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LV4

「父さん出てこないかなぁ」

「あら、どうしたの急にお父さん子になって。遊んでほしいの?」

「そういうワケじゃないんですけど」


 遊ぼ~、って青っ洟を垂らした父さんから誘われてもこっちから願い下げだ。あいにく、俺の優雅な異世界ライフは多忙に満ちている。って、いまは針仕事をしてる母さんの横で頬杖をついてるだけだが。


 午前中は母さんと一緒に砂盤を使った書き取りや、家事の手伝いをしていたが、いまは食堂で書斎にこもりっきりの父さんを待つのがお仕事です。もっとも、俺のお目当ては書斎に眠る本棚だ。


 この世界を強くたくましく生きていく――と、誓ったはいいが、俺にはこの世界の知識がてんで不足してる。

 しかし、書斎には足りない知識を補って余りあるだけの本が収蔵してあるんだから、それを活かさぬ手はないだろう。

 いままでも俺は父さんの目を盗んで本を抜き取ってきたが、今日はなんの気まぐれか、ずっと書斎を占拠している。のほほんとした父さんがまさか読書家なわけない。てか、あれだけの本を所蔵してるが、ろくに開いた形跡がないので、十中八九あれは積み本ならぬ飾り棚だろう。

 抜き取っても問題はないとは思うが、大人(父)でも読めない本を読んでる子供っていうのは悪目立ちするので、こうしてこそこそと気を狙う羽目になるんだが。

 ……チッ、父さん出てこないなぁ。

 書斎の扉に耳をつけたがスンともせず静かだ。昼寝でもしてるのかもしれない。

 しょうがないな、今日は諦めるか。


「どこか出かけるの?」

「暇ですし外で遊んできまーす」

「そう? 気を付けてね」




 クォーター村はいくつかの村落に分かれていて、俺の暮らす村落はちょうど村の玄関口にあたる南端に位置していた。

 区画ごとに別れているとはいえ、村の景色に変わりがあるわけでない。似たような木造の家屋が続いていて、自然の色彩とを比べると、その乏しさはひとしお。試しに暇を持て余した悪ガキにカラースプレーを渡せば、一転して廃墟となりそうな感じがする。

 それでも、北のテラネ山脈から下りてくる春風は心地よくて、眠気を払うにはちょうどいい。俺は呑気に散歩を楽しんでいると、ガキの群れが民家の前でたむろしていた。


「ゲッ?!」

 

 失敗した。今日はここが持ち回り日だったか……。

 いや、村落では子供を各家の持ち回りで預かることにしてんだが、ウチはナチュラルにシカトされている。

 なぜって、それはウチが金貸し業をやっているから。

 金貸しは、昔から嫌われる職業ナンバーワンだが、ウチも当然のように村民から蛇蝎のごとく嫌われている。そのせいで、フレイちゃんは友達の一人もいなくて、いつもぼっちで泣いていた記憶しかないのだ。

 まあ、いまの俺は大人ですから? ハブられても気にしないし、連中とつるみたい気持ちもサラサラない。俺は連中に見つからぬよう方向転換した。が、向こうの考えは違ったらしい。


「…………」

「…………」


 気配を感じて振り返ると、ガキども数人がにやついた笑みを頬に張り付け、一定の距離を保ってついてきていやがった。

 うわぁ、しかもデブのアントンがいるよ。

 ……最悪。

 いや、アントンはニキビ面のデブで、ここいらのガキたちのリーダーだ。

 アイツのたちの悪いとこは、率先して俺を虐めにかかるくせに、他のガキが絡んでくると途端に不機嫌になって、さらに俺への虐めが過激になるんだよね。

 第三者視点で見やるに、俺に惚れてる気配がありありすぎて、逆に痛すぎる……いや、この場合、惚れてるのは”フレイちゃん”にっていうべきなんか。


 ともかく、アイツの顔を見るのも嫌だ。生理的にもそうだし、泥水が入ったバケツをかけられて、大泣きした記憶は忘れようもない。もっとも、その時フレイちゃんに「大っ嫌いッ!」とぶち切れられて、その豚面に青筋を立てて凍りついてたのはアイツの方だけれど。


 ったく、げへへ、って、締まりのない品のない笑い方しやがって。

 盛大に調子に乗りまくってくれてるようだな。

 ……いいだろう。ここはもう一つあの低い鼻っ柱をへし折ってやる。

 いい加減つきまとわれるのもウザいし、ここらでさらなる心のトラウマを植え付けてやるのも一興か。俺は密かに黒い笑みを浮かべつつガキどもに向かおうとしたら、


「勇者様だ!」


 と、ガキたちから歓声があがり連中は俺をワーッと通りこして道を駆けあがっていく。なんだ? っと、振り向けば、そこには馬に乗った貴族らしい身なりの人と従者の二人がいた。


「勇者……勇者って言ったよな?」


 じゃあ、あれが魔王殺しにして、魔竜殺し……勇者クライス・ローウェルか。


 ……あぁ、前にパチモンつってほんとすんませんした。こんなド田舎に勇者がいるわけないって貴方様がいらしたのですね。

 いや、なにを隠そうこのお方こそ20歳という若さで、氷壁に包まれた孤島に乗り込み、邪竜イシュバーンを討伐した。勇者様である。その旅路から帰還して、ここに領地を構えたのが10年前のこと。しかし、いまでも子供や村人の憧れでもある。

 そりゃそうだ。勇者っていう言葉自体が、この大陸じゃこの人を示す言葉だもんな。

 がっちりとした強靭な体躯に、意志の強さを宿したような漆黒色の髪と瞳。そして遠目からでも感じるオーラがほんとに凄いな。

 こんな離れた場所からでも威厳が伝わってきて、なんか住んでる次元からして違うって感じ? いや、こんな萎びた村の領主様であることが申し訳ない「ありがてぇー、ありがてぇー」と卑屈な村民となって土下座したいぐらいである。

 俺は子供の輪から離れた場所から観察してると、不意に勇者と目があった。向こうは、「おや?」って、小首を傾げてたが、なにかこっちに近寄ってくる。


「お主の名前はなんという?」

「……フレイ・シーフォと言います」

「そうか。私の名はクライス・ローウェルだ」


 いや、知ってますが。

 って、心の声が顔に書いてあったのか、クライスさんはどっと笑った。


「その様子だと私のことは覚えていないようだな。だがこの馬に見覚えがないかね?」


 馬?

 ああ、勇者様の髪と同じ黒ですね――って、ああッ!!


「その様子だと思い出したようだな」

「え、ええ覚えております、ハイ……」


 そうだよ、こいつ。いまでこそ大人しそうなつぶらな瞳をしてるけど、俺をひき殺そうとした黒いやつじゃん!

 ……あれ。でも、たしかあの時、だれかが叫んでたよな……もしや、騎乗してたのがまさか勇者様ってオチですか? いや、そんな非礼なことは聞けないけどね!


「ああ、怖い思いをさせてすまなかったな。私の馬はこのとおり普段はおとなしいのだが大方、耳にあぶでも入ったんだろう。迷惑をかけてすまなかった」

「いいえ。わたしなどに過分なるお言葉感謝いたします。しかし、この通りわたしは怪我の一つもございません。どうかお気になさらないでください」


 あれ?

 よそ行きの作法をしたのに、クライスさんもお付きの従者らしき人も驚いてんだけど。どっかマズった?

 クライスさんは気を取り直すように「なんにせよ」と続ける。


「気絶しただけだとわかってはいたが、実際に無事な姿を見て安心したぞ。本来ならお前の両親にも謝罪するつもりだったのだがあいにく政務が立て込んでいてな。ここで会えてよかった」

「……いいえ」


 ガキどもにからかいの種を植えるようなことは言わないでください。

 ――って静かだな。なんか、俺が勇者と対等に話してんのが羨ましいのか、あのアントンですらキラキラさせた目で、勇者の一挙手一投足に感じ入ってる。


「クライス様がお気になさることはございません。この通りわたしも無傷ですし、父さんや母さんもなにも恨み言など申しておりませんから」

「そうか。ともあれ無事であるのをこの目で知れてよかった。女性を傷物にしたとあれば責任を取らねばならんからな。はっはっはっ」


 冗談は顔だけにしろ。

 ……いや、普通に野性味に溢れたイケメンなんですけどね。

 しかし、ガキに群がられても嫌な顔一つしないなんてほんとに人当たりがいいな。まさか貴族全員がこんな気安い人なわけないだろうけど、この辺が村人に慕われる秘訣なんだろうか。


「ところでフレイ――馬は怖いか?」

「え、ええ正直ちょっと……」


 馬を目で追ってたのに気づかれたか。

 だって、なにかの気まぐれに足蹴にされたら、ボールみたく軽く吹っ飛びそうだもの。


「ふむ、そうか」


 クライスさんはさもありなん、とばかりに頷いた。そしてなぜか俺の脇に手を挟む。

 え、急になに? って、思う間に間に馬上の人にさせられていた。


「あの、これは、どういう……?」

「なにごとかに恐怖を覚えるのは恥じることではない。しかし、恐怖をこじらせたままにするのは臆病心を育てるだけだ」


 ……えっと、つまり? 俺に乗馬をしろと?

 いや、無理ですってそんなん!

 私はたしかに紳士であるが、紳士としての嗜みを学んだことは一度としてない。つまり乗馬なんてできないの!


「村をひと周りしてみよう。なに私が乗っていれば心配はいらん」

「そういう問題じゃ……って、うわっ!?」


 視界が高すぎでめっちゃ怖いんですけど!

 カッポ、カッポ、と蹄の音とともに身体も揺れる、揺れる。

 正直、このまま恥も外聞も投げ捨てて、カエルのように地べたにへばりつきたい。が、「いいな~」っていう、ガキどもの羨望の歓声を聞くやに、怖気を悟られるのは業腹だし私のプライドが許さない……!


「はははっ、どうだ? 乗ってみれば怖くもなんともないだろう?」

「……ソーデスネ」


 と、俺はなけなしの根性を振って無表情を貫いた。

 村の外れにまで行きつくと、「では行くか!」と、馬の腹を蹴ってさらにスピードをあげた。




「着いたぞ」


 ……死ぬかと思った。

 俺は虚ろな目をしたまま馬から降ろされると、へなへなとその場に跪いて大地に感謝の念を捧げた。大地がこんなにも恋しく感じるなんて始めてだよ。

 ここはどこ? と、周囲を見渡すと、やけに空が近く感じる。後ろには黒檀色をした大きな屋敷が聳えていて、吹きわたる風も強い。髪を抑えながら、馬の鞍を下ろしてあげてるクライスさんに向き直る。


「あの、ここってもしかして領主館でございますか?」

「そうだ。来たのは始めてか?」

「ええ」


 景色としてはいつも見てますけどね。領主館は村で一番に小高い丘にあって、北の尾根に雪化粧をまとったテラネ山をバックにした画は、よく映えて印象的なんだよな。

 しかし、いまの俺の興味は高い景色よりもその真下にある。

 実は丘下にある開けた訓練場から、掛け声とともに刃を交わす音が聞こえるんだよね。ここからだと豆粒程の人しか見えないけど……これはひょっとして、剣術の訓練をしてる、とか?


「なんだ? オマエは女子のわりに剣の稽古に興味があるのか」

「ハイっ!」


 そりゃ、俄然興味がありますとも。だってワタシ男の子だしぃ?

 それを抜きにしても、この人勇者じゃん? プロの剣捌きがどんなんだか、普通に興味がわくでしょ普通。


「はははっ、そんなに興味があるなら少し覗いてみるか?」

「ハイ! すぐに行きましょう!」


 なかでは思ってたとおりの光景が広がってた。20人ほどの自警団の男たちが、真剣を使っての素振りをしていた。残念なのは衣装が甲冑でなくチュニックだけど、映画のワンシーンみたいでなんかテンションが上がるね!


「ここにいる人たちはみんな兵士なんですか」

「いや、前列の数人以外はすべてが農民だ」


 へー、身体つきは農民だなんて思えない程締まってるね。クライスさんが胸張って自慢げなのも頷ける。志願制だろうにずいぶんと連度が高そうだ。

 ウチの親父が入団しても浮くだろうなって、静かに観察してたら俺と同じくらいの利発そうな男の子が走り寄ってきた。彼は俺をチラッと睨んで、苦々しく「父様」と言った。


「……どうしてその、子供が訓練場にいるのですか。子供は訓練場には入れない決まりだったはずですが」

「しかし、いまはお前も入ることを許しているではないか」

「でもそいつは、僕より小さいじゃありませんか!}

「うん? 前に同じことをオマエに返したら、小さくとも闘えますと抗弁したのではなかったかな」

「それとこれとは……ソイツは女じゃないですか!」


 ……あの親子喧嘩ならよそで、てか俺を抜きでやってくださいませんでしょうか?

 なぜかしら、約一名様がヒートアップしてくたび、関係ないこちらを睨んできて怖いんですが。


「シャナン……人の才能とは見かけや性別では計れぬものだ」

「父様は僕よりもそいつの方が上だというのですか!」

「左様だ。この娘はとてつもない才能を秘めておるかもしれない」

「……本気で、言ってるんですか」

「そうだ。手合わせをしてみればオマエもその力量に驚くだろう」


 は?

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