LV54 とある村の従者
例えばワシの54年に及ぶ生涯を本にしたら、それはどれだけの頁数になるだろう?
そんな埒もない想像をめぐらしたのは、とある笑い話がきっかけだ。
とあるご老体の貴族が、己の生涯の尽きかけたことを悟り、物書きを雇って己の生涯を一冊の書に認めた。
貴族は己の生涯に対しての裏付けに、近親の者や使用人にしか聞き取りをさせず、その書物は当然のように悪口もなければ、彼を形容するだけで、およそ100頁をむやみに飾られた言葉が踊っていたらしい。
書を紐解いてもかの御仁の政治や人格にひとつの瑕疵の見当たらないのだから、さぞかし名のある名君として名高いはずだが、その御仁がいったい世になにを為したのか、その書を読んだ限りではわからなかった――というのが、この話しの笑い所だそうだ。
ワシも大いに笑ってはみたが、しかし、いざ自分の身に置き換えた場合、そう笑ってもいられない。
初めの問いかけに戻るが、特に何事も成さず老いを重ねた自分に相応しいページ数は、どれぐらいだろう?
100頁にも満たぬ短編で幕を閉じるがいいか、それとも1000頁を超える作になるか。こんな埒もない想像を膨らませてもみたが、案外――ジョセフ・カーソン。ここに眠る――が、一番にしっくりくる気がする。
そんな一文で終わる男の生涯が始まったのは栄えあるエアル王国の王都だ。実家は材木業で財をなした商家に生まれついた。が、儂は三男であったがため、そうそう贅沢な暮らしを送ってはいない。
むしろ、幼い頃から稼業は継げぬ、と親から口酸っぱく教育されていたので、サッサと己の生きる道を捜さねばならなかった。
といって、単純なワシは深く悩むこともなく、母に読み聞かされていた、騎士道物語に憧れて、すぐに騎士になろうと決めた。幸いにしてワシの身体はずんぐりと丸くて頑丈だし、力仕事ならつぶしが利くだろう。と思ったのだ。
……しかし、憧れた騎士はもっとスマートであったはずだが、どんなに食を細めても、腹がひっこまなかったのが残念である。得てして現実とはこんなものだ。
成人と同時に王都の警備隊にもぐりこみ、すぐに騎士試験に合格して栄えある騎士団の仲間入りを果たした。その時には幼い夢がかなった、とがらにもなく胸が高揚する思いだったが、団の内実に直面すると、その気持ちは急速に冷めた。
隊長クラスの地位は貴族の子弟か、その系列が列をなしていた。
街の警備や市民の暮らしなどは二の次。マジメに働いたとしても、まともに評価もされず、騎士団内には陰口や賄賂が横行していて、出世レースから外れまいと苦心している。
ワシはそこまで地位にこだわりなど持てなかったし、そういった連中から一等距離を置いていた。そんな軽薄な連中を相手にするより、気の良い住民たちと親しんでる方が、およそ気楽である。
そんなある日、ワシの上司が隊の金を横領していたことが発覚した。
悪いことに、その金はワシにも渡っている。という嫌疑をかけられたのだが、無論ワシには覚えがないことである。
さんざんあらぬ濡れ衣をかけられ、官吏どもには痛くもない腹を探られて、不愉快ではあったが結局、上司が苦し紛れに持ち出した虚言だったことが判明して、事なきを得た。
しかし、その不正をした上司がなんの咎めを受けず、その地位にとどまり、あまつさえ「迷惑をかけたな」と、ニヤニヤして金を渡そうとしてきた。さしものワシもほとほと嫌気がさして、そいつを軽くぶちのめして「失礼する!」と、団長室から退散した。
そのすぐ後――クォーター村へと赴任するように、との辞令を貰った。要は体の良い左遷である。
まあ、身から出た錆だし、仕方がないか、と。軽くその辞令を受け取り、家族をつれて始めた村に訪れた。その時は「これはとんでもないとこに来てしまった……」とさしものワシもその軽挙を後悔した。
それからは、村の代官の下につくことになったが、その上司も騎士団の連中と同じで己の職務に忠実でない。
ほとほと嫌気がさして、ワシもさっさと、この村からオサラバしよう。と、思いつつも、そのまま20年目も過ごした後、村に勇者が現れた――――
こんなド田舎にでも、勇者の為した偉業のことごとくが伝えられている。
我らが母にして悪女――レリアナ。その彼女が生み落とした魔物――邪竜イシュバーン。それは常代の時代から、千年を超えていまに生きる邪竜である。
その竜を討伐した者は、正に勇者に相応しいと呼べるだろう。
が、その勇者、クライス・ローウェルが我が寒村に着任――いや、この地を治める主人となる。そんな報せが届いた時には「まさか」と信じられずに紙面を何度も確認した。が、どこを調べても、王都から届いた書簡には、畏れ多くも女王陛下直々の名前まで記されている。
しかし、そんなことが本当にあるだろうか。と、ワシは半ば夢うつつのなかで代官が使っていた館の修繕をし、夢うつつに勇者殿と細君が小さな馬車で到着なされるを迎え、夢うつつに代官が使っていた館に案内した。
「――――して、このところの村には息災なようだな」
「は?」
「いや、村に変わりはないか、と?」
「は、ハイ! それはもう村に変わりがないのが、村の長所でございますッ!」
「それはよかった。コロコロと気忙しく入れ替わるよりも、たとえ村が低空でも安定してそこにあることの方が大事であるからな」
「左様で」
「それで、っと、貴方の名前を聞き忘れていたな。伝え聞いてると思うが、私はクライス・ローウェル。あちらは妻のエリーゼだ。……何分、村の統治など始めてだ。色々といたらぬことが多いと思うが、よろしく頼む」
「そ、そのような頼むなどと。このジョセフ・カーソン! 老いた身ですが、粉骨砕身にして働きます!」」
「まあ、そう気張るな。今日から頼むぞ」
ワシは一室から外に出ると、ようやくに落ち着けた。まさか、あの”英雄”の、家臣になるとは。また、人生とは複雑怪奇なものだ。
そういう感慨が胸に迫ったが、冷静になるとこのような場所に勇者が飛ばされることの裏も読めてきた。
この土地に派遣されたかつての代官どもは、揃いも揃ってぼんくら揃いだった。
都会を懐かしがり、職務を放擲して逃げて行った輩もいる。
それは、代官の素質にも問題があろうが、クォーターが発展から取り残されている故のこと。そんな場所に国の英雄が赴任するなど、尋常なことではない。
これは、恐らく宮廷内での政治が関わっているのだろうが「国の功労者に対して、この仕打ちとは……」と、呆れるやら怒りやらで胸が苦しくなる。
勇者殿もかつての代官たちのように、塞ぎの虫に取り憑かれなければよいが……。
ワシはクライス様のお顔の表情を、毎日つぶさに観察して異常がないかを確認するのが常となった。だが、ワシの心配は杞憂だったのか、案外に領主としての肝が据わっていらっしゃる。
「街道の整備ですか」
「うむ、村の発展には交通の整備がかかせまい。私はこの村に来る時にも、ずいぶんと大変な思いをしたからな。通りがよくなれば、自然と人の往来も増えることだろう」
「……ワタシも必要だと思いますが、しかし、それは今に必要な物でしょうか」
「必要だよ、いまこそ早急にな。近隣の農民たちの窮乏ぶりは私も伝え聞いている」
「は?」
「今年は日照りの多かっただろう、南東の村々では飢饉が頻発しているようではないか。このままでは身売りする子供らが増えるだろう? 彼らに日銭を稼ぐ機会にでも充ててやらねばならない」
クライス様は恬然として言ったその言葉にワシは胸を打たれた。
近隣の村々の窮乏ぶりは、クォーターよりよほど非道いものだ。しかし、いままで自分の領分を飛び越えて、手を差し伸べようと、思うものなどだれもいなかったのだ。
このお方にこそ、命を賭けるに値するお方だ。と、ワシはその日から、領主様に対して忠義を尽くすことを誓ったのだ。
クライス様が推し進めた街道整備のおかげで、食い扶持に困っていた農民たちも、ひと呼吸できたようで、餓死者の数も相当に減ったようだ。そのことで、いまでもクライス様を「真の勇者だ!」と、深く感謝されている様子である。
しかし、げに腹立たしいのは近辺の貴族たちだ。
街道整備事業は、無論のこと大事業である。その費用は膨大な額にもなるが、そのほとんどをお二人の冒険者の時代に貯められた金銭で賄われた。
普通ならば、街道の恩恵にあずかれる他の貴族共も、それ相応に出してもよいはずだが、その拠出した額は微々たるもの。
「支払う金がないのか」と、陰口を叩かれぬためのアリバイ作りで、いわば己のメンツを買ったに過ぎない。
むしろ強硬に反対する領主や「所詮は人気取り」と軽口を叩く輩まで出る始末。
しかし、クライス様は意に介することなくまとめ街道整備の事業の指揮を取られた。そして、真に立派に出来上がった街道をひと目して、ワシらは農民とともに感動にむせび泣いた。
――だが、悲しいかな。彼等が汗水流して作った道は、彼らの子や孫らが村を出てゆくための道だ。この地域は、領主様の尽力があろうとも緩やかに衰退をしていくだけ。それが運命づけられているのだろう。
しかし、そんな困難な村の発展を自分ならやってのけてみせる、とのたまう子供がいる。
その小賢しい者の名は――フレイ・シーフォだ。
彼女はどこかの国の姫君と、讃えられそうな美少女である。薄い唇をぎゅっと締め、控えめに目を伏せた姿は神秘な森の奥にだけ咲く密やかな花のようで、安易に触れると壊れてしまわないか、と心配になる。
が、その中身は外見をかなりの部分裏切っている。まず、遠慮をしない、物怖じしない、そのくせ生意気。と、まるで不敬の見本のような輩だ。
屋敷の格式を著しく落とすもので、首根っこを掴んで放り出してやりたいが、領主様や奥方様の大層のお気に入りで、屋敷内をうろちょろする自由を得ている。
それ故に、ワシも少々の無礼は目をつぶっていたが、こやつはあろうことか「領主様に成しえない村の発展をわたしならば可能だ」と、豪語してはばからぬのだ。
「それは真か、トーマス?」
「本当だってば。「わたしだったらこの村を裕福にしてみせますけどね~」って、フレイちゃんが豪語してんだよ。な、な。あの娘から村の発展をさせる方法を師事してもいいんじゃない?」
「しかし、仮に領主ともあろうものが、年端もいかぬ少女に師事するのは……」
「いまさらなに言ってんよ、不良領主なくせして。冒険者時代のことを忘れたか? メンツを気にしてなんもできないよか、子供だろうが、使える物はなんでも使わないと」
「…………そうだな」
「いいえ。ワタシは反対でございます」
「え、どうしてよ?
ワシが強硬に反対すると、推挙したトーマス様はキョトンとされた。
どうして、もなにも子供が政治にかかわるなどもっての他だ。
「それじゃあ、貴方になにか優れたアイディアがおありで?」
「優れたもなにも、村は普通に発展しております。街道の整備も終わり、これからは開墾に力を入れますれば、必ずや村は豊かになりましょう」
「いや、無理だと思うけどね。開墾をして食料が増えれば、その余剰を埋めるように子供らが増えるだろう。その彼らの食い扶持はどうするのさ?」
「ならば、その分の田畑を整えます」
「……じゃあ、また自分らの食い扶持以上の家族が増えたら」
「ならばその分の田畑を整えればよろしいでしょう」
トーマス氏は呆れたように口を閉口させた。
ワシも子供っぽい言い分だと我ながらに思う。だが、それ以上のアイディアなどあるか? この田舎に金を生み出すような錬金術はない。ならば、手に汗して田畑を広げる。どんなに愚直と呼ばれようとも、それに勝るアイディアなどないのだ。
結局、領主様がその場を取りなして、新たに「村おこし委員」なるものを発足することとなった。不承不承ながら、ワシもその仕事を補う形でつくことになったのだが……。
「……なんだ。その、真実の口とやらは?」
ワシはげんなりしながらフレイに訊ねたが、そんなこともわからないのか、とばかりにふっふ~ん、と軽く指を振ってみせた。……その高々とした鼻をへし折ってやりたい。
「ですから。こう、人の顔を模した壁に、口のような穴が空いてるんです。で、この穴に人が腕を通しますと、なんと! その腕を通した輩が、嘘つきだった場合、腕が食いちぎられてしまう。っていう曰くつきの壁なんです!」
……それがいったいなんだというのだ。
こやつの説明だと「これは立派な観光資源(その観光資源なる言葉もわからんが)になり、引いては村の名物を飛び越え国の宝となるでしょう!」などとのたまっている。
しかし、何故に”罪人の刑場”が観光地になるのだろうか?
ワシにはさっぱり理解できない。
王都でも残虐な見世物として広場で罪人に鞭打つことはあるが、それは遠い古代の話だ。嘘をついたくらいで腕を持ってかれるのは刑の代償としてはいささか重すぎる。それは泥棒に対する刑罰であるし、なにより続けるのが大変だろう。村に嘘つきは限られているし、そも人の腕は二本しかない。興行はすぐに行き詰まるだろう。
それに、嘘つきの腕が食いちぎられるというなら、手始めに指を立てて得意げにしているこやつの腕をこそやられるべきだ。
ワシらの芳しくない反応に、フレイは不満な顔を晒した。が、しばらくすると「ではこれならどうです!」と、目を輝かせながら、池に斧を落とすとなぜか、金の斧となって返ってくる話。泉に貨幣を投げるとなぜか願いが叶う。と眉唾な話を重ねた。
……いったいこの自信や、ホラ話がどこから生まれるのだろう?
ボギーは内面と外面とが、著しく裏切ってるのを指して「底意地の悪い悪魔が心に巣くってるみたい」と言っていたが、むしろ子供にホラ話を吹き込む底意地の悪い老婆である。
「だからなんなんだよそのいかがわしさ満載の案は!」
シャナン様は苛々とした様子でコツコツとテーブルを叩いていたが、ついにこらえきれなくなった様子で声を荒げた。
「オマエがその精霊なりなんなりを連れてくるなら百歩譲るが、そんなうさんくさい物を村に作るだなんて、許可できるわけないだろっ!」
「ですから、大事なのはエンターテイメント性って、言ってるでしょう! 事実かどうかなんて二の次なんです! 大事なのは日常に飽いたお客様に、ささやかなる夢と非日常をご提供する。そういう崇高な使命によってなされたことはすべて正しいのっ!」
「正しいもなにもインチキじゃないか……」
「ダウト! インチキとか、まがい物とか禁句なの! ハリボテだらけの拙い夢かもしらないけど、そこを見逃すという優しさや思いやりがあれば、それはやがて真実の夢となり、やがて現実を超越し一片の真理にたどり着く――」
「そんな真理なんかいるかッ!?」
ワシとすれば常識ある判断だと言えたが、やつはむきーっと、髪をかきむしり「全然っ、わかってない!」と癇癪を起した。やれやれである。
しかし、持論を捨てきれないのか、ブツブツとなにかを言っている。
「……いや、考えてみれば池に斧を落としたら金の斧が出てくる、っていうのは安直すぎたか。話しの脈絡がないし、物語性に欠ける。ならいっそ、勇者が剣についた竜の血を落とした池にすれば……! あの、考えたんですが不老長寿の泉とするのはどうですか!」
こいつの辞書に反省という字はないらしい。
ワシはほとほと呆れ果てて、やれやれ、とワシは独りごちていたが、シャナン様のご様子がいつもと違う。
おや、と、勇者様に似た端整な顔立ちを覗いてみれば、フレイのバカ話しに呆れながらもその話しに耳を傾けている。
珍しいこともある。シャナン様はいつでも合理的な考えをされ、無駄なことは一切嫌っておられるのに――いや、そうか。その聡明な物腰や言動に思い違いをしていたが、まだシャナン様は10歳じゃないか。
シャナン様はいまよりも小さい時から、クライス様の政務について回っていて、村の苦しい台所事情にも精通していた。
比べる物差しがない他の村の子供たちには、住む世界に過不足がなく映るかもしれない。しかし、聡明なシャナン様の双眸に映る村の姿は、どうしたって明るい物ではなかった。その静かに苦悩を深められるお姿に、ワシは鬱々とした日々を送るかつての主人たちを見るようで心苦しさが否めなかった。
フレイがシャナン様を支える大事な存在となる。かつてクライス様がそう仰られたが、それはこういうワケなのか。と、得心がいった。
こんな輩でも、役に立つことがあるのだろう――そう思っていた矢先にフレイがやらかした。ヤツはあろうことか、領主様に提出する書類のなかに、我々に無断で「邪竜の模型を作る」なる愚案を紛れ込ませていた。
なんと阿呆な娘だろう!
その愚案は案の定、クライス様に手厳しい指摘を受け、さしものヤツも悄然と項垂れて出て行った。
「少々、言い過ぎたかな?」
「構いませぬでしょう。あやつには良いクスリです」
クライス様は苦笑しながらそう頬を掻いた。去り際のシャナン様のムスッとしたお顔に「言い過ぎですよ」と、書いてあったことを気にしてるのだろう。シャナン様も口で邪険にするわりに存外フレイに甘い。
「アレぐらいでへこたれるような輩ではありません。しばらくおとなしくしてるでしょうが、数日後にはケロっとしているでしょうな」
「はっはっは、ジョセフもずいぶんとあの娘に慣れたものだな?」
「まさか。フレイなどに慣れることなど一生涯あり得ません」
ワシは憮然として言ったが、クライス様は笑みを深めるだけだった。
確かにフレイという娘には、変わった魅力がある。
最初は「領主様に馴れ馴れしいヤツッ!」と、むしろ反感を覚えていた自警団員も多かったのに、いまでは普通になじんで冗談をしてからかわれたり、うちの夕食の席でも妻のハンナは「そういえばあの娘がね」と、あの娘の不始末を笑いのタネにしており、いつの間にやら、すっかり馴染んでしまったのだ。
だれしもが「またフレイがやった」と、と呆れつつも、次になにをしでかすのか。と、ある意味期待をしてるのだ。
村おこし会議での場においても、さんざん阿呆なことを述べた後、
「そうだ! 領主様の偉業をたたえる祭りをやりましょうよ! 邪竜が倒されたその日が国の祝日だというのに、その英雄の領主様を祝わないだなんてこんな奇妙な話はありませんよ!」
これなのだ。
いつもくだらぬことで頭一杯のくせに、こちらのお腹をくすぐるようなことを言う。
もう少しだけ大人しくしておれば、付き合いやすいヤツなのだが……。
ワシがそう嘆いていると、その当人が「失礼します!」と、声をして許可もなく執務室に飛び込んできた。舌の根の乾かぬ内にいい加減にせよ! と、叱り飛ばそうとしたら、思いもよらずフレイは頭を下げてあらぬことを口走った。
「開墾事業の際に行う魔物狩りにわたしも参加させていただけませんか!」
「なっ!?」
ワシは唖然とした。何故、そんな申し出をしてくるのだ?
「フレイよ。順序立てて話しをしてくれないか。何故そんなことを急に申すのだ」
クライス様は落ち着いた様子で、そう訊ねた。
そうだ。ワシもそれがわからない。
フレイの目はいつになく真剣であるし、とても酔狂で言ってきたことではないだろう。
「わたしは村に観光に訪れる人が増えることが、村の活性化につながると思っています。その考えはいまも変わりません……ですが、わたしが魔物に対する脅威に、あまりに無知だと悟りました。
わたしは旅人さんが、この村に迎え入れようとしてるくせに、その彼らことについてなにも知らなかったんです。日頃から感じてる思いだったり恐怖や、その生きている世界を。だから、それを少しでも感じるには、森に入ることが必要だと思いました」
クライス様はしばらく黙考してから、なるほど。と頷かれた。
「旅人の思いを感じたいというのか。しかし、わざわざ危険を冒して脅威を感じずともいいのではないか。オマエが村に足りないと思ったことを意見し、その意見に欠けている点を他の委員や、私が意見する。わざわざ危険を冒さずとも、オマエに足りぬ経験をしてきた者から学べばよい……いまのオマエの考えは、先ほどと同じ軽挙を繰り返すだけじゃないのか?」
「いえ、それだけじゃダメなんです!」
そう、フレイは首を横に振って訴えるように胸を押さえた。
「わたしは他の皆に相談することもなく、勝手に書類を紛れ込ませた……そのことは凄く反省しています。たしかに人に聞けば、知識は得られるでしょう。けど、自分から近づかないと、人の気持ちがわかるはずがありません。それでは本当にだれからも認められるような村になる、だなんて口が裂けても言えません――だから、お願いします!」
フレイは言い終えるともう一度、深々と腰を折った。
ワシはこれから起こるであろう難事に少しくげんなりした。
過去の経験からして、クライス様が黙ったままにいるのは無理だとわかりきっていた。
……つくづく、従者というのは損な役回りだ。ワシは嘆息をしながら木剣を構えると、ビクッとふたりの気配が揺れた。
シャナン様とフレイは、同じように剣を構えて、相対している。
もう、今日に限っても何度となく手痛い一撃を喰らって懲りているであろうが、あの、怠け者のフレイですら、意地があるのかふたりは構えを解いてくれない。
これもソレもクライス様が「従者のジョセフを倒せば森へと入る許可を与えよう」などと無茶ブリをするせいだ。
普段は怠けてばかりのフレイまで目の色を変えてくる始末。
ふたりも、一応は剣術を習ってはいるが、その技量はひよっこ。僭越ながら、シャナン様でもワシは軽く屠ることができる。
おそらくは、ワシが防壁となって森に入るなどという、バカを止めるための方便であろうが、ならば最初からこんな条件など出さねばよいのに……。
フレイはそれでも諦めることなく「い、行きます!」と宣言するように、強張った顔のままこちらに立ち向かってくる。
ワシは半ばウンザリしながらフレイの一撃を受け、ワシはフレイごと吹き飛ばすように、打ち合った剣に力をこめたが、スルッと手から縄が抜けたように感触に――ゾクッとした悪寒に襲われた。
長年つちかってきたカンに導かれるように、バックステップで退く。
と、ワシの鼻先を風圧が横切る。
……クッ、ヤツめ。これが狙いだったか。
ワシの剣術は相手の攻撃を受け流し、カウンターで迎え撃つ。この一手だ。
それは膝を悪くしていることもあるが、身軽な二人のスピードについていくより相手に合わせて手を繰りだせば、戦術的に優位に立てるからだ。
故に、先のフレイの薙ぎ払いも軽く受け止めにかかった。
腰に力の入ってないやわな一撃。
――しかし、それが罠だった。
フレイは打ち合った剣を投げるように放擲して、その一瞬で身をかがめてワシの懐に潜り込もうとしていたのだ。
「あ、くっそー!」とフレイは悔しがっている。まさか、受け流すつもりが、向こうが逆に罠を張るとは。なんとも小賢しいマネを。と、ワシは軽く浮かんだ冷や汗とありえぬ敗北に肝を冷やした……が、即座に飛んできたシャナン様の一撃を受け止める。
「ぐぅう!」
なんて重たい一撃だろうか。いや、ふたりとも未熟だと思っていたが優れた剣士となる素質が十分じゃないか。
ふたりはまるで生き写しのように対照的な才覚だ。
シャナン様は言うに及ばず、その剛剣と速剣とを合わせたそれこそ歴史に名を遺すような希代の剣士であり、フレイは相手をつぶさに観察して相手の隙を伺い、いつの間にやら腕から剣を絡め盗るもの。
このふたりがいまのようにバラバラなままであれば、打ち倒すのは容易かろう。だが、ふたりが息を合わせれば、それこそ勇者を越えた存在に近づけるに相違ない。
フッと浮かんだ不敬にも思える想像には、年甲斐もなく胸がワクワクするものだ。
領主様がふたりを無理くりにでも引っ付けようとしたのは、このためか……。
ふたりが、とくべつな関係であることは疑う余地もあるまい。
しかし、それと勝負とはまた別物だ。
ここでワシが負けるワケにはいかない。絶対に。ワシが負けてしまえば、ふたりは森へと入る許可を得る。なれば、その関係は一層強固なものになるだろう。恐らくはそれは、クライス様も望むことだ。その主人の意志に逆らうか?
そうである。
54年と生きてきて、正義もなく上司に逆らうのは始めてだ。だが、これだけはまかりならぬ。いったいどうして孫娘の恋敵の踏み台になどなれるだろうか? あの娘が暗がりで声もなく泣いている。そんな想像をするやに、ワシの方が胸が塞がるような、心が閉じるような痛みがする。
たとえ無駄であっても、馬に蹴られようとも、この戦いに負けることなどできるか。
54年の生きてきたワシの墓碑の一文は決まっているのだ。
――深く家族を愛した。と、そう加えるにウソがあっては困るのだ。
そのためにはシャナン様に、ましてやフレイごときにに負けるなど死んでもできぬ――
「さぁ来いッ、こわっぱ共が! このジョセフ・カーソンが尻の青い貴様らなんぞに後れを取ることなどありえんぞ! 死にたくなくば、死ぬ気でかかって参れッ!」




