LV31
慣れなかった宿の仕事も、最近は板についてきた感じがある。
日頃の業務も、家族の間で不公平感もなく自然に役割分担が決まり、最初は疲労困憊してた父さんたちも接客業に慣れた様子だ。
もっとも、いまは冬季シーズンである。村は雪に覆われ、訪れる方々も少ない。いまだ宿の回転率は、二室ぐらいしか使ってないので、忙しさに目が回る程じゃないんだけどね。
そんな数少ないお客様であっても、我が一家で誠心誠意真心をこめてサービスを提供しているつもり。だが、あまりベタベタまとわりつくのもお客様にストレスがかかるので、節度ある接客を心がけ、つかず離れずをモットーとして、求められた際にはすぐさま駆け寄る――まるで忍者の如くに、貴方の後ろに控えてござる。だから、備品を盗んだら一発でわかりますよ~?
しかし、残念なのは我々のサービスのなかで、お客様が一番に喜ぶのはやはり勇者関連のエピソードをお話しする時だ。
食堂で給仕をする空いた時間「わたしも朝の訓練に参加してるんですよぉ?」と、自慢すれば大概のお客様は大いに関心を持ってくれる。
なかでも訓練場の壁には団員をふっ飛ばして出来た穴ができたのだ! というくだりには食事もソッチのけで、いまだ強さを磨こうとする勇者への賞賛と驚きに開いた口が塞がらないって感じ。まあ、その穴が空いた原因の大半はジョセフの仕業だが、ウソはついていない。
暇を持て余すお客さんの相手もひと心地つけば、後は母さんと夕食の献立を考え、次にお土産のカステラを焼くこと。
これは俺しかできない仕事なんで、よっしゃー! バッチコーイ! 的にいつも気合いたっぷりなんだが、高い買い物だから、試食用として一斤焼いて、その上で注文がかかるの待つのが仕事だ。
ただでさえ忍従を強いられるのに、その心血を注いで作ったカステラを、購入されなかった際には、白目をむくほどに絶望するわ。
ちっ、勇者御用達の菓子を買わぬとは、この不心得者めっ! と、思わんでもないが、「オマエの技量が足りないせいだ」と、マメチ先輩に叱られるので、そんなこと露とも思いもよらないし、思ってもいない。
試食用とはいえ焼いたカステラは余ったまま。それをお土産として、昼下がりの時間にはエリーゼ様の元に、せかせかと足しげく通っている。
俺はいつものように、カステラを抱えてお部屋に通されたのだが、ソファに足を組んで沈痛の面持ちのシャナンがいた。
あら? いったい、どうしたのかね。と、眉をひそめたら「あぁ、ちょうど良かった! 実は貴女にシャナンから、プレゼントがあるのよ!」と、常にたおやかなエリーゼ様が珍しくはしゃいだように声を弾ませてる。
「差し上げたいもの? シャナン様が、わたしに?」
「……いや、僕がじゃなくて、母さんがでしょ?」
「そんなことはどっちでもいいの! ふたりして水臭いじゃない。フレイちゃんの誕生日があったって教えてくれれば、私だってちゃーんとプレゼントを用意したのに!」
「え。プレゼント?」
「そう! 余り物みたいだけど、これウチでは使い道がなくて困っていたから、よかったら持っていってくれない?」
わおっ、こんな美しい女性からプレゼントだなんて!
って、エリーゼ様に感謝して頭を下げようとしたが、その前に目の前のテーブルに――ドスッと重量感のある音がして、眼前に壺が置かれた。
……なにか、プレゼントにしてはいくらか生活感が溢れておりますね。
ってか、それ以上に、シャナンが微妙な顔して開けるよう促してんのは気になるが。
とにかく、ちょっと失礼して。と、許可をいただき、壺を開封したら、
「……なに、これ?」
白い粉末状のものがビッシリ壺に詰まってる……。
まさかっ!? って、妙な勘違いをするわけなく、ひと目で砂糖だとわかったけども。ペロッ、とひと舐めしても甘かった。
「ちょ! いくらプレゼントといっても、こんな高価な物をいただけませんよ!?」
シャナンが微妙な顔してたのが、わかったわ……。
俺様のモットーは、貰える物は根こそぎ貰え。だが、いくら俺が厚かましくったって、こんな高価な物は、ダメ絶対!
「でもウチも扱いに困っているのよねぇ。前に行商人の方が訪れた時「どうぞよしなに」なんていただいたのよ。でも縁もゆかりもない方々から、こういう高価な物をいただいても、主人も私もなんだか申しわけなくって。それにハンナも菓子の作り方なんてわからないでしょう? だから、ずっと宝の持ち腐れだったの。それでもし良ければこれを貴女に差し上げようかって」
そら、前世では砂糖なんて100円ショップでも手に入る代物だけど、こっちの世界じゃ、100グラムで金貨に替えれるお値打ちものよ? それが㎏単位でなんて……。
ごくり。
い、いかん。これは悪魔の誘惑だ!
こんな着服みたいなことしたら、世間知らずなお嬢様にたかるヒモではないか!?
こんだけあればカステラを作るにも困らないし、お菓子の更なるレパートリーを増やせられっけど、漢としての誇りはそんな安い物ではないの!? 私が魂よ、もっと高潔であれ!
「いいえ! 頂けませんっ! 貰い物にしては高価すぎますからね!?」
「けど、フレイちゃんには絶対に必要なんでしょう?」
「うっ!?」
……本音は、喉から手が出るどころかゾンビが出る程に欲しい。
こっちの世界じゃネットでポチるわけもいかないし、この機会を逃せば次はいつ砂糖を手に入れられるかわからない。
前にカステラの試食会を開いた時も、たまたま村を訪れた行商人さんが持っていたのを、頼み込んでお買い上げしたけど、その値段をきいた父さんは卒倒したからな。
「そんなに気に病むことはないのよ。本当に必要とされる人に使われたほうが、きっと物としてもしあわせじゃないかしら? なんならウチからの開店祝いということにして」
「開店祝いにしたって多すぎますって!? 縁もゆかりもない方から贈られて困るって、それはまんまウチにも当てはまりますしぃ!?」
「フレイちゃんはそんなふうに思っていたの? ウチと貴女との関係を……」
え? い、いや、そんな世にも悲しい顔をされても。
あぁ!? な、泣かないでください!
そんなに想っていただけるのは光栄ですが、それとこれとは話が違うっていうか……
「シャナン様も黙ってないで……なにかないの?」
「なにかない、って言われてもな。砂糖の処分にそんなに困るならじゃあ、オマエがひとまず貰ってそれをトーマスさんに売ればいいだろ?」
「なるほど。その手が……って、解決になってないわ!」
ただの転売厨じゃねぇか!
我が高潔な魂がきりもみしながら地に落ちるわい!
「べつにウチは砂糖を使わないから、宝の持ち腐れなんだがな……でもタダで貰うのもオマエの気が引けると言うのなら、そうだな……砂糖をウチから借り受けたことにすれば? その砂糖を使ってオマエはカステラを売る。そのカステラの売り上げから砂糖の値段分を月々に返済する。べつにウチは利子なんて取る気はないから、それでどうだ?」
「おぉ! いいですねそれ」
俺は気兼ねなくカステラの砂糖が手に入るし、エリーゼ様の家にもお金が落ちるし。
文句の付け所のない名案っすよ!
俺は即座にそれに乗ったけれど、エリーゼ様はそれでも不満げに「……子供からお金を取るだなんて」と、ぷっくり頬を膨らませておられたけど。いやいや、すでに魔術の授業や朝食までいただいてるのに、これ以上のご厚意に甘えるなんてできませんよ~。
「正規の手段であっても砂糖を手にすることは難しいのですから、それだけでもエリーゼ様には大助かりで」
「そう? でも新しいお仕事に乗り出したばかりなんだから、あまり無理をしちゃダメよ。私たちにできることがあったら、遠慮なく頼みに来てくれていいんだから」
「エリーゼ様……!」
俺はその優しさに感涙にむせび泣く思いをしてたら、エリーゼ様はたおやかに笑って、「そうだわ。せっかくカステラを頂いたのだし、これからお茶にしましょう」と、言った。
……げ、な、なんか、そのポンと打ち合わせた手が、またハート形を象っていたような。い、いや、これは眼球疲労がなせる幻覚……。
「じゃ、僕はこれで」と、シャナンがそそくさと立ち上がっていった。ちょ、オマエ! 自分だけ逃げる気!? ここにカステラがあるから、残んなさいよ!
それから、エリーゼ様のトークは一時間は続いている。
「でね! シュールレ様が、「俺はもうオマエを離さない、一生……」って、決めた台詞がここで生きてくるの! もう、そこが思い出すたびにカッコよくって、ステキすぎ!」
「…………なるほど」
さっきから俺は頷いてばっかだが、興奮状態のエリーゼ様は気にしてないようだ。
この重度の恋愛小説の亡者っぷりは凄いな。娯楽の少ない村だと、つい怖い物見たさに定期的に見たくなる。
しかし、紳士である私にはなじまぬジャンルであることは語るに及ぶまい。いや、そういう話も読めば楽しいだろうが、私には存在しない乙女心が育まれても色々と恐ろしいので、得てして避けている。
「ジョウネツテキデスネー」と、エリーゼ様の盛り上がりに、憶えの悪い機会人形のように感想を呟くに任せたが……もう相槌を打ちすぎて首が疲れたよ。
冷めたお茶をズルズルと啜っていたら、エリーゼ様のマシンガントークが急に止まった。あら、急にもじもじされて、トイレ?
「その、実は、ね。こんな常識外れなことを考えるのもどうかしら、って思うんだけど。……ユリアス様とゴルベーザ様との仲に、ちょっと気になるニュアンスがあってね」
は? ユリアスとゴルベーザって、あぁ、前に借りた本の登場人物ですよね?
っと、たしか騎士である主人公のユリアスと、その同僚で大親友のゴルベーザだったな。
気になるニュアンスって、どの部分ですか? えぇ、最後の別れのシーン……?
べつにあそこは危機に陥っているヒロインの元へ、はせ参じようとしてるユリアスに、ゴルベーザが「行くのか、オマエは……」って、追いすがるように引き止――ハッ!?
も、もしやそれは!?
「わ、私ったら……へ、ヘンよね。男の方同士に求めあうことなんて」
STOP!?
……間違いない。エリーゼ様は禁断の腐海の道へのドアを開こうとしている。
その先には行っちゃらめぇー!
「そそそ、そうでございますとも!? そんな深読みをされましては、きっと作者様もびっくりしてしまいますわ!」
「そうよね! 気のせいよね。ほほっ」
「ですです! おふたりは大の親友ってだけですって。そこに異なる関係だなんて。まあ、言うなればクライス様とトーマス様との関係、みたいなものです」
「……ウチの人とトーマスが」
軽く小首をかしげて、ボーッとあらぬ所を見上げられた。
藪蛇やったー!?
いや、全然ふたりの関係に怪しいとこなんてないから! よく執務室にこもって話し込んでるよね~、とか、休暇にしちゃ随分と長いな~、とかべつに俺は全然ふたりの関係が怪しいだなんて微塵も思ってないですよぉ!?
エリーゼ様も、自分の想像の生々しさに引いたのか「そ、それで近頃の子供はなにをして遊んでいるの?」と、穏便な方向へと話題を逸らしてくれた。俺もそれに異論はないので普通に乗っかる。
「えぇ、最近だとソリを使って遊んでいます」
「シーズンだものね。ふーん。それでお友達と遊んでいるんだ。いいわねぇ」
「いいえ、ソリに乗れるのはひとりだけです。他の人間が入る余地などございません」
「……そうなんだ」
あら? 俺はただソリの構造上の理由を述べただけなのに、何故かしらエリーゼ様から同情の眼差しを受けた。いったいどうして?
「奥様、お茶の時間が遅れて申しわ――って、え?」
「あら?」
ボギーが若干慌てた素振りで部屋に入ってきた。そして、俺を驚きの表情で見つめては、大粒の瞳を見開いて固まっている……大丈夫?
「あぁ、ボギーもお茶の支度をしてくれてたのね。でも、さっきフレイちゃんからカステラとお茶をいただいて。せっかくだし、ボギーもそこに座って一緒にお茶をしていっても――って、どうかしたの?」
「い、いえ。べつに」
身体のこわばりが解けたように、ボギーは促されるままにギクシャクとした動きで椅子に座った。
「さっきからフレイちゃんと、日頃なにをしてるのかって、話題になったのよ。ねぇ? ふたりは一緒に遊んだりしないのかしら」
「いいえ、ありません」
ボギーはキッパリハッキリとそう言った……俺と仲良くする気はないっての?
「あたしには侍女としての勤めがございますから。遊びにかまけるわけには参りません」「そんな、マジメだけでいたら肩がこるわよ? 少しぐらい怠けてたってべつに怒りはしないのに」
と、エリーゼ様はいいことを思いついた、と朗らかに手を打ち合わすと、
「フレイちゃんのソリって、ジョセフの物だったのでしょ。ボギーちゃんも、何度か乗ったことがあるんじゃない? ねぇ、試しにふたりで遊んでみたらいいんじゃないかしら。きっと楽しいと思うけれど」
ね? と、エリーゼ様が軽いノリで俺たちに、なぜかご提案された。
……俺としては不服はないんですが、隣のボギーさんは心底から嫌そうに顔を歪めてますんで。いや、そこまで嫌われる俺って。
「……いいえ、万が一にも怪我をして、お仕事に支障があってはご迷惑になりますし」
「そんな神経質になることないわよ。子供はあちこちに駈けずり回って、怪我をしたりして大きくなるものなんだし。少しぐらい休んだってべつに――」
「そんなわけには参りません!」
キャラに似合わず、ボギーが大声を挙げたのでびっくりした。エリーゼ様も面食らった様子で、えっと。と固まっている。ボギーも自分のやったことに気づいてか、顔を青ざめて、「も、もうしわけございません……いきなり大声を出して」と、非礼を詫びるように謝罪すると、ボギーは逃げるように部屋から飛び出して行った。
……どうしたんだろうか、ボギーさんは。




