LV ?? 村の子供たち
フレイちゃんは村中で爪弾きにされていつもひとりぼっちだ。
彼女になんの落ち度もないのに、周りから白い目で見られていた。それで彼女はなにも言わず、これ以上に身を縮められないというように、いつも悲しそうに顔を伏せていて、その様子も見るのもツラかった。
わたしは、声をかけてあげたかったけど「フレイちゃんとは遊んではダメよ」と、いつもママから小言をされていた。
ママが言うには、フレイちゃんの父親のゼリグさんはとても悪い人で、もしも勇者様と「結託」されたら村人全員が苦しい目に合って不幸になるのだ。
そんな怖いことはわたしも嫌だから、ママの言いつけに従ってフレイちゃんに話しかけられても無視していた。
――でも、いつからかフレイちゃんは突然人が変わった。
いつも申しわけなさそうに、肩を縮めてたのが堂々と歩くようになり、バカ男子に悪戯されても傷ついた様子もなく「フッ」と、不敵に嗤って無視をしたり。それに心なしか目つきも悪くなった。
いったい、この変わりようはなに?
と、わたしたち子供の間では、少しく噂になったけれども、彼女と接点もないので答えはわからない。噂だとフレイちゃんは勇者様からとくべつな計らいを受けて、領主館へと入ることを許可されたので、得意になってるんだろうって結論付けられてる。
「勇者様はいったいどういうお考えなのかしら? 噂だとあんな小さな娘に自警団の訓練をさせているんでしょ」
「らしいな。ジョセフ様が言うには気まぐれらしいけれども」
「気まぐれ? でしょうね。まさかあの娘に剣の才能があるとも思えないし……」
ママとパパは噂が事実なのかもわからないみたい。
噂はたぶんホントだと思う。
わたしは早起きした時、フレイちゃんは気怠そうな顔をしてジョセフ様の後ろをついていっていた。その先には領主館しかないし、たぶん自警団員の朝の訓練に参加しているんだと思う。
前も、領主館の帰りに嬉しそうにスキップしてパンを抱えていたのを何度も見かけた。
けれども、彼女は小石にでもつまづいたのか「ぬがぁ!?」って、かわいくない悲鳴をあげて「三秒! いや、十秒ルールでセーフ!?」とか、言って落としてしまったパンについた埃を払っていた。
……凄く意地汚くもなっちゃったんだね。
フレイちゃんは領主様から信頼されていて、村の重要な仕事を任される程にもなった。こうなると、周囲の大人たちは、突然に跳ね上がったフレイちゃんを邪険にもできなくて、少しずつにだけど悪口は減っていった。
村の子供たちは「いいなぁ。フレイちゃんは」って云われるようになった。
男の子は「自警団に入れるなんてかっこいい」だし。
女の子は「シャナン様と対等の立場で話されるなんて羨ましい」だ。
なのになんで、無視し続けなきゃいけないの?
こんなのおかしい。
「ねぇママ。まだフレイちゃんと遊んじゃダメなの?」
「え?」
「だって、ゼリグさんは悪い仕事から宿屋にかわったんだし、フレイちゃんだって勇者様も認められる程、悪い娘じゃないってわかったんでしょ。なら無視する必要はないでしょう?」
「……そうね」
わたしがママに縋り付いて頼んだら、ママは頭を悩ませるように黙った。
わたしは彼女と仲良くしたかった。
ママの許しも出て、わたしは友達と一緒にフレイちゃんに謝りに行った。
それは勇気がいって、心臓がどきどきしたけれど、いざ勇気を振り絞って頭を下げると、ソロ~っと振り仰いだフレイちゃんの表情は満面の笑顔で「じゃあ仲直り!」って笑いあって皆と握手してくれた。
……よかったぁ。
わたしたちが非道い無視したことを水に流してくれて。全然気にしてなかったなんて、彼女は強い娘なんだろう。
でも、男の子には最後まで手厳しくて「オスよ去れ!」と、ガルルって犬みたいに睨んでいたけど。でも、あれだけ虐められたらしょうがないかもしれないね。
わたしたちはソリ遊びやままごとをしたり、フレイちゃんがトーマス様と一緒に作った。という、一角兎の魔除けの雪像を、何頭も作ったりして遊んだ。でも、村の子供たちが一番に喜ぶのはもちろん、勇者様たちの日常のお話しだ。
「ねぇ、シャナン様や勇者様の話をしてー?」
「いいでしょー?」
って、集まった皆は勇者様たちの話題をフレイちゃんに聞きたがった。
そんな失礼なことを……と、隣でヤキモキしながら内心では、いいぞもっと聞いて! と、期待満々。せがまれることに弱いのかフレイちゃんも困ってたけど「少しだけなら」って話してくれる。
やった! ボギーちゃんは口が堅いけど、フレイちゃんは少し頼めばポロッと口を割ってくれるのよね。
フレイちゃんが提供してくれる話は決まっておもしろくて新鮮だ。
完璧に見える勇者様も、仕事をちょくちょくサボってトーマス様と狩りに出て、ジョセフ様から叱られてばかり。とか。たおやかなエリーゼ様が、実は身分違い恋愛小説を狂愛してる。とか。村の噂好きのおばさんたちも知れないような話題が満載で、女の子たちは皆興味津々。
でも、ちょっと考えると、エリーゼ様が偏愛してる小説ってまるでどこかのふたり……
って、わたしたちは皆ツッコミたかったけど、フレイちゃんは気づいてるのか気づいてないのかよくわからないので黙った。
だって、わたしたちからは完璧に見えるシャナン様へのダメ出しが凄いのよ。
「まったくもう、あの人ってばわたしがパンを五個喰ったら、対抗して六個も食べるんですよ? そうなったら、わたしとしては、七個目を喰わないワケにはいかないじゃないですか? もう子供っぽいでしょ」
やれやれ、と言いたげな仕草をして言うのだ。
「皆の憧れのシャナン様」なのに、フレイちゃんの目には欠点ばかりが目立つのね。
……でも、だれにも秘密だけど、わたしもこっそりシャナン様に憧れている。
だって、まだわたしと代わらない年齢なのに、周囲の大人に混じっても物怖じしないで普通にお喋りしてるステキじゃないの。それに、前に一瞬だけ目が合ったけど、その凛々しい顔つきに、胸がドキッとした。
フレイちゃんがシャナン様を貶すのはちょっと……いや、大いに気に入らないっていうシャナン様贔屓の子たちの思いだ。
でも、フレイちゃんの女子力の低さには勇気づけられる気がする。
これならまだ勝機がある、って思えるだけね。
……あ~あ、フレイちゃんってば勉強もできて村で一番かわいいのに、なんだかもったいないなぁ。
村はフレイちゃんが企画したお祭りを迎えた。
いつものお祭りは退屈なものばかりだけど、フレイちゃんが企画したお祭りは勇者様に感謝するための日だ。
それというのもあって、ママやパパも前日からウキウキで「あなたもせっかくのお役目なんだからガンバルのよ!」って、わたしに発破をかけてくる。……もう、人の気も知らないで! 話を貰ってからどきどきで胸が張り裂けそうなのに。
いや実は、お祭りの時、勇者様とエリーゼ様が馬車で村をパレードをされるのだけど、やってきたおふたりに、花飾りをかける役目がどうしてかわたしに周ってきたのだ。
「え、わたしがそんな大役をやるの?」
「もちろん」
「……でも、企画したのはフレイちゃんでしょ? ならフレイちゃんがやれば……」
「いいんですって。当日はどーせこっちは他の仕事で手いっぱいになるんだから。それに、わたしは村で一番に領主様たちとの接点が強いでしょ? この祭りのコンセプトは、村人全員で勇者様たちに感謝するってものですから。接点の少ない貴女がやるのが一番なんですよ」
と、にっこり笑って「それにわたしじゃ背丈が足りませんからね」と、おちゃらけた風に金色の頭をポンポンっと叩いた
「それよりも、あの木札の枚数はちゃんと揃ってますよね」
「うん。でも、ほんとに売るの?」
「当り前じゃない。あんだけ苦労して集めたんだから売らない手はないでしょ?」
「……それはそうだけど」
わたしは邪竜の顔の焼き印をいれた木札を、はいっと手渡した。
それは持ってるだけで罰が当たりそうで怖かったけれど、フレイちゃんはクックック、っと、邪竜のように悪い笑顔をした。
「よし、問題ないですね。邪竜に大きく×印がついてるし、邪竜信仰なんてあらぬ誤解を受けないでしょう? これなら祭りの記念品としても、あるいは魔除けの札としても人気が出るに違いない!」
ヌァーハッハッハッハー、ってフレイちゃんが高笑いをした。
……もしかして魔王って貴女?
わたしは緊張したけど無事に大役を務め終えた。
パレードといっても、天幕もない馬車にやってきた領主様たちを笑顔と拍手。それから音楽で出迎えるっていう簡素な代物だ。けれど、その非日常的な空気は楽しくて、村の皆がはしゃいでいた。
なによりも憧れていたシャナン様の近くにいられて、わたしは天にも昇る気持ちがした。
シャナン様もいつもよりやわらかな笑顔で、ときおりだれかを捜すように辺りに目を向けていたけど、それにわたしは気づかぬふりをした。
「おい、トビー」
「なにアントン?」
「……べつになんでもないけどよぉ。なんかおもしろいことねぇか?」
「さぁ」
「チェッ」
アントンは不機嫌な塊を吐くみたいに、フンっと鼻息を荒くした。道の小石を蹴り上げ、両肩をすぼめるようにして道をドカドカ歩いて行く。ぼくもそれに慌ててついていく。
今日のアントンはいつもよりやさぐれている。
きっと道を遮っていた子供たちがフレイの髪色のように金色のかすてら、っていうお菓子を持って愉快そうに走っていった。それにぼくが「かすてらの匂いだ」なんて言ったからだろう。
子供たちはぼくらを遠巻きにして、貰ったかすてらを仲良く分けていた。あれはフレイがタダで配ってるらしい。アントンは「強欲な悪魔の配るエサ」といってるけど、正直にぼくも食べてみたい。まだ、ぼくらは一度もあれを食べたことがないのだ。
「ンだよ?」
「うぅんべつに」
ぼくはアントンの顔を盗み見た……前のアントンならアレを奪い取って食べるかもしらないけど、その心配はない。フレイが作ってるのだから意地でも口にするもんか。
「あれ、フレイが作ってるかすてらだよね」
「違げぇよ。アレを作ってンのはフレイの親父だろうが」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
アントンは不機嫌に「どいつもこいつもフレイ、フレイって」と悪態をついた。
あれだけの人数を誇っていたアントン軍団も、森でアントンがフレイに逃げ帰ったのを切欠に、ひとりまたひとりと減って、いまではぼくしかいない。皆フレイを虐めてたのに、いまじゃフレイが一番人気だ。
「トビー。オマエも行けばいいだろ」
「ぼくはいいよ」
アントンはぶっきらぼうに言うけど、つぶらな瞳が不安に揺れてた。
友達から「アントンなんか放っておけ」って誘われてるけど、ぼくはいかない。それに、いまさら何事もなかったみたいに仲良くしてやれるもんか。ってアントンの気持ちもわかるのだ。
ぼくらは以前には話さないようなことも話しあった。
川で水切り遊びをやっても、ぼくは小石を跳ねらせるのが二回がせいぜいだけど、アントンは四回もできた。
勇者ごっこでいつも強引に勇者役をぶん盗ってたアントンは、勇者の仲間でもなんでもないジョセフ様が一番に好きだ。
ある日、高熱を出したアントンのため、ジョセフ様は危険な森へと薬草を取りに出かけてくれて、まだ血の臭いを漂わせた手で、額を撫でて「これで大丈夫だ。心配ないぞ」と、微笑みかけてくれたのが忘れられないって。
「勇者様はウチの村の大黒柱だけど、ジョセフ様はそれを支える縁の下の力持ちなんだ。どっちも甲斐がつけがたいぐらい重要なんだよ」なんて大工の子供でもないくせに嘯いて言う。
アントンは「シケた村」って罵倒ばっかりしてるけど、この村のことが好きだ。
きっと、フレイを虐めた理由も「村の悪いやつ」だからやってたんだと思う。
ただ、それでぼくらがやったことは、弁護もできないことなんだけど。
「……あいつのせいだ。あいつのせいでウチの母ちゃんまでヘンになった」
アントンのおばちゃんは、エリーゼ様から直々に「村を消毒し隊」の隊長に任命されて、いまじゃアントンの服装はいつも清潔。だらしなくしてた前髪までふわっふわ。しかも、体臭を消すとかいう苦い草まで食べさせられているそうだ。
「クソっ、もう苦い草なんて喰うのはこりごりだ。おれは臭い消しの草を喰う豚かよ!」
って、毒づいた台詞に、ぼくは吹き出してしまって、頭をぶん殴られた。
アントンはいつも怒る時、前髪をクシャクシャにするんだけど、おばちゃんに知られたら怖いんで、慌てて前髪を整えている。
……たしかに任命されてからのおばちゃんは「キレー、キレーにしましょうね~」って、怖いけどね……。
「あいつの天下も終わりだ。おれらがもう12歳だぜ。これなら自警団に参加できる!」
「だけど、フレイに追いつけるのかな?」
「あいつでもこなせるぐらいの訓練なんて大したことねぇや」
ぼくが弱気に言うと、へっ、とアントンは不敵に嗤った。
敵情視察だ。といって、ぼくらは早朝の訓練場へと向かった。
村の男子は自警団の訓練を見たくて集まって、ジョセフ様の雷が飛来するのにワーッと逃げている。でも、早朝の時間なら、まだ警戒も厳しくもない。
ぼくらは雪に覆われた小高い丘の上に這いつくばって、訓練場の様子をコッソリ覗く。
そこには、自警団の面々とぼくの父さん。それにシャナン様と、ジョセフ様。そして、フレイがいた。
初めは木剣を振う訓練だけで見てて退屈だった。
しばらくして、場の空気が緩み初めて、今日はもう解散なのかなぁ。と、思っていたら、フレイとシャナン様、それにジョセフ様だけが木剣を構えていた。
……まさか、と、思っていたら、ふたりはサッと右、左とジョセフ様を囲むように展開してふたり同時にジョセフ様へと飛びかかる。
――が、
「あぁ!」
と、声をあげた口を咄嗟に抑えた。
……フレイが、フレイがジョセフ様にぶっ飛ばされて壁にぶつかった。
シャナン様も、同じように壁に激突していたが、軽く身じろいしてすでに立ち上がった。でも、フレイは寸とも動かない。
隣のアントンは紫色の唇がわなわなと震わせてザッと雪を掴んだ。
ぼくは――無事でいて、と、強く願った。
しばらくして、フレイは木剣に寄り掛かるように、よろよろ、と立ち上がった「よかったぁ」とホッ、とふたり同時に息を吐いた。
だが、立膝をついてたフレイは咳き込むと雪に覆われた地面が鮮血に染まった。
血だ。
ぼくらは正真正銘に凍り付いた。
フレイは苦しそうに何度も吐血してたのに、落ち着いたと同時に軽く口元を拭ってまた立ち向かっていく。
「なんでだよ」
と、アントンは口を震わせてうめいた。
かれこれ、一時間近くぼくらは露天湯へと続く小路に座っていた。
指がかじかんで痛いけれど、きっとアントンを誘っても、彼は梃子でも動かないだろう。
しばらく手に息を吹きかけていたらフレイが来た。
怪我は魔術で治ってるのか元気そうだ。
彼女はぼくらを見かけると、かわいい顔をムッ、とへの字にした。アントンもホッと、息をついたのを忘れたように負け時と、ムッとさせた。
「よう」
「よう、でございます」
「……なんだよそれは」
「べつに意味はございませんですな」
では失礼。とばかりに、フレイはぼくらを横切っていこうとする。それに「ちょっと、待てよ」と、アントンが止めた。
「なんでオマエがあんなことやってんだよ」
「は?」
「だから、オマエがなんで訓練なんかやってんだっつの。女がやる必要なんかねぇだろうが!」
アントンは自分に苛立ってるように叫んだけれど、フレイはポリポリと頭をかいていた。
「さぁね。まぁ、ほとんど成り行きとその場の勢いでやってることだし……」
「はっ、なんだそりゃ! ……ンな半端な気持ちならやるなよ! オマエが英雄の真似事なんて嗤えねえわ!」
「べつに切欠がそうだってだけですよ。こんな小さな村でも、暮してる人たちがいるんだから微力であったって、力になりたいじゃないですか……てか、急になによ。わたしのこと心配してんですか?」
「ち、違うわバカ! バーカ! オマエの微力はミジンコ並だってんだよ。そんなの借りなくたって、ちゃんと村は守ってやるんだよ。ここはおれの村だからな。だから、オマエなんか何処へでも行っちまえ!」
アントンはバッと、振り返った。その顔にぼくは驚いた。あのアントンが一角兎のように目を赤くしてたのだ。なんでだ? 仲間に捨てられても悲しい素振りもなく、強がって洟を鳴らしてたのに。
ぼくはアントンの陰に隠れて見えなかったフレイに、ハッと息を呑んだ。
その顔は、いつも見慣れてた泣き顔でも不機嫌な顔でもなく、だれもが見惚れるような素敵な笑顔だった。
ぼくは、その微笑みに眼も心も釘付けにされて、彼女にすべて奪われそうになったけど、慌てて目を逸らした。これはアントンのための笑顔なんだ。勝手にぼくが手を付けたり、盗んでいいものでもない。
フレイは「もういいよ」って、なにもかもを笑って水に流してくれたのだ。
あぁ、って、逃げ出すアントンの背中を追いかけて息を吐いた。
ぼくらはフレイに負けっぱなしだ!
けど、胸が弾むような、飛び跳ねるような心地のまま、逃げ出すアントンの後ろを置いてかれぬように走っていった。




