がいまよりも真に迫っていた時代。俗に「レリアナの子供達」の発生期に、曽祖父はこの世に生を受けた。

 曽祖父は平民でありながら、冒険者として名を上げ、その武勇をエアル王国に乞われ、日々を魔物との戦いに明け暮れた。そうして立てた論功の数々は、やがて王に認められて、かたじけなくも王家から男爵の爵位とともにいくばくかの所領を授かった。

 何代遡っても、農民以上の存在であったことなどない一族にとって、それは驚天動地な出来事であったろう。

 曽祖父はその栄光ある記憶を、自らの姿とともに一枚の絵画に留めることにした。

 それは代々の当主が治める屋敷の、一番に目立つ場所に飾られており、いまでもそのいかめしいながらも、その得意げな顔は、輝かしい栄光の時代を残している。

 だが、私はそれこそがすべての間違いであったとしか思えない。



 誉れある騎士の家の三男として私は生まれた。平民からは選ばれし家系と羨まれようものだが、いまの時代においては、貴族というだけで豊かな暮らしを送れやしない。ましてやただの男爵ならばなおさらのこと。

 私の幼少時代は、どの場面を切りとっても冴えないものだ。

 古いだけが取り柄のボロ屋敷に詰め込まれ、世話を預かっていた乳母は耳の遠い老婆で、母や姉はいつも針仕事に腐心していた。

 服は兄からのお下がりで、いつもどこかがほつれていた。来る日も来る日も黒パンに豚のソーセージが献立に並び、魔術の灯が消えると就寝につく。

 そんな毎日が貴族の生活といえようか? 

 しかし、よりによって我が父は、農民と変わらぬ質素な献立を前に、曽祖父の偉業――国王に認められた、オーガとの一騎打ちの場面を声高に語らっていた。

 私も子供時分には胸が熱くなった物語も、日々の夕餉のように変わり映えがなくまたか。という、感慨すら抱けやしない。むしろ、父の気位の高さは滑稽にも思えた。



 現実主義な姉たちはさっさと嫁入り先を決めて村を去った。

 私は一族の範に習い王都で騎士になると決めていた。父はその決定に満足していたようだが、私の裏にある思いを気づかなかったのか、気づいて知らぬふりをしていたのか定かではない。

 私の本音は王都に逃げたかった。一族も領地もなにもかもを置き去りにして。

 この思いを育てたのは、他ならぬ父の語る物語であり、幼心をもっとも捉えたのは騎士としての誉れある戦いではなくて、彩りに満ちた生活だ。


 そんな、空虚な子供の妄想など現実に敗れるのは常だが、私が12歳の時に王都に訪れた時の感動は、いまでも鮮明に輝いている。

 活気立つ街並みを獣人やエルフといった様々な人種が闊歩し、人酔いするという言葉を初めて実感した。そこは毎日が祭のようで、平民ですら着飾った服を見せびらかすように堂々としている。

 ――ウチの村にはなにもないが、王都にはなにもかもがある!

 私の心のなかではすでに田舎を、そして村なんて存在してはいなかった――




 都会に魅了された私は王都学院を無事に卒業すると、そのまま騎士団に入団した。

 ヘルミーネと出会ったのは、私が騎士見習いとして叙任した頃だ。

 彼女のことは、同輩の騎士見習いの友人らが気色ばんで話題にしていた。

 とあるパン屋に、絶世の美女がいて、その鈴を転がしたように笑う仕草や、貴族のように長い亜麻色の髪はまるで伝説の聖女様のよう――と、いま思い返してもあまりにも貧相な語彙だ。

 彼らの懸想の激しさに、私はいささか食傷気味に適当に相槌を打っていた。彼らの言うすべてが本当なら、街中の至る場所に女神が立つ計算となる。

 それはいったいどんな王都だ。バカバカしい。と、内心では思いつつも、私の足はいつもの定食屋に行く道を折れて、そのパン屋に向かってた。なんでもない、私もただの17,8の子供だったのだ。


 若干浮足だちながら通りの角を曲がると、パン屋が目に入った。

 話題の女性は店頭にいるとの話だったが、店番をしてたのは腰の曲がった老婆である。……まさか、これが女神のワケがない。

 くるりと身を返しかけたら「おや、パンを買いに来たんじゃないのかぇ?」と、歯の抜けた口でブキミに笑いかけられた。こうなると逃げることもできず、私は心中で友人たちを罵りつつ、いったいなにをやってるんだか。と、大いに落胆しながら、パンを受け取った。

「また来てね」という婆さんのブキミな色目から逃れ、四つ角を曲がった後に見下ろしたパンは、いやに固い上マズそうだ。

 ……貴重な金を無駄にした。と、落胆しつつ歩きかけて、飛び出してきただれかとぶつかった。


「失礼した――」と、私は言いかけて声を失った。


「こちらこそすみません! あ、あの、パン大丈夫ですか?」

「あ、ああ」


 心配そうにこちらを伺う彼女に、私は赤くなった顔を悟られぬよう、慌ててその場から逃げ出した。

 彼女と出会ったその衝撃をいったいどのように伝え得るか。文才の持たぬ私には、騎士見習いたちと同じ轍を踏むことはしない。だが、簡潔なる事実をもって言えば、私はその日から並み居るライバル共に負けじと、彼女に猛烈なアプローチをかけた。


 その勝負は熾烈を極めたのは言うまでもない。何分、試合のように勝敗ラインが不明瞭。その行方はヘルミーネの心が握っている。ましてや、貴様らはほんとに騎士見習いか! と、嘆きたくなるほどに、それはそれは眼に余った。

 彼女と接触を持とうと、あらゆる男が連日のようにパン屋に通い詰め人目もはばからずに愛の言葉を投げかけ、ある男は読むだけで半日をつぎ込むような長文の手紙を何通も投書し、ある男は何故かパンを口に咥えて彼女に体当たりをして運命を偽装しようとまで目論んでいた。


 そんな姑息な所業は、我々の鉄拳で粉砕して回ったが、うっとおしいアプローチは減るどころか増えるばっかり。

 しかし「卑怯者!」と罵倒を浴びた連中の得られた戦果など、ヘルミーネのささやかな笑いが収穫だ。でも、連中はどうしよう、というワケでもなく、こぞって彼女の関心を引くことだけを肴にして、楽しんでいただけのような気がする。

 それに――これは自慢だが最初から最後まで、念願の彼女の心を射止めたのは私だったのである。



 金もない私が披露宴を開けないのを知って、騎士団の友人たちに川原まで連れだされた。どうせ、腹立ちまぎれに殴る気だろう、と思ってたら、案の定「祝福だっ!」と、称して私をさんざん小突き倒してきた。

 頭を抱えて逃げる私に「こっちこっち!」と、係留された舟にいる彼女は手招きをしていた。祝福の輪から助けてくれたヘルミーネは水を含んだように忍び笑うと、私を引き寄せて小舟に飛び乗った。

 それは満載の花々を詰め込んだ舟であり、それは友人らが準備していたのだ。


「いいご友人ですね」

「とんでもない! 最悪な連中ですよ」


 舟が離岸した後も友人どもは散々に悪態を飛ばしてきたが、その一言ひとことにヘルミーネは感謝のキスを投げた。

 私たちは幸福な時を過ごしていると、急な川の流れに舟が揺れた。その拍子に傍らにあったバゲットの中身がこぼれた。しまった! と思ったが、私よりもいち早くその中身を拾ったヘルミーネが、きょとんとしながらも期待に頬を赤く染めたままにこちらを見上げた。


「……これって」

「ああ、まあ、なんだ。私からの贈り物だ」

「ウチのパン屋で焼いたものが?」

「いや、それはやつらの餞別だよ」

「最悪にマズイ物だけどね」

「非道いな、あのばあさんが一生懸命に作ってるだろうに……ほんとにマズイが」

「ねぇ。贈り物はそれだけなの?」


 いや、違う。

 大枚をはたいた代物がバスケットに忍ばせているのだ……が、すでに、それは猫のように悪い笑顔の彼女の掌中にある。

 ……もっとマシなシチュエーションを考えていたのに。格好がつかないな。

 私は彼女が手の中に遊んでいたペンダントを取り上げると、いささか気忙しく彼女の首へとかけた。ヘルミーネの反応が気にはかかるが、なんとも気恥ずかしくて確かめるのも無理だ。

 そのまま、流れる景色に目を移していると「ありがとう」と、か細い声が聞こえた。私はそれに小さく頷いて、彼女を抱きしめた。

 私は父祖から、自分が選ばれた家系だ。と、教育を受けてきた。

 しかし、そんなことがなんだというんだ?

 そんなことよりも彼女に選ばれたこと。それの方が何倍にも尊いことだ。

 私は舟に揺られながら、彼女が与えてくれた幸福を噛みしめていた。

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