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LV27

「いらっしゃいませ! ようこそカステラ亭へ! 本日はご来訪くださってありがとうございます!」



 クォーター村に初めての宿屋が開業をした。

 宿の名は「カステラ亭」

 こんな田舎村での突然の宿の誕生に村民は「そういや、勇者様が話してたっけなぁ」と、とくに芳しくない反応。村民が泊まることはないし、反応がなくて構わないんだけどね。

 むしろ、俺の不満は捻りもなにもない直裁なネーミングよ。

 少しでも話題性を生もうと勇者様に相談をした結果、たった数秒で練られたのがコレ。……いくらなんでも、安直すぎるぞ勇者よ。


 ちなみに料金設定はスィートだと一泊、銀貨一枚で(500Fol)。通常のお部屋だと、一泊、銅貨40枚で(400Fol)となっている。

 大体、1Folの価値はおおよそで20円程度だから、前世の感覚からいって一泊諭吉さんで済むぐらいかな。

 このヘンの宿の相場は、俺らもチンプンカンプンなんで、トーマス様のご意見を参考にさせてもらった。つくづく勇者パーティに依存しまくってる気がしないでもないが、さんざんな重荷を背負わせられてるから、このぐらいの厄介はいいだろう。

 あ、そうそう。たとえスィートでも、翌々日までのご滞在となられましたら、二割引きとなっておりますので、ご宿泊の際にはご考慮くださいませませ。



 そんな領主様直々のご紹介もあってか、村に訪れるお客さんの大半が、当宿をご利用されている。けど、宿に回されたお客様方は、口には出されないけどガッカリされながらのご来店。まあ、ホスト役が領主様から、村人一家にランクダウンすれば、気落ちするのも無理からぬことだけど。

 先ほど入店された小太りな商人さんも、あからさまにしょげられているのは、ちょっとイラッとくるね。いつまでも落ち込んでないでキリキリ歩きたまえ。


「それではご宿泊のご予定は如何いたしましょう。当宿ではお部屋はスィートと普通部屋がございますが。いかがなさいます?」

「……あぁ、スィートで」


 毎度、どうも~。

 あ、そうだ。


「母さん、今日の献立はピタ餃子でお願いしますね」

「ピタ? ピタってあのピタのことかよ!?」

「もちろん」


 母さんは笑って頷くと、小太りな商人さんは「……こんな宿に泊まるんじゃなかった」とばかりにがっくり肩を落とした。


「へー、ピタ餃子。正式メニューに繰り上がったんだ」

「ハイ! トーマス様のおかげで、味の調整もできましたからね。きっと以前よりも美味しくいただけるはずですから、夕食楽しみにしてくださいね」

「もちろんだとも」


 さて、荷物をお部屋に運び入れましょうかね。どうぞついて来てください。って、なにぽか~んて口開けてんのよ。


「お、おい君! ……あ、あのお方は、もしかして英雄のトーマス殿ではっ!?」

「ですよ。もうここに来て一週間はおられますね」

「……信じられん」


 と、商人さんは軽くかぶりを振って、母さんとお茶してるトーマスさんを何度も振り返ってる。夕食時になって商人さんが降りてきても、まだ緊張が持続してるのか、カウンター席でくつろぐトーマスさんに遠慮したように、所在なげに突っ立っている。

 いや、そこまで敬う程、その人にカリスマ性はございませんよ。


「あの、もしかしてどこかお加減が優れないのですか?」


 アライグマみたく落ち窪んでた目に心配した母さんがきゅっと眉を潜めた。


「あ、あぁいえ大丈夫ですよ奥さん」

「そうですか?」

「ハハハ、わたしは頑健なのが取り柄でしてね。こう見えても若い頃は腹がぺっこり引っ込んでいたし、四六時中馬車に乗っていても平気のなんのと――」

「あ~、ハイハイ。自慢はいいからアンタこっちに座んな」

「お客様ー。ちょうど料理が出来上がりましたし、そちらのお席にどうぞ~」

「あ、あの、ちょっ!?」


 がしっ、とトーマスさんと連合して、母さんから離れた席へと商人さんを着席させる。ウチの家宝に色目を使わんでくださいね~。


「こちらピタ餃子でございます」

「お、おお……しかし、これがピタか。てっきり粥かと思ったが、なんだこりゃ? ……耳ったぶみたいだな」

「えぇ、お熱いので気を付けてどうぞー」


 商人さんは出された皿の上のピタ餃子をまじまじと見つめて、意外だ。と、いいたげに右の眉を器用に上げた、がいかにも気乗りしないといった感じでつんつんとフォークで突っつき、あ~んとひと口頬張ると、その目が大きく見開いた。


「なんだこりゃ!? 美味いぞ!」


 でしょー!

 俺は母さんと目配せしてニヤッと笑った。


「……これがあの煮ても焼いても喰えないあのピタとはねぇ。いやはや! 普通に食べれるとはね」


 実に満足そうにピタ餃子を平らげる商人さんに俺らが笑っていると、不意に店のドアが開いた。


「お、やってるやってる!」

「やあステラさん。今日もまた飲みに来ましたよ」

「これはこれは、トーマス様? またご一緒に席を設けてもよろしいでしょうか」

「その他人行儀なのは止めてくれっつの。もう背中に毛虫を放り込まれたみたくなんだからさ」


 トーマスさんが如何にも、げんなりした感じで言うとやってきた村人たちはドッと盛大に吹き出した。

 やってきたのは一杯ひっかけにきた村の人たちだった。

 実は父さんとも相談したけど、せっかく高利貸しを廃業したし、ここらで村人との交流を深めるべきだ。と思いたち、夜には宿を酒場として開くことにしたのだ。


 もっとも、こんな寒村にだって、元から酒場くらいはあるけど、向こうのお店はマッチョなハゲ親父が店主だからな~。来店されて早々、でへへっ、と鼻の下を伸ばしてる通り、皆美人女将がいる方を選んでくれたみたい。

 しかし、母さんが侮れないのは、その相貌も一級であると同時に、接客も一流であったことだ。

 昔は修道院で暮してたこともあり、言い寄ってくる男の数が山ほどいたらしく、男のあしらいは心得たものだ。人妻にもさんざんに色目を使ってくるけど、それを上手にあしらいつつドッと笑いを取りつ、注文まで取ってくるという荒業をやってのける。

 母さん。貴女はもしや接客の神ですか? と、パチパチパチと褒め称えると、母さんは照れたようにお盆に顔を隠して、


「実はね。わたし昔からお店をやってみたかったの。こんな形で長年の夢が叶うだなんて思ってもみなかったけれどね」

「母さんが密かにそんな夢を抱いていたとは……」


 道理でモチベーションが高いわけだ。

 母さんのおかげで俺がいない間でも、安心してフロアを任せられるし、ほんと感謝しています。まあ、気が気でないお方がいらっしゃるようですけどね。


「父さん、ピタ餃子の2個程注文ですよ」

「…………」

「父さん!」


 ……ダメだ使えねえとは思っていたが、予想以上に使えねえ。

 料理人としてカウンターの向こうに引っ込んでるのに、母さんが色目を使われるたびに、使われた本人以上に泡を食って飛び出してこようとしてくる。いや、母さんなら大抵の相手はあしらえるし、大人しくピタ餃子を焼いていてくれよ。

 ……ったく、しかし、解せないのは引く手あまたであったろう母さんが、なぜにあのトウヘンボクを選んだのか。


「フレイちゃ~ん。注文エール酒、5杯分ね」

「あ~、ハイハイ只今。って、トーマス様が給仕なんてしなくたっていいですよ!」

「いいの、いいの。……ほら、あの連中から離れる口実だから」


 苦笑いして親指でくいっくいっ、と後ろを指す。と、英雄を視線で追ってきた子供じみたオッサンどもが顔を逸らした。

 ……まるで有名芸能人扱いっすなぁ。

 俺も苦笑しつつ申しわけない、とちょこんと頭を下げて、ふぬけた父さんを厨房から追い出して、大急ぎでオーダーをこなした。



 酔客どもは、いまだにトーマスさんを視線で追っていたけど、彼岸に離れたようにカウンター席で一人ちびちびやっている英雄に、声をかけにいく度胸はないらしい。

 けど、その酒宴の席でも話しの俎上に上がってるのは勇者の英雄譚。ウチの宿では毎晩のように邪竜が倒され、勇者と巫女の接吻がかわされている。

 よくもまあ、延々と同じ話題を飽きないな、って、給仕をして思うけどこの村に由来のある英雄が称えられれば、なぜか自分の腹の底をくすぐられたようにこそばゆいものなんだろうね。

 注文が落ち着いた頃に「タイヘンですね」と、お詫びがてらにエールを差し入れると、「まあ酒場にいきゃよくあることだけどね」トーマスさんは肩をすくめた。


「そっちの商売は、なかなか順調みたいじゃない?」

「……宿というよりも、酒場ですがね。ンでも、村にとっての風通しは良くなったかもしれませんが」

「へ~? それどういう意味?」


 いやさ、遠方からはるばるやってきた商人さんたちって、村人とああして酒を呑んで騒ぐみたいな機会、めったになかったからさ。


「商人さんたちがこの村に来る目的って、いつも商売というよりも、領主様にお会いするのが主ですから。いつも領主館へ直行しちゃうんですね。村人にとっての商人さんっていうものは、いつも横を素通りしていくだけの方々でしたから」

「この宿屋が外の空気を感じられる場所となってるってことか……」

「いや、そこまで大袈裟ではないですけどね」


 と、突然トーマスさんがくぁ~っ、と欠伸を堪えたように呻いた。

 え、眠くなったの?


「違うって。俺はそんな子供じゃないよ。というか、いまの話がショックでね。ウチの勇者殿はそこまで気の利かないヤツだったってのが」

「あぁ……」


 なんともフォローしにくいですね。事実なだけに。

 ああっと!?


「そこの商人さんちょっとお待ちを!」


 俺は二階に上がろうとしてる酔いどれの商人さんの袖をがっちし掴んだ。


「な、なんだよ!? 代金は後で清算する決まりだろ」

「いえいえ、その話ではございませんです。それよりも、このお菓子を食べずに寝るだなんて、こんな損なことございますまい」

「はぁ……菓子ぃ?」

「あら、存じ上げない? それはそれは、もぐりですね。これはウチの宿屋の名前の由来ともなり、また勇者様が深く愛する銘菓――カステラでございますよ。「このカステラの存在を知っていれば、魔王を倒すのが一年は早まったであろう」と、かの勇者クライス様が悔やまれ、深く愛したというお菓子ですよ。その味ときたらどこの王宮で出されても恥ずかしくなく、そのご利益ときたら滋養強壮、精力増強、家内安全、交通安全なんでもござれの代物。ぜひとも旅のお供にどうでしょうか?」

「……なに言ってるのかわかんねぇよ」


 自分でもわかんねえ。まあ物は試しに試食してどーぞ。


「って、な、なんだよ、この甘さは! ……菓子って言やぁ、無駄にくどいだけの代物だと思ってたのに。こんだけ柔らかくってくせのない甘いものがあるのか。これなら勇者様が唸るのもわからんでもないな」

「ですよね。どうせですか? いまなら、一斤のカステラにつき銀貨2枚(1000Fol)ですけど」

「安っ!? も、もちろん買いだっ!」


 はい、毎度アリ!

 くっくっく、酔いどれ時では、商人どものきつく守った財布のひももかように緩くなるものとはな。


「……商魂がたくましいのも問題かもしんないね」

「もう! トーマス様ったら、なにを言ってらっしゃいますの?」


 さぁ、一杯とは言わずもっと呑んで呑んで! ウチの売り上げに貢献してくださいな。って、もういいの? ちぇっ。



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