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LV34

「いいんじゃないか」

「え?」

「ジョセフ。村おこしの活動費はざっと大枠で決まっていたはずだが」


 呆然とする俺を尻目に、シャナンはその怜悧な視線をジョセフに向けた。ジョセフは、「左様でございます」と、静々と居住まいを正して言う。


「しかしながら、フレイの申します計画が額面通りであれば、建築費用は工面できる範囲かと」

「そうなるとやはり問題は月々の運営費や燃料代になる、か……これに手を付けるとなると、委員としての先々の活動が狭まるかもしらない。が、やる価値はあるだろう。その辺の計算を頼めるか?」

「わかりました。すぐに精査した上でご報告をいたします」

「頼んだ。まだ本決まりとするには早いが、この案は父様に上奏することになる。くれぐれも調査の方を迅速に…………って、なんだよその顔は」


 い、いや、迅速に審議した結果、却下します。じゃないよね?

 上奏するって俺の進退のことじゃないよね、ね?


「なに言ってるんだ。オマエの提案した銭湯の設置案に決まってるだろ」

「い、いやしかし、いままでわたしの案なんてクソミソにしか扱われてこなかったし」

「優れたアイディアだったら、素直に認めることもあるに決まってる」

「優れたアイディア!?」


 ……あ、ありえん。あのシャナンが俺を認めるだなんて……。

 ここ、こ、これは夢か奇跡か、幻か?


「いいいっいったいなんていう風の吹き回しですか! お、おかしすぐる。もしやシャナン様の皮をかぶった偽物なのでは!?」

「だれが偽物だ! ったく、貶したら貶したでネチネチ言うし、褒めたら褒めたでこの反応とか……」

「いやいやいや、シャナン様なら俺の案の良さをわかってくださると、信じておりましたですとも」


 机に肩肘をついてグレだすシャナンに「えへへっ」と、揉み手してご機嫌を取る。もうっ、こんな軽口で前言をひっくり返さないでくださいよ? いや、ホント信じてましたって。

 ちーっとばかし誠意のある交渉が必要かな。なんて思ってたから、すわ鬼の霍乱かっ、と不安になっただけっすから。



 俺が発案した、銭湯建設についてはとくに異論反論もなく本決まりとなった。

 いや、どうしたのよ、このいつにない迅速な流れ。いつもなら俺の提言なんて、一瞬でシュレッダー送りだったのに……ヤバイ、この流れは俺に来ている。ねぇねえ! まだ提言があるから聞いて、聞いて。

 雪像アートで村に人を集めるっていうのは、みじめな大失敗に終わったけど、あれの改良版として、邪竜イシュバーンの原寸大ジオラマを作るっていうのがいいんじゃないかしらん?

 冬の間しかもたない雪像よりも、これなら勇者伝説に絡めた様々な商売にも発展できるんじゃない? 邪竜まんじゅうとか、邪竜サブレみたいな~。

 ……って、だれも聞いてなくない?

 シャナンたちは慌ただしく拡げた地図を見入ってあーだ、こーだと相談している。ねぇ、卓越した知見とアイディアを持つ俺を無視して、なにを決めてるの?


「昨日言ったただろ? 開墾事業予定地に視察へ行くって」

「……初耳ですな」


 領主様への報告の期日が迫っているので、その詰めの確認作業のために森へと視察に行くらしい。ふむ。そういえばもう期限の一か月まで一週間もないか。

 ……良かったぁ、ギリギリ銭湯建設が通りそうで。このままなにひとつと提言が通らないなんて、私のプライドが許さない。


「ですが、わたしたちだけでよろしいのですか。クライス様がいなければ話にならないと思うのですが」

「今回はただの確認だからな。父様はいま開墾の仕事の真っ最中であるし」

「へぇ~……おひとりでタイヘンでございますね」

「べつにひとりじゃない。補佐としてジャックが就いている」


 ジャックさんとはジョセフの息子で、ボギーの父親。数少ない領主様の部下で、ガタイも顔も実直を絵に描いたようで、とても生真面目な人だ。あの人がついていれば、色々と安心だね。


「ジョセフ様、ジャックさん、ボギーさん、って親子三代で領主様にお仕えされてるなんて凄いですね」

「え?」


 ボギーに話を振ったら聞いてなかったのかハッとしたふうに顔を上げた。


「な、なんでしょう?」

「いや、べつに大したことじゃないんですが……あの、具合でも悪いんですか?」

「そんなこと、ないです……っていうか、貴女に心配される筋合いはありませんから」


 ぷいっと栗色の短い髪を揺らして、階下に下りていった。

 ……なんだろうな。いつも通りに突っ張ってるけど、前のお茶会の時も感じたが元気がないけど、体調が悪いのかね。





 俺たちは領主館前で控えていたトーマスさんと合流して北の森へと出発した。

 いったい、だれのせいか知らないけど、トーマスさんまでこのシャナン探検隊の一員に加わることになったらしいな。


「まあね。純粋なキミがシャナンのために奔走していたことに胸を撃たれちゃって」

「そうですか。まだそんな軽口が出る程に反省が足らない……今度は、エリーゼ様の下着を盗んだことでも記載しようかなぁ」

「ねつ造は犯罪でしょ!?」


 なら、そちらもあり得ない妄想は慎んでくださいねぇ。

 俺らは互いに、牽制しあいながら、体を横に揺らすように雪を踏みしめ進む。

 枝葉の落ちた裸の森は見通しの良くスッキリした空間だが、歩きにくいこと歩きにくいこと。ましてや、雪で隠された地面は木の根や石ころで凹凸して、苦心惨憺しながら開墾地へとたどり着いた。

 その場で、シャナンとジョセフは森の方を指さしながら二言三言で話し終えて、すぐに「じゃあ次に行くぞ」と、促された。

 えぇ! 休憩はもう終わりですか!?


「ここはよく村人が豚を放牧するために入るからな。大体の地形は把握しているし、確認はそれだけだよ」

「……じゃあわざわざ視察の必要なんてないのでは?」

「こういう魔物の土地へと開墾を広げていく場合は日々の巡回が大事なんだよ」

「そうそう、農民たちは基本戦えないからね、作業の間を見守るのと、その周辺で魔物を退ける仕事と両方ある。ンで、俺たちはこれからその巡回ルートの確認をしに行くってワケね」

「魔物除けの香もあるが、毎日を煙で燻し続けるワケにもいかないからな。人手をかけて警邏にあたるしかない。警邏とはべつに周囲の状況を確認して、万が一にも魔物の巣があったら、場合によっては、開墾地をずらすことも考えないと」


 なるへそ。

 シャナンが熱をいれてるだけあって、開墾にかかる労苦は多いんだね。


「これでもエリーゼ様が村におられるようになってから、ずいぶんと開墾の手間が減りましたものです。奥方様の魔術ならば、木の伐採やら根っこの撤去などに、一月はかかろうものが三日も経たずに可能なのですからな」

「ホント魔術って便利だよなぁ。エリーゼの横でなんで俺にも才能が備わらなかったんだっ! って、なんど思ったかしれないよ」


 ジョセフが感慨深いと遠い目をしているのに、トーマスさんもあ~あ、って残念そうに同意した。

 ……ですよね。魔術が使えれば、ね。

 でも、才能があっても使えない人だっているんですよ。

 は、ははは。



「さあ、日が暮れる前に行くぞ」


 シャナンに促されて、俺たちは森の奥地へと進んでいく。

 周辺の樹木は幹の太いものが増え、それに伴いトーマスさんが時折、道にへばりつくようにして地面を確認しだした。

 どうやら、魔物の痕跡がないかを探ってるご様子で、俺がどうです? と、覗き込むと「ほら、これコボルトの足跡」っと、雪の上を、ちょんちょんっと、三つ葉のような足跡が続いてた。

 ……うわぁ。なんか遠足気分できたが、普通に危ない仕事っぽいね。心なしかシャナンも緊張してるし、けどそんな危険なら、殿方たちに任して女子は帰ってもいいんじゃないの~?

 と、ひとりでに愚痴っていたら、先の方から「うわー、凄い……」って、ボギーの感嘆の声がした。

 何事っ? と、ボギーを振り仰げば、その横顔はいつもの繕った表情でなく、ぽか~んと大口を開けて、目の前にある小さな池のほとりを覗いている。

 寒さにも凍ることもなくコンコンと湧き出でる水は、透明なブルーだ。そこに雪化粧をまとった山脈の景色が池の湖面に映りこんでいる。

 ……うっわ、確かに唸るのもわかるぐらいキレー。

 ン、ピコーンと閃いた。

 これは村おこしに使えるでぇ!



「ねえ、皆さん! ここに銭湯をっ――いや、露天湯を作りませんか!」

「はぁ?」


 パタパタッと近くにいたシャナンを叩くと、胡乱げな顔で距離を取られた。


「だから、露天湯ですって! こんな幻想的な風景の場所に作ったら最高ですよ~! もう、キラキラって雪が舞うなかを、熱い湯船に浸かりながらのんびりとくつろぐ……これぞ旅の醍醐味じゃないですか! 天然湯じゃないってのは、残念ですけどこのロケーションなら、絶対に村を訪れる観光客にバカ受け間違いなしですって!」


 …………キラキラしながら俺は夢を語ったのに、なにその人の感動に水を差しやがって、みたいな眼差しは?

 俺のグッドアイデアのなにが不満だッつうのよ?


「こんな辺鄙な場所に露天湯を作っても、村人が不便なだけだろう。利便性の面を考えて物を言えよ」

「左様ですな。日頃から魔物の気配が薄い場所とはいえ、いつ水飲みに現れぬとも限りませぬし。そのような愚かな考えは捨てるべきだと」

「まあ、うん、かもね」


 味方だと思っていたトーマスさんまでまさかの酷評!?


「い、いやしかし――」

「しかし、もなにもない」


 口答えしようとした先に、シャナンがしたり顔でバッサリ。


「そもそも、村の衛生環境を改善するために銭湯を作るんだろ。なのに、いきなり観光客が~、とかなんとか言い出して。目的をはき違えてどうするんだ。せっかく話がまとまった計画に、よけいな茶々をいれてややこしくするなよな」

「…………」


 この言い草である。

 人がせーーーっっかく、より良い案にしようと知恵をめぐらせているというに、意識高い系さんですか~、と揶揄られるどころか、意識他界系の電波ちゃん扱いとは……許すまじッ!!


「ボギーさんからなんか言ってやってくださいよ! このわからず屋の殿方たちに!」

「え? あたしですか?」


 ぽか~んとしたボギーの片腕にへばりついてこくこく頷く。

 俺の口からロケーションが優れてていいかも! って告げたから、露天湯の優れた点をビシッと言ってやってください!


「……いえ、あたしからとくに意見は。むしろシャナン様の意見が正しいかと」

「そんな主体性のないことでどうするんですか! シャナン様が正しいっ、て言ってるだけじゃ、ここにいる意味がないでしょう!」

「いる、意味がない?」

「そうですよ! シャナン様に同意してるだけじゃいてもいなくても一緒です。たとえ、間違ってもいいから、ドシドシ思いついたことを言わなきゃ。否定も肯定もされやしませんよ? 村おこし委員としての務めを果たすためにも、その御意見をどうぞ!」

「でも、あたしは……」

「立場なんて関係ないの! いまの思いを秘めてたって、なにも伝わらないから!」


 さぁ、そのご意見を仰って! とその両肩を掴みボギーに向けて力説してたら、ハァ。と、嘆息した声がした。


「……オマエなぁ。ボギーを無理やり自陣営に引き込もうとするなよ」

「わたしは無理くりに引き込もうだなんて考えてません~」

「嘘つけ! ボギーが困ってるじゃないか」

「なにを仰いますか。女子はすべからく露天湯が大好きなんです。人類の半分たる女子の意見を無視してすべてを決めようだなんて傲慢にすぎるでしょう!」

「無視してないだろ。ちゃんと聞いた上で却下してるんだ」

「じゃあ露天湯のなにが問題だというんです!」

「必要性がないって言ってんだろ! 汚れを落とすんなら、室内で十分だし、もっと近くて便利なとこに作れって!」


 あぁ、やだやだ。必要性、必要性、必要性って。それだけで片づけちゃったら風情や文化なんては生まれ出でやしませんことよ?

 それに、風情がない風呂なんて風呂に非ずよ。


「シャナン様は女子の気持ちがわかりませんのねぇ。こういったお風呂場で女子は身体のみならず、美貌をも磨くものなのに」

「……命の洗濯だ。とか言って水桶に頭を突っ込んでたヤツが言うか」

「人をイヌ扱いするなんて非道い!」


 そうしたのは事実だけど、あんまりに非道い酷暑の日だけだったよ!


「そういう自分こそ、夏場にも汗を拭わないでしょうが! 汗臭い男より水も滴る良い女、の方が断然に麗しくていいんですっ!」

「なにがいいんだよ。基準を示せ基準をっ!」

「基準もなにもかわいいい女子はすなわち正義と古来から――」

「――あのっ!!」


 と、俺らの険悪な睨み合いを割くようにボギーが大声で叫んだ。うん? と二人して振り返ると、彼女は気色ばんだ頬でまくしたてるように言った。


「あの、思ったんですが、あたしも、フレイ……さんが、仰られる意見に同意します!」

「なに?」


 やはり美少女連合は正義であった! どうですシャナン君? これでお互いに二対二でイーブンですよ? にしし、と俺が勝ち誇り、シャナンが苦虫を噛み潰したような顔をすると、ボギーが慌てて、


「で、ですが、シャナン様たちが仰られることも一理があるかと。それはあの、貶す意味があるというわけじゃなくって」

「わかってる。べつに俺は怒らないから、ちゃんと説明してくれ」

「は、ハイ」


 そういうシャナンの顔は憮然としていたが、ボギーはその言葉に安心したのか肩を上下させて話し出した。


「その、銭湯の建設目的は衛生面の改善、なのでしょう? ならば、村人には定期的に利用されなければ意味がございません。その面で考えれば、シャナン様の、利便性については一理ございますけど、継続的に使われるのであれば、その利用がしやすいだけでは、足が遠のくのではないでしょうか?」

「……なるほど。ボギーはそういう意見か」


 チラッと、シャナンが俺に匙を向けるように顎をしゃくった。

 え、俺の意見?


「そうですねぇ。ここは不足だというなら、仕方ないですが、他の候補地を調べますか。利便性に長けて、しかも景観の優れた――」

「それなら、候補がございます! 村の中ほどにある貯水池ならば、その両方を兼ね備えています。あそこなら、ここよりもテラネ山の景色がより一層キレイ……な、はずです」

「へー、そんな場所がおありですか。じゃあ、今度はそちらの視察に参りましょうか」

「勝手に決めるな。それは次の機会にする」


 シャナンは、話しは済んだ。とばかりに出立を促した。来た道をすまし顔で戻って行くシャナンを、トーマスさんが無理くり肩を組みつつ、邪険にされている。俺も後に続こうとして――「フレイさん」とボギーに呼び止められた。


「ン? なにか」

「その、ありがとうございます」


 ボギーがぺこりと頭を下げた。え? いや、なにか俺感謝されることした?


「いいえ、ただお礼を言いたいと思って。けど、負けませんから」


 と、再度頭を下げると、前を行くジョセフの隣へと走って行った。

 な、なんの宣言なん?

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