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LV32

「フゥ~! どう、フレイちゃん? 雪も大分集まったしこんぐらいでよくない?」

「ですね! これなら十分だと思います」


 俺がオッケーを出すと、スコップを手に雪と格闘してたトーマスさんは、疲れたー。とばかりに手をぷらぷらとしながら、振っていたスコップを雪山に突き立てた。

 いやぁ、ホントに大助かりです。吹きさらしの風は、凍える程なのに付き合ってくれたトーマスさんに感謝だわぁ。


「お疲れ様です。でも、一時間も経たずに、これだけの雪を集めるなんて、さすがは勇者のスコップ捌き。白き魔物をバッタバッタと倒す姿がこの目に浮かびました……」

「……俺の獲物はスコップじゃなくて、槍なんだけど。魔槍の貴公子って呼ばれてるの知らない?」


 知りません。でも、グータラしてるばかりの人だと思ってたけど今回ばかりは見直しましたわ! って、感激に胸を打ちふるわせた少女――の、笑顔で出迎えたのに「……な~んか、その笑顔は含みあるよなぁ」と、毒づかれた。知っています。それは貴方に対する俺の感想でもあるのよ?


「で、雪かきでもないのに、こんな雪を集めてなにする気なのよ?」

「愚問ですわよトーマス様。これも立派な村おこし委員としてのお仕事です――て、その趣旨はさんざん説明したはずですけど……こたつで寝てたんですか?」

「うん、寝てた」


 素直でよろしい。大事なことだから一から説明して進ぜよう。

 俺らのいまいるこの場所は、前に借金の取りたてで訪れたゼーマン農場の牧草地。春には若草がそよぐ平原もいまは冬の装いで、一面を白銀の世界に閉ざされている。

 こんなだだっ広いだけの場所で、トーマスさんを無報酬でこき使ってたのは、だ。このな~んもない平原に観光客を誘致するための一大施設を建設するためだ。


「つまり、わたしはここに雪像アートをぶちたてようということです!」


 ……天をさした指先を、ぴゅ~っ、と木枯らしが抜けていった。


「その雪像アートってのが、俺には理解できないんだけど……」

「なんでですか!?」


 アートですよアート! ただの雪像じゃなくって、芸術がこの村に生まれるの! それが評判になれば、村に人集まる。村潤う、これ自然の摂理。ナゼオマエワカラナイ!


「要するにただの雪だるまっしょ? そんなもの子供の遊びじゃないの。俺なんかとじゃなくって、友達と作ればいいのに」


 あー、友達ですか。あ~、友達ね。そういう関係って世間じゃ一般的らしいけど、てんで興味ないし。べつに人を遠ざける気はないけど、そんなベタベタした付き合いは、ゴメンだわ。ほら私ってば恋愛でも追いかける立場じゃなく、追われる立場の漢だから。一抹の淋しさに耐え兼ねて、物欲しそうな面を引っ提げて、ひょいひょい釣られるようじゃ、一流の紳士たりえないのよねぇ。

 だから、エリーゼ様にもぼっちなのがバレたり? トーマスさんにまでバレたりしても、全然気にならないから。うん。だから、そんな目で俺を見るのは止めてくれない。

 ……いや、俺だってがんばったのよ。

 お屋敷や魔術の授業でボギーとは顔をあわすようになったから、ここを逃せば後ない!って、私は仲良くする気が満々です~って、秋波を送ったり、振り向いてくれた時には、咄嗟に笑顔を作ってみたりしても、完スルーされたのには、我が心も小枝のごとくポキッと折れました。



「さぁて。雪が集まったし作ろぉかなぁ」


 トーマスさんの同情の眼差しから逃れるべく、雪像アートの建立を開始だ。作るのは、無論のこと一角兎招き。原寸の一角兎よりもはるかに巨大でいなせなヤツを作って、我がプランをいまいち信用してないトーマス氏の度肝を抜いてやるゼ。

「で、なにを作るの?」と、気だるげにスコップにもたれるトーマスさんに手彫りで作ったのを見本にしたら、君もそれ好きだねぇ。と、呆れられた。いいんです。かわいいものは、それだけで良きもの哉。

 掘り起こしていただいた雪に少量の水をまいて、木べらでペタペタ塗り固めてしっかり強度をあげる。雪を固めるには水を使うのがポイントよ。


「トーマス様~、こっちの雪が足りませんから、もっと積み上げてー」

「へいへい」


 我が村の発展は、この雪像のデキ如何にかかっているのだから、マジメに作ってくれたまえ。

 俺は一心不乱に、積み上げていただいた雪を木べらで削り、細部を緻密にすりあげていく、そして、一時間後――完成!


「これで人が集まるって?」

「…………」


 ……言うてくれるな。

 我ながらなんという禍々しい魔物を生み出してしまったのだ、と後悔してるんだから。

 いや、一角兎も魔物だからいいんだけども、本物のヤツと比べてデフォルメしすぎて、カッ、と目を剥いた細面な顔が恐怖を倍増してる……なんか、かわいさを崖から突き落として、恐怖が崖下から這い上がってきた感じがある。

 もしもこれが、暗~い雪山のゲレンデで下からライティングされた日には失神するな。


「雪像アートは……失敗、ですね」

「元気だしなよ」


 ……うん、風が冷たいから帰ってこたつにあたりましょ。

 悄然と肩を落としつつ、ソリにスコップを片してたら、トーマスさんにポンポンと肩を叩かれた。なに? っと、示された先を見れば、木立ちの向こうに3人の女の子がこちらを伺っている。


「ほら、話しかけてきなよ」


 えぇ!? それハードル高くないっ!?

 ほらっ、と肩を押されるがままに、彼女らの前に行く、えぇ……どうしよ、なんて言えば、えぇ~、


「……こ、こんにちは~?」

「…………」

「えっと、今日は皆で、なにしてるのかな?」

「…………」


 なんて最悪なファーストコンタクトの仕方っ! こんな訊き方、まさに不審者だ!?

 俺が絶望に固まっていたら、それを見兼ねたのかトーマスさんが「堅いなぁ皆して。ほら、キミたちもフレイちゃんが話してるんだから、なにか言ってあげてよ」と、軽いノリで間に立ってくれた。


「でも、フレイちゃん家は高利貸しの家だから、話しちゃダメって言われてる」


 ぐはっ!

 真ん中の三つ編み娘ちゃんから、攻撃を受けた!

 フレイは心に拭い難い致命傷を負った!


「でも、いまは違う仕事をしてるから……しゃべってもいい、よ」

「ほ、ほんとに!」


 神は私を見捨てなかった!


「ねぇ、これってなぁに? ……もしかして、トーマス様が作られたの?」

「そうだよ。発案は彼女だけどね」

「これもしかして魔除けなの、凄い怖いね。きっとこれがあったら、魔物も村に入ってこれないよ」

「あたしもそう思う!」


 ……この魔像には触れないで、どうぞ。

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