LV30
クォーター村観光地化計画を会議の席でぶちあげてみたのだが、疑り深い石頭どもからさんざんに芳しくない評価を叩きつけられ、村おこし会議は空振り三振に終わった。
なんかゲッソリ疲れたわ……期待の新人にプロの厳しさを教えるつもりが逆に教わったでござるの気分。って、俺が論破されたわけでは断じてないが。
まさか異世界転生主が今世人に諭されるなんて、あるわけがないではないか。そうではないか。
……しかし、あの石頭二人はなんとかならんものかしらね。
苦し紛れに出た案にしても、だ。あの会議ではあれ以上のアイデアなんて皆無じゃない。ろくにアイデアは出さないくせして俺の意見には「ダメだ」「意味がわからん」って、ダメ出しの連発とは失敬にも程がある!
「へぇ、そりゃタイヘンだったねぇ」
「えぇトーマス様が、他人事っぽく仰られますけど、ものすっごく疲れましたよ!」
俺は連中への愚痴を小石のごとく投げつけたが、トーマスさんはのほほんとした笑顔で愚にもつかない感想を述べた。純粋な若者の向学心をたてに脅迫したくせに、相談に乗ろうともしないとは、実にいい根性をしてらっしゃる。
「一応は、わたしの計画については”要調査扱い”になって、次回の会議までに観光地化が可能か否かを、判断するんだそうです。ったく、偉そうにぃ! わたしの改革案のどこに不足があるってんですか!」
「そうカリカリしないでって。ね、次の会議までに君がその改革案を詰めて、形にすりゃ文句もでないよ」
そうかしらん? まあ、ジョセフは年寄りだからしょうがないとして、シャナンのヤツは保守的に過ぎるんだよな。もうちょっと柔軟な発想を持っていただきたい。
「会議始めにいきなし開墾の話を持ち出すとかって、ないですよ。そりゃ、開墾も大事なことだってことわかりますけど、新たな活動をするっていうのに、既存の計画を引っ張ってきたって、村おこしの意味がないじゃないですか。仮にも責任者なんですから、もっとこう、アイデアの引き出しを増やしていただかないと」
「そういう自由な発想が足りないから、君をメンバーに推薦したんだって」
「わたしひとりをあそこに放り込まれましても、及びじゃない感がありありなんですがね。あ~、もう辞退してもいいですか?」
「いやいや、投げ出すの早すぎだってば。もうちょっと付き合ってあげてよ。ね」
「ですが本気で村を引き上げるんだったら、トーマス様のご実家の財力でなんとかした方が早いのではございません?」
「ダメダメ! 村の暮らしをよくするのは自分たちの手でなきゃいけないよ?」
ちぇっ。そりゃ正論だけどさー。
味方であるはずのジョセフやボギーさんにまで、不信感が丸出しで当たられるのはねぇ。こんな子供が~、って思いを抱えられるんはわかるけどさ。
「しかしこの”こたつ”っていうのは最高だねぇ。なんかしあわせすぎて欠伸が止まんないわ」
ふぁ~、と大欠伸しながら、トーマスさんはこたつの頬すりしている。
クックックッ、勇者の仲間といえどこたつの魔力には抗えぬようだなぁ。かく言う、俺様もこたつからは逃れられぬ運命である。いや~、やっぱ冬の寒い日には暖かいこたつが一番ですなぁ~。例え暇な時でも忙しくとも粘菌のごとくへばりつく所存だ。
実はこのこたつヘーガーさんに無理言って、俺の部屋に作っていただいたもの。無論、電気はないから、木枠のなかに陶器の入れ物を置き、そこに火だねを入れて、上から布団とテーブル板を重ねるだけの簡単仕様な掘りごたつだ。
すっかりトーマスさんも気に入ってるのか、もはや自分の部屋より俺の部屋に居着いてる時間の方が長い。
「いつも邪魔して悪いとは思ってんだけどね」
「いや、そりゃいついらっしゃっても構いませんけど……」
っていうかさ、この小さいこたつでも、ちゃんと四面あるわけだよ。なのになんで俺と同じ面に入り込むワケ。おかげで狭くてしょうがないんだけど。対面が空いてんだから、そっちに行ってどうぞ。
「もう一歩も動きたくないんだよなぁ。あぁ、それは君がかわいいせいなんだけどね」
「トーマス様おちついてください。それはこたつの魔力のせいですよ」
「そっかな? でも俺たちの距離が近ければもっと暖かいでしょ?」
……なに言ってんだこいつ。俺は顔のひきつりを堪えつつ、距離を取った。が、なぜかその空いた隙間をにじり寄ってくる。領土侵犯は控えてください! と、肘でガードしながら押し合い圧し合いをしてるとドアががちゃりと開いた。
「なにやってんですか二人とも」
と、声に振り向けば、呆れ顔のシャナンが突っ立っていた。
「あら、どうしたんですかシャナン様?」
「トーマス様に用事があって来たら、ここに通されたんだよ――あの、それはなんなんですか?」
「こたつ~」
「ですよ~。ここに入るだけで、暖かくて良い気分になる魔道具であります。シャナン様も寒いなか歩いてきたんでしょう。どうぞお座りください」
ゆるゆると溶けだしそうな俺たちに、胡散臭げに目を細めてたが、素直に足を入れると「あ、ホントだ暖かい」とびっくりしてた。
「で、俺に用事ってなーに?」
「あ、いえ突然で申し訳ないんですが、トーマスさんが村を出立されるのはいつ頃になる予定ですか?」
「あぁ? いや、春には出るつもりだよ。あんまりゆっくりし過ぎて、ここに根が生えてちゃ困るしねー。で、なんでまた今頃になって聞くんだよ?」
「実はトーマスさんにも魔物の討伐を手伝っていただきたと思いまして。開墾地を広げる予定なんですが、そこは例年よりも奥深い場所にあって」
「ンなのクライスだけで十分だろ? 前にアイツ100匹以上のゴブリンを独りで屠っていやがったんだぜ? むしろ俺が手出しした方がかえった邪魔ってなもんよ」
……100匹て。ウチの領主は化け物か?
「いえ、魔物狩りは一回だけじゃなく、定期的に森に入らないと。その地から魔物は離れません。父様には他の仕事もありますし、開墾作業の間中ずっと、つきっきりになるワケにもいきませんから……でも、無理な話でしたね。春先に村におられないとなれば、トーマスさんにはご助力は願えませんから。雪が解けてからでないと、森への侵入も難しいですし。いまの話は忘れてください」
ちょこんとシャナンは頭を下げた。
……ふーん、そういう根回しを思いつくなんて、子供だと思っていたけど中々やるね。はい、お茶どうぞ。
「あぁ、悪いな……しかし、この部屋はなんか妙な物ばっかりだな」
と、シャナンはジロジロと部屋の様子を興味深げにチラ見している。
どうだね、羨ましいだろう。俺は快適空間を得るためなら妥協はしない漢だ。こたつや火鉢は無論のこと、木彫りの鯉や招き猫をもした招きウサギまでおりますよ。
「ほんと異国情緒に溢れるって感じがするよねぇ。ここら辺りもそこまで王都の文化圏から外れてもいやしないのにね。ミステリアスなのは、フレイちゃんの脳内かもね?」
「色々創作を凝らしていたら、イメージが湧いただけでございます」
なんですか、人の顔をジロジロと。
お言葉ですが俺の顔面をなぞったぐらいでは、俺という傑物の理解をするに及びませんことよ?
「俺もほんとはさー、雪が降る前に帰るつもりだったんだけど。色々とこの家ってば面白いことが多いんで、すっかり長居しちまって。あー、もう俺このままフレイちゃん家に婿入りしようかな。ねぇ、どう思う?」
「まあ、トーマス様ったらご冗談バッカリ」
……なに、十代の少女に色目使ってんですか。と、腐ったバブルスライムを見るような視線を向けていたら、トーマスさんが人の肩に頭を乗せてきた。
思わずグーで殴ろうかと思った瞬間「うひゃっ」と、トーマスさんが世にも情けない声を上げてこたつから飛び上がった。
「ちょ、おま、シャナン! 冷えた足をこすりつけるんじゃねぇよ!?」
「わざとじゃありません。ここ狭いですから」
「嘘つけっ!」
「嫌なら横に座れば足がぶつかりませんよ」
「……ったく、坊から少年ランクアップしたと思ったら、ずいぶんキツくなってまあ。お兄さんは悲しいよ」
シャナンのクールな横顔に恨み言をぶつけつつ、トーマスさんは空いてる隣へと座る。
騒々しいなもう。貴方たちは歳の離れた兄弟っすか?
「フレイちゃんもせっかく聞き込みしたんだし話しといたら。観光客の件」
「あ、ですね」
シャナンたちに一方的にボコられたあの後、何事にもマジメな私は、宿のお客さんたちに給仕をしつつ、観光地についてのリサーチをしていたのだ。
「……えー、お話しを聞きました限りですと、やはり旅行者は意外にも多いらしいですよ。まあ、その層は裕福な市民か商人に限られるそうですけどね。
なかでも、人気なのは遺構巡りの旅だそうで、神話時代の戦いの秘跡や、神遺物のある寺院なんかの参拝がほとんどでして。宗教関係の逸話ばっかりで、てんでちんぷんかんぷんで困りましたよ。
あ、そのなかでも面白そうだったのは湾岸都市ゼーレムですね。知ってます? 湖畔に浮かぶ小島にある都市だそうで、なんとそこには海精と呼ばれる竜に乗って行くんだそうなんですよ!」
行商人さんからの聞いた興奮をそのままに報告をしたが、シャナンはピンとくるものがないのか、静かにお茶を啜っている。ノリの悪いやつだ。
「ゼーレムな。海精つっても可愛くないよ。なんか鰻をでっかくしたようなんだし」
「トーマス様は行ったことあるんですか!」
「あそこは一年中温暖で過ごしやすいし、なかでも花園を鑑賞しに人が集まるから、その道中の護衛にね。でも、俺が行ったなかでおすすめはやっぱフィダックだな。町中の至る所から白煙が立って、そこから湧きでる湯を目当てに、貴族もお忍びで通ってんだよ。しかも、奥深い山間にあってもメシは美味いし、酒も美味いときてる」
「へぇ、温泉街ですか……」
「俺も一回行ったっきりだけどなぁ。確かアレは燃える魔物の討伐に行った帰りに寄ったんだけど、あそこには色々といい店がいっぱいあるんだよ。薄着なお姉さんが、一枚一枚服をぬ――」
「その情報は要りませんね」
その施設はたしかに温泉街に付き物ですがこの村には必要ない。というか、子供の前でなんて話をしてんだ。TPOをわきまえていただきたい。
「まあ、俺の話はこんなとこだけど、どう? なにか参考になったことあるかな」
「ええ」
「いやいや、お兄さんに気を遣わなくたっていいって」
そう? じゃあ正直に言えば、全然参考にならないよね。
湾岸都市ゼーレムにしろ、温泉街のあるフィダックにしろ、そこには観光資源や特色があるから、成功しているのだ。
その体験をマネようたって、そもそも自然条件が違うし、どう逆立ちしたって無理だ。裏山を掘って温泉が出てくれば別だけどね。
「けど、都市に暮らす市民の方々は気軽に観光をしていらっしゃるんですよね。そこの需要がある、と知れただけでも、十分ですよ。クォーター村でも、やる気を出せばそのお客様を引き入れることが可能かもしれません。なんたってウチの最大の観光資源は勇者がいるんですからね!」
「……父様を客寄せに使うつもりか」
シャナンはムッ、とした感じで頬を膨らませた。
「いえいえ、あくまでほんの少しご協力をいただく程度ですよ」
「それを使うっていうよね~」
黙りたまえトーマス君。
著しく村を発展さすには、全リソースを惜しみなく投入するのは当然のことだよ。
いま村には、世間様に対して無い胸をど~んと張れるのは、歩く伝説であるクライス・ローウェル様しかおらんのですよ。ならば、勇者様のご威光にすがるしかオラたちが生き残る道はねぇだ。
「しかし、クライスの力を借りるつっても、具体的にどう観光に活かすつもり? あいつ人付き合いなんぜ、めっぽうヘタで愛想笑いもできないんだぜ? ホスト役に引っ張るのも至難の業だと思うけど……」
「そんな。領主様が自らホストなどさせませんよ。っていうか、逆にお客人から遠ざけるように致します」
「そうなの?」
トーマスさんも、わかってないなぁ。わざわざ領主様がのこのこと顔を出してファンサービスをしたって、それはブランドの安売りですよ?
人々は伝説を求めに来るのです。なら、ちょっとやそっとで触れられては、逆に驚きも萎むもの。勇者といえども普通の人間だ。と見透かされては、いかんのです。
鰻の香りをかがせて、期待に胸いっぱいになって「また足を運びたいなぁ」と思い出を抱えて帰っていただく。その思いでを周りの人間に吹聴していただければ、最高だ。
「持ちかえられた時の、話題のタネとなるような品物を売るとか、あるいはその資料を展示したり、モニュメントを飾るのもいいかも! 面白味はないですが、こういう地道な活動から始めて、もっと尖ったやつは後々に残して、と……」
村の発展のフロントランナーとしての輝かしき一歩としては、凄まじく地味ではあるが、無難に成功例を重ねて、反論を封じ込めねばならないからな。
と、俺が指を立てて宣言すれば、その反対派の筆頭が「……まだあの妙な愚案を棄ててなかったのか」と、げんなりしてる。
愚案って失敬な!
「だが、僕たちが父様に頼りっきりになっても――」
「わかっています。わたしたちに望まれてる活動は、なにも村のあちこちに豪邸を建てるとかじゃないでしょ。あくまで領主様は入り口であって、村民がなんの引け目もなく普通に暮らせる環境づくりですからね」
「……わかればいいんだよ」
シャナンはつんっ、とした感じにそう言うと、ニヤニヤと忍び笑うトーマスさんに軽く殴る素振りをした。
だから、喧嘩すんなら外でやってどうぞ。
しかし、まず簡単にできる観光客向けのサービスとすれば資料の展示かな。
勇者伝説って尾ひれに背びれもついてて、なにが本物かわかんない始末だし、まず資料の編纂が地味に大事よ。折を見てジョセフやクライスさんから聴き出し、その上で醜聞めいたものがあったら、勇者のイメージに悪いしねつ造――否、修正をして使える話だけを厳選しようそうしよう!
クックック、しかし夢が膨らむなぁ!
これは我が計画の第一歩どころか、たまねぎの皮一枚にも過ぎぬ。
勇者を足掛かりにし、この村を一大観光地区に押し上げるのだ。大陸全土から押しかけた娯楽に飢えた観光客どもを満足さすイベントは目白押しよ。
「君も勇者になれる!」を、合言葉に、勇者一武道会を開催。筋骨隆々な荒くれどもが、その武を誇示するべく村に集わせるのだ。
クククッ、実に愚かな連中よ。我らがために、タダでその血を流させて観光客の娯楽として消費されるのだからなぁ。ふん、しかもやつらにくれてやる賞金なんぞ「勇者一味」という、書かれたベルトで十分であろう。まあ、かわりに大会期間中の福利厚生は完璧に努めてやる。三食昼寝つきはもちろんのこと、後はおやつにカステラをつけてやるぐらいはしてやろうがな……。
粗暴な子供どもには、魔物に弄ばれるテーマパーク「一角兎ランド」に押し込め、彼らのかわゆさとモフモフさに耽溺させ「一角兎招き」のグッズ収入でウハウハ。
集まってきた妙齢の女性たちも、クォーター村の雄大な自然の手によって、都会の廃塵を落として進ぜよう。
クククッ、ククククッ、ヌーァハッハッハッハッハ!




