LV35
クライスさんへと提出する書類の原案作りは佳境を迎えており、しばらくは連日のように領主館に居座っている。その書類もつい昨日に完成をして、これを提出すれば、忙しい仕事もようやっとピリオドが打てるわ。
ここまで議論というにおこがましいシャナンとの口喧嘩に終始してんたんだけど。しかし、最近は、どういう心変わりがあったか知らないけど、最近ではボギーまでそこに絡んでくるようになって、喧嘩の頻度が大幅に減った。
それもこれも、あの謎の宣言をかましてくれた後なんだけどね。あれから、ボギーから刺々しい雰囲気が消えて、俺とも普通に会話を交わせるようになったし、まあ問題はとくにない。
……この流れ。俺に来てるな!
「あ、おはようございます」
「おはよう」
訓練場での変わらぬ朝。フラッ、とやってきたシャナンに朝の挨拶をした。
よいしょ、風邪っぴきにならぬようトーマスさんからいただいたマフラーをしっかり巻かんとな。
「訓練をやるのにマフラーを巻くのか……危ないだろ」
「だって寒いですもの。防御をしっかりと固めておかないとなりません」
ペラペラな布でも防御力+1ぐらい加算されるでしょ。それに団員の雪玉攻撃にパッシブ効果は絶大だ。
……あいつらも、すっかり気安くなったと思えば、後ろから雪玉を背中に入れる悪戯を仕掛けてきやがるんだぜ「わたしは雪だるまじゃないぞぉ!?」と、憤激してもゲラゲラ笑ってるし。つくづく、この村に紳士は俺ひとりか……。
「ふぅん。それトーマスさんのか」
「えぇ、あ、ですがシャナン様からいただいた手袋! アレも重宝してて大助かりです。毎日大事に使わせていただいてますよ」
「そ、そうか。べつに大した物じゃないから使い古しても構わないけど」
「大した物ですよぉ。おかげさまでこの通り手荒れも減りました」
さすがに訓練中に使うのは痛みが激しそうなんで無理だけど。毎日、ここまで通うのに手放せませんわ。
ほらっ、と手をにぎにぎ、として見せると「手が白いな」って褒められるし。
てか、なんでこっちちゃんと向かないのかね?
「……そんなことより、今日が書類の提出日だが、なにか言い残したことはないか」
「えぇ? 言い残したことって縁起でもない」
「そうとも言えないだろ。父様の胸如何では、この仕事も最後で打ち切りかもしれないんだからな」
……むぅ。それはたしかに。
あれだけ労力を注いだ計画が、おしゃかになるか実行にされるか、否かが決まるのか。そう考えると不安。あぁ、いまからでも遅くないから、やっぱつけ足しておこうか……。いや、あの――邪竜のサプライズは残してるから、アレで掴みはいいでしょ。
うん、なにも問題はないね。
「村おこし委員としての仕事なんて、まだやった気がしないんですけどねぇ。ボギーさんとも、仲良くもなれたしこの先も繋げていければいいんですが」
「きっとやれるさ」
いつになく朗らかなシャナンと笑いあって、俺たちはその時までを待った。
俺たちは計画書を携えて書斎に出向いた。
クライスさんは提出した文字面を追っており、俺らは所在なくただ待つ身はツライ……。心臓がバクバクしてんのに、シャナンのやつは鉄面皮を崩さぬとは、さすがは勇者の強心臓だな。
「なるほど……うん、ここまでよくぞまとめてくれたな」
と、クライスさんが書類から顔を上げると俺たちを労うように微笑んだ。
「新たな開墾の計画に、村の美化、村民の健康増進のための銭湯建設か。どれもいまの村に足りないものであるな。この計画のすべてを実現する、とは軽々にやくそくは出きないが、よいたたき台にはなるだろう」
「……それでは、我々の計画通りにことを運んでも?」
「予算の範囲内に収めてくれているし、やらない理由はないからな」
クライスさんがそう断言すると、シャナンが綻んだ顔で「ハイっ!」と満足げに頷いた。
「ありがとうございます! この計画を早期に実現するように、これからすぐに取り掛かるとします!」
「あぁ、だがちょっと待ってくれ……実は書類のなかに一つだけ気に掛かるものがある。――その、邪竜イシュバーンの模型とはなんだ?」
「は?」
シャナンが一瞬だけ固まった。が、クルッと振り向いた目が「オマエの仕業だろ!」てクックック、正しく俺の仕業だ!
まあ、サクッと採用になってくれれば楽だったけど、やっぱそうもいかないよね。
「領主様。その原案はわたしが独断で入れたものです。これは他の計画と同じく村に必要なことだと思いましたが、何分説明する時間がございませんでして……」
「そうか。それで何故こんな模型を作ると?」
「もちろん、村に必要だからですよ!」
書類の一番手に「開墾事業」がくるのは譲ってもいいけど、俺の通った案って「銭湯」と「村の美化活動」程度って。野心的な試みがまったくないでしょ?
ンな、つまらない原案だけじゃ、村の抜本的な改革にはつながらないよ。ならば、もっと尖った試みが必要なんだ!
「その書類にあるとおり、これは他の計画にない斬新的な試みでしょう! これが、もし村に出来れば、数多くの人々を呼び込むことができる!何故かって、この村に訪れる人たちの、最大の目的は勇者様をお目にかかるために、集まられる方ばかりなんです。皆様は、その伝説の息吹を感じられるものがあれば、もっと村に多くの人が集まるでしょう? そこで! まずは邪竜の模型を手始めとして、ゆくゆくはアミューズメントパーク施設を――」
「……もうよい」
クライスさんが遮るように深々と溜息を吐いた。
え、まだ俺の意見は半分も述べてませんよ?
「……いや、オマエの話は率直に言って、私にはよくわからん。しかし、まあその趣旨はわかった。そこで私の意見を言えば――そのような物を村に作ることはまかりならん」
はっ? なんでですか? 絶対に村に有益しかもたらさないのに?
「いえ、ちゃんとお聞きくださいよ。たしかにこの邪竜の模型の単体だけでは、村に与える印象や効果は薄いでしょうが、これだけでも、十分に村の集客力のアップは望めるはずなんです。
クライス様は村に訪れるお客様を、直々に対応されておりますよね。ですが、そのせいで政務にかける時間は限られてしまうはずでしょう? そこで! わたしが次に計画してる案では、邪竜討伐の資料館を建設しますと、仕事に割ける時間が大幅に増えるはずでございまして――」
「――いや、その説明でよくわかった。そのような物は村に必要ではない」
ハァ?
なんでよ。なんで必要ないって言えるワケ。
村への集客もアップして、そ領主様の職務にも差しさわりがないどころか、その軽減まで図れるんだよ? その案のどこに不足があるっていうのさ。
「私がその模型を作るに反対するのは、利便性とは別物だよ。単純に、そのようなものを村に置きたくはない。これは感情の問題だ……それがオマエにはわからないか?」
「わかりません」
「そうか」
俺が強きに迫ったら、クライスさんは組んだ両手をほぐすと軽く眉間を揉んだ。
「物語で親しんだオマエにとっては、邪竜はそのように軽い物かもしれないな。しかし、旅人にとっての魔物という存在はどういうものか? 少しでも想像をめぐらしてみたか?彼等にとって邪竜というものは珍奇なものでなく、ただ、畏怖を呼び起こす対象でしかないのだ」
あ。
俺は顔から火が出る思いに、その場に顔を伏せた。
クライスさんの仰る通りだ。
なんで、俺はこんなだれでもわかることに気づかなかったのか――
クライスさんは背もたれに身を預けると顔を逸らして、ジョセフたちは岩のように固い表情をして押し黙っていた。俺は恥ずかしさに、まともに顔を上げてはいれなかった。
「わかったな。旅人にとっては日々、生活のなかで魔物の恐怖を感じている。なかには友を魔物の手によって失ったものもいる……それが、やっとの思いで安全な村の門をくぐったと思いきや、村の中に魔物の姿があっては、気が休まるものではないだろう? ……それに私も気持ちが良いものではない」




