LV26
……我ながらえらい厄介ごとを引き受けちまった気がする。
村の発展のために、てトーマスさんは息巻いてたけど、十分に無理ゲ―な気がする上に、この漂う地雷感ときたら、どうよこれ?
いや、だってよ? 村が栄えなくても文句が出なかったのは”勇者様が治める村だから”って、信頼に裏打ちされたものだからでしょ?
なのに、影の旗振り役として俺がしゃしゃり出てって、その挙句にいつまでも結果が出ない暁には…………見える。視えるぞ。
灯篭を抱えたまま彷徨い歩き、ついに村人から一斉にタコ殴りにあう未来が!
オォ!? なんたるジャック・オ・ランタン!
村が栄えるも衰退するのも領主の責任なのに、なぜ俺にお鉢が回ってくるのか真剣にわからない……つか、こういう悩みは跡取りが――って、シャナンは継ぎたくなかったんだ。そりゃそうだよ。俺の作った菓子を売ったくらいじゃ、村全体の底上げなんて流石に無理だろうし。あ~、ガチでどうしたらいいのかわかんねぇ……。
明くる日の訓練に参加したクライスさんは妙なハイテンションだった。
「おうっ! 皆の衆調子はどうだぁ? ハッハッハ、たとえ寒くても村のため、家族のためにしっかと訓練に励まんといかんぞぉ! ハーハッハッハッ!」
クライスさんは頭にお花畑を咲かせた、締まりのない笑顔でいてる。地に足がついてないのか、ふわふわしながら「調子はどうだっ。ン?」と、指導や呼びかけをしている。
「……おいっ、アレはどうしたんだ?」
「おれに聞くなよ! 勇者様のお考えなど知る由もないじゃではいか」
「まさか!? 朝っぱらからエリーゼ様とイチャ――いや、それもいつものことだが」
勇者の急な変節に自警団の面々もビビってる。
いや、それもそうだわな。
いつも気さくなお方だが、あそこまで砕けてるというか、威厳さが粉微塵になってはいないよね? 指導に関しても師範役のジョセフに一任して、いつもは隅っこの方で黙々と素振りをしてるだけだったのに。
「いったい勇者の身になにが?」と、だれもが疑問に首をかしげてた時、隣のシャナンが意を決したような顔つきで、勇者の元へとおもむろに近寄っていった。
あ、そうだよね。この場の唯一の肉親に、あの乱心ぶりを宥めてもらうっきゃない。
頼んだよ。シャナン~。
「父様。僕に稽古をつけていただけませんか」
えぇ!?
……ま、まさか。勇者の突然のご乱心に介錯する気!?
お、オマエこそ早まるなーっ!
「ちょっ、シャナン様っ! いきなりなにをっ!? っていうか、わたしたちには打ち合い稽古はまだ早いのではっ!」
「いや、よろしい」
俺がひしっとシャナンの肩を掴んで止めたら、クライスさんが遮るように小さく頷いた。いやいや、よろしくないですって! あわわわ、と、シャナンに向けて手を出したり引っ込めたりしてる間に、ふたりは獲物を構えて静かに相対した。
構えた獲物は木剣ながらも、その真剣な雰囲気にあてられ、皆固唾をのんだまま二人の様子を見守っている。
その沈黙を破ったのはシャナンだった。
声もなく飛びかかると、爆発的な速度で勇者に向かって剣を振り下ろす――瞬間、バネ仕掛け人形のように、シャナンが訓練場の壁にドゴッとぶつかっていた。
す、すげぇ……勇者の剣先がどう動いたのか、すら見えんかった。
ハッ!? ちょ、見惚れてる場合じゃないよ! シャナン動かないじゃんかっ!?うわわっ、だれかエリーゼ様を早く呼んでーっ!?
「静まらんかっ!?」
俺らは泡を喰って近寄ろうとするのを、ジョセフは一喝した。
――いや、でも!? と、躊躇していると、吹っ飛ばされたシャナンがむくっと起き上がった。
「その調子ならまだイケるな?」
「ハイっ!」
てやーっと、突撃していってはぶっとばされる。突っ込んではぶっ飛ばされるを何度も繰り返している。
……体育会系のノリにはついていけないよ。
訓練を終える頃には冬だというのに、親子ともども汗だくになって、肩を組んでいた。どこかスッキリしたふうな顔だ。
シャナンのやつ、壁に何度も激突してんのに、身体だけは頑健だな。まあ、デキた傷はとくいの魔術で治してるけど。
……しかし、あの親子があんなふうに笑顔で並んでるの、始めてな気がする。なーんかかしこまった調子というか、壁みたいなのがあったのに。っと、クライスさんがこっちに近づいてきた。
「お疲れ様でした」
「おうフレイか。お互いによい汗をかいたな! うむ。今日は実に晴々しい一日だ!」
「……左様でございますね」
あいにく空模様は鈍色なんですが、勇者が晴々しいといえば晴々しい日なんです。ええ。
「次はオマエの番だ」と、言わやしれないか、と縮こまっていたら、クライスさんはふっ、と小さく息を漏らした。
「実は昨夜、あの子と話してみたのだ。あやつはなにを考えていたのか、わだかまっていたか、思っていたか。それが昨夜、色々と知れてな。問題は問題として残ってはいるが、おかげでなにか互いにスッキリした気分でな」
「……そうでしたか」
それで、訓練でのあの浮かれ調子だったのな。あのお澄まし君といったいどんな話しをしたんだか。
「しかし、オマエには礼を言わねばならんな」
「は?」
お礼? なんのことです?
「村おこしの件だけでもそうだが、むしろ私が一番に感謝してるのは、シャナンのことだ。私が言うのもなんだが、あの子はなかなかに聡い子でな。大人が気遣うより先に、自分で物事を簡潔してしまう子だ。……だからかな。手のかからぬ子供故に、放任していたのだ。そのせいで、あの子の苦しみや悩みには気づかなかったのだがな。その時に、オマエがあの子の助けになってくれていた。親としてクライス・ローウェルとして礼を言うぞ」
「いやいやいやいや!? 頭を御上げください勇者様!」
俺なんかに頭を下げるなんて、自警団の連中が目を剥いてるからっ!?
ってか、アイツを助けたことなんてないし!
「いえっ、お礼を申し上げるのなら、わたしの方でございますよ! あ、そうだわ。報告が遅れましたが、実はつい先日、領主様たちのご厚意によって無事に宿屋を開くことができましたんですよ!」
「おおっ、そうだったな。それはめでたいことだな」
……ホッ、話題を上手く逸らせたな。まったく、勇者様が人前で頭を下げるなんて勘弁してよ。
「トーマスのやつも今日にはそちらに移ると張り切っていたな。よほど家は居心地が悪かったらしい」
「いえそんな。ウチも初めて迎えるお客様が、英雄のトーマス様ともなれば、これほど名誉なことはございませんです」
「はは、調子だけは良いやつだからな。しばらくは騒がしくなるが、まあよろしくしてやってくれ。……あぁ、そうだ。これからウチを訪れる客人には、オマエの宿を利用するよう口利きしておこう」
「ありがとうございます!」
クックック、かくも美しきは領主と商人の癒着……ではないよな、うん。だって村には宿が一戸しかないし。この紹介は必然である。
ふぅ。勇者様からも宿経営への協力を頂けてなによりだわ。
しかし、こうして思えばウザッたいばかりの訓練通いだったけど、色々と得る物があったね。乙女らしからぬ筋肉とか。気の置けない団員たちとの絆。
――でも、それも今日限りでもって終まいだ。
「……しかし、残念です。わたしは明日からこの訓練に参加できなくなるだなんて」
俺は悲哀を称えた表情をクライスさんに悟られぬように背を向けて、テラネ山脈よりも遥かに遠い所に視線をやった。
クライス様に、喜ばしい報告をお届けできたことはタイヘンに光栄ですが。これから、悲しいご報告を申し上げねばならない。
それは私フレイ・シーフォは今日をもって――この過酷な訓練から卒業するのだ――
なぜなら、この村に理想とする宿を作るために。
マメチ先輩との食材の買い出し旅行に出た時、俺たちはある一流の旅館に宿泊した。
あの気難しいマメチ先輩をして「ここはスバラシイな」と、納得させる程の宿だ。そこのサービスは本当に真心のこもったサービスで、出される料理も一流なら、仲居さんたちも笑顔の絶えない宿だった。
しかし、俺が一番に胸打たれたのは、旅館を去る際のお見送りの時だ。送迎バスに乗り込んだ俺たちを、仲居の人たちが総出で迎えてくれて、その姿が見えなくなるまで頭を下げていて、その姿勢に感動に打ち震えた!
これが真の”おもてなし”であると。
この異世界に宿を作るとあらば、その旅館に負けないサービスを提供しない術はない。私の志はスライムの尖がり並みに高いのだ。
朝の訓練にかまけ、お客様の大事なお見送りができないだなんて。あってはならないこと。
あ~、残念だなぁ!
宿の開業を発案した時にはちっともまったく微塵も一ミクロンも考えもしなかった。
炎暑で汗がだらっだらな日々も、凍えながら剣を振う日々も楽しく感じられてきたのに。ホント残念でならない……領主様のご厚意を踏みにじるようなマネをするなんて。俺のバカバカバカバカーっ!
でも、しょーがないよね! だって宿の成功が村の発展に寄与するんだから!
俺のちょー個人的なわだかまりよりも、涙を呑んで村の発展に資する方を選ぶしかないでしょ?
――というわけで。
「明日からの訓練場通いはなしということで」
あ、でも皆が寂しがってはいけないからぁ。朝食とエリーゼ様の授業にだけ参加という形で。明日からもっとゆ~っくり時間を置いて通います。
異論なり反論なりがあっても聞きませんから。じゃ、俺の訓練場通いはこれにて修了と。
それじゃあ、失礼します!
と、俺は輝ける未来に向けて走り出そうとしたが「ふむ、そのことか」と、クライスさんは渋い表情で顎に手をやった。
「実は先だってそのことについてゼリグから言伝を貰っているのだ」
「父さんが?」
「聡いオマエのことだ。家のために訓練通いを辞めるというのだろう? そのことをゼリグも心配していてな。是非に稽古を続けさせてやって欲しい、と直談判されたのだ」
…………
「父がそのような……しかし、家が大変な時期にわたしだけ」
「子が親に遠慮するものではないぞ」
「ですが」
「ゼリグはお前の才能に期待しているのだ」
「そんなことありません!」
いやいや! そんなことないっ! そんなことないったらないのっ!?
俺は首を左右に振って悲痛に顔を覆った。すると、クライスさんは深みのある声音で、「フレイ」と、慰めるようにそっと肩に手を置いた。
「女子が剣を振うことをヨシとしない親が多いなかで、ゼリグはオマエの可能性を信じているのだ。オマエの機会をなによりも大事に思い、それを潰したくはない、とな。オマエが家族を気にかける気持ちはわかる。だが、オマエを思う親心をこそ汲んでやるべきではないのか?」
「……父さん」
「アレ? フレイちゃん、目が赤いけどどうかしたの?」
「……なんでもございません」
「そう?」
ホント大丈夫だから気にしないで。明日からも、凍えながら剣を振う訓練が続くんだぁ。と思うと、ホント心が軽くなって楽しい気分でいっぱいなんだ。いや、ホント。どうして俺には不幸が寄ってきたり、余計なことしくさりやがる連中が揃ってんのか、って思ってもいないからホントに。
「一角兎みたいに可愛いけど、俺は元気なフレイちゃんの方が好きだな」
と、トーマスさんは色男っぽくやわらかに微笑んだ。
そうですか?
けど、俺が元気ないふうに見えるんだったら、貴方にも責任の一端があるんですよ~。ねぇ、わかってるのかしら、それを? ねぇ?
「コイツはまだ聖印を光らせられないから落ち込んでるんですよ」
ボソッと、シャナンが要らぬことを言う。
いまの落ち込みはそれじゃないよ……てか、うっさい、トーマス様の荷物持ち風情が!オマエみたいな天然チーターが、人の才覚にケチつけるなっ! ぐうの音も出ないでしょっ!?
「なんだ。君ぐらいの年齢ならそれが普通だよ。ほら、落ち込んでないで笑って、わらって! フレイちゃんの笑顔は、めっちゃくちゃ可愛いと思うんだけど。てんで見せてくんないんだもの」
なんだよそれ。人のこと表情筋が死んでるみたいな。
確かになにを考えてるのかわからない、と前世では罵られてきた身の上ですが俺だっておかしい時には笑います。
しかし、せっかく可愛いとリクエストを頂いたので「こ、こうですか?」と、純粋培養された恥じらう乙女のようにニパッて微笑んでみたら、トーマスさんこそ曇天すら吹っ飛ばすような晴々とした笑顔になった。
「いいよいいよ! やっぱ女の子は笑顔が一番だね!」
「はは、は」
……うん。俺、漢なんですがね。期待に応えてしまって逆に申し訳ないでござる。
ハァ。にしても、女子つーのも色々面倒だよなぁ。
やれ「スカートを履きなさい」だの「お花の名前も言えないなんて」って、最近の母さんは婦女子としての嗜みを身につけろ、って口酸っぱい。
領主館でいらぬ恥をかいてないか心配なんだろうが、それにしたってねぇ。
あんな足元が落ち着かない履き物なんて論外だし、花への感心だって持ってもない女子なんて多いでしょ。男だったら一々注意されないってのに、窮屈なもんだ。
……あ、唇が痛ぇと思ったら、笑った拍子にささくれがパックリ割れちってたよ。冬の乾燥はやだね~。
ン? なんか、シャナンが俺の顔をジロジロ見てんな……。
「シャナン様、わたしの顔がどうかしまして?」
「……べつになんでもない」
つかつかと歩く速度を上げた。
なに怒ってんだあいつ。
って、シャナン様。ウチはそっちじゃないんですけど!
俺は駆け寄って「こっちこっち!」と袖を掴んで止めると、シャナンは「先に言え」と、憮然と唇を尖らせた。
いや、先に行ったのはアンタでしょうに。
ヘンなの。




