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LV33

「またねー」と、彼女たちは手を振って帰っていった。

 ……俺を相手には口が重たかったけど、トーマスさんを間にしてぽつぽつとしゃべってくれた。

 おぉっ! 初めての友達ミッション成功。つっていいんじゃない?

 少ししゃべったぐらいで友達だと胸を張れないが、しかし、この一歩は人類にとっては小さな一歩だが、俺の輝かしい黄金ハーレム建造に向けては偉大なる一歩である……しかし、人と会話するって楽しいなぁ!


「さぁて。俺らも帰ろうか」

「ええ、でもその手は要りませんから代わりにソリを引いて行ってください」


 ピシャリ、と差し出された手を叩き落とすと「相変わらず手厳しいなぁもう!」って、襟足をかきつつ爽やかに微笑した。


「ンでも彼女たちと仲良くなれて良かったね。キミ虐められてたんでしょ?」

「……わたしが虐められてたことなんてよく知ってますね」

「色々と聞き込みしたからね」


 ニパッと邪気が満載に微笑んだ。

 爽やかぶっても騙されんぞ。いったいなにが目的で俺の身辺を探ってんだか。


「これもトーマス様が間に入ってくれたおかげです」

「そんなことないって。キミ自身がそれだけ魅力的だってことさ」


 ちっちっち、と指を時計の秒針のごとくに振って、ニヒルな台詞を吐いた。

 なんか、トーマスさんが言うと、あまり格好良い響きでなくなるのは何故かしらん?


「子供らはお外で仲良く遊んでるのが一番だからね。って、俺はあんな風に友達とは遊んだことないけど。ウチは親が過保護で、一歩も外に出させてもらわなくって、窓に張り付いて外の景色ばっか見てたからさ」


 ……そーなんだ。そういや忘れてたけど、この人ってばモノホンの貴族の子弟なんだったな。ステータスの高い家の子にありがちな、寂しい思いを味わってきたんですかね。


「それでしたらシャナン様にも友達を作って差し上げては? なんか、日頃の訓練の後も、裏庭でコソコソひとりで木剣を振ってますでしょ。練習熱心なのは結構ですが、あまりに根をつめておられると途中でぽきっと折れちゃいそうで」


 俺としては結構、マジメに言ったつもりだけど、トーマスさんはぷっ、と吹き出した。「キミってやっぱ時々歳に似合わずに妙なことに心配すんだな。大丈夫。坊――じゃなくて、少年にはフレイちゃんがいるんだから、ね」

「……ハァ?」


 なんの冗談ですかそれ? 俺とアイツが友達ってないでしょ~。トーマス様のご慧眼もピントがずれていると言わざるを得ませんな。



「それで、ガラッと話は変わるんですけど――この村に銭湯を建てるという話しはご理解いただけたでしょうか?」

「あぁ、さっきのこの格好が気になるわけ?」


 そう。彼女たちは俺たちと話す前は、たぶん雪遊びに夢中だったようだけど、服や靴は泥まみれだった。雪の下はぬかるんだ泥だし、走り回って遊んでても普通に汚れるけど、彼女たちに限らず村の子供たちはお世辞にも清潔とは言い難い。

 俺は凍える思いをしながら、毎日沐浴をしてるんで綺麗な方だけど、そんな村人はごく少数。

 いったい、どういう雑菌がついてるかわからないのに、あのまま手もろくに洗わずに、食事したり指をなめたりしてるか、と思うと、他人事ながらひやひやもんだよ。



「村の観光地化を進めるにしても村に銭湯は必要ですよ。それも早急に」

「かもねぇ。村の子供らは、都市に住む市民たちからは敬遠されるだろうね。都市の市民はそれなりに身なりには気を遣ってるからさぁ」


 ……やっぱ不衛生な村になんて訪れる足もさらに遠のくよね。

 そもそも、衛生観念が村人に欠落してるってとこが問題なのよね。前なんて子供が道端に落ちてた牛糞をぽいっと拾いあげた時は思わず「なにすんの!」と、驚愕に問いただしたら「畑にまく」と返ってきた。

 合理的っちゃ合理的だけど、素手で掴むのは止めたまえよ君。


「やっぱり村に銭湯は必須ですよ。村おこしのためだけじゃなく、村民のためにも」

「かもしれないね」

「ここはなんとしても銭湯を作らないと、そのためにはいったいなにをするべきか!」

「なんだろうなぁ」


 ……俺の頭上を、ひゅーっ、と木枯らしが抜けていった。

 またスルーですか。

 いや、以前もこの件をトーマスさんに相談した時も「少年を説得したら?」なんてにべなく突き返されたのだ。「トーマス様のお力添えがあれば、もっと早くに進むんですが」と、泣き言を言うてもバッサリと「そういう問題じゃないよ」と断られるし。


「前にも言ったでしょ? フレイちゃんがやるべきなのは、俺みたいな外様な人間に計画を伝えるより先に、シャナンや村おこしの面々に相談するのが筋だって。お互いに協力し合うのが委員なんだから、頼るならそっちを頼って。ね?」

「……むぅ」


 反論の余地もないぐう正論。

 けどさー、ド頭が固いあのふたりに相談したって、検討段階からダメ出ししてくんよ?最終的に相談するにしたってさぁ、角生やした悪鬼と澄まし顔の悪魔っ子に八つ裂きにされる前に、ある程度の形だけは詰めておかんと俺の精神が持たない。

 それに、一応は懸案になるであろう建築費やら、作った後のランニングコストなんかを木こりや大工のヘーガー氏に聞き取り調査をしてみたが、それはそれは結構なお値段なので、この事業だけで予算が全額吹っ飛びそうなのよねぇ……。


「うぬーって可愛くない声出してもダメ。てか、そこまで調査したんだってんなら、素直に伝えればいいじゃない。きっと力になってくれると思うよ?」

「それは相談して頼りになる相手だけに務まるんですよ」

「おっ? フレイちゃんが俺の事そんなに頼りにしてくれちゃってるなんて思いもよらなかったなぁ。イヤー、そこまで頼まれちゃったら、ソンケーされるお兄さんとしてお手伝いしないでもないけどね……」


 お、マジに?


「ならば代わりにシャナン様の開墾事業を手伝っていただけません? 北の森へと魔物狩りに行く必要があるらしいんですが、ほら自警団といっても実戦経験が豊富とは言えませんでしょう? そこでトーマス様の御力をお借りデキれば~、とシャナン様も仰っておられましたでしょ」

「え~!?」


 なによその拒否反応。さっき言った台詞との整合性は?


「お兄さんはキミの力になろうって言ってんのよ? それがなんで姫様の元に、じゃなく少年の手助けにいかなきゃならないわけ。筋が違わくない?」

「やだ。ちゃんとお兄様のお力を借りてるじゃないですか~」


 その上でシャナンに又貸ししてるわけだから、あこぎな取り立てをする際は、ちゃんと向こうに行ってくださいね。ってこと。


「どうせトーマス様はシャナン様方の説得はしてくれないんでしょ? なら、あの石あた――いや、おふたりの仕事をきちっと片づけていただければ、よりわたしの意見に耳を傾けていただく時間が取れるということです!」

「物は言いようだねぇそれ。要するにキミの彼氏が忙しいからって、俺に雑務処理を代わりにやらせようってんでしょ」


 ……いまの軽口は聞き捨てなりませんね。いったいだれが、だれの彼氏だっつうのよ。俺が一度でもあのお澄まし君のこと「へい、彼氏~」だなんて言ったことあります?

 トーマス様のいまの発言は、ワタクシの名誉を著しく傷つけるものです。いますぐ謝罪と撤回を求めるとともに、そのような軽挙妄動は慎まれることを強く望みますわ。


「まあ、そういうことにしておこうかな~」

「……そういうこともなにも、そんな事実は一切ございませんので」

「じゃあ、俺がキミを奪っていってもいいよね?」


 トーマスさんは低い声で言うと、俺の右手を取りあげ、スイッとこちらの目線に合うようにキメ顔をした……うわ、結構近くで見ると端整な顔だちですね。ブラウンの髪色と同じで瞳も引き込まれそうに、ドキドキ。……はしないかな~。つか、年端も行かぬ少女に色目を使ってんじゃねぇよ。


「……俺じゃダメなの? これでも結構、本気入ってんだけど」

「浮世を流しすぎなんでしょう。いささか誠実さに欠けると申しましょうか」

「……冷静に評価されると、さらに落ち込むんだけど」

「いえいえ、落ち込まれるのはまだ早いですよ。勇者の仲間、トーマス・ラザイエフ氏、10歳の少女に真剣な告白をして、振られる。と、これも勇者伝説の愉快な一枠として、しっかりと記載させていただきますので」

「ちょっ、ゴシップ記事乗せるの止めてぇ!?」


 伝説が穢れるって? クックック、いまさら命乞いをしても遅いわ。

 これは村の立派な公式文書として、あるいは後世の勇者資料として、未来永劫残す歴史だ。たとえその書物が黒くとも、胸を張って生き恥じをさらしていってください。


「まあ、それが嫌でしたら、開墾事業に乗り気になっていただければ、資料の編纂の如何も変わってくるかもしれませんがねぇ」

「……やっぱ、フレイちゃんが俺に甘えてんのは振りで、最初っからシャナンの開墾計画に俺を借り出すだめの策略だったんじゃん」

「だから、違うっつの」



 しつっこいなぁ。それ以上、ないことないことばっかり述べると、10歳女子に振られた腹いせに、10歳男子に嫉妬するトーマス・ラザイエフ氏、とさらにみみっちい歴史が追加されてしまいますゾ?

 つか常識で考えてよ。どうして俺を認めぬやつのために影で奔走しなければいかんのですか。まったく、思い違いも甚だしいわ~。

 天は自ら助くる者を助くと言うが、もう少し自助努力を重ねていただかないと、天たる私が救いの手を差し伸べるに至らないって感じ~?


「へぇ。ま、そういうことにしておこうかね」

「…………」


 俺はニヤニヤとするトーマス氏を睨みつけると、ドカドカと荒々しく雪を踏みしめ家路を歩いていった。


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