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LV38

 やがて季節はめぐり春を迎えた。

 あちこちに居残った冬名残の雪も、日蔭や山の尾根に見られる程度。春らしい若葉が辺り一帯の草原に広がり、暖かな空気に包まれている。


 村に続く道も無事開通にいたり、村を訪れる人の姿もちらほらと見受けられる。おかげでウチのお宿は大助かりよ。ここしばらくは、トーマスさん以外泊まり客はいなかったからな。父さんなんて「雪を消えよ! ウチが消える前にっ!!」と、毎日を天を見上げたり、はたまた勇者からの贈り物の宝剣にまで祈りを捧げていた。まあ、その信心の甲斐があったか定かでないが。


 しかし、春になって喜ぶのは人間だけでなく、魔物も同じだ。

 北の森を閉ざしていた雪が解け、穴倉にこもっていた魔物たちが、食料を求めて森へと繰り出すのだ。

 春の喜びに浮足立った魔物が、うっかり村へと入らぬように。と、この時期は毎年クライスさんの肝入りで、大規模な春の魔物狩りが行われる。


「勇者様ーっ!」

「どうかお気をつけてくださいねーっ!」


 領主館前にはわざわざ多くの村民が駆けつけて、勇者に向けて歓声を上げている。

 近場の森へ入るだけだってのに、出陣式みたいな騒ぎだな。

 けど、村人の興奮っぷりもよくわかるよね。白銀色の鎧姿のクライスさんや、お淑やかな笑みのエリーゼ様は、まるで物語の世界から抜け出てきたようだし、なんかそのお二人も雰囲気にあてられてんのか、いつも以上にラブラブだ。

 急に村民からやんやの歓声が挙がったんだが、ボギー共々ジョセフに目隠しをされた。俺は十分に大人ですぞ!


「あれ。フレイちゃんは俺にキスをしてくれないのかい?」

「うふふっ、トーマス様ったらご冗談がお上手デスネー」


 ……頬をこっちに差し出すなっちゅうに。さっきまで潤んだ目をした村娘たちに囲まれてたでしょう。


「マジメにやってくださいよ。怪我したら事なんですから!」

「大丈夫、大丈夫。この辺の魔物はクライスが叙任した時、あらかた片づけちまったし。後は見逃しても害のない雑魚しかいないからさ」

「そうですか……じゃあ、こっそり我々を連れていくなんてことできません?」


 俺はこっそり不満顔をさらしてるシャナンを指さした。が、向こうは小鼻をスンっとならしてソッポを向いた。

 この魔物狩りは、シャナンが計画した開墾事業のいわば始まりだ。これから時期をみて何度となく森へと狩りに出るのだが、その計画に関わりつつひとりだけついてけないのが猛烈に不満らしい。


「おいおい、お兄さんの前でそういう不正はいけないなぁ。ジョセフから一本取るのが、参加の条件なんっしょ。ちゃんと勝ってからにしなさい」

「ですよね~」

「おら、少年もぶーたれてないで、ちゃんと良い子で留守番してろよ。いつもよか男手が減るんだから、村の留守を守るのも、跡取りの大事な仕事だぞ~?

「……わかってますよ」


 盛大なお見送りを背に、トーマスさんやクライスさん、それにジョセフや自警団の面々は次々と森へと出発していった。

 その一群に加われないことが悔しいのか、シャナンは唇を噛みしめてその様子を見送っていた。

 まだ不満なのかね? べつに事業が始まったといっても、農民たちと協力しての、森での作業はまだまだ先だ。

 現段階での魔物狩りは、露払いに過ぎないんだし、まだまだ森に入る機会は無数にある。その間に俺たちが努力して、ジョセフから一本取ればいいんだ。


「そんなに慌てなくとも開墾はまだまだ先のことでしょう。シャナン様もきっと森に入れる機会が訪れますって」

「フレイの言う通りですよ、シャナン様。開墾事業は半年掛かりの大事業です。きっと、シャナン様の御力が必要にされる時が来るはずです! その時に向けていまはあたしたちのやるべきことを致しましょう」

「……そう、だな」


 ボギーが手を強く握って頷いた。

 それには、シャナンは少しく驚いたようで「どうした?」と、ばかりに目顔で俺に問うてきくる。ツンツンしてたボギーがらしくなく俺の名を呼び捨てにしたり、意見に同調したりってのは、ふしぎに思うのも無理はないけどね。

 まあ、俺もよくわからないんだが、つい最近になって和解する機会があったのよ。



「ごめんなさい! あたし、貴女に突っかかってばかりでずっと感じ悪かったでしょう?いままでのことは本当に反省しています……ごめんなさい!」


 なーんていきなり頭を下げられたのだ。

 えっ!?

 どういう心変わり!

 と、突然の急展開に「……えーっと」言葉を濁してたじたじと後ずさった。

 だって怪しすぎるだろ。突然、まき割り場に来てください。なんて呼び出されてみたら、いきなりブンッと栗色の頭が潔いくらい、勢いよく下げられるって。

 俺のなかじゃ完璧に「ローウェル家に対してのさんざんな無礼な振る舞い! これ以上看過デキません! 二度と館の敷居をまたぐな!!」なんて罵られて、最悪頭をかち割られるかと思ってたのに。場所が場所なだけにね。


 ……まさかこれは俺を陥れるための策謀で、油断させるための偽の謝罪では?

 なんて、疑っていたけど、おずおずと上げたボギーの目が少し涙にぬれていたのを見てそんな考えがスコーンとどっかにすっ飛んだ。


「ちょ、い、いいですってわたし如きに謝罪だなんて! ほ、ほらね。怒ってませんから、涙をふいて、ね、ね」

「……でも、嫌な気持ちになったでしょ。あたしが非礼な態度ばかりでいて」


 いやいや、そんなことないよ! かわいい子に邪険にされるなんてそれも一種の役得、――げふんげふん!? いや、とにかく気にしてませんから。


「ていうか、それでしたら、デキればボギーさんとも普通に仲良くできたら良いな~。って思ってましたから。あの、良ければですが友達になってくれません?」

「ボギー」

「え?」

「ボギーでいいよ。呼び名。……友達ならあたしもフレイって呼びたいし」



 恥ずかし気に握手して、和解へと至ったのだ。

 えへへ、と二人して笑いあうのはちょっと恥ずい気分だが、まあ悪くないね。

 シャナンのやつは、妙に怪訝な顔をしてるけど、自分の忠実なるメイドが俺と仲良くすることには、とくにわだかまりはないみたいで「なるほど」と、だけ呟いて納得したみたい。

 実際にボギーの心境にどのような変化があったのか、俺もよく知らないが、ま、理由はともあれ、仲良きことは美しきことかな。




 いつになく元気なボギーに押され、俺たちは村の貯水池にやって来た。

 銭湯の建設地には色々と意見が続出したが、ボギーの発案によるところの”貯水池”案にわりとすんなり決まった。

 貯水池は各村落から通いやすい位置にあり、村民が利用するには便利だろうし、ちょっと森を開けば雄大な山脈を見渡せられて、景勝もいいとなれば文句がない。


「さすがボギーだな。目の付け処がいいよ」


 と、シャナンはこぞって賛辞を送っていたし、本決まりとなったのには文句もない。

 ……でも、それは私が浴びるはずの称賛ではないかねぇ? と、内心ではルサンチマンを貯めたが、ボギーはメイド服をもじもじ握って赤面してるのは眼福であるし許そうぞ。


 そんなふうに決まった銭湯――改め、露天湯だがいまだ着工には至っておらない。

 大工のヘーガーさんの予定が立て込んでるし、建築資材の確保もままならないので、完成は早くても秋ごろを予定している。

 その期限を少しでも縮めようと、俺らは魔術に頼ることにした。


「……大地の精霊よ、祝福の風の息吹を受けていまこそ体現せよ。アースクラフト!」


 俺がバッと腕を振るった地面の先から、モゾモゾと土塊が集積して、やがてその一塊が煉瓦となった。

 フッ、決まったな……。


「……って、なんなんですか、その冷たい目は」

「いや、マジメに煉瓦を作るのは構わないけど、そのワードはどうにかならないのかよ?……他所で作ってるこっちまで恥ずかしくなる」

「なんでですか! アースクラフトってネーミングはシャナン様が発案者でしょ!?」

「それはそうだけど。前段のくだりは要らないだろうが……」


 中二病的に過ぎるって? だってぇ。せっかく魔術が体現できるようになったんだよ。ちょっとぐらい、人と違う風なやり方で、かっこつけたいって乙女心を理解してくれても罰は当たらないんじゃない?


「いや。だからそれ、カッコ悪いから」


 シャナンが後ろ指さすが如く発言に、ボギーまでこくこく、と頷いた。

 え、うそ?

 ……じゃあ次に作る時には新しいワードを発明しなくっちゃね!

 ふっふ~ん、そんな後ろ指さされたぐらいじゃ私の機嫌は、悪くならなくってよ?

 皆から遅れること早半年。この春になってようやく、アンクの頸木から逃れ、明かりを灯すことができたのだ!

 ……まあ、ちょうちんアンコウめいた光と、煉瓦を二個作るだけでヘロヘロ限界な魔力量には思う所がないわけじゃないが、ンな細かいことは気~にしない! だって、私は魔術が使えるんですもの! いまの私はもう魔術の使えない痛~い娘じゃないんだからね!

 そう、いまの私はさしずめ――光の魔術師!


 ――光の魔術師!


 ……嗚呼、なんかこの響きだけで生きていける気がする!

 光ることしかできないけれども!

 聞きようによってはカリスマ建築デザイナーにしか思えないけれども!


「……急に笑ったり泣き出したりして、なんなんだアレは?」

「たぶん悪い妖精に頭を弄られてるんです」


 そこっ! ぼそぼそ言うてるけど全部聞こえてっからっ!!




 やれやれ、と嘆息をしたかと思うと、シャナンは心持声を低くして「……アースクラフト」と、煉瓦を作ってる。魔術を使う時には、もっときっぱりハッキリと!

 シャナンに叱咤激励をして遊んでいたら、ボギーから、


「ほら、フレイも遊んでないでそっち手伝って」

「ハーイ」


 ボギーは、魔術の才能こそ優れてるが、土属性持ちではないので、この作業には戦力外。なので、さっき俺が作った煉瓦を両手に一個ずつ持って、池から離れた乾いたところに持って行く。そこの枯草をどけると、そこに山と積んだ煉瓦が置いてある。これらは俺らが魔術で自作したものだ。


「ふぅ。でも二週間足らずでこれだけの煉瓦が集まるなんて、いっそ荘厳ですね」

「そうよね。フレイが作ったのは……百分の一ぐらい?」

「……さり気にわたしを貶すのは止めて」

「そんなつもりはないけど。でも、おじい様に知れたらあまりいい顔しないでしょうね」


 仮にも領主のご子息様に煉瓦を作らせているなんて知れたら、ジョセフが嘆きそうね。でも、これも経費削減のためよ。


「……ジョセフは色々と過保護だからな。これぐらいのことで外聞なんか悪くなるはずないだろうに」

「いやいや、さっきの騒ぎをお忘れで? 村民は等しく領主様ご一家を尊敬されておりますんですよ。それにこれからのイメージ戦略を考えた場合、庶民的なイメージを売りになされるのは逆にマイナスかと。デキうるなら世俗から多少浮き出ていた方が、ブランド力が高まるというものです」

「……また妙なこと言いだして」


 いやいや、ますます領主様ご一家のお力で観光に力を入れようとしているのですよ? 英雄ともあろうものが家ではどてらを着てたり、ステテコを履いてたりなんかしてたら、興ざめもいいとこです。


 シャナンは呆れたふうに適当に話を切り上げ、自分の仕事に取り掛かった。

 ……さては煉瓦作りが楽しくなったな?


「でも、これだけの煉瓦が集まったんだから、シャナン様の手を煩わすことはないんじゃないの? だって、砂利や要石も魔術で作れるし、後は足らない資材は木材ぐらいなんでしょ」

「う~ん。でも足らないより余るぐらいでいいですよ。煉瓦が余っても他の建築するのに必要だろうし……あ、そうだ! 庭園とか造ってもおもしろそうじゃない?」

「え!? ……そんな専行して決めちゃっていいの?」

「構いませんって。あの男衆たちに彩りなんて気にするセンスないじゃない」


 どうせ俺らも暇だし、露天湯に併設する庭園でも考えんのも楽しいじゃない。

 ぬふふふっ。いまだ葦が生えているだけの池のほとりに、自分色の庭を造設できるってのはなかなか胸躍るものがあるじゃないか。


「えーっと、ここには大岩を置くとする。その傍らにシシオドシを設置して、後は風情を生み出す苔かな。森に自生してるのを抜いてこないと。そして、そこの前にはじゃり石をめいっぱいに敷き詰め、波の文様を描く……あ、それから庭園と露天湯とをつなぐ飛び石があったらステキですね!」

「へぇ。苔や岩だけで作る庭って……なんか変な感じ」

「無機質さすら感じる素材でもって雄大な自然を表現してみせる。これが枯山水のポイントですよ」

「そういうもの?」


 おや、光の魔術師の腕を信用していただけない? って、俺はべつにカリスマガーデンプランナーではないが……。


「ねぇ、じゃあこっちに花壇を設えていいかしら。小さなお花を置いたら可愛いかも!」

「そ、そこは枯山水の領域ですって!? そこに色彩を置いたらせっかくの表現がっ!」

「……じゃあ、どこならいいわけ」

「庭園の外の入り口の玄関辺りにならスペースは十分ですよ」

「はぁ? 外に置けっていうの」

「あ、うん。じゃ、じゃあこうしましょう。女湯をボギーが作った花壇で飾って、男湯の方は枯山水で飾ると」


 それから俺たちはあーだ、こーだと言いつつ、庭の設計図を地面に描いていった。

 あ~、やっぱ自分で計画していくって楽しいなぁ。それが庭園ってのは女子っぽいけど。なんであれ、楽しいことはよきことかな。

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