表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/206

LV43

 バーカ、バーカって、久しぶりに小学生レベルの煽りを喰らった気がする。

 逃げ去っていくふたりの気持ちはわからんでもないけど、しかし、バカ過ぎるよなぁ、まったく。と、ひとりでにそうごちりながら、襟足をぽりぽりして露天湯へと向かう。



 昨年の秋に完成した露天湯は村民から歓迎でもって迎えられた。

 入浴をどう習慣づけるにはどうするか、なんてシャナンたちと頭を悩ませてたのがバカらしい程の盛況ぶり。

「せっかく来たのに入れない!」とか、「湯水が汚れてる!」なんて逆に嬉しいくらいのクレームが入ったりしてる。

 それでも問題は問題なので、地区ごとに入浴客を制限したり、番台さんに入浴マナーの周知を徹底していったら、いつの間にやら苦情もトラブルもなくなった。


 村民の毎日の入浴はコスト面で無理なのだが、自警団は日々村のために厳しい訓練を課せられているので、その疲労と汗を流すために、毎日の入浴を許されている。

 おまけとして参加してる俺までその恩恵に与っているのだから、世の中どう作用するのかわからないものだ。


「……しかし、こうもがらーんとしてるのは、どうにかならないもんですかねぇ」


 俺はだれもおらない女湯にて独りごちると、返ってくるのは反響音ばかり。

 最近の朝の日課に、ジョセフにボロ雑巾のごとくにされることに加えて露天湯の入浴が追加された。

 自警団に参加してる女子は俺以外におらず、広い湯船を独り占めなのは、嬉しいけど、正直に寂しい……。

「ボギーも一緒に入ろうよ~」と、誘ってみたけど「朝の忙しい時刻に抜けられるワケないでしょ!」と、叱られちまった。

 ちぇっ。友のために一肌脱ごうという気がないのかね~。と、友人の不義理を嘆きつつ湯船に浸ろうとしたら「にぃいいっ!?」と悲鳴が出た。

 膝、膝! 膝に矢が刺さったみたいに痛ぇっ!

 ……うわっ、擦り傷ってレベルじゃないぐらい、皮膚が痛々しい青紫に変色している。気づかぬうちにジョセフから一撃を貰ってたんか。あ~、クッソ。道理で痛いワケだ。

 しかし、真っ裸で100㍍走者のようにうずくまってのも寒さ的にも絵的にもキツイものがある。風邪をひかぬうちに、痛みがうずかぬようソロ~っと、足を湯に浸す。

 ……くぅーっ、傷が染みて泣ける。

 気づくのがもう少し早ければ、エリーゼ様の魔術で治してもらえたのに。いや、最近はシャナンとの冷戦のせいで、ろくに体の切り傷も確かめんと逃げるように露天湯に来てるからな。

 半べそをかきながら足を抱くようにお湯に浸かっていたら、男湯からゲラゲラと自警団連中の笑い声が響いてきて、なにか無性に腹が立つ。

 まさか、俺のことを嗤ってるのではとは被害妄想も甚だしいが、賑やかなのが恨めしい。



 すっかり気分を害された俺はそそくさと湯船から上がり、身づくろいを終えた。

 首にタオルを巻いて水っけを吸った髪にそっと当てつつ外に出る。

 いやー、いい湯だったけど、外気はまだまだ身震いがする程に冷たい。この調子だと、まだまだ春は遠いかな――っと、親父臭い感慨に浸っていたら、領主館へと続く道からエリーゼ様の姿が見られた。あら、どうされました?


「あ~、よかった。もうお風呂に行ったというから、急いで来たのよ。ハイ、これ。王都から直々に取り寄せた学院の教本よ」

「ホントですか!」

「もちろん。前に主人が取り寄せてたのを思い出してね。ふぅ、書斎中をひっくり返してようやく出てきもたのよ」

「それはご足労をおかけしまして」


 ペコっとお辞儀して、行儀悪いけど立ち読みさせてもらい、その一頁を繰ってみたら、その内容に唖然とした。

 ……コレ教科書にしてはペラすぎない?


「……あの、これホントに貴族様が習っておられるものなので?」

「ね? 簡単だって言ったでしょう。貴女が読んでる本の方が難しいんだから」


 ……ですね。授業についていけなかったら心配で~、と言いわけに拒否ろうと思ったが、こんな小学生レベルでは理由になんねぇな。うーぬ。また一歩望まぬ王都への道が開いちゃった感じがする。


「しかし、これだとなにを習いに行くのかわかりませんね」

「けど、王都でしか学べないことも多いのよ? 例えば貴族法のことについてや、行儀作法に淑女としての嗜みとか。一番に身につくのは上流階級のなかに混じっても、存分に働ける証明みたいなものかしら?」


 要するに箔付けってことですよね? 一流どころで学んだってステータスがないと、この身分社会じゃ出世もおぼつかないんだろうが、俺はべつに貴族社会に取り入ろうとも考えてないし、なんの魅力も感じないんすけどねぇ。


「何事も経験だと思うわよ? そちらに飛び込んだら、貴女に合ってるかもしれないし。でも以外よね。貴女の性格だったらそんな深く悩むこともしないで、軽々と決めちゃうと思ってたのに」

「心配にもなりますよ~。わたしはこの村を一歩も出たことないんですから」

「ふふふ、貴女はどこか達観してるとこがあるから、相談なんかに来ないと思ってたけど、チョット嬉しいものね」


 エリーゼ様はえくぼの辺りに指をちょんっと当てて微笑された。


「あ、それから。貴女が言ってた村の学習塾のことなんだけれど。村の小さい子供を持つご家庭に呼びかけてみたら、なんとオッケーが貰えたわよ!」

「え、ほんとですか!」

「うん!」


 エリーゼ様ははにかんだように頷かれた。

 いやぁ、よかったぁ。

 実は、村の子供の識字率をあげようと、文字の読める村の大人たちを教師として塾を開こうと企画してたのだ。だが、いざ村の大人に話をもちこんでも、趣旨に同意してもらえても、色よい返事とは程遠かったのだ。村では子供も貴重な労働力だから、午後いっぱいの時間を奪われるのはキツイってね。

 エリーゼ様の肝入りで始めたことだから、責任を痛感されて「これは私が頼みに回らなきゃダメかも」って、大いに落ち込まれていた。

 いや、それはマズイっすよ。

 最終兵器エリーゼ様を出されたら、村に教育ママさんが溢れかえって「村を消毒し隊」の悪夢が再来……くっ、なんとしても避けねば!?

 そこで、俺は一計を案じて、集まってくれた子供らに、二食分のパンを配ることを条件に子供を預かることとした。


「やっぱりフレイちゃんのアイディアが大きかったわ。それならば、って頷いてくれる人が多かったみたいだから。そのパン代金の方も大丈夫なのよね?」

「えぇ、元手ならちゃ~んと用意してございますから!」


 さすがに毎日配るのはキツイけれど、一週間に二回ぐらいなら大丈夫ですよん。

 あの祭りの時に売りに出した我が邪竜の木札が、思いのほか好評でしてね。宿屋を訪れてるお客さんにも売りだしたら、ウチの大ヒット商品よ。

 その収益を当てれば、十人やら二十人程度の子供のパン代金には事欠かぬわい。

 ヌァッーハッハッハ!


「フレイちゃん。ありがとう」

「え?」


 心中で高笑いしてたら、エリーゼ様に両手を包まれていた。


「貴女のおかげでうまく運ぶことができたわ。ほんとに感謝してる」

「いや、そんなわたしの力だなんて。元々はエリーゼ様のアイディアですし……」

「うぅん。昔から思ってたことだけど、実現するのは難しいって思ってたから貴女の収益がなければこんなふうに事は運ばないわ。だから、貴女も大丈夫! 自信を持って。貴女だったらどこに行ってもやっていけるわ」






 露天湯から続く川沿いの道から外れ、土手へと降り立った。

 そこはいまとなっては懐かしい、金髪碧眼少女との初対面をはたした場所だ。


「……懐かしいですな、俺」


 ヌッと、水面を覗くと、そこに表れたのは俺だ。

 そこかしこにぶら下げて歩いてはいるけど、鏡すらろくにないのでこうしてマジマジと顔を合わすのは、ずいぶんと久しぶりだ。


「あれから、もう2年かぁ」


 そりゃ懐かしくも感じるはずだよ。

 アレから勇者の息子と戦わされたり、宿屋の開業だったり、村おこしだったり。なんか、色んなことが目白押しだった。すべては俺があの時、記憶を取り戻さなけりゃ起きなかったことだろう。

 フレイ・シーフォとしての意識――

 そして、元の”俺”だった意識――

 その、両方とが結合したのが、いまのフレイ・シーフォだ。と、いまなら難の苦も無く受け入れられる。だけど、村を出るだの出ないだのって、悩みを抱くようになったのも、ふたつの意識が合致したからでもある。


「あの頃の俺のままだったなら、こんな村から抜け出せる機会に恵まれたら、ひょひょいって出発してただろうな……」


 俺だっていつかは世界を旅するつもりでいたけど、それはまだ先の話だと思っていた。こんな形で母さんたちを置いてくのも、開店したばかりの店を棄てるなんてしたくもない。もう故郷を失くすのはうんざりしてるのに……。

 なのに、周囲の反応は俺が学院に通うのが当然のことだって思ってる。

 父さんは、元から譲らないし、母さんは俺がいなくなった後を見越して、カステラのレシピを忠実に再現しようとして、カステラを焼く勉強をしてる。

 俺が皆に見限られてるのではなく、心からその成長を望んでくれてるんだろう。それはとても光栄でもあるし嬉しいことだが……。


「……重たいなぁ、これ」


 村中の人間が熱い手のひら返しされて、接点のなかった村人まで純粋に「ガンバレ~」ってな具合に応援してくれるんだぜ? これ、嬉しいのと同時に重たすぎんよ。だって、村に帰ってきた暁には、俺が村に恩返しできることってあんの?

 村おこしも中途半端で、その上本腰をいれてた宿まで投げ出してく。

 なのに、こんなへっぽこなやつが成長して帰ってきたって「こんなはずでは……」と、ガッカリされるのがオチじゃないの?


 前だったらそれがどうした! て突っぱねりゃよかったけど、村の事情が知ってるのにンな厚顔無恥なことできないよねぇ。俺が話を受けなければ、ボギーが、ボギーがいかなければ他の村の子供が――そうやって、村のだれかの将来を貰ってるのに、それを無に帰すようなマネなどデキるはずない。


「……あ~あ、シャナンも苦しむはずだよな」


 勇者の子として村中の期待を一身に浴びてきた、あいつに共感するのもいまさら過ぎるけど、村人の期待を裏切るって想像するだけで怖ぇよ。

 ――俺がいったい村になにをしてやれんだろうか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ