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LV40

 村おこし活動は2年目を迎えた。

 今年の暮れには、俺も満年で12歳となり、こちらの世界での成人まで残す所も後3年。この厳しい世を独力で生き抜くのだ! と、少女は大志を抱いたけど、栄えある冒険への旅に漕ぎ出すための魔術が身につかない。

 ちゃ~んと毎日、地道に魔術の修練を重ねてんのに、一向に魔力が伸びてくれないの。いったいどうして? って、原因は主にわかっているからもうそんな残酷なことは二度と私に言わせないで。お願い。


 ……柄にもなく弱気になっちまったのも、俺の思い描いた未来予想図と違いすぎるからよ。今頃エリーゼ様から魔術の秘奥を極め、キャワイイ女子たちとウハウハな冒険を楽しんでたはずなのに。

 俺も地道系な転生主のように、魔物狩りをして経験値を貯めようとしても、大魔王ジョセフに行く手を阻まれるのだ。このジレンマを如何せん!

 って、まず倒すしかないのだけれども、あの人って


 ハァ。これも、実力のせいか。

 そうだよねぇ。俺に優れた才覚ってのがあれば、村おこしだって頓挫なんかしやしないのだ。




「――このように、人間には難しい魔術の制御でありますが、術者の肉体に掛かる負担を軽減する方法がないワケではありません。生まれ持った体質にもよりけりですけれど。この手法をワタシが知ったのは、とある旅のエルフから教えていただいたのですが――」


 と、エリーゼ様は滔々と語っていた話を中途で区切り、俺たちをチラッと振り返る。


「……ねえ、貴方たちホントに集中して聞いてくれてる?」

「無論です」

「もちろん」


 バリバリ真剣っすから。先に授業を進めましょうよ。


「そう? ワタシの気のせいだったらいいんだけど」

「…………」

「…………」




 授業が終わると同時に俺は席を立った。エリーゼ様が気遣わしげな顔をされていたが、それを無視して領主館を出た。

 家へと続く道を歩いていくと、ボギーが走り寄ってきて、すると憮然とした声で、


「さっきのあの態度はないんじゃないの?」

「…………」

「おじい様もブキミがってたわよ。いつも訓練中はグータラしてるフレイがマジメに稽古してるって。貴女いつもシャナン様にちょっかいをかけてるのに――って、ねえ、聞いてるの? フレイ、フレーイ、フレーイってば」

「……だから、そこで伸ばさないでくださいってば」


 こちらに学ラン着て鳴り物で応援する文化ないっしょ。


「わたしはべつに普通にしてるだけですよ。なにも他意はございません」

「ウソばっか。シャナン様のことわざと無視してるでしょ? あんな失礼な態度はないわ。授業中もエリーゼ様、困っていらっしゃたじゃない」

「さぁてね」


 と、素知らぬ振りをしたら、ボギーはもうっ、と苛立ったように腕を組んだ。


「貴女が不満に思うのは理解できるけど、でもシャナン様に当たるのは止めて。いまは大事な時期だっていうのはわかるでしょ? 村にシャナン様がおられるのも、後一か月もないんだから」

「…………」




 俺がシャナンが村を出ることを知らされたのは、クライスさんの執務室だ。


「……新作の菓子、ですか?」

「そうだ」


 と、クライスさんは執務室の椅子に座りがてら、鷹揚に頷いてみせた。


「ひと月先のことだが、王都に出向く用事があってな。その際女王陛下に拝顔する機会を賜ることになった。だが、手ぶらで行くのも体面が悪かろう? そこで、なにか手土産を……と、思ったのだが、知っての通りこの片田舎には陛下の興味を惹かれるものはなにもないのでな、そこで考えてみたのがオマエの菓子を手土産にしようとな」

「ま、」


 マジっすか、それ!?

 えぇ! 俺の菓子が女王陛下直々に食べられる、って、普通に大事じゃないの!?


「も、もちろん引き受けさせていただきます! えっと、あの、それでどのような菓子を御所望で!? パイ生地を使ったものから、季節の果物を用いたものまで、色々と作れますけど。あ、こっちから持参するとなれば、日持ちのする焼き菓子がメインになりますでしょうか?」

「ほう。菓子とはそのように種類が豊富なのか」

「そりゃもう! わたしのレパートリーは無限大に――いえ、父さんの引き出しはもう、お腹についたポケットの如くに豊富です」

「なら、悪いが出立する前に、一度で試食品を作ってくれ。念のため、我々も食してみたいからな」

「ハイ! お任せください」


 いや、これって光栄っていう以上に、村にとっちゃめちゃくちゃチャンスじゃない!?ここでもし、女王陛下の目にも留まれば、王家御用達なんかになっちゃったりしたら、正に勇者と女王陛下の愛したお菓子――となれば、これが、売れないハズがないよ。

 やべー、こんな村おこしのチャンスってないじゃない!?


「――あ、でも、思ったんですけど、ホントに新作菓子を献上品としますか。それよりも、カステラを持って行った方が、むしろ村の評判を考えますに、そちらの方がよろしいのではないでしょうか?」

「それは私も考えたよ。かすてらならば、陛下への献上品として、なんら恥ずかしくない代物だろう。しかし、我々もが食している物を、贈り物とするのは如何か? とジョセフが言うにな」


 と、クライスさんも肩をすくめる風にして、隣のジョセフが左様で。と頷いた。

 ぬぅ。ジョセフの反対か。

 べつにカステラの格調がそれほど低いわけじゃないだろうに……でも、しょうがないか。庶民が食べる粗品だ。と誤解されて受け取られても面倒だし。ジョセフの慎重さもわからないわけじゃない。

 なんにしても、カステラに負けないだけのとくべつな菓子を作らないとなぁ。

 タダ美味いってだけじゃなく、見目麗しい菓子、か。

 ……うーぬ、なにがいいだろう?


「無理をきかすようですまんな。無論、我々もかすてらの評判が高いのは重々承知しているのだぞ? なにせウチに訪れる客人からも、私が話をさし向ける前より、かすてらを話題にあげてるしな。……まあ、かすてらを食べて気力がみなぎる。だの、惜しいことをされましたな。とか。なにか、妙なことばかり話題にはなるんだが」

「うふふっ、埒もない噂ですね」


 いったいだれが流したか知りませんが、ウチのカステラは邪竜退治にもご利益がおありなんだそうです。だれだろー、ふしぎだな~。


「しかし、王都に用事がおありだと、しばらくの間は領から離れられるのですね。王都にはいったいどういったご用件なので?」


 なんの気もなしにそう訊ねると、クライスさんたちは、ン? と、眉をひそめた。

 あ、差しさわりがあるんなら、無理には聞きませんけど。


「いや、オマエの方ですでに知っているかと思ったのだが。シャナンからなにも聞いてないのか?」

「シャナン様からはなにも」

「そうか」


 クライスさんはこめかみを抑えたままに沈黙したかと思うと、おもむろに


「シャナンのやつがな。春から王立学院に入学する運びとなっている」

「入学?」


 王立学院に、ってこと? はぁ。それはおめでとうございます――って、え?


「……あの、ですがこの村から王都に通われるのは、距離的に無理、ですよ、ね?」

「そうなるな。シャナンは、卒業するまでの間、王都で暮らすことになる」

「じゃあ、村おこしはどうなるんですか!?」

「当然、中止だ」

「はぁ!?」


 中止もなにも村おこしはまだ道半ばでしょう!

 なのに急にそんな!?


「村おこしの活動を開始してから、まだ一年しか経ってませんよ! しかも成果がやっと上がり始めたのに、もうお役ごめんだなんて!」

「フレイ! 領主様の御前だぞ!」


 思わずつんのめったら、横からジョセフの叱責が飛んできた。クライスさんはそれを手で宥めると小さく嘆息した。


「そうか、本当に知らなかったのだな。既にシャナンから聞いていたかと思ったが、まああやつも口下手であるし、やる気をみせてるオマエには言いづらかろうな――事の説明が後になってすまぬ、とは思う。オマエの言う通りに村おこしは活動も道半ばだ。

 しかし、シャナンがいなくなり、これからの活動によって仕事が増えていくとなれば、ジョセフへの負担がまたかなり重くなる。他の仕事も同じくらいに責任を背負っているに、そのすべてに責任を持つのが難しいだろう」

「それは……だからって、こんな急に――」


 あぁ、そっか。クライスさんたちにしてみりゃ、急な話しじゃないのか。

 考えてみりゃ、子供の俺らに、そんな自由な裁量を与えるなんてこと、あるはずがない。予め一年って時期を区切っていたから、好きにやらせてくれていたのか。

 なんだよ、そりゃ。


「オマエには急なことで済まぬと思っている。しかし、シャナンを王都の学院に入学をするのは揺るがないのだ。これは、全貴族の義務だ。正当な理由もなしに怠れば、継承権を剥奪されるのだよ。

 ……私も正直な気持ちをいえば、あやつを送り出すのは不安しかない。しかし。嫌だからといって、投げ出せはしない」

「……わかりました。元々、そのことはわたしが口を挟むことではございません」

「いや、話しはそれだけじゃないのだ。実は、その王都の学院に、オマエも通ってみないかどうか、意思を聞きたくてな」

「…………」


 眩暈がした。

 いま、なんつったの、この勇者……


「その、わたしが、どうして貴族が通う学院なんかに入学なんて話が……てか、そこはお貴族様の専用の学院なんでしょう?」

「あぁたしかにな。普通なら平民が通うことは叶わぬが、裏ワザがあってな。学院に通う貴族の”お付き人”としてならば、そこに通うことが許されている」

「だとしても、いったい何故わたしにそんな話が……その、普通なら従者の方がいかれるのでは」


 暗にボギーを推薦してみたが、クライスさんは渋い顔でこめかみに手を当てた。


「ボギーは確かに一番の候補だった。しかし、学院は貴族社会の風土にまみれているそうでな。身分社会の凝り固まった場所にボギーのような純粋なものを放り込むのは、な」


 ……シャナンへの心酔っぷりが行き過ぎてるから、さらに貴族主義が染みついたとこに放り込んで、妙な心得違いを起こして欲しくないってことですか。……まあ、言い分はわかるにしても、それで俺に回ってくるってどうなの?


「オマエがそれだけ優秀だと買っているのだよ」

「……そんな、わたし如きが」

「いや、急な話ではあろうがちゃんと考えてもみてくれ」


 戸惑っていたら、クライスさんが身を乗り出すようにして訊いてきた。


「無論、こんな大事なことはいまに判断をしろ、とは言わぬよ。シャナンと違ってなんの義務もない。だが、王都にでしか得られぬ知識や経験があるだろう。それはより広い世界を知るチャンスだ。そのことをよく考えて結論を出してくれ」



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