LV29
……ぬぉおおっついにきてしまったか。
村おこしなんて苦渋案件のことなんざイイ感じにすっぱり忘れてたのに。年始から嫌なこと思い出させてくれる。イイ感じに忘れてたから、イイ感じになにも思いついてないんだけど。
どんよりと不安な気持ちで朝食を食べ終え、授業を受ければ集中力を欠いてエリーゼ様に「メッ」って叱られるし。
「私の教え方が悪いのかしら」と、真剣に落ち込ませてしまうわ……最悪だ。
すみません。ダメなのはちょうちんアンコウより劣る俺の才覚で、エリーゼ様のご指導にはなんらの問題もございませんのに。
しかし、新年が始まったばかりだのにいまの体たらくって……いまの俺って相当にダメな子じゃね? 仮にも異世界転生主なのに。
――いや、俺だってやればデキる子なはず!
そうよ、フレイ! 貴女はやればデキる子。いまの私はまだやってないだけだから! そう、強く自分を鼓舞しつつ、シャナンとともにクライスさんが待つ執務室に参る。
「よくぞ参ったな。宿が大変であろうにまた迷惑をかけるようですまんな」
「いえ、そんな」
……まったくだよ。と、思いをおくびにも出さずにっこり微笑む。
クライスさんは俺たちに座るように促すと、嬉々としてばらまけた書類を片づけだした。それにジョセフがまるで捨てられる間際の猫のように悲しい目をしたのはだれもがスルーした。
「さて。オマエたちも知っての通り、村の開発は遅々として進んではおらん。いくら頭を捻ってみても、私はダメだな。土をいじる以上の案が出てこないでな。いやはや、やっぱり私は貴族なんてものには向いて――」
ごほん、とジョセフの咳払いに、クライスさんはギクリッとして「あー」っと無意味に頬を掻いた。
「……うん、それ故にオマエたちの知恵と力を借りたいというわけだ、うん! それで、なにをしようか?」
「は?」
「いや、実はトーマスとは、村のために働いてもらおう、ということで意見は一致したのだが、具体的になにをしてもらうか、とはなにも詰めていなくてな。私がいくら頭を捻っても、アイデアなど浮かばぬし、ならいっその事オマエたちに自由な裁量を与えた方が、いらぬ手間もかからぬと思ってな」
クライスさんは一人、得心した顔でふんふんと頷いた。
……いや、あのさすがにそれは問題が多いというか、問題ばかりだと思われますが。
「クライス様。お言葉ではございますが、いくら、シャナン様がついておられるとはいえ……その、さすがに全てを取り仕切るのは問題かと」
「そうなのか?」
そうなのか? じゃないよ。ただの子供が領地運営に手出してたら、いったい村の統治はどうなってんだ。と領民たちが不安に思うでしょうに。
げんなりしながらシャナンとともに頷くと、クライスさんはふむ? と、頭を捻ってる。
……あかん、勇者の政治力はまさかの0振りである。
「父様。提案なんですが、僕たちの仕事は村の発展に寄与する、計画の企画と立案でどうでしょうか? 例えば、開墾の計画を立てたとして、その計画にどれだけの人手や日数がかかるか、などを僕らで議論、及び調査する。そして結果を父様に俎上して、最終決定を仰ぐことにする。こうすれば、父様の日頃の業務が軽減されますし、父様のご意志も村人にハッキリします」
シャナンが予習してきたとばかりにスラスラと持論を述べた。
俺も異議なし。
領主の意思がハッキリしてるし、なにより俺が悪目立ちしないってのも最高だ。
これなら計画が失敗して「責任とれよ!」と村人からタコ殴りにあうこともないだろう。
「うむ、それはいい考えだな!」
と、クライスさんも膝を打って賛同してくれた。ホントに理解してるかは疑問だけど。
「じゃあ活動内容はその旨でいくとしような! それで部署の名はトーマス様が発案通りに”村おこし委員”とする。して、他に聞きたいことはあるか?」
聞きたいこと?
辞表はちゃんと受理されますでしょうか、ぐらいかな。
「いいえ、特にわたしの方からは……でも、過大な期待をかけられましても応えられるとは限りませんので」
「構わんよ。好きにやってくれて。で、責任者だが――」
「シャナン様で」
「わかっておる。さすがにそこまで甘えるワケにはいかんからな。補佐役としてジョセフをつける……とりあえずはそうだな、1か月をめどに意見の集約をしてくれ」
「お任せください」
シャナンがしゃちほこって胸を張るのを、クライスさんは背もたれに身を預けて目元を緩めた。
このまま解散の流れで結構だったのに「これから会議だ。務めを果たせ」と、ジョセフに引っ張られて、嫌々客間に移動する……報酬もないのに人使いが荒いな。
渋々ながらも着席すると、先に客間に待機していたらしいボギーが、数枚の資料とともにお茶を配りだした。
しかし、資料はともかく、何故に俺のお茶だけを華麗にスルーされるのでしょうか。
ちょっと、ひとり分足りませんよ! って、目顔でアピールしたが、ボギーはそれに気づくことなく席についた。え、君もメンバーなの?
……色々と些末なことが気になるが、一応は会議の始まりらしい。
「さて。さっそくで悪いが、まずは手元にある資料を読んでくれ」
と、すっかり責任者然としたシャナンが配られたレジュメを指して言った。
ふーん、シャナンが用意したのか。村を継ぐのをあんなに嫌がってたのに、どういう風の吹き回しなんだか。どれどれ。
…………眩暈がした。
「……あの、この資料の始めに”開墾計画”って、デカデカと書いてますけど、これがシャナン様の考える村おこしですか」
「そうだ」
村おこし会議だと思ったら、土おこし会議だったでござるの巻。
……使えねぇ。
一瞬でもコイツは頭が切れるかも、と思った自分が恥ずかしい。穴があったら入りたいってか入る穴を捜しに行くので、俺のことは捜さないでください。
「なんだよ。言いたいことがあるならハッキリ言えよっ!」
なま暖かい目が不快だったのか、シャナンが怒鳴った。
あっそ。じゃ遠慮なく言わせてもらうわ。
「なんで村おこし会議でいきなし土掘りの話題になってるんですか。そんなアイデアでもなんでもないへーへー凡凡な意見をいきなし話すなっての! 場が盛り下がってしょうがないでしょ!」
「場の盛り上がりなんて関係ないだろうが! 開墾の準備も色々と手がかかるし、いまの時期に予算を決めとかないと、後々に困るんだよ! それに、早くに魔物狩りをしないと危険がすぎるだろうがっ!」
「だからって気が早すぎーっ! てかこれ来年度を目的とした計画なのに!? いまの時期に話し合うってどんだけ気が早いっつの!」
いまの時期こそ開墾作業の真っ最中だろ。村の男衆が総出で土地を広げるのに必死だしその作業が終わる前に、来年の計画を~だなんて鬼が抱腹死するわ。
「……まったく。オマエは村の現状を知らないからそんなことが言えるんだよ」
シャナンは荒々しく椅子に座り直すとムクれつつ吐き捨てた。
いや、俺って普通のかわいい女の子だしぃ?
そこまで言うんだったらまず村の現状をご教授していただきたいものですわ。
「ジョセフ」と、シャナンが苛々した調子で言いつけると、ジョセフは顎に手をやりつつゴホンッと咳払いした。
「ハイ。我が村における現状の報告を致します。
――まず、我が領における問題は、発展の行き詰まりでございます。タイヘンに残念なことですが、我が領はエアル王国に張り巡らされた多くの主要な交易ルートから外れております。それ故、人の往来や物流の流れが少なく、これが村の貧しさの一因となってございます。
その問題の原因ともいえることですが、村には主要となるような産業がないことです。せいぜいが一角兎の毛皮か、北の森のささやかな恵みをいただくばかりでございまして、これでは行商人が年に数回の買い付けだけで、ことが足りてしまい、先にも述べた物流の滞る要因でもあります。
次なる問題は、食料自給の低さでございましょうか。麦ぐらいならば村で賄えてはおりますが、野菜や乳製品などといったものは、隣接都市のカルバチアなどからの輸入に頼ってございます。その問題を領民たちも理解しておりますが故に、二男、三男といった辺りは遠方の都市へと出稼ぎに行き、村の人口減少に拍車をかけております。
無論、賢明なるクライス様はこれらの問題を理解しております。が、あいにく畑に適した土地は、すでに開発され尽くしており、この近郊で開墾に適した土地となれば、魔物が住まう北の森意外に他はございません。この事業はタイヘンに困難が予想されます故に、シャナン様がいち早く計画を立てられるのは合理的な判断かと思いますが?」
ズーーーン、とばかりにジョセフの二重顎が上向き加減で上がってらっしゃる。
……え、なにこのアウェー感!?
スゲー無言の圧力を感じるんですが、え、君たちは俺と同じ村おこし委員の仲間なんじゃないの? 俺ってそんな間違ってたこと言った!?
「……え、と、ですね。開墾事業が、その重要なのはよくわかりまシタ。ええ。ですが、我々は”村おこし委員”なのでしょう? ならば、まず答えの出ている開墾の計画を練るよりも、もっと他の政策を考えるべきじゃございません?」
「じゃあオマエのアイデアはなんだよ」
「そんな、村の現状を知ったばかりで出るワケないでしょ」
「デキないやつの言いわけだな」
「なんですと!?」と、俺が立ち上がりかけた鼻先に、ムンズと指を突き付けられた。
「仕事を請け負った際には、いつ、どこで、だれに訊ねられようとも、自分なりの答えを用意しておくのが基本だ。事前のリサーチすら怠っていたやつが、人の意見にケチをつけるなっ」
「…………」
ぬがっぁあああぁあーっ!?
なんじゃ、その言い草は! えぇ? 君は、パワハラ部長かなにかッ!?
仕事始めの初日に、ンなやる気満々で当たるヤツなんていねぇし! つか、俺はまだなりたてほやほやの新入社員だっつーの!
俺の能力に不足があるっつうなら、まずはお茶くみから始めることを要求するッ!?
「……お言葉ですが、シャナン様。我々はもぐらではありませんし、日々土を掘り起こすことに熱中してるワケじゃございません。しかも会議が始ったばかりなのに、すでに出来上がった計画を発表されましても、議論のしようもない。ましてやそれを領主様にご注進するだけでは村おこし委員としての存在意義はありますまい?
有能な責任者なら、まずは下の者に自由な議論をさせ、そこから上がってきた意見を集約するものですよ。それが、やれ自分の意見を持たぬなどと、あげつらうだけでは部下が委縮するだけでございます」
俺はやれやれっと軽く肩をすくめたのを、シャナンは努めて冷静にふんっ、と流したが隣のジョセフが物凄い目つきで睨んでくるのがメチャ怖い……そのままの姿勢でびっしり脂汗を流していると、シャナンボソッと、
「……なにを、だ?」
「は?」
「……議論をしろというが、具体的になんについてのことだよ」
「え!? えっと、それはもちろん村おこしについてですが……そうですね。まずは基本的なことの確認から、でしょうか。えぇ、委員の間で情報の祖語があってはまいりませんし。皆の意志が統一できてなければ、組織としては動けませんので」
「そうか。では村おこし活動を始めるにあたって、なにか質問や疑問点がある者はいないか」
……おぉ。し、信じられん。シャナンが俺の主張をすんなり認めた。だと!?
こ、これは夢か? や、初夢だとしてもずいぶんな悪夢だが、しかし、それ以外になんだと――――
「おいっ、聞いてるのかよ」
「はっ!? なな、茄子の夢は見てませんよ!?」
「……いや、。ボギーが、村おこしとはいったいなんなのか、って聞いてただろ」
……聞いてませんでした。ボギーのジト目がじくじく痛い……。
「え、えと。村おこしとはなにか、の定義はずいぶんと広範にわたるものですが。まー、平たくいうと、村の発展や振興を増進するための活動、といったとこですかね」
「それは日頃の仕事となにが違うのですか? 我々侍従は、日々村の発展を支える仕事を自負しておりますが」
「いや、全然違いますよ。皆さんのお仕事は、領主様の仕事環境をサポートすることによって、生産性を上げることが目的でしょう。村おこしの場合には、そのベクトルが真っ先に村自体をかさあげするというか、なんというか」
「…………」
ボギーはかわいらしく小首を横に捻っちゃった。あちゃー、わかんなかったか。ン~、概念を説明すんのって、意外にムズイんだよねぇ。
「まあ、大雑把に言えば。人、モノ、金、のこの3つを村に引き寄せることだとご理解していただければよろしいかと。具体的には人を集める催しを興したり後は(ボソッ)ゆるキャラ創ったり」
「ゆるきゃら?」
「いえ、最後のは忘れてください」
村にはゆるんでない最強キャラがいますものね。
「とにかく、村おこしといっても、特別な仕事でもありません。村に有益だと思うアイデアを考えだす。それを皆で議論をして形にして、領主様に進言する、と。
これは、先のことの繰り返しになりますが、この仕事を意味あるものにするには、だれでも自由闊達な意見を述べる雰囲気が重要だと思います。たとえ、突飛に思える意見が飛び出しても、頭ごなしに否定せず、そのつたない意見を磨いていけば、とても価値ある物となるかもしれませんし。どうせやるんでしたら、明るく楽しくやりましょう」
「……楽しく?」
そうそう。楽しむってのは、職場では重要だよ?
「明るければ、どんな難事であったって、乗り越えられる気がしてきますでしょう? あ、それからお堅い上下関係もなしでお願いしますね。上下関係がまかり通ったら、右にならえで議論の風通しが悪くなるだけですんで」
と、念押しの注文をつけたら、シャナンは「わかった」と、頷いた。
……さっきから気味が悪いぐらい素直だな。
代わりに侍従のお二方は、露骨に顔をしかめてるがね。きっと、上役の前では慎むのが美徳って感じて不愉快なんだろうな。だけど、俺みたいな子供がこんな話に関わるって時点で、上だ下だ。と言うても意味がないし。不満に感じてても、それを仕事に交えなければそれはそれで問題ないさ。
さてっと。
「それじゃあ皆さん、なにか村の発展に寄与するようなアイデアがあったら、どうぞ遠慮なく仰ってください」
…………………………………………
あ、うん。いまの俺の聞き方が悪かったよね。そうだよ、村の発展につながる案があったら、とっくに実践してるよね、うん。でも「黙っているのは、茶葉にそう暗示されてるからです」みたいに黙るのは止めてもらっていい。俺の分ないから。
「……じゃあ、なにも思いつかないのでしたら、わたしの方から。あの、先ほどジョセフ様が指摘くださいました、村の諸問題についてのことが気になるんですが」
「いったいなにが気がかりなのだ?」
「いえ、それが村の明確な課題なんでしょう。なら、その解消に努めれば、村の発展が望めるワケですからね」
「左様でございますな」
むむっ、なんだよその態度。それができれば苦労はせんがな、って顔しちゃってまあ。
いいですよ。ここらで異世界転生主たる、私のお力をお見せしちゃいましょうか?
さっきは、威圧されて村の問題に、落ち着いて考える時間が持てなかっただけですから。問題が明確なんだから一つずつ解決をはかればよろしいでしょう。
一つは村の交通問題、
二つめは産業の乏しさ、
三つめは村の食料自給の問題だっけ?
いやいや、もう答えは書いてあるもんじゃない。
村が貧しい一因は、産業がないこともあるが物流の乏しさにある。
なら、どうして物流がはかどらないのか、といえば、村にそれだけの魅力がないからだ。
まるで鶏が先か卵が先か、に思えるがこれら諸問題を一手に解決する方法は簡単だ。
その解は――三つ目の課題に取り組むべし! だ。
要は人口は力なんだよ。なにもない村にあっても、人の数だけ経済が動いている。行商人からすれば、人の数だけ商売の数になり、その人が増えていくだけで商売の数もまた増える。この村は先々も明るい、と思わせれば、彼らも勝手に外界から物を運びいれてくれるはずだ。
その解決法はズバリ! 村に開墾の手を広げることだ!
村人の数を増やすには、遠回りに思えるかもしらんけど、地道に田畑を増やしていくの。急がば回れ、ということわざにあるように、一番に早い解決なのよね~。気の早いワンマン経営者には、それがわからんのですよ。
村に開墾の手を拡げ、地道にコツコツ積み重ねていけば、村には明るい前途がやくそくされ――って、ちょっと待って。
これって、シャナン様が仰られていることが、一番正し……い?
「なにかいい案でも浮かんだのか?」
「いぃいいっ!? い、いえ、あともうちょいですから、後ほんの少~しで思いつくとこなんですっ!?」
早くしろよ。と、言いたげなシャナンに、わたわたと俺は手を振った。
……ぐぎぎっ、言えやしないよ。アレだけぼろ糞に非難しといて、貴方様が考えた案が一番です、だなんて……。
ぐぉおぉおおおっ!? 考えろ俺! かぼちゃ頭を振り絞って、だれもがハッピーになる――もとい俺様の名誉を守り抜ける案を! 国からグッドデザイン賞を受賞しちゃうぐらいの名案をっ!?
……そうだ、発想を変えるんだ。
こんな変更のきかない自然条件は解決できないからこそ問題なんだ。俺がちょーっと頭をめぐらせただけで解決するわきゃない。俺たちの仕事は村を富ませること。ならそのための最短距離を辿ればいい。
えぇー、村が富えて人が集まる方策……あぁん、こんななんもねぇ田舎村に来るやつなんて――
「いるじゃないか」
そうだ! こんなうら寂れた村に来る物好きはたくさんいる!
「村を観光地にするってのはどうでしょうっ!?」
「観光地?」
「ですよ! 村の発展が困難な道ならば、わざわざ自分で渡る必要なんてございません。たとえ苦難な道でも来るだけの価値がある村とすればいいんですよ!」
「……それは口で言うのは簡単だけどな」
「いや、きっとなんとかなりますって。いまでもなにもない村だけど、尋ねてくる人はたくさんいますよ! 憧れの勇者に会うために!」
「父様に?」
だよだよ!
いや~盲点だったぜ。俺は村の訪問者ってのは、行商人しか考慮してなかったが、考えてみればいままでだって冒険者や流れの吟遊詩人なんてお客さんもいたじゃないか。
彼らを積極的に村に招致して、村を存分に楽しんでいただき、お金を落としていって貰う。そして、村を富み栄えさせて、また新たなお客を呼び込む!
……あぁ、これ以上村おこしに相応しい案はないじゃない。
村を発展させる道はこれっきゃないよ!
「そう名付けて、クォーター村観光地化計画ですっ!」




