LV22
冬の訪れはいつも忍び足でやってくる。
昨夜、急にしんと冷えたかと思うと、朝になると一面が雪世界だ。
どうりで寒いはずだよ。と、外界の様子に納得して、暖かい布団の世界へと避難する。そのままニャンモナイトのごとく布団で丸まっていた所に、雪除けの外套にかんじきまでフル装備した鬼軍曹様が家に訪れた。なまはげに進化したのかな?
「おぅ。今日は一段と冷えるのぅ。こんな日にこそ、固くなった体を動かさんとな!」
「……てっきり訓練は休みだと思ったんですが」
「バカなことを言うな。訓練を一日怠ければ、その分だけまた技術がさび付くのだぞ!」
えぇ~、こんな寒空でやんの。技術がさび付くより先に身体が凍りますってば。
「早うせい!」と、ジョセフに急かされ、ノロノロと身支度を整えた。
外に出ると、なにやら玄関脇にみかん函めいたのが置いてある……これはもしや。
「これって。ソリですか?」
「ウチの納屋に転がっておったものでな。これをおぬしにやろうと思って持ってきたのだ。これで雪道も安心して通えるぞ」
はぁ。まさか飴と鞭のつもり? こんなもので俺様が釣れ――ますよ、わ~い!
みかん函に板切れをつけた簡素なものだけど、これってもしかしてジョセフのお手製?ずんぐりしてんのに、意外に手先が器用なんだな。意外に家ではマイホームパパをやってたりして。
ジョセフに貰ったソリに乗り、引っ張ってもらいつつ訓練場にまでやってきた。
しかし、この天気のせいもあってか、訓練に参加する人は少なめだ。心なしかあっさりメニューの訓練を終え、冷え切った体を温める朝食をご相伴にあずかる。
それから、エリーゼ様との授業を迎えたが……今日もアンクは光らなかった。
ねぇ、教えて。私になにが足りなかったっていうの? うぅん、才能だってことぐらいわかってるわ。けど、そのひと言ですべてを片づけるだなんてあんまりじゃない?
「……なんで光らないのかなぁ。やっぱり不良品じゃありません?」
「そう言って僕の使ってたのを取っただろう」
ぐぬぬぬっ!
言いわけの余地を残さない反論をするヤツは嫌われちゃうゾ?
「肩に余計な力がかかり過ぎてるんだよ。後、目が据わってて怖いし。その剣幕だったら、低級の魔物だったら逃げだすぞ? もっと体の力を抜いてみろよ」
「……十分抜いてるつもりなんですがね」
これ以上、脱力するにはどうしたらいいのかねぇ。お酢でも呑むとか?
首を捻っていたら、ボギーが遠慮がちに話しかけてきた。
「あの、シャナン様。お話し中に申しわけございませんが、クライス様が租税品についての書類が見当たらない、と仰っておられまして……」
「あ、そういえば借りっぱなしだったか――いま父様は執務室だろ。僕がすぐ持っていくよ。教えてくれてありがとう」
「いえ」
シャナンは慌てた様子で応接室から出て行った。ふーん、自主的に勉強してるのかね。領主の息子もタイヘンだな。
あー、俺もサッサと帰って、聖印を光らせられるよう自主練しなきゃ。と、帰り支度を整えていたら、ボギーがまだそこに立っていた……ン? どうかしたの。
「あまりシャナン様のお手を煩わせるようなことをしないでください」
「は?」
「先ほどのように、シャナン様は愚痴の一つも溢さず、毎日をお忙しくされていらっしゃるんです。貴女もダラダラと愚痴を申し立てる暇があれば、まず聖印を光らす努力を重ねたらどうですか」
ボギーは「失礼します」と、腰を折って行ってしまった。
……うん、紛うことなく正論ですね。
「なんだよまた来たのか?」
「安心してくださいよ。今日はちゃんと”客”として来たんですから」
今日は市場が立つ日なので、ボガードさんの店を訪ねた。
俺のことをなにも買わない客。としか認識してないボガードさんはいつものしかめっ面で「そいつはいったいどういう風の吹き回しで」とのお出迎え。
信用ないなー。ここ最近は懐が暖かいから、ホントに買い物に来たんだってのに。
「へぇ。珍しいな。それじゃご随意に――と、言いたいとこだが、あいにく期待には沿えないかもしんねぇな」
ボガードさんの渋い顔が語る通り、店に置いてある野菜は種類も少なければ、どれもしなびて元気のない痛み野菜ばっかりだった……そっか、すっかり失念してたが、冬の季節だと野菜は育ちませんよね。
「……これから宿を開業するのに、料理のレパートリーを増やそうと考えてたのに」
「宿屋? あぁ、ゼリグが店を畳むってのは聞いてたが、ふーん……そういや、時々酒屋のホフマンが、遅くにきた旅人に部屋を貸してやってることもあったがね」
「ウチはそういうのと違って、専業宿屋を目指してますからね。サービスも料理も逸品を目指さないと!」
村の料理といえば、食事の回数も朝と夜の二食なのに、メニューは判で押したように黒パンと付け合わせのスープばかり。季節によってはキノコや山菜が加わるけど、そんな質素なものをお客様にご提供するのはちょっとね。どうせなら村の名物になるような料理をお出ししたい。
「はぁ~ん。名物ねぇ。御覧の通りいまのウチにはあんましネタを提供できる感じじゃねぇからなぁ。ま、せっかくの客を他所に渡すのもアレだが、肉屋にでも行きゃいいんじゃねぇのか。ほれ、一角兎。あれならどこに出しても恥ずかしくねぇ、名物になんだろ?」
「あぁ、たしかに!」
たしかに村の名物だよな。独特の癖もなければ臭みもないし、その味わいは鶏肉に近い……まあ、喰う前には魔物を喰っちゃっていいの? と躊躇するもんがあったけど、食べた瞬間、ンな戸惑いが飛んじゃうぐらい美味かった。
「おうよ。あれの柔らかい腿の部分に、香草とバターをいれて焼けばそれだけで完璧だ」
ボガードさんはその味を思い出してるのか、顎に手をつけてにんまりと笑ってる。
「ソテーですか。しかし、それだと捻りがないというか、どこでも作れたら名物にはなりませんよね」
「あに言ってんだよ。物はシンプルこそ一番よ」
う~ん。突き詰めればそうなるんだろうけど、もうちょっとだけ味に手間を加えたって、罰は当たらないと思うんだ。
「まあ、一角兎のことはまた今度考えるとしましょう。残念ですけど、肉屋さんには借金がありませんし」
「……あの噂はガチだったか」
ン? なんですか噂って。真の紳士であるこの私に醜聞が立つことなんてあり得ませんから、きっと良い噂でしょうね!
とりあえず、店にある野菜を全種類を一つずつ見繕ってもらった。なんとなく漂う大人買い感だけど、元々の種類が少ないので、葉物野菜と根菜がともに二点ずつだ。
「……あ、やっぱりピタは安いんですねぇ。じゃ、それだけ5個ください」
「あいよ。毎度あり」
俺は買い込んだ野菜をソリに置いて、ズルズルと引き摺りながら家路に向かう。
それでも頭から離れないのは名物のことだ。
ボガードさんが言うように、やっぱ宿の名物には一角兎がインパクトがあって良さげだ。宿の看板メニューとして売り出せば、たちまちトップアイドルの地位に踊り出そうな予感がする。
けど、問題はどう料理するかだよねぇ。
ソテーも嫌いじゃないんだけど、ここでしか食べれない! って物じゃないと、名物として売り出せないからな。
美味しく召し上がり~の、値段が抑え気味~の、料理方法があれ~ばいいんだけど……いっそのこと、揚げるとか。蒸すとか? いやいや、ワイン煮込みや燻製なんてのもあるね。
しかし、どれも新鮮味がないふうに感じるのは、俺が物に溢れる現代人だからかね。
……ま、色々と頭で考えるよりも、現物の味やら、この世界の人の反応を見て考えればいっかな。さて、いまはそれよか――
「やっと頂上かー」
やって来ましたよ丘の頂上へ。
高さ的には程々の塩梅だけど、ソリで降りるにはちょうどいいかな。
「では、参ります!」
ボブスレーの如く低い姿勢でソリに加速をつけたまま飛び乗ると、ソリは勢いよく丘を滑り降りて行く。
……ふぅ。この刹那の疾走感はたまらんな。
しかし、ジョセフにはホントに良い物をいただいたよ。なんたって、このソリは後ろに引き棒がついていて、遊びにも買い物にも使えるという実用仕様。まったく、同じ飴でもクライスさんに貰った宝剣とは大違いだな。アレなんて、ウチの書斎に飾られたまま埃がたかっているよ。まあ、父さんはアレを毎日のように拝んでいて、ブキミなんで機会があれば返却したいとこなんだが。
パンパンッと、体についた雪を払って立ち上がると、ふっと視線を感じた。
見れば、俺を虐めていたアントン一味である。
また虐めにきたのか?
――って、俺は警戒したけど、なだらかな丘の上から、遠巻きにしてるけど、刺々しい惡感情はない。
しばらく睨み合っていたら、ふいってアントンが顎をしゃくると、連中は静かに去って行った。……なにがしたかったんだあれ?




