LV39
それから一年の歳月が流れ、クォーター村の変化は緩やかなものだけれども、たしかな変化を遂げている。
一番に身近な点で言えばウチの宿。開業したての閑散とした空気がウソみたいに訪れるお客さんに溢れ、寒村としては珍しいほどの賑わいだ。
なかでも、俺のお手製のカステラは近隣でも話題の銘菓となり、近頃は貴族さん用のお土産として買い求める商人さんが多くなり、ひっきりなしにオーブンで焼いている。
以前は、いつ店を畳むことになるか……と、びくついてた父さんも、いまではすっかり宿の親父が板についてきた。
村おこし委員の活動も多岐にわたるが、主に銭湯の建設や開墾事業を優先させてきた。
だが、次に計画した”村の美化活動”は村民の協力がなしには語れない運動だ。
村人ひとりひとりの生活習慣の改善を図らねば意味がなく、それ故にことは慎重に運ぶ必要がある。
だって、村民はなにも自分たちの身の周りの環境が不衛生だ。と、思ってはいないのだ。そんな感想を抱くのは、あくまで異世界から来た俺の視点から見てのこと。
考えてもみて欲しいが、親戚に重度のヘビースモーカーがいて「身体に悪いからタバコは止めよ」と忠告したところで、そんな善意の押し売りには苦笑いで返されるだけだろう。ましてや身内でもないお上からの命令となれば、なおさら反発は強かろう。
清潔な社会に住んでた俺の目線で、ノルマを設定したってこんなんやってられっか、と匙を投げられては元も子もない。
(……邪竜の一件の失敗もあるし、なるべくこっちの世界の人たちに無理なく受け入れられるような活動にしないと……問題はそのさじ加減なんだよなぁ)
苦心惨憺を重ねた結果、村民たちに丸投げすることにした。
まるで無責任だけど、後々を考えればこれが適切だと思う。仮に俺がノルマが設定したとしても、そのノルマが厳しすぎてはだれもついてこないもの。
それならばあえて丸投げして「皆で決めたことだから~」と集団合意に基づいた答えならば、多少の煩わしいことであってもやってくれるはずだ。
そういった方針をシャナンに伝えると、さっそく領主館に村の奥様方に集まっていただく機会をもうけていただき、活動の趣旨を説明して協力を仰いだのだが……。
「エリーゼ様からそのようなお言葉を頂けるなんて!」
「必ずやこの地から病という病を根絶致しましょう! 皆さんもいいですねっ!」
「ハイっ!」
……なんなのこの集い。聴衆である貫禄たっぷりなおば――否、お姉さま方が両目からボロボロと落涙させてむせび泣いている。輪の中心にいるエリーゼ様も眉尻に光る物を流しつつ、ひしっとお姉さま方を抱きしめてた。
「……いいんですかね、これで」
「……やる気がある分には構わないだろう」
心配になって、シャナンに耳打ちしたら向こうも力なくボソッと言った。
……俺はただエリーゼ様から活動の趣旨をご説明していただくお願いしただけなのに。まるで勇者教の開闢記念の日みたいだ。
「領民に対しての説明会など前代未聞だ」と、呆れてたジョセフが正しかったね。うん。勇者の名においてなにかをするってのは威力が高すぎて逆に危険すぐる。
そんな経緯で新たに「クォーター村を消毒し隊」なる、おば――否、お姉さま方を中心とした組織が結成された。
その活動内容は、村からありとあらゆる不衛生なものを駆逐すること。その活動は、多にわたって、ゴミ拾いから、手洗いうがいの率先的教育。あるいはフケを肩に降り積もらせたオッサンの駆除までも請け負っている。
「笑顔で消毒」なるワッペンを肩に付けた彼女らは、村を闊歩して「不潔な子はいねぇが~」と、練り歩き、小汚いオッサンどもは恐れをなして、彼女らが去るのを待っているとか。
……我ながら怖ろしい組織を生み出してしまった気がしてならない。てか、なんだかんだで、自警団につぐ実力組織となった感がある。
村民恐るべし!
そんな危険な事態が進行してるとも知らず、俺は手が空いたことで以前から温めてきたアイデアに傾注していった。
それはお祭りだ。
こちらの世界の祭事は、儀式色が強くてハッキリ退屈なのが多いのだが、俺が企画するのだから当然、呑んではしゃいで大騒ぎするって代物だ。
そういう騒ぎをするにも、色々とお題目が必要だが、それは無問題。だって、この村は勇者の住む村なんだよ? そのお題目なんて邪竜討伐の日に決まってるじゃないの!
俺はうきうきと、ジョセフにその旨を相談に行けば、ジョセフも初めはおっ、と目を開かせたけど、すぐに顔を曇らせた。
「お祭りをやるなら、その日以外はないだろうな。村民からもなんどか陳情されたこともある……だが、肝心のクライス様に反対をされてはな」
「えぇ!? ど、どうしてです?」
「だれかが私の為したことで喜ぶのは嬉しいが、自分のことを人に祝ってもらうのは面映ゆい――とな。勇者といえども、いや、勇者だからこそ、やっかみや要らぬ揚げ足取りをされるものだからな。周囲の風当たりに気を遣われておられるのだろう。
……まぁ。オマエにしてはいいアイディアだが、その日をお祭りに当てるのは無理であろうな。別の適当な日に企画するしかないだろう」
えぇ~!? でも邪竜が討伐された日って、エアル王国の祝日でもあんでしょ?
勇者がための祝日だってのに、主役がはしゃげないなんて不憫だ。
他の日に当てるたって、これ以上の日はないと思うし……
あ。
「あ、あの、これは確認なんですが、その邪竜が討伐された日は、王国の祝日に当たるわけですよね? それでしたら、王国の臣民である村人も、休日なはずですよね」
「無論だ」
「……あくまで例えばですけど、その祝日に村民たちが勝手にお祭りを楽しんでいるなか”偶然”領主様が顔を出されることがあるかもしれませんね。村民はきたる平和を祝っているだけですし、領主様は村の視察に余念がないでしょう?」
「……たしか邪竜が倒れたのは、秋ごろであったな。その頃合いは、領主様も村の穀倉の見回りに余念はないだろうな」
「それではそういう運びでお願いします」
御代官様も悪よの~、的にクスクス笑ったら、ジョセフはホームラン級の笑顔になって頭をくしゃくしゃにしてきた。痛てて、ヤメレっての!
シークレットなお祭りを立ち上げるべく、俺は村の人間に話を持って行くことになった。
常なら顔の広いジョセフが持ってった方が、通り易いんだろうが、領主様に付きっきりで補佐しているので、そんな時間が取れないらしい。
「村人との調整はオマエに任せた」と、預かってしまったがなんか不安だね。俺ん家の評判の悪さからいって、来んなオマエ。と、小突かれるかもしらないし。
そんな不安に慄きつつも、手始めにウチの宿に集まっていた酔客に話を持って行ったら、皆キラキラした目をして、お互いの肩を小突きだした。
「なんていいアイデアじゃねぇか! なぁおい!」
「あぁ、いつかはご恩返しをする日をって、思いながらもなんもできなかったからな!」
「おうとも。領主様にはいつもお世話になってんだ。ぜってぇ俺一人でもやるぜ!」
「抜け駆けすんなこら!」
村人たちも、がぜん乗り気になってくれたか。いや助かるよ!
酔いに忘れられても困るんで「ご協力をいただけると、信じてよろしいですね?」と、念押しをしたら「あたぼうよ!」とジョッキを掲げて叫ぶと、父さんに向かって「いや、ゼリグの娘っこにしちゃいいこと考えるじゃないか!」と、肩を乱暴に組んだりされたが、からまれて幾分嬉しそう。
そんな、やる気に満ちたお祭りなのだから、準備段階からしてあれやこれやと大騒ぎだ。しかし、表面上はいつもの村の様子と違わないのは「領主様をびっくりさせよう!」と、村民のだれもが示し合わせた結果、お祭りがトップシークレット扱いとなったのだ。
村人同士がひょんなことで顔を見合わせると、その企みにほくそ笑んでいたりして、なんだか村中が浮足立った空気になっている。
領主様が視察に来た時なんて「バレるとマズイ!」っと、一斉に口をつぐんで下を向いてたりして「……私は村民に嫌われてしまったのだろうか」と、クライスさんが顔を曇らせていたっぽいけど、いやいやむしろ逆っすから安心してくださいよ。
張り切った村人たちのおかげで、お祭りの規模は当初、想定していたことよりも遥かに大規模となった。
その分、ジョセフと村人とを繋ぐメッセンジャー役の俺は村と領主館とを行ったり来たりでタイヘンだったけれどもね。
幸い実務の方は請け負うことはなかったんで、まだ処理しきれたけど、伝え聞く所によればそっちの調整はえらくタイヘンだったようだ。「領主様のために!」を旗印にして、また調子に乗った村人が多いらしく、色々と飾り付けを用意してるっぽい。
ウチの宿の門前なんて、張り切った母さんがピタをくり抜いたジャック・オ・ランタンで飾ったりと、華々しいのか禍々しいのかわからぬ仕儀になったんだけどね。
しかし、明らかにやり過ぎてた連中は「クォーター村を消毒し隊」のおば――否、お姉さま方が手綱を握ってたんで、騒ぎはすぐに鎮静化したようである。やはり、これぐらいの懲罰部隊は村にも必要かもしらん。
そんなこんなで、無事に祭りの開催当日となった。が、村の市場に顔を出した俺と父さんは度肝を抜かれた。
「い、いったいどこからこんな人の群れが!?」
いつも閑古鳥の鳴いてた村の市場が、人、人、人と人の波に溢れている。
……い、いくらなんでも人が多すぎだろ!? ってか、こんな人がどこから来たんだ!
なぜか満足げに目を細めてるジョセフを発見すると、わたわたと人の波をかきわけて近寄った。
「じょ、ジョセフさん! こ、これは何事ですか!」
「おおっフレイか。いや、こんなにも集まったとはな。さすがは勇者様が高名の高さよ」
「そうじゃなくて! こんなに大量の人がどこから来たんです!」
一人だけ得心してないで説明をいますぐにっ!
「彼らか? 連中は近隣に住む村人に決まっておろう。祝祭について色々と周知していたと、前に言ったではないか」
「呼びかけされてたのは知ってますけど、それにしたってこの人数は……」
パッと見、ウチの村の人口数を越えてるよね。いくらなんでも、こんなの想定外だ! せいぜい、村の人間が楽しむってことしか考えてなかったから、そこらの出店の品も絶対数が足りなくなるよ!?
ってか、彼らんとこの領主は、領民がいきなり消えて肝を冷やしてるんじゃねぇの?
すわ反乱か、って。
「ふ、フレイ~」と、袖を引っ張られて振り返れば、祭りの実行委員のヘーガーさんが、途方にくれた顔をしていた。
「ど、どうすんだよ、これは。えぇ!? と、とてもじゃねぇが市場に出した屋台だけでさばききれる人数じゃねぇぞ!」
「えぇい! やるしかないでしょうがっ!? とりあえず席の拡張をしてください!」
「わ、わかった!」
早く店を開けないと暴動になるぞ!
ヘーガーさんをせっついて、周囲の家々からあるだけの椅子を持ってきてもらい、足らない部分は切り出した丸太で対応した。
ウチも宿出張所として、鉄板を設えた簡素な店を出して、宿は休みにしてたけど、宿の方にも人を誘導しなきゃマズイ……えぇっと、後は食材を調達しなきゃいかんし、カステラを焼いてこないと!
集まった人たちの視線に押されつつ、あくせくと準備を終えて、いざ開店と同時にワッと人が殺到をした。
どの出店も目が回る忙しさだったが、なかでもウチの店はなまじっかカステラが有名になったせいか、ずらっと行列が並び、物凄い数のカステラへの注文がまいこんだ。
数日前から、作り置きしていたのがものの数分で消えて、俺は慌ただしく宿と出店とを行ったりきたりで、オーブンをフル稼働させた。
目も回る忙しさは、日の沈むとともに翳りをみせた。近隣からやってきたらしい親子連れは、弾けんばかりの笑顔でクォーター村を後にして、自分の家路へとつく。
彼らの警護を仰せつかったらしい自警団の面々が、労苦もいとわずに誇らし気にして村の外へと向かっていった。
これで宴は終わりか……と、思いきやそうもいかない。後夜祭の主役は俺たちだ! とばかりに、来訪者たちに面食らってたウチの村民が、華々しい成功に終わった領主様のパレードを肴に、「酒だ、酒!」とウチの店に駆けこんできたのだ。
……俺、過労死するかもしらん。
ひくひくと引きつる頬を笑顔で隠しながら、ジョッキを運んでいると、目端にトーマスさんが喧騒から離れていった。それに、ふっと思うことがあった。
「父さん。ここ頼みますね」と、エプロンを押し付けた。「え、ちょっ、ひとりじゃとても――」と、背後から悲鳴が挙がった気がしたが、気のせいだと断じた。
宿に走っていくと、トーマスさんは宿前の暗がりに佇んでいた。
「トーマス様!」
「あれ、忙しいのにこんなとこで暇つぶし?」
「ちょっと休憩です……トーマス様こそ、こんな寂しいところで」
「なんつーのか、ちょっと人疲れしちゃってさ」
トーマスさんはおどけた風に笑うと、ン~っと大きく背を伸ばしてみせた。
「フレイちゃんが色々と暗躍してたのは知ってたけど、まさかこんだけの騒ぎになるなんてね。やっぱ、キミは凄いよ」
「いや、これはわたしの尽力じゃなくて、村人の力のおかげですよ」
「村人の力っていうなら、キミもそのうちに入るじゃない。何事も切欠を生み出す人は凄いことだよ。始めの一歩を踏み切るには思いっきりの勇気が必要だしね」
いえいえ、そんな褒め過ぎっすよ。
「それよりパレードはうまくいきました? わたしは仕事でなんにも見られなくって」
「大成功! ははっ、シャナンのやつのお仕着せの服で登場してさー、また愛想もないしかめっ面なんだけど、なんか凄ぇ嬉しそうのなんのってね」
トーマスさんはその憧憬を思い返すように笑うと、洟の下を乱暴にこすってみた。
ワァッ、と村の方から歓声があがった。村の中央付近は、キャンプファイヤーが焚かれたのか煌々とした明かりが灯り、そこから笛の音や太鼓のリズムとが混じりあってうねりのような歓声が伝わってくる。
「俺は正直、この村のことはあんまし好きになれなかったのよね」
「え?」
「なんつーのか、むしろ不満だったのかな。俺らは英雄つっても、クライスの後ろをホイホイ付き添ってただけ。それで感謝される立場になったけど、俺って元からの貴族でしょ。さんざんに、宮廷の連中の悪口を言っても、俺もその美味い汁を啜って生きて育った身だし。だからソンケーされても、いまいち素直に受け取れなくって窮屈でさ。そんななかで、フレイちゃんだけだよ。俺を普通にこき下ろしてくれたの」
「……わたしそんな非礼でした?」
「うん――って、まあまあ冗談だから、ンな怖がらなくていいって。ってか、むしろ嬉しかったっていうか、その対等であろうとしてくれてんのが心地よくてね……キミに村おこしをさせようとしたってのも、元は勝手な贖罪意識みたいなのに囚われてたからさ。上だの下だのって壁を作ってたのはむしろ俺の方。ンでも、そんなことほんとは関係ないんだろうね……なんか、あのクライスたちのパレードを見ても、ちゃんと貴族と村民たちとの絆ってのが生まれてんだから」
「トーマス様。そんなマジメなことを仰られるのはキャラに合いませんよ」
「……最後ぐらいお兄さんに格好よく去らせてくれてもよくない?」
うん。俺もスルーしようかなぁ。って考えたけど、こき下ろされるのが嬉しいっていうから。
「……いや、嬉しいって俺が変態みたいな言い方止めて。またそういう資料を書いて載せる気はないよね」
「大丈夫ですよ。ちゃんとわかってて言ってるだけです……でも、やっぱり行っちゃうんですか?」
「まあね」
そっか。なんか満足げな顔してたから、予感がしたんだよね。
「あぁ、やっぱりフレイちゃんと別れるのは寂しいよな。なんかひみつに持って帰っちゃダメ?」
「……さっきの感動的な台詞はどこへ仕舞ったのですか」
ってか、お土産なら代わりの物がございますよ。餞別としてササっ、どうぞよしなに。と、色ボケているトーマスさんに、竜の意趣が施された木箱を差し出した。
「餞別って……これ。ずいぶん軽いけど。中身入ってなくね?」
「嫌ですねぇ。これから焼くんですよ。それより、どーですこの木箱のデザイン! 凄いカッコイイでしょ? 高級感を生み出すために、贈呈用のカステラはこういう意趣を施そうかと、ヘーガーさんに作ってもらったやつなんですよ」
邪竜が翼を拡げた形の焼き印が刻まれてて、カッコイイでしょ。邪竜を売り出そうかと思ってた時、その商品の一つとして考案したやつよ。
まあ、叱られて結局、お蔵入りになったけど、せっかくいいデザインなのにそのままでは忍びないんで、カステラに高級感を出すために函から見栄えをよくしてみたのだ。
「ほんとはクライス様の家紋をつけようか、って思ったけど、さすがにソレは叱られますから。ね、このデザインもべつに邪竜と結び付けなければ、ハイカラな意匠に見えますでしょ? こちらのおひとつをトーマス様に。そしてもうひとつは国でBIGな人に贈呈してください。そして、この村のことやカステラについて喧伝してくださるよう、さり気な~く伝えるのです」
「……ソレ、前に言ってた村の営業をしろってことね」
勇者よ。それが貴方の旅の使命です。と、手を組んで恭しく宣託を告げると、トーマスさんは渋々といった感じで受け取った。
「くれぐれもお願いしますよ!」
「熱心な営業部長様には逆らえませんよ……ハァ。BIGな人か~。だれがいいかな」
それはトーマスさんにお任せします。俺って人脈どころか、この世界の有名人ってのも知らないからね。
「あの、それからトーマス様が村への贖罪だとかなんだって、気に病まないでください。いただいた切欠は大切に生かしていきますから。安心してください」
「ありがとう」
ニカッとトーマスさんはいつものように笑った。俺はそれに頷くと、最高のカステラを作るべく袖をめくってみせた。




