LV23
仕入れてきた野菜を積んで重たいソリを引きつつ家へと帰還。「ただいまー」と、声をかけても母さんの返事もなく、リビングの暖炉の火が消えていた。階段上から規則正しいトンカチ音が聞こえるし、おそらく母さんたちは、ヘーガーさんの工事に付きっきりなのだろう。
玄関を開けてすぐのリビングも、改築の結果カウンター席を備えた食堂に変わっている。ヘーガーさんの工事も、大半を終えて残すところ二階の雨漏りの修繕だけ。
いよいよ、宿屋のオープンも近しだなぁ。俺も休んじゃいられない、と気合いをいれて、暖炉の火をおこすとソリに積んであった野菜を厨房へと運び入れる。
さて、と早速仕入れてきた野菜で料理の研究に取り掛かりましょうかしらん。
「……まずはピタをどう扱うか。ですかね」
取りあえず、味見してみよっか。
うひゃ~、と死にそうなほど冷たい水で洗ったピタを桂剥きにて皮を薄く切る。すると、ボガードさんの話し通り、そのごつごつと赤茶けた表面から想像できない程、純白のツヤッツヤなお肌が姿を現した。
ピタは生食でもいけるらしいが、どれ肝心のお味は。
ポリポリ。
……味気ねぇ。
繊維質が多くて噛みしめる度に、ジュッと水気が出てくるんだけど、味よりシャリシャリとした食感が口に残る。食べる前からイメージしてたが、やっぱウリ科に近い野菜だろう。
まあ、ウリ科といっても、幅は広くてまちまちで、個性も違うんだけど。ピタの個性はキュウリやズッキーニに近いな。
取りあえず異世界の先人にならって、ポピュラーな食し方という、ピタと麦をあわせた麦粥を作ることにした。
調理は簡単。両方の具材を鍋に投入して煮えるのを待つだけ、だが――
「……こりゃお世辞にも美味いとはいえん……」
てか、俺史上最悪にマズイな。麦から溶け出たドロッとしたデンプン質の食感に、ピタが強引に割り込んできて、その抜けきれない青臭さ丸出しの演技力で、劇場を沈黙させてる感がありありだ。
グエッ、て吐き出したくなるが、これも勉強のウチ。と、吐き出したくなる胃をなだめつつ、全部を喰いきった。
……ふぅ。いや、キツかった。
しかし、麦とピタとの組み合わせって、出会っちゃいけない最悪コンビだろ。
タダでさえ麦粥のドロつきの上に、煮込んで崩れたピタの繊維質が合わさって、唯一の美点である食感までなくなってる。イメージ的にはノリを喰ってるのと同じで、胃持ちだけはいいって云われるのも頷ける。
こんな調理法しかされないんじゃ、ピタに人気がない理由がわかろうものだわ。
しかぁし、俺にはすでに料理のイメージがデキておる!
味気なきピタにあわせる材料は、たった二種類。それは豚の挽き肉にトゥヘナの根だ。このトゥヘナの根というのは――別名、魔獣の爪とその名が示すとおり、まさに爪のような形をした雪国産の根野菜であり、独特の辛味と癖のあるが匂いがとくちょう。
まず、それらの材料を細かく刻み、豚の挽き肉をあわせて、ねばりが出るまで混ぜる。ンでできあがったそのタネを、小麦粉で手のひらサイズに作った皮に包んでフライパンで皮にこげめがつくぐらい焼く。
だれもがご存じであろう――ピタ餃子の出来上がりだ。
食すると、パリッとした皮やピタのシャキシャキした食感。溢れる肉汁の大洪水や!
うん、うん。初めてのわりにはなかなかの美味!
たけのこの代わりにピタを合わすイメージだったが、食べごたえの良さに加え、ピタから溢れる水分と肉汁とが合って、よりジューシーになる。
まあ、タレの調味料が足りないから餃子とは言い難いが、これだけの美点があればオッケーだろう。
俺が満足に二個喰いしてったら玄関のドアをノックする音ががした。
だれか来たっぽい。「は~い」と、外に出れば意外な来客はトーマスさんとシャナン、それにボギーだった。
「あれ? どうされたんですか珍しい組み合わせで。とにかく上がってください」
「おぉ、悪いねぇ。いやぁ外はさびーのなんのって」
「トーマス様、雪を払われるなら外で」
「はは悪ぃ悪ぃ」
玄関で話すのもなんなので、外で雪を落としてもらってる間、受け取ったコートを暖炉の服かけにかけた。トーマスさんはハンガーの作りに感心した様子で、三人分のハーブ茶をお出しする間も、カウンターからなんどか振り返った。
「で。ほんとになんの用事です? わざわざ寒空の下でウチになんて……」
「クライスに付き合って、朝方狩りに出かけてきたんだよ。獲物を捕まえたからそのおすそ分けにね」
マジっすか! いやいや、お土産持ちだったら、いつでも大歓迎ですよぉ。ンで、本日の狩猟の品はどんなものです~? って、こ、これは!?
「幻の一角兎!」
かもがネギ背負ってキター! 更なる料理研究が――てか、我が家の食卓が盛大に賑わうっ!
「ははっ。そんな喜ばれると、俺も寒い中狩ってきた甲斐があるよ。なんか散らかってるけどフレイちゃんはなにしてたの?
「あぁ、どうもお見苦しくて。実は宿に出す料理研究をしてまして」
「へぇそうなんだぁ。耳みたいに変わった形してっけど、これなんて料理?」
「ピタ餃子っていいます」
「ピタ? ……そういえば、市場でもこだわってたな」
と、シャナンがぽつりと言った。
あぁ、そういや市場で粘ってた時もあったっけね。
「ねぇ、一個だけいいかな?」と、トーマスさんが手を合わせて頼まれて、シャナンたち分も用意する。さぁ、どういう感想かな、とどきどき物してんのに、シャナンは普通に咀嚼していたが、ボギーさんだけ一瞬、瞠目して「これがピタ?」と、興味津々で餃子を眺めてる。
……ふぅ、ボギーさんの反応にはちょっと安心したかな。
トーマスさんは「美味しい」って、口では褒めてくれるけど、半分以上お世辞でしょ。旅慣れてる人には、ポピュラーな味だし、とくに珍しくないだろうからな。
ピタを軽くタオルでくるんで水気を切ったけど、まだ水っけが多かったのかしらんが、思ったより薄味に仕上がってしまった。
ピタ餃子の味にも深みがないし、軽くピタをビネガーに浸すとかデキうる限りのバリエーションを増やすのもいいかも。
「……そうだ。もっと、色々と具材を増やすとか、もしくは水餃子でいただいてみるのも……いや待てよ。デザート餃子なんて変わり種もたしかあったはず」
「へぇ。ぎょーざって他にも種類がたくさんあるんだね。でも変わった名前だよね。フレイちゃんが名付けたのかい?」
「え、いやぁ、その……じ、実は、これもウチのおばあさまのおばあさまのそのまたおばあさまが残してくれたレシピを再現したものなんで。えへへっ、その、名前の意味まではちょっと……」
「なんだ、試作なんていうもんだから、てっきり君が考えたのかとばかり思ったよ」
「……えへへ、内緒にしててすみません」
「かすてらもぎょーざも、ご先祖様のものなんて。ずいぶん料理好きなご先祖様に恵まれて良かったねー」
「ですねー」
……あははっ、と笑って答えたが、なんか、トーマスさんの意味ありげな微笑が怖いんですがソレは……なんか、異様な圧力感じるんだが、気のせい?
あはははっ、うふふふっ、と白々しい毒満載の笑顔の応酬していたら、ふと「あ、あの~、もしや貴方様はトーマス様、で?」と、上から声が降ってきた。階段からヘーガーさんがおずおずと言った感じでこちらを覗いていて、その後ろには父さんたちまで控えてる。
「あぁ。こりゃどうもお騒がせしちまって。ご承知のとおりトーマス・ラザイエフと申します。そちらさんは?」
「あ、いや、こちらこそ、だ、大工のヘーガーです!」
「わ、私はゼリグ・シーフォでございます。いや、まさか英雄様に我がみすぼらしい家に来ていただけるだなんて!」
どっちが寒空を歩いてきたの、というぐらい父さんたちはガチガチに緊張してた。
これが英雄のオーラってやつか。さっきの調子からしたら、そんな大層なの微塵も感じられないんだけど。
「考えてみれば、宿屋の改築の最中だったのね。こりゃ間の悪い時にきちゃったかな」
「いえいえ! 英雄様ならば、いつでも大歓迎ですとも」
「いや、フレイちゃんにもうお構いしてもらったんで、お構いなく……けど、パッと見た限りでも、よくよく考えられてますねぇ。こっちのコート掛けなんて、暖炉の火で服を乾かす仕掛けなんでしょ。こんなサービスはいいですね。高級宿でもここまで丁寧にしてはくれませんし、自分で乾かすにしても非道いとこだとそれだけで金を無心されますから」
「そうでございましょう! 実はその作りはウチのフレイが考えまして」
「へぇ、そうなんだぁ。いやー、家具のデザインといい、独創的な料理に商売にもだなんて。実に気働きの利くいい娘さんですね」
「でしょー! 実際の所、宿屋の開業にしろなんにしろウチの娘のアイディアがなければどれも実現なんて致しませんから!」
「……へぇ、そうなんだぁ」
……父よ。設定を忘れて、なんてことをのたもうてるのですか?
トーマスさんが、俺を見る視線が意味ありげを通りこして「なにもかもお見通しだからね」って、目が口ほどに語ってる……いや、マズくね? まさか、俺が異世界転生だなんて思いもよらないだろうけど、絶対に俺のこと普通の娘じゃないって、バレてる……。
うわぁ、勇者一味にヘンに注目されるってヤだなぁ。いらん目のつけられ方をされるなんて……。
「あの、トーマス様。うちの娘がなにか領主様に無礼なことを働いたりしてませんか?」
俺が盛大に狼狽えていたら、思わぬ形で母さんが援軍にやってきた。
いいよ、母さん! そのまま話題の矛先を変えちゃって!?
「え? フレイちゃんが無礼だなんて、どうして」
「いえ、この子は秘密主義であまり話してくれませんから。なにか粗相をしてやしないかといつも心配で……」と、母さんは軽く俺の頭をつっついた。それにトーマスさんは人好きのする笑顔になって、「ははっ、フレイちゃんに限ってそれはないですよ。むしろクライスのヤツの方が、色々と面倒をおかけしてるんじゃないかってぐらいで」
「とんでもございませんわ!」
「いつもガンバリ屋で良い娘ですよ。剣術も毎日がんばってるしいつも礼儀正しいですから。迷惑だなんて。な、ボギーちゃんも坊もそう思うだろ?」
「さぁ。僕は眼中にありませんから」
「普通に迷惑ではございませんでしょうか」
…………コイツら。
「ったく、素直じゃねぇな。坊なんて訓練中はいつも目で追ってるくせに」
「勝手にねつ造しないでください……というよりも、なんで僕らまで付き合わされてるんです。おみやげを渡すぐらいなら、べつにトーマスさんだけでいけばいいのに」
「しょうがねーじゃん。フレイちゃんの家知らねぇんだもん」
「……もん。って、僕らだって知りませんでしたよ」
「そう怒るなって、フレイちゃん家がわかってヨカッタじゃない?」
「よくありません!」
まるで兄弟喧嘩みたく、ひとしきりシャナンをからかい終わった後、トーマスさんが不意に思い出したかのように、
「あ、そだ。ここに泊まっていくことデキんのかな?」
え、泊まる?
「ええ、っと……まだ雨漏りの修繕が済んでおりませんのですが。父さん?」
「あ、あぁ。そのぉ、一室ならな、後は寝台を運び込むだけで、翌日には宿泊が可能にはなるかと、はい」
「そう? じゃあ明日に泊まれるよう予約を頼めるかな?」
おぉっ! 第一宿泊客ゲット! しかも、中身には疑問符はつくが、かの高名な英雄様。むふふっ、これは僥倖だぜ。ウチの宿に拍がつくってものだわ!
「で、では寝台を運んで参ります!」と、父さんは喜び勇んで大工のヘーガーさんをせっついて、ドカドカと足音を立てて出かけて行った。果たしてこの雪のなかで運べるのかしらん。
「ありがとうございます! トーマス様がウチの宿の初めてのお客様になっていただけるなんて……」
「いいっていいって。関わった俺としても、君ん家の宿のことは気にかかるし、上手く行って欲しいじゃない? な、シャナン」
「さぁ」
クールぶっちゃってまあ。お世辞でもいいから、頷いてくれてもいいだろうに。




