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LV41

「ふ~ん。やっぱフレイの方に話がいったんだ。でも、当然よね。あたしよりも貴女の方が勉強がデキて頭は良いんだし。けど王都の治安は村ほど良くないっていうから、気を付けるのよ? ……って、何で頭を抱えてるワケ?

「……いえ、あの怒らないん、ですか?」


 俺はスライムつむりの如く頭を抱えたままおずおずと顔を上げてみたが、ボギーは感情的になる気配もなく、いつものようにツンっと澄ました表情……いやいや、この冷静さっぷりは完全に予想外ですよ。


「なんであたしが怒るのよ」

「なんでって、それは……」


 俺の口からはゴニョゴニョ……。

 と、口ごもってたら、ボギーは「あのねぇ」と、ハーブ茶のカップを置きつつ、


「領主様との付き合いはフレイよりもあたしの方が長いってこと忘れてない? 今回の話のことぐらい容易に想像つくわよ」

「でもでも~、正直もっと荒れるかと思って~、慰めるためにせっかく焼いたカステラをパクパク喰べちゃったりしたから~。実際拍子抜け~」

「……イラつくから止めなさいよその喋り」


 え、女子トークっぽくしたのダメ?

 だって、だって。打ち明けるのには悩んだんだよ。ず~っと俺に突っかかってた理由もわからんわけじゃないし。なのに、随分とサバサバしちゃってるから、逆に拍子抜けしたのよ。てっきり、泣くか怒るかのどっちかだと思ったのに……。

 俺がシャナンのお供として王都の学院に入学するかもしらない、ってことが、なんかもう、村中ではシャナンの入学話は元より、俺がお供として付き添うのもすでに噂になってんだよね。

 ボギーとは色々と悶着があったが、いまでは親友といってもいい間柄だし、その件を噂で耳にするよりか、仁義を通して打ち明けた方がショックが少ないと思ったのに。


「おあいにく様。こんな小さな村にシャナン様みたいな方を、いつまでも束縛してられるワケないでしょ? 今回の話だって「あー、ついに来たんだ」ってそういう感じ?」


 ボギーは軽く肩をすくめて、切り分けたカステラに喰らいついた。

 ふーん。覚悟はしてたってことね。


「それよりも貴女の方はどうなのよ。シャナン様がどうこう、っていうよりそっちの方がタイヘンなんじゃない?」

「よくぞ聞いてくださいましたとも!」


 まったく、昨日から最悪だよ。

 一昨日に説明を受けたばっかだっつのに、クライスさんってば俺が気のない返事に、先手を打つように直々にウチの店までやってきてさぁ。俺の頭越しに父さんたちを抑えにかかってきてんだよ。

 お受験みたいなことには疎そうなのに、学院のことについてはこと細かに調べてたらしくって、その丁寧のご説明にウチの両親はすっかり骨抜き。

 勝手に了承すんなっつのって喰ってかかっても「子供は下がってなさい」なんて”あの”父さんにまで怒鳴られちゃってさ。


「わたしがなんと言っても「ぜったいに行きなさい!」の一点張りですよ? ……なんかこちらの意志は関係ないのかっての」

「まあねぇ。でもウチみたいな田舎だったら、村の子供から大人までみーんな王都に行くことを夢見てるのよ。そこに行ければ将来が無限に広がるー! ってね。それも領主様から直々に請われるってなったら、断るなんて無理無理!」

「……そりゃ、ねぇ」


 いまの俺の立場は、村の人間ならだれもが羨むってことぐらいわかるけどさ。

 ……なんだか、あんまり乗り気にはならないよね。

 俺だっていつの日にか村を飛び出し、世界を見聞して回りたいとは思っている。

 ハーレム建造はもとより、この世界にしか存在しない食材があるはずだし、それを用いてこの世界にだけの菓子を生み出す!

 と、まあそんなささやかな野望を秘めてはいますけど、今回の話と重なる部分はないよ。渡りに船って乗ったら、その行き先は身分制度でコチコチな監獄みたいな貴族学院でしょ。しかも、その船長殿は頭が固いシャナンで、俺がそのお供。って、それあり得なくない?あんな頭の固いやつの下で三年って。あり得なくない?


「……まあ、フレイだと行儀作法を一から叩き込まれるでしょうけど」


 どういう意味かね?

 紳士としての教育を受けた覚えはないが、こうして十二分に体得してるじゃないの。


「べつに非礼だなんて言わないわよ? だけど時々、その図々しい態度とか不敵に笑ってるとか、ムッツリ黙りこむとか。そういうヘンテコなとこを抜けば、貴女って普通なのにね。普通と異常との落差が激しすぎるの」

「本人の目の前でシミジミと悪口を言うの止めて」


 私のナイーブで小さなハートが傷ついたらどうするの?


「でも、その言い分だとフレイは乗り気じゃないんだ。王都の学院に入学するってことがどうして不満なワケ?」

「……決まってるでしょ。村おこしにしろウチの宿屋にしろ、ようやく軌道に乗り出したのに途中で抜けるなんて。ぜーんぶ中途半端に投げ出せってんですか?」

「それ違うと思うけど」

「違うってなにが」

「中途半端っていうより、フレイがそれだけ期待されてるからでしょ。領主様だって村がいまのまんまでいいとは思ってもないし。でもフレイをこの村にずっと縛りつけていたら、村で一生を終えることになるでしょ? それでいいの?」

「えぇ!?」


 そ、そんな。重たい選択なのか……でも、たしかに村の人間からすりゃそっか。王都の学院で学びを得れば、王都で官吏として務めることだってできるものね。そうなれば村よりも豊かで安定した生活が待ってる。


「……あ~、わたし的には村の生活が合ってる気がするけどなぁ」

「じゃあ、こっちで結婚するんだ」

「なんで唐突に結婚話が持ち上がるのよ!?」


 男と結婚て。おいおい、私は希代の紳士ですぞ! それがなんだって凡庸な村のオスと結婚なんてせにゃならんのよ!


「だって、村の女の一生はそういうものでしょ?」

「……うわぁ」


 たしかに。なんていう暗黒の未来だ。記憶を取り戻した時の、最悪の結末との分岐点がここにあったなんて。てか、その最悪のお相手がアントンだったしたら……うわっ、軽く死ねる!?


「ぼ、ボギーたん! 一緒に駆け落ちしよう、ね。ねぇ!?」

「……なんで女同士で駆け落ちしなきゃいけないのよ」


 だってぇ、俺様が男と一緒になんて駆け落ちするワケがないじゃないの!

 そんな恥さらしなマネをするならば、偉大なる魔術師ボギー様の後ろで、一生を荷物持ちで終わった方がマシだよぉ!


「どっちにしても、村とフレイの両方をお考えになられてるんだと思う。フレイが村のために働くのもいいけど、王都で学んできてからでも遅くないでしょ? あたしが王都で少し学んだって、逆立ちしたってフレイみたいになれないし……。

 王都がどんなとこか不安かもしれないけど、シャナン様もご一緒なんだから、ヘンな心配なんでしないで、飛び込んじゃえば? 例え少しの間、村から離れたとしても、シャナン様は帰って来られるんだから、村おこしが延期となってもちゃんとやれるわよ」


 ――でも、シャナンが村に戻ってくることがあるのかね。

 って、俺は反射的に思ってはみたが、大人しく口をつぐんだ。そんな残酷なことボギーに言えないよ。

 村はアイツにとっては親の檻でしかなく、発展しようのない朽ちてゆくだけの村。そう、あいつが村を嫌ってるなんて思いもしないだろうからな。


「大体、シャナン様と仲互いしてたって損するだけじゃない。おじい様から受ける傷もさらに増えるだけなんだし」

「……まあね。こっちはかなり死活問題ですから」


 ジョセフとの決闘かぁ。アレも一年は続けてるけど、一回も勝てなかったな。

 二対一でも無理なのに、いまとなっちゃ連携も取れないで、バラバラに各個撃破されてるし。こんなことになる前には、後一歩ってとこまでいってたけど。


「……ま、いまとなっちゃどーでもイーですよ。わたしらが仲良く王都に行ってしまえば、ジョセフ様との不毛な死闘だって意味がなくなるわけだし」

「もう。ふて腐れないでよ」


 俺が茶をズルズルと啜ってると、ボギーは二切れめのカステラに取りかかった。少しは遠慮しろよ。


「ボギーさん。貴女は我が家にお菓子を貪りに来たのですか? 違うでしょう。悩み深き友人を勇気づけるため。お料理の腕をその友人から学ぶために来たのではございませんか」

「そうだったけ」


 そうですよ。ってか、前段部分は確実にスルーしてるな。まったく。

 俺は前々からボギーにせがまれて、彼女に料理の手ほどきをしている。ボギーはなにかしら、料理についての黒歴史があるらしくて、その払拭のために俺の手まで借りたいらしいのだ。

 その詳細については知らないんだが「……聞かないで」と、沈痛な面持ちで言われたのであえて聞かな~い。人の古傷をあてこする時は一番に効果的な時を選ばないとね!


 まあ、その見返りとしてだけど、ボギーが魔術で作った氷を頂いている。この氷を木箱につめると、あらふしぎ! 簡易の冷蔵庫代わりとして使えるのだ!

 まだ寒いいまの季節にはお世話になってはいないが、夏にはさんざん重宝したのでそのご恩返しはしないとね。


「かれこれ半年は習ってますし。もうそろそろ料理の手際ぐらいは身についちゃってもいいはずなんですがね……」

「それはあたしよりも教師の方に問題があるんじゃない?」

「非道~い!」


 教師の質よりも、生徒の質が悪ければいつまでたっても才能は花開かぬものよ?

 魔術におけるエリーゼ様と俺との関係がその生き見本である。

 ボギーはお淑やかっぽい見た目のくせに、中身は真逆の直情型だものな。その生まれついた性格がゆえに、メイドのくせして細かい作業は苦手なのよね~。以外な事実でもなんでもないが。



「――騒々しいなこの宿は。客が落ち着いて酒も飲めないのか」

「あ、す、すみません騒がしくして」


 ……あ、ヤッバイ。話し込んでて忘れてたが、カウンター席にお客さんがいたんじゃん。

俺はすぐに立ち上がって軽く頭を下げたが、その客さんは気分を害したのかこちらを一瞥することもなく、横をすりぬけて二階へと上がっていった。


「……なにあれ感じ悪。こっちまで酒の匂いが漂ってきてるし。昼間からお酒を呑むなんてまっとうな神経じゃないわね」

「しーっ、声が大きいですって……アレでもウチのお客様なんですから」


 身なりはくたびれたオッサンだけれど、かれこれ一週間は滞在されてんだよ。入れ替わりの激しい宿にしちゃ、随分な馴染み客なんだからね。


「へぇ。なんか男やもめが行き過ぎてる感じね。あの外套って、ろくに手入れもしてないから、もう革がくちゃってるじゃない。きっとアレね。深酒ばっかして、奥さんに逃げられたのよ」

「外套からそこまで推理を働かせますか」

「こんななにもない村に長く滞在するってなったら、そういう理由があるとしか思えないでしょー」

「さぁ。案外ウチの村が気に入ったってだけじゃないですか」

「……この村が?」


 うん、自分で言うてそれはないな~、と思った。

 いくら気に入ったとしても、三日も逗留すれば普通に見る物もないしな。あ~あ、もう一年がかりで編纂してきた、勇者資料ももう間もなく完成するとこだったのに。

 そしたら、勇者資料館を開館を皮切りにして、竜の血を落とした泉や、真実の口という、村の名誉遺産を建築。それさえあれば、我がクォーター村こそは世界1位イィイィィ! と、強弁を張れたのにな。……返す返すも無念だ。


「なんかふしぎというか、おかしいわよ。領主館でもあの人のこと見たこともないわよ。あの汚い身なりからしたら、べつに商人でもないし。いったいなんのために村に来たのかしら……」

「村に訪れる目的が、すべて領主様ってワケじゃありませんよ。単に気まぐれで辿りついただけかもしれないし。そもそも、話したこともないオッサンの胸中なんて、考える価値すらないですよ」

「……そうだけど。一応気をつけなさいよ」

「へーきへーき。わたしはこれでも鍛えてますからね!」


 ボギーは眉を寄せて、まだオッサンの身元を思案してたようだけど、俺がムキッと腕の力瘤を作ったら「そうね」と頷いた。


「人の心配よりも、まずは自分のやれることをしっかりやっておかなきゃね。後悔するようなことしたくないし。よし、シャナン様のために料理を上手くなるぞー!」

「……そうなればいいっすけどね」


 気合いをいれて腕まくりをしたボギーに、俺はボソッとささやいてみたが、当然のようにその言葉は届いてもいなかった。

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