LV25
……村おこし?
それって、あのもしかしなくとも過疎に困った村が、人集めによくやるっていうテレビでよく特集されてる、アレのことっすよね。
え、それをウチの村でもやれっ、ていうか俺にやれと!?
「え、と……村おこしって言うのは?」
「俺もよくは知らないんだけど、村を発展さすために、色々と催しを起こしたりする活動っていうのかな。まあ内容はフレイちゃんとよく考えてやるんだぜ?」
「なにしれっと、わたしが引き受けた前提になってんですか!」
ってか、それだけじゃ意味わかんねーから。
ちゃんと一から説明したまえ。
「君がまどろっこしいのは嫌だーって、顔してたから要件だけ伝えたんじゃないの」
「それにしたってはしょり過ぎですって……」
「その一からの説明ってのが面倒なんだけど……ま、ちょっと考えてみて欲しいけど、どうして、邪竜を討伐した英雄様が、こんなドがつく田舎になんて住んでるのかな」
「……ハァ?」
なに、そのまた話が違うクイズ。こんな田舎に勇者が暮らしてる理由? 前世の記憶を取り戻したばかりの俺も「いるわきゃねーだろ」て笑ったけど。とくにそんな深く考えてもないし、そんなの知らないね。
「ややこしい事情はあるんだけどさ。端的にクライス・ローウェル子爵は、宮廷の人間から心よく思われちゃいないんだよ。宮廷内では長らく、王党派と共和派との軋轢が続いていてね。両陣営とも気位だけは高い連中だから、かわいそーなくらい両方から目の敵にされて」
「……あぁ、それはそれは」
つまり宮廷内で目をつけられて、あえなく左遷か。
よくある話っちゃある話だよね。英雄が帰ってきたら、周囲から鼻つまみもの扱いにされるって。
「貴族の内じゃ、勇者が田舎に引っ込んだ。って、嗤われてっけど、べつに本人のなかで折り合いがついてればいいんだけどね。しあわせに暮らせてりゃ、だれからも批難される謂れなんてない――って、クライスのやつも醜聞なんか気にしねぇからさ……だから逆に困んだよ」
朴念仁のかわりに周りの友人が気に掛ける、ってやつっすか。なんてのほほんとしてたらトーマスさんは額を抑えつつ、片目だけでジロッと睨んできた。うわっ、ちょ怖いっすよその顔。
「笑っちゃいられないんだよ? この処遇は遅効性の毒を含まされたようなもんだし」
「……毒、ですか?」
「そう。知ってるかな、貴族には授けられた領地の発展に寄与する、というお題目があるの。まあ、お題目つーぐらいだから、単なる名目でなんかペナルティがあるワケじゃないけどね。それに、領地の発展なんて、普通は測れないでしょ? 自分の抱えてる財産なんて形に示すことは難しいしね。ま、かろうじて図れるのは取り立てた税金ぐらいかな」
「ですよね。貴族様が国に治める税金は、麦かお金ですよね。でも、いきなり麦の生産量が爆発的に増えるなんてことありませんし」
「よく知ってるね。仮に貴族がなにか商売を興して儲けたとしても、そこに税金なんてかからない、荘園扱いだからさ。儲けはぜーんぶ自分の懐へ――って貴族がほとんどだ」
貴族が儲けたとしても、税制は領地に対して一律に決まってるから、それで国に治める税は増えるワケじゃない。それに所得の把握なんて、現代社会でも難しいことをやろうたって、土台無理な話しだろうから私腹を肥やし放題ってワケね。
……上手い、商売だな。
「口さがない連中には、ンなことなんだっていいんだ。ヤツらの目的は最初っから腐すことだからね。剣の腕と領地経営の腕とを比べて、憐れなるローウェル子爵に「貴族失格」の烙印を張るわけさ。ったく、頭にくるぜ!」
いつも飄々としたトーマスさんが、珍しく苛立ちも露わに襟足をガリガリやっている。
――あぁ、俺にもようやっと話が見えてきたよ。
「……つまり。村が発展しないのはクライス様が領主としての素質に欠けるから。という風聞を植え付けたいワケなんですね。その宮廷の方々は」
「そういうこと」
”勇者”としての名に傷つけられないから、税収もろくに上がらない田舎領に押し込めて”貴族”としての名に傷をつけよう、ってことね。
ずいぶんと気の長い嫌がらせだな。
カリスマ性のある勇者が、宮廷内に近い領地に住まれるのも厄介だし、隔離を目的にもしてるのかもしらないけど勇者がこんな村にやってきた理由がそんなとこにあったとは。
あ。
……シャナンはもしかしてこのことを知っているのか? 俺はさっきから黙りこんでるシャナンの顔をそろーっと、慎重に窺ってみたけど、その神妙な顔には動揺してもいない……そっか。もう知ってるんだ。
考えてみれば、シャナンが村を嫌う原因って、ここにあったのかも、ね。
それだったら、あんなにも村にネガティブな思いを抱く気持ちもわかるかも。だって、この村が親を閉じ込めるための檻でしかなけりゃ、村なんか好きになれないだろうしな。……うん。ちょっと、俺も言い過ぎたよな。
「実にくだらないっつーの、なんならお前らがやってみろって話しだよ。俺はあいつと旅をしながら様々な開拓村にも訪れた。その村の領民たちは、開発の苦労で身も心もボロボロだよ。食べるものもなく、娘を売らざるをえない家なんてざらにあるんだ。けど貴族の連中はそんな苦労もしたこともないし、想像すらしたこともない。連中にとっての世界は、宮廷内だけにしかないんだ。
そんな偏狭な連中に友人が侮られるのは――」
トーマスさんは深く息を吸ったかと思うと、すっと閉じていた目を見開いた。
「率直にいって腹が立つ。俺はお高くとまってる連中の鼻を明かしてやりたいんだ。だから、君にもクライスの力になってやってくれないかな。あいつと一緒に、この村を発展させて欲しいんだ」
……なるほど。トーマスさんのお話しはよくわかった。
つまり、俺に村の発展を任せようってことですね。
「その話――謹んでお断りさせていただきます」
「そっか、ありがとう。で、役職名はどうしよっか? 官吏とか、代官あたりがいっかな。なんか美少女官吏とか、美少女代官って、古い言葉と美少女って融合した感じが逆によくない? 君の方からなんかリクエストがあれば聞くけど」
「リクエストっていうなら人の話を聞いてっ!?」
しれっと人を巻き込もうとすんのはヤメレっ!
トーマスさんの怒りはもっともだと思うけど、俺なんかにデキることなんかたかが知れてるから。村を変えるだとか、貴族の鼻を明かす、だのって無理ゲーですんで。他をあたってどうぞ。
「そんなことないって。ねー、大丈夫だよ。そんな厄介なこと頼む気はないから。フレイちゃんも、坊と約束したんでしょ? 新しい商売を興して、わたしの手で村を都会へと、発展させるんだっ! って」
「いやいやいやいや、後半部分は明らかにねつ造でしょう! わたしがしたやくそくは村に新しい商売を興すってだけです!」
「さっきの話は、君の商売の延長線上にあることだよ。ほら、逆に考えてみて。君の力でそこまでのことがデキたんだ。ならシャナンたちの力を借りれば、もっと大きなことができる。ちょーっとばかし規模とスケールを拡大するだけでいいんだ」
むっ。そう言われればたしかに…………て、無理だっつの!?
「ですから、先ほどにも言ったとおり、シャナン様との話は単なる口論ですから。べつにわたしに深い考えがあってのものじゃありませんし、そこに多大な期待をかけられても困りますよ。
それにお言葉ですけど、仮にわたしたちの働きがうまくいったとしても、その結果なんて微々たるものです。村を変えるなんてこととても無理です!」
てか、シャナンとのやくそくにしたって、ただ俺の菓子をお買い求めにくるお客さんがいれば、村に訪れる人も増えるかな~、って漠然と考えてただけなんだから。
断固としてダメなものはダメ!
っと、手でバッテンを作ったが、トーマスさんは爽やかに髪をかきあげて、
「フレイちゃんのことを買ってるのは、俺だけじゃなくクライスもそうだよ。実はアイツとは話がついててさ。君に村の発展を考えてもらったらどう、って提案したらすっかり乗り気になっちて」
「ハァ!?」
いやいやいやいやいやいや、聞いてねぇよそんなこと!
シャナンも初耳だったのか、いままで黙ってたのに「それはどういうことです?」と、身を乗り出してきた。
「いや、アイツも村の発展が進まないのに頭を悩ませてたからさ。その相談に乗ったついでに、俺がフレイちゃんを推薦したわけ。シャナンも、あの菓子には驚いたろ? アイデアもそうだけど、なにより凄いのは、この閉鎖的な村の世界にいながら、俯瞰して物を見れる洞察力さ――てことに、クライスとも意見が一致してね。だから、フレイちゃんに村が発展する方策を考えてもらえばいいじゃんってさ」
「……それで、さっきの”村おこし”ですか?」
「うん。ちゃんとクライスにも話はついてるから心配しないで」
……俺の知らぬ間に、着々と包囲網が完成されつつある。
ズーン、と絶望感に浸っていたら、朗らかな笑顔でトーマスさんは優雅な仕草で手を広げて見せた。この人は……!
「トーマス様、少し冷静になられてください。あのですね、わたしはせいぜいお菓子を作ることしかできない人間なんです。なのにいきなり村の発展がどうだの、貴族の鼻を明かすことを求められしても無理です。分野が違います」
トーマスさんの仰ることはわかるよ? クライスさんの置かれた境遇や、シャナンの身の振り方、それに宮廷貴族の見下しきった態度に、それに義憤に駆られる気持ちも。俺がトーマスさんの立場だったら、友人のピンチな時にはいても経ってもいられずに、力を貸したいとも思う。
でも、どー考えても無理だろ。
俺のド頭にはせいぜい美味いフィナンシェの作り方しか入ってないし。とてもとても村を底上げするような価千金のアイデアなんてあるワケがない。
「それに考えてもみてくださいよ、仮にウチのカステラが評判になっても、宮廷の方々が意に介するはずがないじゃないですか」
だって、宮廷貴族の連中は見下すことを目的にしてるんでしょ。なら、一つや二つ領地に自慢デキるものがあったところで、今度はそれをこそ揶揄の道具にするだけだ。
「わかってるさ。俺だってそれぐらいね。俺はフレイちゃんに連中と同じ土俵に上がれなんて思っちゃいないよ」
「え?」
「残念だけど、フレイちゃんの言う通り、宮廷の連中の心は変わらない。どうやったってここが田舎で住む価値もないところ、って認識は改まらないさ。ンでも、ここに住んでる人たちまでそんな思いを抱えて暮らすのは不幸なことだろう?」
トーマスさんはそう言葉を区切ると、俯いてるシャナンを振り返った。
「君はカステラのレシピを売らないのは、村に生まれたものを渡したくない。ってそう言ったよね。それはきっとお金には換算できない価値があるものなんでしょ? だから、君の思う沢山の価値あるものを、村にたくさん作って欲しい。村のすべてを変えろ、なんて言うつもりはない。俺の思う村おこしってのはそういうことさ。だから、やれるだけやってみてくれないかな?」
…………。
「トーマス様の熱い思いはわかりましたが。それはわたしの役割ではないと思います」
「邪竜を討伐するのがクライスの役割だって決まっていたと思う?」
「…………そうは思いませんけど」
桎梏と書いて、しつっこいよ君。
英雄様にそこまで哀願されて、オマエそんなに、空気読めないの? と、罵られようが、――無理です。はがねのつるぎを装備した勇者をスライム如きが倒せますか?
大体、村を発展さす役目なんて、そもそも俺が背負ってないじゃん。そんな面倒な役目を勝手に割り振らないでくださいません?
「わたしにはそんな重たい役目を負う自信がないです。というか、急にこのような話しを持ってこられましても困りますし……」
「先に後出しジャンケンしたのは君の方じゃない」
「それはその通りですがっ!?」
カステラの時にはやったけれども!
こういう意趣返しをやっていいだなんて、少なくとも俺は思わない!
てか、俺のやったことなんて単なるおちゃめさんな悪戯でしょ? なのになのに、それを因果応報だみたいに思っていたとしたら、それは大きな間違いだと、少なからずとも俺はそう思う!?
プラカードを掲げて座り込むデモ参加者のごとく、激しくNO! と意思表示をしたら、トーマスさんは悲し気に目を伏せて「……そっか。こうまで頼んでも無理かー」と、嘆息した。
ようやっと諦めてくれましたね。
「話しは変わるんだけど、エリーゼから受けてる魔術の授業って月謝はどのぐらい?」
「は!?」
……月謝なんてシステムがこの世界に、否、この宇宙に存在してるんですか?
そんな存在は微粒子レベルでも確認できてないはずですが。
「あぁ、うんそうだよな。まっさか、子供の君から、ってかこれだけ親しいフレイちゃんから御月謝なんて徴収するワケにはいかないものね」
「…………」
「エリーゼもタイヘンだよ。こんな田舎に引っ越してきちゃ、満足にドレスも買えやしないのに我慢してるんだ。知ってる? エリーゼは昔っから、王都で刊行されてる月刊誌のファンだったんだよ。それを毎月のように購読してたのが、こっちじゃ半年に一回しか読めないんだってさ。あ~あ、これも村が貧しいせいだよね」
「………… …………」
「でも、しょうがないよね。村が貧しいってのは、定められた宿命なんだろうな。けど、一番に悲しいって、アレだけ自分に懐いていたはずの娘が、結局は自分の身が一番に可愛いとしか思ってなかったってことじゃあるまいか。
あ~、その娘ならきっと、村のためならばひと肌でもふた肌でも脱いでくれるだろうって、信じていただろうに。信頼を裏切られるってほんとに寂しいね」
「………… ………… ………… …………」
「あ~あ、どこか恩知らずな宿屋の娘じゃなくって、心優しい天使のような少女はいないだろうか~」
「ちょぉおおっ! もう止めてってばもうっ!?」
もう止めたげてよ!?
LV1のスライムのライフゲージを慮ってちょうだいっ!!
「わかりましたっ! わかりましから、その村おこしってやつでも、なんでも引き受けますからっ!」
「え? 本当に」
「ええっ!!」
逆切れ気味に頷くと「いや~、君ならやってくれるって信じてたよ」とトーマスさんは人の手を握って、ぶんぶかと縦に振った。
くっ、こんな同調圧力に屈するだなんて! しかし、エリーゼ様の名前を出されると、俺としては引き受けざるを得ない…………。
「……ですけど、村がもしトーマス様のお考え通りにならなくとも、わたしのせいにしないでくださいよね」
「あぁ、もちろんだとも。領内の発展の責任はすべて領主にあるからね。でも、安心したまえ。村をなんとかしようって、決意したんなら君らはもう立派な村の導き手になれる素質はあるんだよ?」
悔しくてひとつ釘を刺したんだが、トーマスさんはウィンク一つで軽く払われた。




